1 雲弘寺
この作品にはその時代に存在しない言葉や流派などの表現が含まれています。
1600年頃
世界の果てに雲弘寺という寺がある。
この寺には僧侶以外にも雲弘流武術を極めるために集った武芸者達が居た。
雲弘流は樋口七郎右衛門不墈の弘流から始まり針ヶ谷五郎兵衛夕雲が無住心剣流を編み出し
そして井鳥助之允巨雲が弘流と無住心流を合わせて雲弘流を作り上げた。
また、日本中の犯罪者たちが罪を償い身を清めるためこの寺で日々修行していた。
その数は約1000人にも及び、その中に3人の少年がいた。
そのうちの一人、珍念は13歳で本名は清丸、実家は武家だが次男のためこの雲弘寺に預けられ修行をしていた。
「今日の稽古も凄まじかったなぁ、僕らはこの寺に来てもう何年になるんだろう。」
「もう3年ちょっとだよ、俺ゃもうやだよ…稽古は辛いし師範は怖いし家に帰りてぇや。」
木刀を杖にしながらそう言うのは珍念と同い年で大の仲良しの像念だった!
「国に帰りてぇよぉ… おっ母にも会いたいよ。」
「おい像念、大丈夫さ君には僕達が居るじゃないか!
それに君は母上が迎えに来るまでに立派な武芸者になるんだろ?
確かに辛いけど一流の武芸者になって有名になった時の事を考えると諦めるのも惜しいだろ?」
「そ、そうかなぁ…」
「僕らと免許皆伝まで励もうよ像念!」
「珍念!!」
なんとか像念を励ました珍念だったが実は像念が雲弘寺に入ったのには辛い経歴があった。
彼の本名は像吉といい武家でもない家庭の子だったが父親が事件を起こし地元に居られなくなり
母親と共に放浪生活をしていたが食うに困り母親は像念を寺に預け何処かへ行ってしまう。
像念が預けられる時に母親が大人になったら迎えに来ると言い残し去っていったが珍念は悟っていた
彼の母親はもう戻ってこないと。
そうでないとしても像念が十分な稼ぎが得られるようになるまで彼を寺に押し付けたのではないかと。
また、像念は辛い修行の日々にうんざり気味になっていた。
「ちぇえりゃ!!」
二人が話していると後ろから二人の尻に木刀を叩きつけてきたのは留念と言い二人より一つ年上の14歳で二人より強く活発的な人物で
下級武士の子だった。
「お前らそんなに俺が怖いか! そうじゃろうな、次期師範代に最も近い男じゃからな俺は!」
「留年は師範になっても僕たちをいじめるの?」
「おまんらが弱すぎるからだ!特に像念、おまんはいつもいつも頭に来る」
「ひゃあぁー!」
「待たんかい像念!」
三人の関係はこのような感じだが基本的に三人でよく集まり行動を共にしていたのであった。
留念の剣の腕は三人の中でも一番でこんな寺で終わるつもりはなく自分の腕で仕官しようと考えていた。
この物語は作者が十代半ば頃に考えた作品です。




