【ロイヤルズと代理人の青年?!】03
大きな音と共に、馬車は止まった。
馬車から降りれば、そこは今泊まっている貴族用のアパートメント。コンシェルジュに挨拶を住ませ部屋に戻れば、手荷物用のトランクが一つだけがベットの上に置かれいてるだけだ。
胸元に飾られていた、代理人としてのブローチと王宮内の出入りを許されたブローチを外し、二つを手に乗せて眺めた。
二つとも、紋章の部分の金は、月日と共に鈍い光に変わり、垂れ下がっている布はくすんでいる。それだけチャールズの胸元に飾られていたのだ。
初めて王都に来た時に胸元に飾られていたのは、アムストラ辺境伯の紋章と代理人の意匠が施されたブローチのみだった。
だがすぐに、その胸元にもう一つブローチが増える事になった原因は、ジェームズとハイリンヒだ。
ブローチを二つを握りしめ、アムストラ辺境伯代理人のブローチだけ鞄に押し込んだ。
豪華な、王宮に出仕するための上着を脱ぎ捨て着替え始めた。
もう二度と着れない、代理人という名の衣装。
ロイヤルズという名の貴公子としての衣装。
「もう・・・」
チャールズは衣装を撫でた。豪華絢爛な刺繍に、肌触りが良い高級な生地。庶民では手に入らない、この衣装代だけで農民なら3ヶ月暮らせるくらい高いものだ。
「・・・最初っから後戻りは出来ない。」
あの時声をかけられた時から。
*
代理で来ていたチャールズに、最初に声を掛けたのはジェームズだった。
社交シーズンの最初の日、各地の領主が集まる舞踏会でやっと国王夫妻に挨拶を済ませ、最初の一仕事を終えたばかりで、緊張と慣れぬ場所とで疲れ果てていた時だ。人目につきにくいホールの端にあるソファで、一息ついてだらけていた時だった。
「始めまして、見ない顔だけど何処の貴族かな?」
目を瞑ってだらけていた為、チャールズは急いで立ち上がった。声をかけてきたと言うことは、身分が上なのだろうと思いながら内心は冷や汗ダラダラだった。
「始めまして、アムストラ辺境伯の代理を務めさせて頂いてる、チャールズと申します。以後、お見知り置きを」
そう言って優雅に礼をして顔を上げれば、相手に驚いた顔をされてしまった。
「いや、すまない。先ほどの気の抜けっぷりから、こんな完璧な礼をされるものだから驚いてしまった。」
「それは、よかった。いきなり代理を頼まれ、急いで身につけた礼儀作法なので完璧に見えているのであれば一安心です」
そう言って笑えば。向こうも笑って返した。
「イヤイヤ、こちらこそ不躾ですまなかった。ジェームズ・クリス・ドゥ・アインスだ」
その名前に、チャールズはすぐに先ほどまで挨拶の場所にいた貴族を思い出した。
「アインス公爵のご子息様でしたか。」
まさかの大物貴族の息子にチャールズは内心悲鳴をあげた、ジェームズが頷いたので、お互い握手をし合えば向こうから会話を振ってきた。
「堅苦しいことは止めてくれ、同じ年齢の、しかも一緒にサボってくれそうな人が居ると思って声をかけたんだ。それにしても、代理とは凄いね。俺はまだ父上の代理なんてやらせてもらえないよ。」
そう屈託なく笑顔を向けられ、チャールズは苦笑いしか出なかった。
「あはははは、それはよかった。私も必要最低限な仕事は終わったので、残りの時間までどうやって潰そうか悩んでいたんです。代理人と言っても、我が領内は特に農産物などやっていないので、お手紙をお届けする程度です。大人達には他の仕事がありますので。手が空いてる、ということで私が抜擢されただけです。」
その言葉に、ジェームズは眉間に皺を寄せて思い出していた。
「ふ〜ん。あぁ!そうか、アムストラ辺境伯でまた、国境沿いで小競り合いがあったとか、辺境伯が怪我をされたとか言っていたな。」
チャールズは、誤摩化したつもりだったのに、ジェームズは違う事を考えていたらしい。まだ公にされていない辺境白の怪我をもう知っているとは、やはり公爵家の情報は早いなと思った。
「・・・えぇ、そうなんです!安静にしていれば大丈夫なので執務には問題ないんです。」
違う意味で冷や汗をかきながら、早くこの場所から去りたいなと思い始めていた。王宮に出仕出来るような大人が居ないなとか、若干本人がサボる口実を見つけたからという事など、口が裂けても言えない。
チャールズが住むアムストラ辺境伯領は国境沿いにあるせいか、常に争いごとがたえない領地でもあった、そのせいで男達は皆兵士として従軍し領内を護り、女達が畑を耕し家を潤す。そういう領地でもあった、そのため男達は皆筋肉ば・・・体を動かす事は好きなのだが、このような礼儀作法に乗っ取った場所や、周りの空気を読むという場所が苦手な者達ばかりだったのだ。
チャールズとして身分が無いにも関わらず代理として任命されたのは、そういった所もあってなのだが。
「そうか、我が領内は中央に近いせいか、そのような争いごとに疎いだ。やはり君も剣の腕前は良いのかい?」
目をキラキラさせて聞いてくるジェームズにチャールズは違う意味で冷や汗をかいた。そういえば、我が領内出身の兵は飛び抜けて強いというのは有名だったのだ。その為兵士になりたかったら、アムストラへ行けというくらいに。剣術好きの男子には憧れの地らしい。これは腕試ししたいとか言い出しそうだと思いながら。
「いやー・・・私はからっきしセンスがなくって。腕力も弱いですよ。なので城の内勤の仕事を主にしているんです。」
だから、手合わせは無理ですよ〜っという雰囲気を出しながら、どうやって話を終わらせようかと思っているのに、なかなかタイミングがみいだせなかった。しかも、ジェームズはチャールズの腕を触り始めた。
「そうなのか?だが君の腕の太さや体の太さを見れば、かなり鍛えてるように見えるが?」
「私、肉がつきやすいだけで。見かけ倒しなんですよねー。領内で弱いです。」
やんわりと手を外して、後退りながら、これは逃げた方がいいかな?と思っていたところに、二人に声をかけてくる者が表れた。
「ジェームズ!いつまで待たせるつもりだ!」
表れたのは、先ほど国王夫妻の横に立って居たハイリンヒ王子だった。
「お、王子?!」
チャールズは驚いて大きく一歩下がったが、すかさずジェームズに腕をとられ、逃げることが叶わなくなった。
「え?!ジェームズ様ちょっと?!」
「だめだめ、逃げたら俺があいつに怒られるんだ。」
そうウィンクしたジェームズは、今から色男の匂いをさせている。これを令嬢に見せたらイチコロだろうなとチャールズは思いながらも、しっかりと握られた腕は外れそうにない為諦めた。
近く迄来たハイリンヒは、ジェームズに捕らえられているチャールズを確認すると笑顔で頷いて言った。
「よし、ちゃんと捕まえたな。行くぞ」
そういうと、広間ではなく、廊下の方に抜けて行った。
「はいはい、王子」
その後をジェームズと引きずられるようにチャールズは連れて行かれた。
ハイリンヒは鼻歌まじりに進んで行く。チャールズは明らかに王宮の奥へと連れて行かれる様子に、内心パニックだった。
「あ、あの。どこに行くんですか?」
「ん?俺専用のサロンだ。」
答えたのはハイリンヒだった。くるりと回転しながらご機嫌な様子で言った。
「え?!王子専用のサロンですか?!なんで僕が?!」
「あはは、それはハイリンヒが君の事を気に入ったからしょうがない。諦めろ。」
そう笑いながら答えたのはジェームズだった。
「ぇええ?!」
「おいおい、俺だけか?ジェームズだって気に入ったんだろ?」
「まぁな」
二人が意味深な合図をする様子に、一瞬男同士のアレを想像してしまったチャールズは目線を彷徨わせた。
「お二人は仲がよろしいですね。」
「あぁ、ジェームズは俺の遊び相手だしな。年の近い貴族で、王都在住の奴は少ないからな。」
「へー・・・。で、私の何が気に入られたんですか?」
「「欲のない所」」
二人同時に答えられて、意味が分からずチャールズは首を傾げた。
「あはははは!意味が分からないって顔してるぞ!」
ハイリンヒは楽しそうにチャールズの腕を無理矢理自分の腕と組ませながら歩き始めた。まるで二人に捕われてるような状態だ。身長は二人の方が頭半分チャールズより大きい。
「全くだ。しょうがない教えてやろう〜。」
まるで芝居がかったようにジェームズが言うと、ハイリンヒも同じように芝居がかったように言い始めた。
「そうだな、田舎者のお前に教えてやろう〜普通貴族や、使用人は大抵気に入られようとごまをするんだよ。」
「もしくは、めちゃくちゃ毛嫌いしたり、おざなりな対応をするね〜だが君は」
ジェームズが言えばハイリンヒが続きをいう。
「全く普通に喋ってくれる。しかも、ちゃんとマナーも守りつつだ」
両脇でまるで台詞のように言葉が続いてく。
「俺たちは、良い意味でも悪い意味でも注目を浴びる。」
チャールズはただ聞くしか無かった。
「そう、自分たち以外の友人関係もね。だから、ちゃんとした友人を選ばないと行けない。」
耳元でそっと囁かれた。逃げようにも、二人にがっつりと腕を掴まれる為に逃げられない。
「他人に惑わされず」
ハイリンヒの声は艶があって、むしろその声が人を惑わしそうだと思いながら、身を捩れば、逆側の耳でジェームズが囁く。
「騙されず」
低い声は、かすかに耳に吐息がかかった。
「利用されない。・・・耳は弱い?」
ハイリンヒがわざと耳に息を吹きかけてきた。チャールズは顔を真っ赤にさせて暴れた。
「ちょっ?!」
「あははは、ごめんごめん。もうそこの角を曲がれば、俺のサロンに到着だ」
そう言って胸をぽんぽん叩かれた。
違う意味でチャールズは顔が赤くなったが、黙って部屋へと案内された。罵倒しようにも相手は、この国の王太子だ。
そこまで理性は失っていない。
「さて、退屈な舞踏会が終わるまで、ここで遊ぼう。」
蝋燭に灯が灯されるとそこは、ピアノからビリヤードとたくさんの遊戯が置かれた部屋だった。
「?!」
チャールズは思わず口をぽかんと開けてしまう程、豪華な内装と広さがあったのだ。
「このブローチも着けないとね。これは俺が気に入った友達にしか上げない、このサロンへ自由に出入り出来る通行証だ!」
そう言ってハイリンヒはチャールズの胸元にブローチをつけた。
「コレを着けてるのは今の所、君を入れて、6人だ。残りの4人は後から来るから紹介する。」
「えぇ?!」
なんだか、大変な事になってないか?とチャールズはやっと胸元に飾られたブローチを見た。
王家の紋章と、王子の紋章が入ったブローチの縁には、この者を王子の友人として招待すると古語で書かれていた。
その後きた王子の友人達にもチャールズは気に入られてしまった。なんでも、いけ好かない侯爵家や伯爵の人を上手くあしらったのを見られていたらしい。
清々しかったとか言われても、チャールズは本人はそんなつもりではなかったのであまり身に覚えが無かった。
身分が違いすぎるから、適当に聞き流してただけなのになーと思いながらも、なんだかんだで楽し友人ができてしまったので良しとするかと思い直した。
王都でしか手に入らない本や雑誌、おしゃれな遊び道具。
思いがけず、王宮の出入りも自由に出来てしまい、この年は王都探索にことかかさなかった。




