第12話:英雄譚の始まり
今回、三人称視点です。
あと、忘れてる方もいるかもしれないので、一応補足。
「コルダ」=バクみたいにちょっと鼻の長い、馬的な動物。
その日、グレイス王国の都・インストラは喜びに沸いていた。彼らの奉ずる聖智教の総本山、コウロゼン神聖国の都・ファクタより予言がもたらされてから7年。
ついに、それが実現したのだ。
離宮から王宮へ向かう大通りを民衆は埋め尽くす。その間を王宮の騎士たちがかき分け、パレードのスペースを確保しようと躍起になっていた。が、民衆の熱はその程度では少しも冷めやらない。
野次馬、物売り、すり、酔っ払い。まったく、収集困難な大騒ぎであった。
待ちかねている民衆の上に、高らかにラッパが吹き鳴らされ、離宮の正門が重々しく開かれた。
既に上がりきっていた民衆の熱がさらに一段と上昇する。
最初は白金に輝く鎧を身に着けた近衛騎士たちが蹄の音も高らかに進み出る。近衛騎士は王都の花形、若い町娘などはそれこそ目を皿のようにして目当ての騎士の姿を探す。
それらを率いるのは黒鋼の鎧を着こんだ偉丈夫。波打つ金色の髪と髭。金獅子将軍とあだ名される王国の英雄。レナード・アレクシウス。
英雄を夢見る少年。立身出世を願う若者。そう言った者たちがことさらに熱い視線を送る。
続いて現れたのは簡素なコルダ車に乗った教会関係者たちの一群。群衆の中にあってさえ、どこか超然とした雰囲気をまとっている。
その中央にたつ王都司教カタリ・テレーズ。
聖職者でありながら、熟れきった大人の色気をにじませ、あふれる母性を感じさせる彼女には熱狂的なファンが少なくない。
どこか切羽詰まったような呼び声が群衆の中から何度も上がる。司教は穏やかな笑顔を左右に振りまいた。
その後に王族のコルダ車が続き、いよいよ最後のコルダ車。それこそが今日の群衆の本命である。
一際、豪華で大きなコルダ車が近づいてくるに従って群衆の声が小さくなる。誰もがお喋りを中断し、車の上の人物に注目していた。
2段の階段上の構造の1段目に彼はいた。2段目に設けられた台座に腰掛ける国王ガイヤ・グレイスを守るように立つその姿。
青を基調とした細身の衣装を身に着け、その腰には異国を思わせる変わった刀剣を佩いている。金髪碧眼の精悍な若者。
群衆に緊張しているのか、少し硬い表情を浮かべたその顔には、まだ10代のあどけなさがある。
「予言の巫女」カサンドラによって出現を予言されてより、王国の全ての民に待望されていた「聖剣の勇者」ライド・グローリーハンズ。
群衆の注目を集めた勇者は、やおら鞘から太刀を引き抜いた。その刀身から放たれる鮮やかで清冽な燐光。群衆はその美しさに息をのみ、それから歓声を爆発させた。
その歓声がどよめきに代わる。その原因は、数台前を行く司教カタリのコルダ車だ。美しき女司教の頭上には光り輝く魔法陣。見ればカタリをはじめとした聖職者たちが王と勇者のコルダ車に向けて魔法を放とうとしていた。
カタリの口がたおやかに呪文を紡ぐ。
【其は罪を清める火。元素を十重、二十重に囲み、十重、二十重に巡らせたまえ。満ち満ちる力をもって、爪牙と成し、森羅万象を灰塵と化せ。罪人を焼く火】
詠唱の終了と同時に魔法陣が輝き、その中央から火炎の奔流が噴出した。火竜の咆哮を思わせる爆炎流。
娘たちが悲鳴をあげ、男たちが息をのんだ次の瞬間。
「ハァッ!!」
気合と供に勇者が手にした聖剣を一閃した。同時に業火は切り裂かれ、霧散した。後には聖剣の軌跡を示す仄かな燐光。王も、勇者も傷一つ負っていない。
再度爆発する歓声。強大な火炎魔法をこともなげに打ち払い、国王を守った勇者に、人々は王国の未来の輝かしさを確信した。娘たちが次々と手にした花束を投げる。
花吹雪が風に舞う。その中をパレードの一行はゆっくりと進んでいった。
一般の兵士が寝起きする一角。パレードが終り、自分に割り当てられた一室に戻った勇者ライドは、部屋の中に来客をみとめた。
黒目、黒ひげ、異国風の装束を身に着けた壮年の男、東方の島国・ホムラの武人。ジンカイだ。ライドの背筋が自然と伸びた。
「万事、つつがなく終わったようで何よリ。なかなか、見事な若武者ぶりだっタ。」
語尾にわずかななまりのある独特の口調。しかし、言葉自体は流暢だ。
「ありがとうございます。これも先生のご指導のおかげです。」
はきはきとした口調でライドはジンカイを「先生」と呼んだ。
聖剣をこの国にもたらした際にジンカイの出した条件の一つ。それは、見出された勇者に対してはジンカイが直接兵法の指導を行うこと。
今のところ、ライドは悪くない生徒であったと言える。素直で、骨惜しみすることがない。それに何より高いモチベーションを持っていた。
「本日の修練がまだ足りておらン。用意を終えたら、修練場へ来イ。」
ジンカイの指示にライドは二つ返事で応じる。それに肯いてジンカイは部屋を出ていく。
「斬魔刀は俺が返しておこウ。では、修練場で待ツ。」
聖剣(ジンカイは斬魔刀と呼ぶ。)を無造作に持ち、ジンカイは去った。
入れ違いに侍女が入ってきて、着替えを手伝ってくれる。
元々は庶民の出である。未だに人に手伝ってもらうことには慣れないし、普段は自分一人でやるのだが、今日の衣装は特別製で、着方も脱ぎ方も分からないからしょうがない。
聖剣を持つことを未だライドは許されていない。
師が言うには「未熟者には過ぎた道具ダ。」とのことだ。今日は国民へのお披露目ということで特別に許可された。そのことについて、ライドに不満はない。
確かに、自分の力が師に遠く及ばないことは骨身にしみていたし、一方で自分が現在確実に強くなっている実感があったからだった。過酷な訓練もそれがあればこそ乗り切れる。
手早く着替えを終えると、ライドは準備を整えて修練場へと急いだ。
王宮の敷地内に立つ聖堂。自らの住居であり、職場でもあるその場所への道すがら、司教・カタリは呼び止められた。
「ちょうど、よかっタ。コレを頼ム。俺は少々、用事があのでナ。」
そう言った相手はジンカイ。無造作に差し出されたのは聖剣。供の侍女が受け取ろうとすると、ジンカイは鋭い目つきでそれを拒んだ。
「有象無象に扱わせるわけにはいかなイ。司教どの、受け取られヨ。」
この異邦人が頑固で変わり者なのは既に分かっていたので、カタリは異を唱えることなく聖剣を受け取った。
普段、聖剣の管理は神器の扱いを心得ているカタリの管轄であった。
ジンカイよりは下位ではあるが、管理者の権限も認証されている。
カタリ自身は勇者が持つべきと主張したが、ジンカイがそれを拒んだのである。
「それで用事とはなんですか。どちらかへお出かけに?」
すぐにでも踵を返しそうな相手に、カタリは問いかけた。返事がないかと思われたが、ジンカイは口を開いた。
「修練場でライドに稽古をつけル。勇者は晩餐会には欠席する旨、司教どのよりお伝え願おウ。」
何を分かりきったことを、とでも言いだしそうなジンカイの表情。だが、カタリはその言に異を唱えた。
「今から、ですか?もうすぐ日も沈みますし、今日は特別な日です。勇者様も日々の訓練でお疲れでしょうし、たまには羽根を伸ばされた方がよいのでは。」
このカタリの台詞にジンカイは到底肯けぬものを感じたらしかった。
「戦場は時を選ばヌ。疲れも、闇夜も言い訳にすらならン。それに、1日稽古を怠れば、取り戻すのに3日は掛かル。その遅れが命を奪うのダ。」
そう言うと、もはや言うことはないというように背を向けている。
カタリはと言えば、少々憤然としながらその背中を見送った。無論、表には毛ほど表したりはしないが。
そもそも、ジンカイとは以前からウマが合うとは言えなかった。
まず、彼の行動はカタリにとって理解しがたいことが多すぎるのだ。
食事は料理人が心を込めた王宮の食事には見向きもせず。茹でた芋だの、鳥だのをやけにしょっぱい味付けで使用人に大量に用意させているし。
さらに居室については、最初に用意された王宮の客間を断り、他の兵士が使う質素な部屋の一つを使用している。
行き過ぎた贅沢はいさめられるべきだが、格式や段取りというモノも時に重要であるし、なにより人の好意は素直に受け取るべきではないだろうか。
まあ、ジンカイ自身がそういう振る舞いをするだけならば、百歩譲って良しとしよう。しかし、勇者ライドにまで自身と同じ振る舞いを強制するのはいただけない。
神器に選ばれ、この国にさらなる繁栄をもたらす大事な体である。訓練は重要だが、栄養のある食事と、十分な休養もまた必要不可欠だ。それを、
「美食に美酒など、毒と同じダ。血が濁ル。よい寝床も論外。ゆっくり寝るのは、死んでからで十分であろウ。」
などと、理屈にもならないことを平気で言うのだ。
レナード将軍などはそんなジンカイの言動に武人同士のシンパシーを感じているようだが、カタリにとっては理解の埒外。
さらには当のライド自身がジンカイを尊敬して、懐いているのも面白くない。
まあ、アレである。
要は、男同士で仲良くやっていて、女の自分が仲間外れにされてる感じが寂しいし、悔しいのである。ちょっとだけ。
この司教様。象牙の塔で純粋培養されただけあって、長じた今も根っこのところが少々子供っぽいのだ。
だが、それがイイ。とは、とある隠れファンの言である。
※この勇者サイド(仮)は、ロクたち魔物サイドの話と時系列的に厳密にリンクしているわけではありません。
魔物サイドの話の切れ目に大体同じ時期の話を投稿しているため、厳密なタイミングは若干前後している場合があります。