第18話:Roots&Route
その日も、いつもと同じように退屈で平穏で幸福な朝から始まった。
父は村一番の働き者で愛妻家。母は村で評判の美人。二人は僕の自慢だった。
そんな二人と、いつものように村はずれの畑へ仕事に行く。
背中に道具を積んだコルダが、ポクポクと蹄の音を響かせた。
村の方向から響いてくる、聞いたことのない物音。悲鳴に怒声、金属の衝突音。
それに気が付いたのは、仕事が一段落して3人で休憩をしている時だった。
「あら、何かしら。なんだか騒がしいわ。」
そう言って、母さんが顔をしかめる。それと前後して父さんも村の方を見やっていた。
「煙だ!火事か!?」
父さんが言葉通り、村の方角から黒い煙が噴きあがった。
だけど、ヘンだ。火事なら、村の真ん中にある鐘が鳴らされているはずだ。そういう決まりになっている。
「俺が少し様子を見てくる。二人ともここで待っていてくれ。」
不穏な空気を感じたのか。
父さんは魔物が出た時に使うための、弓矢と剣を身に着けると。村の方へと足を踏み出した。
その時だった。街道脇の藪の中から、ソイツらが飛び出したのは。
まだらに黒ずんだ肌と藁のような茫々とした髪の毛。淀んだ眼光で瞳を満たし、生臭い臭気を纏った醜悪な魔物。
それが、2匹。
「悪鬼!?なぜ、こんなところに」
父さんの足が、止まり、逃げ出す。顔がこちらを振り返る。最初に母さん、次に僕。視線がめぐると、その表情がわずかに変わった。
父さんは足を止め、魔物に向き直った。その手は震えながらも剣をしっかりと握る。
「二人とも逃げろ。オリガ、行けっ!!」
母さんは、ためらいながらも動き始める。その首元でネックレスが揺れて、キラリと光った。
まだ小さい僕の体を片手で抱きかかえると、もう片方で置いてあった鍬をつかむ。
細くて華奢な母さんの体にこんな力があったなんて、それまで僕は知らなかった。
父さんは、2匹の悪鬼相手に剣を向けて威嚇する。魔物はニタニタとしたいやらしい表情で斧を振りかぶっている。
母さんがコルダの背に僕を乗せる。そして、木につないであったロープをほどこうと手を掛ける。
「母さん、父さんが!」
僕は叫んだ。
続いて響く、悪鬼の咆哮。父さんの断末魔。
魔物の手にした無骨な斧が父さんを半分にした。
ロープがほどける。2匹の悪鬼が父さんを踏み越えて迫って来る。
「しっかり、掴まっているのよ。絶対に離しちゃダメ。」
母さんは笑顔を浮かべた。僕は震えた。
「ライド、いつだって貴方を愛してる。強く生きてね。」
母さんが、手にした鍬の柄でコルダの尻を思い切り叩く。
コルダは急激に走り出した。本能に従って、一番安全な方向へ。
僕は言われた通り、必死にたてがみを掴んだ。
母さんが、細い腕で鍬を振り上げて、悪鬼へと向かっていく。悪鬼が応じるように戦斧を振りかぶる。
駄目だ、母さん。
「母さん!!」
見慣れた王城の一角で、ライド・グローリーハンズは目を覚ました。
数秒。あたりを窺うようにした後で、体を起こし息を整える。寝巻は汗でビショビショだった。
「ずいぶん、久しぶりに見たな。」
一時は毎晩うなされた、おなじみの悪夢だった。
着替えようと腰を浮かしたライドは、思い直して剣をとった。どうせ、寝なおすことなどできないのだ。
ならば剣でも振っていた方がマシ。剣を振るなら、汗で濡れていても関係ない。
王城内の練兵場で1人、剣を振る。素振りで身体があったまった後は、虚空に映した影を1つ、2つと切り捨てる。夢のせいか、その影は悪鬼を彷彿とさせた。
この数年で鍛え抜かれた体は敏捷に動き、鋼の剣が風を巻く。斬り、かわし、受け流し、突く。影は次から次へと立ち現れた。
「なにか、嫌な夢でも見ましたか。ライドさん。」
不意に声をかけられて、ライドは剣を下ろした。とはいえ、その顔に驚きはない。あるのは苦笑だ。
元々、そこに少女がいるのは気が付いていたし、少女もライドが気づいていることを知っていた。
「なかなか、鋭いな。だけど、子供がこんな時間に出歩いていいのかい。」
「誰が子供ですか。何度も言いますが、これでも貴方より年上なんですよ。」
ライドの台詞に憤慨する少女、アルビ・トゥールー。
王都の司教であるカタリ・テレーズの秘蔵っ子と言われる少女。
教会における位階は最下級の助祭だが、魔法の実力は既にそのはるか上、司祭の域にも収まらないと言われている。
だが、見た目は明らかに子供である。いや、実際の年も大人とは言えないのだが、それ以上に外見が幼い。
ライドの肩にも及ばない身長。棒のような手足に起伏の乏しい身体。大きな目と女性にしては短いショートボブの髪も童顔の一因だ。
全体の印象にわずかばかり、逆らっているのは明るい茶髪の中、存在感を示す一房の黒髪と深緑の瞳を覆う眼鏡だろうか。まあ、無駄な抵抗でもある。
「まあ、それはいいんです。それより、貴方こそこんな時間にどうしたんですか。夜戦の稽古とも思えませんが。」
腰かけていたベンチのからピョンと立ち上がると、アルビは改めてライドに尋ねた。寝巻代わりの簡素なワンピースの上に、神官用の上着を羽織っている。
「アルビの言った通りさ。嫌な夢を見てね。そのままでは寝付けそうになかったから、少し体を動かしていた。」
眼鏡の奥にほんの少しもの問いたげな色が浮かんだが、それでも少女は敢えて踏み込んでは来なかった。代わりに言う。
「とても、軽くには見えませんでしたけど…。まあ、貴方がそう言うならそうなんでしょう。でも、明日はいよいよ出発の日です。少しでも休んでおかなければいけませんよ。」
お姉さんぶっているような台詞に思わず笑いが出そうになる。ライドはそれを噛み殺した。
「分かった。もう、切り上げて休むことにするよ。」
「そう、それでいいんです。」
我が意を得たりと肯くアルビ。そうしてから、両手を持ち上げると胸の前で手のひらを重ねた。両の親指と小指にはめられた光玉の指輪がカチリとなる。
【何人にも汚されぬ。いと清らかな光の粒子。我は汝らを求めたり。此方の心より出で、彼方の心に伝い、穏やかな時の如くそれを癒せ。魂を照らす灯】
詠唱とともに重ねた両手から優しい光がこぼれだす。指向性を持った光の玉がライドの中へと吸い込まれ、それに伴い夢を見てから付きまとっていた、張り詰めた感覚が消えていく。
希少にして、貴重。純粋な癒しの力を持つ光属性の魔法。その使い手は王国広しといえど、数えるほどしかいない。
「今のは?」
ライドが短く尋ねると、少女は少しだけ得意げな表情で答えた。
「魂を照らす灯。本当は、心を病んでしまった人や、戦場で恐慌を起こした人に使うモノなんですが。少しはお役に立ちましたか?」
「ああ、すごく。助かったよ。」
アルビはニコリと笑う。
「それなら、よかったです。では、私もこれでおやすみさせていただきますね。」
「ああ、僕も引き上げるとしよう。」
教会関係者の宿舎に戻って行くアルビを見送ってから、ライドも自室へと戻った。
先ほどアルビの言った通り、明日は大事な日だ。出来るだけ休んでおく必要があった。寝台の上で目を閉じ、ライドはゆっくりと眠りに沈んでいった。
次の日の早朝。王都の門を抜けていく5頭だてのコルダ車があった。供として騎馬を3頭連れたそのコルダ車は王都から離れると一旦止まり、積み荷と乗員を下ろした。
降りてきたのは勇者ライド・グローリーハンズとジンカイ。
目立たず王都を出立するために、幌の中に隠れていたのだ。
車に据えられた5頭のコルダを放し、うちの2頭を騎馬に仕立て、1頭に荷を積む。残りの2頭は再び車に据えた。
騎馬に乗っていた3人も荷物の積み下ろしを手伝う。
荷を下ろした後、コルダが2頭に減った車は、用が済んだとばかりに王都へと戻って行った。
「皆、このような出発になって申し訳ありませんが、今日からよろしくお願いします。」
準備が一段落したところで、改めてライドが口を開いた。それに応じるのは周りに立つ4人だ。
「なに、勇者様の旅にご同行できるとは、騎士の誉れ。このコナーズ・エア、今から武者震いが止まりませぬ。」
そう力を込めたのは、頑丈な鎧に身を包んだ騎士。日に焼けた顔に実直そうな表情。太い首が頼もしい。
「コナーズさん。勇者様なんて呼んじゃいけませんよ。お忍びなんですから、ラッセルと呼ぶようにと言われたでしょう。」
そう窘めたのは、コナーズの横に立つ優男。ケイマー・ビットだ。
細身だが、その分だけはしっこそう。やや軽薄だが、いかにも世事に通じた雰囲気がある。栗色の髪を後ろで尻尾の様に束ねてあった。
「でも、正体を隠して魔物退治の旅に出るなんて、本当におとぎ話みたいですね。私、聖都と王都しか行ったことがないので楽しみです。」
そう言って、目を輝かしたのは一行の紅一点。助祭アルビ・トゥールー。
台詞と相まって、完全に子供に見える。
「今さら、自己紹介も必要あるまイ。時間が惜しイ。すぐに出立するとしよウ。」
いつもと同じ仏頂面で一同を急かしたのはジンカイだ。もとより、この旅自体が彼の立案である。
ライドに実戦経験を積ませたいが、王都近辺には手ごろな魔物がいない。
ならば旅に出るしかないが、公にしては各地で歓迎をうけ、結局のところ物見遊山と化してしまう。それを防ぐためのお忍びだ。
傭兵としての身分も用意し、各地のギルドでも依頼を受けられるよう手配してあった。
まあ、この件についても王都司教のオリガ・テレーズとは一悶着あったのだが、最近は半ば定例行事と化しており、誰も問題視はしていない。
それぞれの弟子であるライドやアルビも、言い合う2人がどことなく楽しそうにも見えることに気が付いてから、努めて放置しているのが現状だ。
ライド、いやラッセルがコルダにまたがる。荷駄を積んだコルダはケイマーのコルダにつながれていた。
「予定通り、まずは南東に進み、ファクタを目指します。では、いきましょう。」
ライドの宣言とともに、一行は出発する。
朝焼けの空の下、彼らの旅が始まった。
※勇者編でした。
「俺は 今度こそお姉さんキャラのヒロインを出そうと思っていたら いつの間にかロリキャラになっていた。」
な…、何を言っているのか分らねーと思うが、俺も何をしているのか分らなかった。
頭がどうにかなってるのかもしれない。
病気だとか業だとか
そんなチャチなもんじゃあ 断じてねえ
もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ……




