第20話:最後の奴はどうにかしよう
真っ暗闇だった。
真っ暗闇の中に男が一人立っていた。
年寄りではないけど、少年でもない。子供がいてもおかしくないが、いなくても不思議ではない。それくらいの年齢に見えた。
男は痩せた体にどこかの工場勤務であることを思わせる灰色っぽい作業着を着ていた。
目の下の濃い隈と、浮き出た頬骨が見るものをドキリとさせる鋭角の印象を持っていた。
ボサボサの黒髪と、無精ひげで縁取られたその表情は、いずれも退廃的だった。
「久しぶりだな。」
男は俺を見ると、そう呼びかけてきた。
見知った顔のような気がしたが、その声には聞き覚えがない。果たして、あったことのある男だろうか。
そんなこちらの気持ちを察したのか、男は苦笑いを浮かべた。
「いいんだ。気にするな。俺みたいな男の事なんか。」
自嘲、諦念、失望、絶望。そんな感情がどうしようもなく張り付いた表情。だがそれもすぐに乾いて消え去ってしまった。
「なんとか、上手くやってるみたいだな。娘に、家族、それに仲間。」
俺は肯いた。それを見て男も満足げに肯く。
「だよな。顔を見りゃ分るよ。」
男はそのまま、まじまじと俺の顔を眺めてくる。執拗に、飽きもせず。
俺が流石に気まずくなってきたところで、男はやおら右手を挙げた。ひらひらと。
「じゃあな。会えてよかった。」
その台詞が合図だったように、男の姿が暗闇に溶けていく。ゆっくりと輪郭を失っていく男の体。ひらひらと動く右手だけが最後まで残った。
「出来れば、もう会わないですむことを願ってる。」
男の声が虚空に響いた気がした。
意識を取り戻した瞬間、太陽と目があった。強烈な光に目がくらむ。思わず、声をあげてしまいそうになった。目がぁあああああ…、と。
今は朝?それとも、夕方か?太陽があんまり赤くないから朝日の気がする。根拠はない。
何か、夢を見たような気もするが、日の光に焼かれてすぐさま記憶の底へと沈んで行ってしまった。
俺の覚醒に気が付いたのか、ななめ下から聞き覚えのある声があがった。
「あ、起きた。ミラ、ロクが起きたよ。」
「え、あ、ほんとだ。ロク、おきてる!」
確かめずとも分かるこの声、リヨンとミラだ。俺はゆっくりとそちらに向き直る。相手の位置がよくわからない状態で迂闊に動くと危険だからな。
不注意で家族を踏み潰すとか、絶対に嫌だ。
胡坐を組んだ姿勢の俺の横、左側の地面に二人は腰を下ろしていた。手に毛布を持っていることを見ると、付き添ってくれていたのかもしれない。
『二人とも、どうしてここに?一昨日、帰ったばかりじゃ』
そう言うとリヨンが顔をしかめた。
「一昨日って、いつの話をしてるの。ロクってば、3日も寝てたんだからね。」
3日?そんなに寝てたのか。
『そうか、それで二人がいるのか。心配したろ?ごめんな。』
「心配かけて、ゴメン。だって。」
「ほんとだよ。すっごく、しんぱいしたんだから。」
そう言って、二人がこっちを見つめてくる。ジト目はやめなさい。悪かったから。
ペコペコと謝り、2度と危ないことをしないと約束すると、気を取り直したのか。リヨンが話題を切り替えた。
「私たちが来たのは昨日の朝だったんだけど、一度帰ってドリさんに話を聞いてきたんだ。あの魔物の事とか。」
おぉ!さすがは「意外と頼りになる奴ランキング」1位のリヨンさん。抜かりないじゃないか。
ちなみにこのランキングにドリさんとサリーさんは入っていない。二人は普通に頼りになるので、「意外と」の条件を満たさないのだ。
ドリさんからの情報によると、あの魔物は「恐らく冬虫禍草だろう。」とのこと。
主に昆虫系の魔物に寄生する茸で、菌糸が一定以上集まると知能を得て宿主を乗っ取るらしい。弱点は火炎なので、俺の処置は間違っていなかったことになる。
それと俺の睡眠のことだが、魔法生命である岩石精は通常は睡眠などを必要としないが、大きなダメージを受けたり、生命の源である魔力が尽きかけたりすると意識を失うことがあるらしい。魔力節約のためのスリープモードというわけだ。
リヨンと話をしている間、ミラは退屈してしまったのか。リヨンの膝枕でうたた寝を始めてしまった。もう少し構ってあげるべきだったと反省。
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけたのか。村の方からハンクがやってきた。軽く手を挙げて挨拶してくる。
「目が覚めたのか。よかったよ。大立ち回りの後で寝込むから心配していたんだ。」
『心配かけてすまなかった。それに畑もボロボロにしてしまって申し訳ない。』
そう言ったが、ハンクはキョトンとした顔をしている。まるで、俺の声が聞こえていないみたいな。
ここで、やっと俺は気が付いた。俺、声が出てなくないか?
記憶が連鎖反応を起こして、すぐさま心当たりが浮かんでくる。
俺が話すための魔法具「魔声環」がない。そもそも、あれは木製なのに、着けたまま火の中に入ってしまった。
途方に暮れてしまった俺に代わって、リヨンが口を開いた。
「ごめんなさい。ロクは今、声を出す道具が壊れてしまっていて、喋れないの。畑を荒らしてしまったことを謝っているわ。」
俺の言葉をハンクに伝える。
ハンクは納得したのか。肯いて、すまなそうな顔をした。
リヨンはこちらに向き直った。
「壊れた魔声環はロクの体を綺麗にするのに邪魔だったから、外して小屋の中に置いてある。後で、ドリさんの所へ持っていって直してもらいましょう。
でも、周りが黒焦げだし、中に入ってる私の羽根も駄目になってるみたいだから、時間がかかるかも」
そう言えば、煤で汚れているはずの俺の体が綺麗になっている。流石に折れ曲がっていた膝の裏側や地面に触れてた尻は汚れていたが。
ミラとリヨンが拭いてくれたのだろう。
しかし、折角リヨンがくれた羽根もダメになってしまったのか。
『ゴメンな。せっかく、リヨンの羽根を分けてもらったのに、ダメにしてしまって。』
そう言って謝る俺を、リヨンは笑い飛ばした。
「5年も使ってもらえば上出来よ。でも、ミラと話が出来ないのは困るわね。この際だから、修理とは別にスペアも作っておこうかしら。」
コホン、とハンクが咳ばらいを1つ。
「あ~、二人の世界を作ってるところ悪いんだが、あの魔物の死体をどうしたらいいか。相談に来たんだ。」
おっと、それがあったな。
別に忘れていたわけじゃない。というか目の端に黒焦げになった死体が転がってるんだから、忘れようにも忘れられない。
それに俺が土槌隆起で出した石柱も片付けなければ。
「一応、あの時お前さんに言われた通り、目立つ塊は火にくべて後は放っておいたんだが」
そう言えば、たき火の中からそんな指示を出したんだった。あの時は、俺が魔力感知で取りこぼしがないかを確認しようと思っていたのだ。
ちょっと考え込む俺の耳(は無いが、おおむね顔の横辺り)にリヨンが顔を寄せてきた。そのまま小さな声で言う。
「冬虫禍草の胞子は緑の聖水で浄化できるらしいから、ドリさんからもらってきた物を夜のうちに畑に撒いてある。村の人にも寄生された人はいないみたいだし、後はロクが一通り調べれば村の人も安心するんじゃないかな。」
ハンクに聞こえないように言ったのは、ドリさん謹製の緑の聖水は原料が聖樹の葉だからだろう。この前、最後の1枚みたいな雰囲気でハンクに渡したからな。
気にするような奴ではないと思うが、「最後の1枚じゃねーのかよ!!」というツッコミが入らないとも限らない。
それにしても、リヨン、お前どうしちまったんだ。
普段のお気楽っぷりが嘘みたいに、出来る女をやってるじゃないか。いや、コイツもいつまでも子供ではないということか。
なんだか妙な感慨にふけりつつも、死体の片付けを行うことにした。とりあえず、本格的に眠りはじめてしまったミラは小屋の中に運んでおく。(俺の寝ている間に布団が運び込まれていた。)
俺のことが心配で、あんまり寝ていなかったという。
全く、うちの子は天使だぜ。出来ればその様子を録画しておいてもらいたかった。
まずは、畑周辺の魔力感知を行い、生き残っている胞子がにないかを確認する。ハンクとの会話はリヨンが間に入って通訳をしてくれた。
結果として、胞子は発見できなかったので、続いて死体の片付けだ。
ハンクの呼んできたセロウと村長のグラスンと相談した結果、村から少し離れたところに埋めることになった。
【母なる大地の精霊よ。我が願いを聞き届け、心念じるところを形と成せ。石練成】
ストーンクラフトの呪文で死体の下に薄い石の板を作ってやり、それを引きづるようにして移動する。
埋め立て場所でも俺は大活躍。ガツガツと土を掘ってその中に魔物を投入。土を掛けた後でガッツんガッツんに踏み固めてやった。
作業中、ハンクから耳寄りなトピックが一つ。
どうやら、この前の冬虫禍草との戦いを機に村人たちの俺への感情が少しばかり変化しているらしい。
今まではハンクにセロウ、それにシレンたち極一部以外は俺が村の近くに住みつくことにマイナスの感情を抱いていた。それがこの前の奮戦で、変わってきたと言うのだ。これは嬉しい。
嬉しかったので、もう少し掘り下げて聞いてみることにした。
~イスタ村の100人に聞きました。~
Q:村のはずれに岩石精が住むことをどう思いますか?
1)良い
2)まあ良い
3)あまりよくない
4)よくない
5)その他( )
※5を選んだ方は、理由の記入もお願いします。
結果(実際に聞いたわけではなく、あくまでハンクの印象です。)
1)…9人、2)…15人、3)…37人、4)…30人、5)…9人
主な意見
・すべり台とかであそんでくれる。たのしい。(10歳未満)
・つよいし、頼りになりそう。(20代)
・悪い奴じゃなさそうだけど、まだ信用できない。(30代)
・正直、怖い。(10代)
・病気も魔物もアイツのマッチポンプに決まってる。私は騙されない。(50代)
・魔物を退治してくれたのは感謝してるけど、あの戦いを見ると怖さを感じてしまう。(30代)
・ミラちゃんとネリちゃん、ペロペロしたい。(20代)
などなど。
とりあえず、最後の奴をどうにかすべきであるということは分かった。
全体的な傾向としては10代から20代くらいの男はこの前の怪獣大決戦を見て、好感を抱いてくれた奴が多いらしく。
それ以外では、ありがたいけど正直怖い。という反応が多いらしい。
あとは頑固な反対派がかなりいる、とのこと。
確かに、紫色の体液を体中に浴びながら、鬼のような勢いで相手を殴り殺す。
そのあとで相手と自分をまとめて火葬に処するという。どう考えても精神異常者のごときエキセントリックな行動だ。
あの場にミラがいなくてよかった。
とは言え、単純に拒否されているよりはいい傾向のハズだ。正直、危ない戦いだったが、終わってみれば悪くなかっただろう。
土台は出来た。後はこの調子でゆっくりこの村に受け入れてもらえばいい。なんせ、まだまだすべてが始まったばかりなんだから
リヨンたちと村の方へと戻りながら、俺はそんな風に考えていた。
次回の更新(6/6)にあわせて、小説のタイトルを
「岩石精(ゴーレム)に転生したら、養女(むすめ)ができた。」
に変更させていただきます。
現在は上記タイトルの略称である「ゴレむす」を使用していますが、コレだと「更新された連載中小説」の一覧をスマホで閲覧した際に内容が全く分らないことに(今さら)気が付いたからです。(PCで閲覧した場合と異なり、あらすじが表示されないため。)
タイトルが変わったからと言って面白くなるわけでもないですが、引き続きよろしくお願いします。




