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ジンは花見が好き。(下)


 全てが無の闇の中で、唯一ジンを引っ張り上げる手だけが、いつも暖かかった。


 ブーブーとスマホが揺れる。ジンの寝起きの鼓膜を揺らす音に、意識がハッキリする。目を開けると開いたカーテンの向こうに見える景色は、今日も雨。一昨日から晴れては止んでを繰り返している。雨は恵。多過ぎては災害になりえるが、今年のこの地域では雨が少なかったので気分は憂鬱だが必要な雨と割り切り、雨を晴らさずにいたのだが今日は日曜日。花見の予定だった。しかも昨日の夜よりも雨が強くなっている。桜流しは早く終わってほしいな。

 電話もこの事についてだろう。寝起きだったから出れずにいた電話に表示されていた名前は、櫻希だった。電話の後もメールが来ていて『日暈お兄様にジンに頼んでも良いですかと聞いたら良いよって仰ってくださいました!雨をお晴らしください。お願いいたします』と書かれていた。ジンも花見がしたい。なに、日暈もそう判断したのなら、ジンは雨を晴らそう。日暈はジンの体調について何も説明していないのに、シュノより把握出来ている。流石、花守家当主だ。普段の気遣いも感謝しているが、ジンは頼られる事や願われる事は構わないのだ。大事な人達からの願いは叶えたくなる。


 ジンは着替えて窓を開ける。ヘビも花見を楽しみにしていたからか、今日はもう起きていてジンの足元で見上げている。ヘビも虹が好きなのだ。

 手を天に差し出し、願う。雨が晴れますようにと。すると雲が裂け、ジンの手のひらに光が届いた。手を下げて空を眺める。雨は次第に弱まり雲が開き、その隙間から青空が顔を覗かせ始めた。数分で一面雨雲だった空には青空が広がり、大きな虹が掛かった。濡れた地面が乾くには時間がかかるだろうが、良い花見日和になった。

 花見は春から行われるので、今日はお昼ご飯は家で食べずに花守家に行くことになっている。ジンはヘビを肩に乗せて部屋のドアを開けた。


「ジン、ヘビもおはよぉう」

「おはよう」

「ぴっぴっ」

「花見楽しみだねぇ。白玉なんてぇ尻尾フリフリしてるよぉ」

「ははっ行くか」

「うん。白玉ぁ行くわよぉ」

「わん!!」


 花見の会場は花守家。料理は花守家も作ってくれるけど、参加者達も作ってくる。皆の料理が楽しみである。ジンは沢山食べれないけど、全部一口ずつは食べるつもりだ。参加者は毎年の最低五十人以上。近所の魔法使いであるラズを誘ったら一緒に住む弟と共に参加したいと返事が来たので、日暈に確認して許可をもらった。


 すぐ近くだから眼前には花守家の開かれた門。その側には花守家に来る客を出迎える役を請け負っている『菊咲昼育』と『菊咲朝生』が居た。


「おはよう、ジンさんシュノさん」

「おはよう二人とも。あとペットの君達も」

「おはよぉうございまぁす」

「おはよう」

「わんっ」

「ぴっ」

「散夜さんは裏門ですかぁ?」

「そうだよ、あちらからも客が来るからね」


 今日は裏門担当らしい『菊坂散夜』は菊咲の二人と同じ苗字だけど、三人それぞれの関係性は従兄弟である。菊咲家は結界師の家計で花守家を守る結界を張っている。一人二人が来るだけならわざわざ菊咲が出迎える必要はないけど、こうも大勢だと客に紛れて入ってくる悪い奴が居るから門番をしているんだ。それとは別に仕事などでは、花守と付き人の色藤の一族の前に客と接触する役目がある。

 花守家は花守五人兄弟と色藤の一族の八人と、菊咲の三人と呪術師が二人、それと護衛の二人の総勢二十人で暮らしている。彼等は花守五人兄弟を守る為に一緒に住んでいるのだ。


 それは一旦置いておいて、庭でもう既に酒盛りを始めている人達が見えた。シュノは持ってきた料理を並べ始めた。ペット達も大はしゃぎだ。どうやら、若菜達はもう来ていたらしい。こうも人が多いと個人の気を判別するのは面倒だ。他にもかなり来ている。ジン達は遅い方だったようだ。花見開始は十二時からだった筈だが、毎年結局誰かが来たら勝手に始めてしまう。

 御花様が自身の桜の木下で梅と戯れている。なるほど、先に始めたのは主役か。


「早いなぁ」

「本当に、うちに来るのも早かったし、雨が止む前から中で勝手に飲み始めてねぇ」

「日暈」


 日暈の声と共に日陰が出来たと思ったら、紅貴がジンに日傘で日を遮ってくれた。


「ありがとう、ジンちゃん。何かあったら直ぐに言うんだよ」

「分かった。ありがとう」

「潰れるのも時間の問題でしょう、休憩用の部屋をご用意してあります。ジン様用の部屋はいつものところに」

「ありがとう」

「さぁ、参加予定者はほとんど集まっている。あとは予定があって遅れる人達だけだ。……みんな!花見を始めよう」


 日暈の声掛けでさらに多くの酒が開けられて、皆が乾杯していく。ジンは何を飲もうかとかんがえながら自動で浮く日傘の下、シュノ達の元へ向かった。

 他の者達と余興に勤しんでいるヨナと悟空を眺めながら、シュノが取ってきてくれた料理を食べる。視界の端に、友達に絡まれて面倒臭そうな顔をしている若菜が入ってきた。ここにはほとんどが知り合いだから、若菜は春に相応しい格好をしていてる。静かに桜の木下に並んで酒を飲む者、縁側で話に興じる者、料理に夢中になっている者。ここにあるのは、自由だ。


「ジン」


 黙々と料理を食べるジンに御花様が声をかけた。酒臭い。御花様の御手には、自身の桜の木から取られた枝が握られている。もぎたてフレッシュ。


「御花様」

「今年の分だ。今年も始まったばかり、あまり無茶をするでないぞ」

「ありがとう。気をつける」

「はぁ……やんちゃしすぎるなよ」

「ジンは大人しい」

「自認はどうあろうと自由だ」

「きれいだ」

「当然だな。妾の枝だ」


 ジンが桜の木の枝を受け取ると御花様は満足そうに笑い、梅と共に酒を飲み始めた。


「ジンー!」

「巫兎」

「あら今年も綺麗ね。後で神社に土を取りにきなさいな」

「そのつもり、それで何か用?」

「もうっ話しかけるのに理由は要らないわよ! ほら見て、桜模様の御守り! 可愛いでしょー!!」

「理由は無かったんじゃなかったのか。…‥うん、可愛いね」

「でしょでしょっ!」


 そう言いながらジンの前に差し出された手のひらには、刺繍で作られた桜が可愛い御守り。


「作ったのか。器用だね。この気は野良猫のか」

「そうそうっ! 弥猫ってば、刺繍の才能があったの!」

「すごい」

「これあげるね」

「ありがとう」


 弥猫、神社に住み着いている猫獣人。ふらりと来ては泊まり、ふらりと出て行ってを繰り返していた野良猫だ。最近はほとんど神社に居るから、定住するつもりなのかな。彼は巫兎のヒモになりかけている。


「数は多く無いけど、売るつもりよ。これの売上は弥猫のお小遣いになるわ」

「へぇいいね……あとでついでに気を込めろと?」

「へへへ……お願いします」

「いいよ」


 とても可愛いね。一個貰ったので、櫻希に気を込めてもらおう。巫兎の用事は終わったので、ジンはまた黙々と料理を食べる。巫兎も料理を取りに行った。


「ジン」


 今度は、ラズだ。後ろにはラズの弟が居た。目だけ同じ色彩で、髪の色は金髪だった。姉弟だから顔も似てる。


「何」

「お花見って最高ね! 誘ってかれてありがとう、弟のことはまだちゃんと紹介したなかったでしょう?この子忙しくて」

「うん」

「初めまして、ジン。俺の名前はリオ。姉が世話になっている。本当にすまない……」

「どうやら、弟の方は常識人らしくてジンは嬉しいよ」

「えぇー!? 私も常識人だけど!」


 わざとらしく頬を膨らませるラズに、見た目年齢じゃなくて実年齢を考えろとジンは心の中で思った。見た目だけ見ればその仕草が似合うのだから、困る。


「姉さんが何か定かしたら、遠慮なくどついてくれて構わない。時には暴力しか解決方法がないこともある」

「うん……シュノに言っとく」

「ふっ食事中に邪魔した、すまない。姉さん、俺達も食べようか」

「うん。ジン、おすすめ教えて」

「あの赤い皿の肉が美味しい」

「あぁ美味しそうだと思ってた、じゃあまたね」

「うん」


 弟が常識人でよかった。シュノも喜ぶ。シュノは今は料理を作ってきた者達と料理の話をして盛り上がっている。お菓子美味しそう。


「ジン君」


 ジンは食べることを再開しようとしたが、人影が落ち頭上からまた声がかかった。今度は誰だっ! と顔を上げると、そこに居たのは花守家の末っ子の青青だった。『青青』と書いて『せいじょう』と読むのだが、多くからは『あお』と呼ばれている。姫よりも姫らしい性格をしている青青は、親しい者達にそう呼ばれることを許容している。他の者がそう呼ぶと烈火の如く怒り出す。


「おはようジンちゃん、料理は美味しいかな? よかったらついさっき出来たばかりの料理も食べない? 持ってくるよ。雛守の自信作だよ」

「うん、貰う。」

「伊舞姫はどうかな?」

「貰おう」

「分かった! 持ってくるね。あおはジンちゃんの側で待っていて」

「分かっている、早くいけ」


 そう言って青青の護衛兼付き人である『雛守懐』は料理を取りに行った。実はずっとジンの隣りで料理を食べていた姫が、ずっと黙っていたのについに声を出した。姫は青青とは花守家の中で一番仲がいい。姫友ってやつかな。


「あお、お前も座るといい」

「言われなくても! ちょっとつめなよね」


 姫が移動して座る場所が出来ると、青青は口を尖らせて何処かを睨みつけていた。青青の視線の先を追うと、日暈がいた。ブラコンめ。


「……青青、日暈は当主なんだから青青を構えないのは、仕方ないだろう?」

「分かっている!」

「一緒に花見したいのだろうが、少し待ちなさい。後少しの辛抱だ」

「ふんっ」

「ほら、あお。これを食べるといい」

「何これ、悟空が持ってきた菓子だ」

「……美味しい」

「それはなにより」


 お菓子で機嫌が少し良くなった青青は、まだまだ子供だった。今年で十九歳、お酒はまだ飲めないから成人している兄達とも混ざりにくいなのだろう。ジンと姫はお酒を飲まないから、こういうお酒を飲むものが多い場所ではよくお酒を飲まない者達が自然と集まる。だけど今回はお酒を飲まない客はほとんどいない。今も料理を作り続けている、料理作りに精を出す者達くらいだ。お酒を飲まないのは。食べたらいいのに、料理が置かれているテーブルの上は既に溢れそうになっている。どれだけ作るつもりだろうか。


「……虹が綺麗だった」

「だろうね」

「ふんっジン君がしなくても、この青青が雨晴の儀式するのに!」

「成功率が上がったと聞いたよ。すごいね」

「ふふんっ当然だ」


 なるほど、日暈に構ってもらえない事だけじゃなくて、日暈が自分ではなくジンに頼った事に嫉妬しているのか。ブラコンだなぁ。まあ花守家は皆、日暈が大好きなブラコン兄弟なので、青青と他も大して変わらないけど。

 きらりと光ったと思って空を見上げたら、ヘビと遊んでいたきーちゃんが姫の頭上に降りてきた。


「……っこの、降りろ! きぃ」


 姫の情緒を乱せるのは、みことちゃんときーちゃんくらいだよ。滅多に聞けない姫の大声を聞きながら、青青と料理を持って戻ってきた雛守と共に料理を食べる。美味しい。姫が持っているジンがあげたきーちゃんの模様の御守りを突きドヤ顔しているきーちゃんと、その顔を見て額に青筋を浮かべた姫と冷戦を眺める。余興を終えたヨナと悟空、やっと解放されたらしい疲れた顔をした若菜と遅れてきた信一郎を加えて皆で料理を食べた。


 ジンはお酒は飲まないので、桜ジュースを飲む。時々ふく風が花弁を舞わせて空を泳がせる。一等強い風が吹いた時、桜の花が落ちてきてジンのコップに入った。こういう時は花弁一枚だろうと笑みを零しながら、ジンは花入りのジュースを飲んだ。

 まだまだ太陽は高い。花見は夜まで続くだろう。毎年のように。



 次の日、ジンは神社に行って土を分けてもらった。その土を大きめの鉢植えに詰めて部屋に置く。御花様に貰った桜の木の枝を土の中心に刺すと、枝がみるみると大きくなり小さな桜の木に変わった。小さな桜の木にお酒を供える。これは御花様が十五歳の頃から毎年くださる、御守り。昨年貰った御守りは、すっかり枯れてしまったので巫兎に渡してきた。何かしらモノを燃やす時に役立つから。枯れてしまった枝でもまだ力が残っているし、弱い巫兎を守ってくれる。

 ジンが危険に陥る度に枝に宿る生命力を分けてくれるので、枯れるのが早いという事はつまりそういう事だ。まあ仕方ないだろう、世の中危険が多いのだから。だから御花様に言われるのだぞと自分でも思う。


 今日の予定は無い。舞い込んでくるかもしれないが暇なので、ジンはテレビを見るために部屋を出て行った。



 天の川の下。川しかなかった場所に小さな島が出来、その島の中心には大きな桜の木が一本。小舟がその島に近付いて、止まる。小船に乗っていたモノが小舟から水面に降りると、そのモノの足は水の中に沈む事なく浮かんだ。そのモノは供えられた酒を開けて、桜の木の下に腰掛けて飲み始めた。


『今年も綺麗な桜だ』


 そのモノも同じく、花見が好きだった。



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