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第4話 ジンは花見が好き。(上)


 ここは日本帝国の四十都道府県王に分けられた国々の一つである、横浜県の横浜市犬目区二丁目にある花守りの家の庭。三月下旬、桜が咲き始めてもいい時期なのに、この家の桜の木は蕾すらつけない。他の桜達はもう咲く準備を終えているというのに。地域のボス猫ならぬボス桜であるこの大きな桜の木の下で、この家に住まう花守りの一人である『花守櫻希』は悩んでいた。


「御花様が篭ってしまわれたわ……このままではこの地域の桜の皆々が、花を咲かせることが出来ない。どうしましょう……」


 朝から説得しているが未だ成果が得られずにいる、花守家で一番花守りの力が強い櫻希の姿を見て、縁側に集まっていた櫻希の兄弟達はどうしようかと肩をすくめた。花守家は五人兄弟。その三男である菊鏡は他の兄弟に行ってこいのジェスチャーをされたので、櫻希の元へ向かった。途中で振り返ると長兄を残して二人の弟達は興味を失ったらしく、そそくさと去っていった。なんて子たちなんだと心の中で思いながら、歩みを進める。


「櫻希の兄上」

「あら、菊鏡」

「やはり兄上の声は届かないようですね」

「……そうね。どうやら御花様は拗ねておられるらしいわ」

「それはまた、何故?」

「近所の梅様と喧嘩なされたそうよ。先程、梅様の使いの者が教えに来てくれたの」

「あぁ……昨年もそうでしたね。それで開花が遅れたというのに、懲りないですね。一昨年は酒盛りで御二方共に酔い潰れて……御花様達は本当に仲がよろしいことで」

「えぇ、まったく」


 御花様と花守家に呼ばれているボス桜は、今も葉桜のまま。他の桜達は毎年、ボス桜が咲いてから自身の花を咲かせる。だからこのまま篭り続けられてしまえば、今年は桜が見られないだろう。


「……御花様〜! よろしいのですか? 梅様と桃様はもう花を咲かせ始めているんですよ。花見が出来ません!」

「そうですよ。兄上の言う通り、人々は御花様以外の花で花見をしてしまいますよ」


「えぇーい! 五月蝿いっ!! 知らん知らんっ妾は知らぬぞ!」


 二人の言葉の後、ついに御花様が少し外に出て来られた。大きな声と共に強い風が吹き、葉桜の葉が舞いった。声と風が止むと、庭が少し荒れた状態になり御花様はまたしても篭られてしまう。

 これはいけない。二人は見合って頷き合う。この時二人の脳内には、一人の人物が浮かび上がっていた。デデニープリンセスよろしく全ての生物に愛されている、徒歩三分圏内に住む友を。


「ジンに頼みましょう、兄上」

「そうね。ジンなら確実だわ」


 花守りは花を守るだけで、花のご機嫌取りは仕事ではない。適任に任せよう。適材適所という言葉は本当に素晴らしい。二人はただ毎年恒例の花見がしたいだけなのだ。春だから桜が見たいし。

 という訳で二人は式神でジンに先触れを出し、迎えに行く支度をしに行った。そんな二人の様子を、付き人が用意したお茶を飲みながら長兄は困ったなぁという顔をして見ていた。


「ジンちゃんにに頼り過ぎるのは良くないんだけどなぁ……」

「御二方はジン様と特に仲がよろしいですから、頼ってしまうのでしょう。ジン様はこのようなお願いなら叶えてくださる方ですから」

「そうだね。もてなしの準備を」

「既に出来ております」

「早いね」

「当然です」

「ははっ流石」



 深い深い闇の中、降りてきた光が形を変える。その光は落ち続けるジンの腕を掴んで、今日もジンを闇の中から引き上げる。


『起きろ』


 開いたカーテンに遮られず部屋に届く日差しに目を慣らす為に瞼を閉じたまま、体を起こす。その後目を開けて体をほぐして、服を着替える。顔を洗いってリビングに行き、シュノに挨拶をして一緒にお昼ご飯を食べる。テレビでは、一番最初に咲いた桜を紹介していた。


「花見の季節だ」

「もぉうそろそろだよねぇ。今年はなぁに作ろうかなぁ」

「唐揚げ」

「うん。作るねぇ」


 お昼ご飯を食べ終えて、食器を洗うシュノを背景にジンはテレビを見ていた。すると数分後にヘビが蕾の形に折られた紙を咥えてやってきた。


「……花守か」

「ヘビ、おはよぉう。あらあらスマホって言う便利な道具がぁあるのに、本当にかわぁいい」

「うん。また花が咲かないのかな」

「ふふっ仲良いよねぇあの花達はぁ。ヘビぃご飯あげるから、それペッしなさぁい」

「うん。ヘビ、それちょうだい」

「ぴぃ」


 ヘビは咥えていた紙を差し出されたジンの手のひらに乗せて、お昼ご飯を食べる為にテーブルについた。ジンが蕾の形の紙に気をこめると、蕾が花開き中から桜の香りが漂ってきて、言葉が空に浮かんだ。


『今から伺います』


「今から……」


 折り紙は櫻希、文字は菊鏡か。この二人の先触れには見覚えがあった。一昨年の同じ時期の事だった。二人が訪れる理由を察せられたジンは、ソファから立ち上がり出掛ける支度を始めた。


「ジン、花守家にぃ行くのぉ?」

「行ってくる」

「行ってらっしゃい気をつけてねぇ」

「うん」


 玄関でシュノに見送られながらヘビを肩に乗せて、花守家へ向かった。二人は待たない。どうせ花守家に行くのだ、道中で会おう。小学校の角に近付くと二人と二人の付き人の気配を感知した。向こうもジンに気付いたようで、ジンが角を曲がるともう目の前にいた。一歩がデカ過ぎる。


「ジン、おはようございます! 御家で待っててくれてよかったんですよ!」

「兄上、人が居ないからとこのような移動は御控えください」

「菊鏡も歩いていないでしょう?」

「ジンちゃんおはようございます」

「ジン、おはよう」

「おはよう」

「おはようございます、ジン。お元気そうでなによりです。シュノは家に居られますか?お裾分けがありまして」

「おはよう。家に居るよ」

「ありがとうございます。菊鏡、俺は届けて来ますね」

「分かった」


 櫻希の付き人は『青藤蒼雅』と『黄藤金麿』の二人で、菊鏡の付き人は、『橙藤柑吉』の一人。柑吉が抜けてジンが加わった五人で花守家へ。道中の時間は短かったが、事情を説明するには十分な時間があった。


「察してはいたけど、また喧嘩か」

「そうなの、今回は好きなアニメのカプ論争よ」

「……は?」

「本当にしょうもない……そんな事で開花をボイコットするなんて」

「もう、菊鏡ったら。御花様達には言ったらダメですからね?」

「分かっています」

「何のアニメ?」

「最近流行りの『織田信長は本能寺の隣の建物に居る』です」

「歴史じゃん。公式カプあるじゃん」

「妄想は自由だ! って……解釈違いくらい寛容な心で受け入れてほしいです」

「御花様は心が狭いですからね」

「こら、蒼雅っ」


 花守家についてジン達はそのまま庭へ。花守家五人兄弟の長兄である『日暈』が、縁側からジンに向かって手を振っている。日暈の付き人である『赤藤紅貴』はその後ろでお辞儀をしていた。ジンは日暈に手を振りかえして桜の前へ移動する。ジン以外は日暈の元へ行き、ジン達を眺めている。


「……話は聞いたよ、御花様」

「ジン、来たのだな」


 ジンの声かけに簡単に答えた御花様に、花守家は笑みをこぼした。やはり御花様もジンに甘い。もう大丈夫だと思った菊鏡は、自身の今日の予定をこなす為に帰ってきた柑吉と共に家の中へ入って行った。

 ジンと少し捲れた顔をしている御花様は話す。


「願われたので」

「まったく、あの子らは……」

「花見はしたいよ。桜好きだし」

「……ッ本当に狡い子だ。あの子らも。……つまらぬ事で意地を張ったな。花を咲かせよう」

「ありがとう」


 御花様がそう言うと、蕾すらなかった葉桜に蕾がつき花開いた。ボス桜たる御花様が咲いた事で、咲待ちだった花守家の他の桜達の蕾が綻び始めた。数日もすればこの地域の桜達は満開になるだろう。

 御花様は花が咲くのを見届けると、自身へ戻られた。ジンに近寄ってくる気配が一つ。家の方へ振り向くと、にこにこ微笑んでいる櫻希が御花様の桜を眺めながら歩いている。


「これで今年も花見ができますね! ジン、ありがとうございます」

「いいよ。花見はいつするの?」

「そうですね、数日後には満開だと思うので今週の日曜日にしましょう。シュノ達にお伝えください」

「分かった。日曜日ね」

「ジンの知り合いなら、私達と関わりがなくとも参加して構いませんからね。もし居られれば是非、紹介してください」

「うん。……あ、最近、近所に魔法使いが引っ越して来たんだけど」

「最近……あぁ半年も前ですよね。前も聞きましたよ。なかなか強いのだとかこの地域に住むのですから、お会いしてみたいですね」

「誘ってみる」

「えぇお願いします」


 その後、桜餅を貰って帰った。皆と食べたが、とても美味しかった。ジンは桜の葉は食べないタイプ。白玉は口の周りを汚しまくり、ヘビは欲張って丸呑みして詰まらせかけていた。ちょっとずつ食べなさいよ。

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