【ロイヤルズと代理人の青年?!】06
「で、ショボくれてスゴスゴ帰ってきたのか。」
ジェームズの辛辣な言葉にハイリンヒはむすっとした。
「うるさい」
王宮へと戻る馬車の中、ハイリンヒは流れる町並みを窓から不機嫌に眺めた。本当はこのままチャールズの後を追いたいが、そうも行かない自分の身の上が悔しい。その横で、呆然としていたウェルズが呟いた。
「シャーロットが修道院・・・王子!!!シャーロットはどこの修道院へと行くんですか!!」
あまりの事態にウェルズはすぐさまハイリンヒに食いついた。
「知らん。そこまで聞いてない。聞いてどうする?本人の希望を踏みにじるのか?」
イライラしながら答えれば、泣きそうな顔でウェルズが叫んだ。
「当たり前です!!修道院など、シャーロットに似合わない!!爵位がなくなったのなら「権力でも使うか?」」
ハイリンヒの冷たい言葉にやっとウェルズは止まった。一番それを行使したいのは本人であるはずなのだ。
「シャーロット嬢は貴族の位が重荷だったんだろう。時々市井の街を歩いてる姿を見かけたことがある」
そう言ったのはジェームズだった。
「お前・・・」
「で、どうするんだ?諦めるのか?」
その言葉にハイリンヒは頭を悩ませた。
目に浮かぶのは楽しそうに延び延びと王宮の庭園で駆けるチャールズの姿だ。眩しいと思った、どれほど容姿を褒められようともチャールズの内から出る純粋な輝きには負けるだろうと、いつも思っていた。
楽しそうに笑う姿は、魑魅魍魎が蔓延る王宮での暮らしの中での癒しだった。
策略、陰謀、裏切り、少しでも弱みを見られればすぐに足が掬くわれる
サロンで嫌な大臣が無駄話に面会来ると聞けば、直ぐに立ち上がって飛び出して戻って来ると。
『ハイリンヒ!!今日は天気がいいな!出かけよう!休憩時間は大切だ』
そう言ってお忍び用の服と馬を連れて来る。林の中を駆けて、駆けて、汗だくになりながら色々な事をして笑った。
権力で縛る事は簡単だ。王子として命令すればいい、だがその瞬間から、友ではなくなってしまう、ただの配下だ。
その時に、チャールズにどう見られるか怖かった。
説得して側に居てもらえた方が良い。
しょうがないな、と困った笑顔を向けて側に立ち、一緒にこの国を支えて欲しかった。
豪華な門をくぐり抜け、馬車が入る玄関ホールに馬車は入って停車した。馬車から降り、目の前の階段を登りながら、ふと後ろを振り返った。
乗っていた馬車は、玄関ホール内で方向転換し、入ってきた大きな木製の扉から出て行った。その扉は兵士の手によって、きしみながらゆっくり閉じられる。
「ハイリンヒ王子?」
ウェルズに声をかけられ、ハイリンヒは何でも無いと答えて階段を上る。豪華絢爛な装飾が施された吹き抜けの階段の天井フレスコ画を見上げ、ふとこの絵をみたチャールズの言葉を思い出した。
『吸い込まれそうな天上の世界だよね。この階段が天上の世界に続いてるみたいだ』
『そうだといいな。実際は魑魅魍魎が跋扈する王宮へ続いてるけどな。』
『ははは、違いない。でも、庶民からしたらココはやっぱり天上の世界だね。』
<天上であってたまるか。>
ハイリンヒは心の中で呟いた。豪華絢爛、望む物はなんでも手に入る飢える事もない、裕福な暮らし。だが同時に、心は孤独だった。
昨日まで隣に立っていたチャールズが居ない、ただそれだけなのに、心が冷たくなって来る、他に友もいる、王宮は働く者達で溢れ返っているというのに、階段を登り切って現れる豪華な広間も色あせてみえる。
窓ガラスから差し込む夕日が頰をてらした。
あの丘の上でみた夕日のようだと思った。
夕日を見ながらチャールズが呟いた言葉を思い出す。
『ハイリンヒ、身分があるのと無いのとではどっちが自由かな。』
<チャールズは、何を指して自由と言ったのだろうか。>
*
王宮の庭園に、美しく装った女性達が集まっていた。庭園には白いテーブルが並べられ、その上に色とりどりなお菓子が並べられている。
庭園が見える室内には見目麗しい男性陣が思い思いに過ごしていた。
今日は、王妃主催のお茶会。王都に居る未婚の女性達が集められた、謂わば婚約者探しなのだ。
その庭園の真ん中にある東屋に、主催者である王妃が鎮座していた。周りには警護の者と挨拶に伺う者だけだ。音が籠るように作られている東屋は、少し離れると会話が全く聞こえない。
その東屋の中に、今シャーロットは最後の挨拶を告げるために一人訪れていた。
「王妃様、本日はお招き頂きありがとうございます。」
「顔を上げて、シャーロット。・・・とうとう今日で最後なのね。」
感慨深げに、王妃はシャーロットの顔をじっと見つめた。
「はい、本日が最後になります。」
ほっとしたような笑顔で告げたシャーロットに、王妃は悲しげに眉根を寄せた。
「修道院につくまで気を抜いてはなりませんよ。」
その言葉に、ハッとしてシャーロットは顔を引き締めていった。
「申し訳ありません。やっと・・・解放されると思い気が緩んでおりました。」
そう言って頭を下げたシャーロットに王妃は小さくため息をついた。彼女を守り、幸せに出来る男性が現れれば良いのにと思い、茶会によく呼んだが、それもとうとう叶わなかった。
彼女の存在はとても危険であり、だが同時に価値もあった。
シャーロットは、純潔の魔女の血を引く女系一族の生き残りだった。男はうまれず必ず女のみしか産まれぬ、不可思議な女系一族。
魔女の血を引く女は、時としてその血によって男達を惑わし国に富をもたらしてきた。
だが彼女、シャーロットだけはその道へと進まずにすんだ。
偶然が重なった、ただそれだけだ。その為に彼女の血はまだ、男達を惑わす力を発揮していない。
まっすぐに成長した少女は自分の血を恐れた。だからこそ、誰とも添い遂げる事良しとしなかった。一生を神の元で過ごしたいと望んだのだ。王や関係者達は難を示したが、王妃は同じ女性として・・・かつて祖先が魔女だった為に彼女側についた。
「身辺整理は付いたのですか?」
優しくシャーロットの手を包み込みながら王妃が言えば、シャーロットは少し涙ぐみながらも笑顔で答えた。
「はい、つつがなく。」
シャーロットにとって王妃は、王都での母のような存在だった。忌まわしい自分の血を軽蔑せずに、護ってくれた。
いつかは、国の為に身を捧げなくてはならないのかと怯えていた時代は終わったのだ。シャーロットがこのあと行く場所は、女しか居ない修道院だ。そうなれば自身の忌まわしい血に苦しむ必要は無くなる。
「シャーロット、最後のお茶会。楽しんでね。」
そう笑顔で送り出され。シャーロットも笑顔で挨拶をすませた。
お姫様のような夢のような華やかな世界も今日で最後だ。
友達の令嬢達と挨拶をし、お菓子を摘む。ふらりと庭園の花々の香りに誘われるかのように、庭園から離れるようと歩みを進めると、薔薇のアーチを抜けた所で、ハイリンヒと出くわした。
驚きつつも、無視する訳もいかず立ち止まった。
「御機嫌よう。シャーロット嬢」
そう言って、優雅にシャーロットの手を取ってハイリンヒは口づけた。
「御機嫌よう、ハイリンヒ王子。」
軽く腰を落として挨拶をすれば、ハイリンヒが腕を絡めて、今しがたシャーロットが来た道に連れて行こうとする。あのような会が苦手なはずなのに、そのような行動にシャーロットは驚いた。それに、自身もせっかく抜け出したというのに戻るのはちょっと困るのだ。
「王子、困りますわ。」
そう言って腕を抜こうとすると、今度は手をしっかと握りしめられてしまった。大きくゴツゴツした手だなと思いながら何故引き止められるのか分からず、シャーロットは困惑して見上げれば、ハイリンヒは不思議そうに言った。
「おや、どうして?」
「私、ご令嬢方に恨まれたくありませんの。」
困ったように首を傾げながら見上げるシャーロットに、ハイリンヒは苦笑しながら言った。
「今日で最後と、昨日伺った気がしたが。もう参加しないお茶会で恨まれようと関係ないじゃないかい?」
そんなことを言い出したハイリンヒに、シャーロットはため息をついた。
「まぁ。そういう問題ではありませんわ。・・・チャールズの事は私にはどうしようもできませんわ。」
まだ、チャールズの事を諦めていないのだろうと思い口にすれば、腰を抱き寄せられてしまった。
「私は、君を身代わりになんて思った事は無いよ」
少し悲しそうに、覗き込まれシャーロットは顔が熱くなるのを感じた。
「お、王子?」
顔の近さに思わず、空いている手でハイリンヒの顔をそっと押しのけようとするも、今度はその手掴まれて口づけをされてしまった。
「確かに、君たちは似ているね。手の感触、肌の匂い、髪の毛の色、瞳の色」
そう言って、確かめるように、ハイリンヒは手を撫で、また抱きしめて首筋に顔を埋めてにおいを嗅ぎ、頰に手を添えて顔を覗き込んだ。
その瞳は、チャールズとヘーゼルの瞳は、同じ吸い込まれそうな程澄んだグリーンの中にライトブラウンがキラキラと輝いていた。夜会の時には見た事の無い輝きに、ハイリンヒは額が付く程、見入ってしまった。
「お、王子・・・」
その唇は塞がれ、それ以上言葉を発する事は叶わなかった。
逃げようとするシャーロットの頭を抑え、涙に濡れる瞳を眺めがら唇を堪能する。砂糖菓子のように甘い口内を、甘みが無くなる迄しゃぶり尽くせばシャーロットの腰は落ちてしまった。
そういえば、昼間の日の光の元でシャーロットと会った事が無かった事実に気づいたハイリンヒは、彼女の腰を抱き寄せて建物へと続く脇道に進もうとした。
その様子に気づいたシャーロットは赤らめていた顔を今度は青くして叫んだ。
「お、お戯れはおよしください!!」
そういって、シャーロットは転げ落ちるようにハイリンヒを突き飛ばし、走り出した。
走り出したシャーロットの背にハイリンヒは言った。
「シャーロット、俺から逃げるな。」
思わず振り返れば、追いかける様子も無くハイリンヒはその場で立って此方を見ていた。それは敵を追いつめる時のハイリンヒを彷彿させた。
シャーロットは、早くこの場から去らなければと思い走り続けた、使用人通路を通っていく。使用人達が明らかに貴族の女性が走って行くのに驚きの声を出されるも無視して走り続けた。
玄関へと続く裏口にやっと着けば、玄関ホールへと続く扉の前で息を整えた。
コルセットが苦しいと思いながら、大きく息を吸ったゆっくり肺に空気を入れ、落ち着かせるように柱の影に隠れた。焦るとコルセットの締め付けで貧血になってしまう。幸いこの場所に使用人は居なかった為、落ち着けた。
少し扉を開けて玄関ホールを確認した、前もって出る時間を御者に教えていたため、そろそろ来ているはずなのだ。
すると、馬車がちょうどホールに入って来るのを確認できた。外に出ようとする所で出るのを止めた。
なんと、正規の貴族用の階段からロイヤルズのメンバーである友人の1人が走って降りてきたのだ、しかも業者が止めるのも聞かずに馬車に乗り込んでしまった。
「ちっ、早い。」
汗がだらだらと背中を流れるのを感じた。奇麗にセットした髪の毛はぼろぼろだ。きっと化粧も禿げている。
せっかくの最後のお茶会だったというのに、何を失敗したのだろうかと、シャーロットは扉を閉めて項垂れた。
息苦しさと走り疲れで口の中が血の味がする。
友人を追い出して馬車に乗れるか、それとも馬を失敬して逃げるか、だがこの様子だとアパートメントにも人が行っているかもしれないと思い直した。ハイリンヒ達は一度も訪れた事が無かったのに、昨日初めて来たアパートメント。あそこには、まだ修道院に向かう馬車に載せる為の荷物が置いてあるのだ。
「困ったわ。」
シャーロットは、大きくため息をついて座り込んでしまった。おしゃれなハイリールで走った為に指先が痛い。血豆が出来ていそうな痛さだ。
それに答えるように、足音とともに先ほど聞いた声が響いた。
「困ったね。」
来たのは、ハイリンヒ王子。
「どうして、私に構うのです?もう本日で俗世とお別れだというのに。」
へたり込んでしまい、もう立ち上がる気力もなくシャーロットは見上げながら投げかけた。
「だからこそかな。この日を逃したら君にも一生会えない。・・・そうだろ?」
その言葉に、シャーロットは困ったように首を傾げた。
「それに、俺は君に逃げるなと言ったんだ。俺は王子で、君は男爵令嬢。今はまだ。」
王子であるハイリンヒの言葉を男爵令嬢が無視したなど本来あってはならない事だ。その言葉に、シャーロットは疲れたように目を瞑った。感情を読み取られぬように、どうやって逃げようか。
「そうですわね。ですが・・・」
そう言いかけて、唇がまた暖かい者で覆われた。目を開ければ目の前にはハイリンヒの顔があった。
「王子。お戯れは行けませんわ。」
「そうだね。」
今まで、火遊びのように口づけられた事はあった。本気になってはいけない、貴族の恋愛ごっこだ。そう、口づけだけ。それなのに今日は甘い毒を含んでいるように思えた。
唇から暖かさがきえれば、体も宙に浮いた。ハイリンヒがシャーロットを抱き上げたのだ。思わずハイリンヒの首もとにしがみつけば、しっかりと抱き直されてしまった。そのまま、手をかけずに、先ほど座り込んでいたシャーロットの背にあった扉が開いた。
そこに居たのは、ジェームズだった。
「流石王子。狩りの腕は一流ですね。」
「当たり前だ、雌鹿の動きはよく知っているからな。」
その言葉に、シャーロットは冷や汗をかいた。ジェームズは、流れるようにシャーロットの足元にゆき、足首を掴んで靴を脱がして行った。
「な!!」
慌てて足を振るも、しっかりと足首を掴まれていたため意味をなさなかった。
「あぁ〜せっかく奇麗な足が血だらけですね。後で手当をしないと」
そう言いながら、ジェームズは脇に控えていた衛兵に靴を投げつけ処分しとくように指示を出した。
靴が無ければ石畳が続く王都で歩くのは困難だ。しかも貴族の女性の柔らかい足など特に。
シャーロットは顔を青ざめた。二人は、シャーロットの馬車に乗り込んでそのまま走り出したのだ。中に居たロイヤルズのメンバーの一人ウィスコットは、ハイリンヒの腕中に捕まったシャーロットの姿に、なんともいえない顔をして言った。
「王子の先見の明には驚かされます。で、シャーロット嬢をどうするんです?」
その言葉に、シャーロットはまだ抜け出すチャンスがあるように思えた。
「とりあえず、俺の屋敷に行く。そこで暫くシャーロット嬢には過ごしてもらうかな」
「王子、そのような事王妃様がお許しになりませんわ。未婚の女性を、王子の館に住まわせる等と、周り者が勘違いしてしまいます。」
シャーロットは逃げるように背筋を伸ばしながら言った。腰はしっかりとハイリンヒに抱きしめられ、緩む様子は無かった。
「構わない。」
ハイリンヒの言葉に、シャーロットは向かいに座っている二人に視線を投げれば、二人とも肩を竦めて何も言わなかった。
「王子!!」
「では、問うが、何故母上が認めないと断言できるんだ。結婚する気のない君が何故王都に来たんだ?」
その言葉に、シャーロットは息が止まった。
じっと見つめるハイリンヒの強い瞳から目が外せなかった。何も言えず、苦しくなり目が潤むのを感じた。
最後の最後になって、シャーロットの心を乱して行く、ハイリンヒ王子に思わず唇を噛めば向かい側の席から野次が飛んだ。
「わー王子が泣かせたーいじめっこだー」
「女性に優しくをもっとーにしてる王子が泣かしたー」
「うるさい!」




