第3話「止まった時間の証人」
日曜の午後。
生徒会室の窓から、柔らかな光が差し込んでいた。
ユウマは録音機、止まった時計、そして一通の封筒を机の上に並べる。
向かいに座るのは、理科担当の橘先生だった。
「……まさか、君がここまで調べていたとはね」
静かな声で、橘先生が笑う。
だがその笑みは、どこか壊れかけていた。
「録音機を動かしたのは、あなたですね」
ユウマが問う。
橘先生は頷いた。
「ええ。あの音は――“時間を止めないため”のものだったんです」
ユウマは少し目を細めた。
「止めないため?」
「去年、あの準備室で実験中に事故がありました。私は責任者でしたが、
本当は私の指示ミスで薬品が混ざり、ひとりの生徒が火傷を負った。
そのとき、時計の針がちょうど……23時47分を指して止まったんです」
橘先生の指が震える。
「それが、あの日からの“罪の時刻”。
私は、止まったままの時計を見るたびに、あの瞬間を思い出してしまう。
だから、せめて音だけでも動かし続けたかった。――彼の時間を、止めたくなかったんです」
ミナトは息を呑んだ。
「先生……録音機で“時計の音”を流してたのって、そういう意味……」
ユウマは黙って録音機の再生ボタンを押した。
カチ、カチ、カチ――。
それはもう、狂ったテンポの音ではなかった。
ユウマが前夜、速度を調整し、本来の時刻に合わせて修正していたのだ。
「……戻しました。もう、止まったままじゃない」
ユウマの声は、穏やかだった。
橘先生は目を伏せ、微笑んだ。
「ありがとう……。やっと、時を進められる気がします」
⸻
校舎を出ると、夕焼けが世界を朱に染めていた。
ミナトが隣でつぶやく。
「なんか、今回の事件って“犯罪”って感じじゃなかったね」
「ああ。
人は、嘘だけじゃなく――“時間”にも縛られる。
橘先生は、その鎖を解こうとしていたんだ」
ユウマは、止まった時計を手に持ち、空を見上げた。
沈みかけた太陽の光が、針の先に反射する。
「時間は、止まっても消えない。
でも、“もう一度動かす”ことはできる」
風が吹き抜け、振り子の糸がわずかに揺れた。
その微かな動きが、まるで“過去が赦された”ように見えた。
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■この事件のトリック要素
•止まった振り子時計の“音”を録音再生して動いているように偽装
→ 時計は壊れているのに、時間が進んでいると錯覚させる心理トリック。
•録音機のテンポを微妙にずらしていた
→ ほんの数秒の差で“現在”と“過去”の境界をぼかす。
•トリックの動機が罪悪感と贖罪
→ 「止まった時間を動かす」=心の再生を象徴。




