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第二話 馬刺し

最近ますます海外のお客さんが多くなっていた。今やお客さんの半数が日本人以外だ。ありがたい事に常連になってくれている人も何人かいる。パブ風内装で居酒屋メニューが食べられるのがウケているというから、何が功を奏するかわからないものだ。僕的にはこのいい加減さはちょっとなと思うのだが、大将は今日ものんびりと「毎日忙しくなって嬉しいねぇ」と言うだけだ。

僕は仕込み開始時間の十五時に出勤する。お店の厨房は大将一人で回しているので、僕も出来る仕込みは行う。今日は大将が仕込んでおいた肉種を皮で包んで餃子を作る。

バイトを始めてからもう二年になるが、今ではもう機械で包んだように美しく包めるようになっていた。三十分くらいで百個ちょっとを包み終わった。

「餃子終わりました」と報告すると、「じゃあ賄いにしようか」と大将。

大将は昨日の残りの刺身に衣をつけてフライにする。出来たら甘く煮た玉ねぎの上に並べて卵でとじる。ご飯に乗せてミックスフライ丼が完成した。

「はいどうぞ」

カウンターに横並びに座って食べ始める。そもそも鮮度のいい、大将が選んだ魚だ。一日経っても美味しくないわけがない。僕は特にこのマグロカツが好きだ。

「今日もめっちゃ美味しいです」

そう言うと大将は嬉しそうににっこりと微笑む。大将なんていかつい名前で呼んでいるが、聖母のような微笑みだと思った。どうやら大将には若い子には腹一杯食べさせたいという信念のようなものがあるらしい。

ミックスフライ丼をかき込み、カウンターやテーブルを拭き、床を掃除するとオープン時間を待てずに入ってくるお客さんがパラパラいる。今日は比較的混んでいなくて、余裕のある接客ができていたのだが、僕がもう上がる二十三時近くなってから急激に混んできた。あちこちにオーダーを伺って、料理を運んでいると大将が

「向井くん、時間だからもう上がっていいよ」

と声を掛けてくれた。

とはいえこんな状況のお店を大将一人に任せるわけにもいかず「もう一食賄い作ってくれるならまだ大丈夫です!」とお店に残った。

ようやくピークが去ったのは一時半を回った頃だった。

一応お店は二十四時までという事になってはいるが、客がいる限りだいたいは日付が変わっても開いている。二十四時以降はまた別の営業許可がいるらしく、取るのが面倒だったと以前愚痴っていた。

ドアが開いて、四十代くらいの綺麗な女性が入ってくる。流石にこの時間からの来店はめずらしい。

女性は最近よく来てくれているサラさんだ。本人曰く世界的な女優だなんて言っていたけど、少なくとも僕は彼女が出ている映画などを見た事がない。

入って来たサラさんは左肩を押さえていた。

「いらっしゃいませ。肩どうしたんですか?」

「え?今お店に入る前に、路地の方から出て来た男にぶつかられちゃって……えっ?」

サラさんが急に驚いた声を出すので、見に行くと、今肩を押さえていた右手が真っ赤に染まっていた。

「えっ! 血ですか? 大丈夫ですか?」

「いや、私の血では無いから大丈夫……だけど……」

サラさんはしばし考え込んでいた。来ていたドレスが黒だったから気がつかなかったのだろう。僕はおしぼりを渡して、もう一つのおしぼりで肩の血を拭った。

血の量は大した事なかったが、それにしてもぶつかっただけで血が付くなんて、相手はどんな大怪我をしていたんだろう……。

「まさか、レザーエプロン……?」

サラさんがそう呟いたが、僕には意味がわからなかった。

「警察に連絡しますか?」

というと、

「いいわよ、何かされたわけじゃないし。それにたくさん拘束されるでしょ?わたくしヒマじゃないのよ」

と、サラさん。ヒマじゃない割にはよく飲みに来てる気がするけど……。

その時大将が何を思ったか、血のついたおしぼりを見て、

「今日は本場の熊本からいい馬刺しが入ってるんだけどどうですか?」と言い出した。

「いや、絶対血の赤見て思い出しましたよね?どうかしてますよ」

僕は呆れて突っ込む。

サラさんは少し考えた後、馬刺しを注文した。僕は冷凍庫から真空パックに入った馬刺しを取り出し、流水で解凍する。その間に冷蔵庫からニンニクを取り出しすりおろす。そして小皿に馬刺し用の醤油を注いでサラさんのところへ持っていく。

大将が解凍した馬刺しを手早く切り分けて皿に並べる。

「馬刺しです。お好みでニンニクをつけてお食べください。醤油も九州の甘い醤油なので美味しいですよ」

サラさんはおっかなびっくりという感じで馬刺しを口に運ぶ。が、次の瞬間、熱燗をくいっと飲むと次々に馬刺しを食べていった。

「お気に召したようですね」

「ええ、わたくし乗馬もするので馬なんてちょっとかわいそうだなと思ったのだけど、とても美味しいのね。このガーリックの辛味がまたいいアクセントになってたまらないわ」

サラさんはあっという間に馬刺しを食べ終え、今日はもう遅いからと、颯爽と帰っていった。その佇まいは凛としていて、もしかすると本当に女優なのかもしれないなと思った。

サラさんが最後の客だったので片付けていると、大将は僕にも馬刺しを出してくれた。

「ええ?いいんですか?馬刺しなんて原価高いのに」

「いいよ、こんな時間まで手伝ってくれたんだし。残業代奮発しとくね。とても助かったよ」

僕は口に広がる濃厚な旨味を感じながら、やっぱりここでバイトして正解だったなと噛み締めていた。

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