第1話『駅前の亡失メロディ』
文化祭の翌日。
午後の雨が、静かに駅前のアスファルトを叩いていた。
天城ユウマは、傘を片手に立ち止まる。
人の群れが行き交う中、どこかから小さな“旋律”が聞こえた気がしたのだ。
低く、掠れたような音。――まるで、誰かがポケットの中で古い音楽を再生しているかのような。
「なあユウマ、今の……聞こえたか?」
隣で早瀬ミナトが首をかしげる。
「うん。けど……どこからだ?」
二人の視線の先、駅前の自販機の下で、
小さな財布が雨に濡れて転がっていた。
ミナトが拾い上げると――その瞬間、財布の中からかすかなメロディが流れ出す。
電子音とも、風鈴の音ともつかない、不思議な響き。
「……なんだこれ、音が鳴ってる?」
「音楽機能つき財布なんて聞いたことないな」
ユウマは眉をひそめ、耳を近づけた。
メロディは、駅の構内放送と同じキーで鳴っていた。
しかも、一定の間隔で音が消え、再び始まる。まるで“時刻”を刻むように。
そのとき、背後から少女の声がした。
「――それ、私のです!」
振り返ると、傘もささずに走ってきた女子高生がいた。
肩までの髪が濡れ、白いマフラーが雨に貼りついている。
「ごめんなさい……落としちゃって……。それ、音が鳴るんです」
「知ってる。さっきから聞こえてた」ミナトが言う。
「でも、なんで財布から音が?」
少女は静かに息を整え、
小さく微笑んだ。けれど、その笑顔にはかすかな震えがあった。
「――その音は、“彼がいなくなった日”のメロディなんです」
雨音が強くなり、駅前の空気が少し冷たくなる。
ユウマは傘をわずかに傾け、少女を見つめた。
「……“彼”って、誰のこと?」
少女は視線を落とし、
財布の中に入った小さな紙切れを取り出す。そこには五線譜の一部――
“B♭、G、E、A”の文字。
「黒川トオル。彼は……もう、ここにはいないんです」
その言葉と同時に、駅構内の電光掲示板が一瞬だけ点滅した。
表示された時刻――『17:42』。
それは、三日前に黒川トオルが姿を消した、最後に目撃された時刻だった。
雨に溶ける旋律が、どこかで静かに続いている。
まるで、灰色の街に残された“未完の音楽”のように。




