第15事件『記憶の写真立て』第1話「割れたガラスと幻の写真」
放課後の写真部室には、柔らかなオレンジ色の光が差し込んでいた。
文化祭に向けて展示準備をしている生徒たちの声が、静かな空間にこだまする。
「額縁、もう少し右に寄せたほうがバランスいいかな?」
「そうだね。……あれ、リカ先輩の作品は?」
柏木ナオが首をかしげた。
机の上に並ぶ写真立ての中で、ひとつだけ布がかけられている。
まるで、それだけが“見せてはいけないもの”のように。
「それには触らないで」
低く、かすれた声が部室に響いた。
写真部二年――藤堂リカ。
彼女は無表情のまま、布越しにその写真立てを見つめていた。
「……昨日、割れたの。ガラスが、粉々に」
「えっ……落としたんですか?」
「ううん。朝来たら、もう割れてた。机の上に置いておいたはずなのに」
ナオがそっと布をめくろうとした瞬間――
「やめて!」という鋭い声が響く。
彼女の指先が止まり、空気が凍りついた。
その時、ドアの向こうから足音が近づく。
ゆっくりと扉が開き、灰色の瞳をした少年が現れた。
「……何かあったみたいだな」
「ユウマ先輩!」
写真部員たちが振り向く。
天城ユウマ――灰色探偵の異名を持つ高校生。
特に事件が好きというわけではないが、“気になる違和感”には敏感だ。
「ガラスが割れた? それだけじゃなさそうだな」
ユウマはリカの視線の先、布の下を見やる。
かすかに、黒い紙片がのぞいていた。
「見てもいいか?」
リカはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
ユウマは丁寧に布を取り去り、割れたガラスを端に避ける。
そこには――一枚の写真があった。
制服姿の少女が、笑っていた。
薄い陽光を背に、花壇の前で。
その表情はどこか懐かしく、どこか切ない。
「……この子、誰?」
ミナトが問う。ユウマの隣に立つ、いつもの相棒だ。
「小野寺ユウ。去年の卒業生よ」
リカの声が震える。
「でも、この写真……おかしいの。撮った覚えがないのよ」
ユウマは少し眉をひそめ、写真を手に取った。
裏側には、かすかに黒い染み――インクのような、しかし煤のような跡がついている。
「これ、印刷じゃない。現像写真だ。暗室で焼いたものだな」
「はい、私たちの部では全部フィルムで撮ってます」
「なるほど。……それで、この写真立てが割れたのは、いつ?」
「今朝来たら、もう。誰も触ってないはずです」
ユウマは机の位置を確認し、窓際のカーテンを少し開けた。
差し込む光が、割れたガラスに反射して床に細い線を描く。
「奇妙だな。割れた方向が“内側”からだ」
「え? そんなこと、わかるんですか?」
「ガラスの破片の角度と反射の向きが逆。
外から力を加えたなら、破片は外へ飛ぶ。だがこれは、内側から押し出された形だ」
ミナトはぽかんとした顔をした。
「じゃあ……中から、写真がガラスを割ったって言うのか?」
「さぁ、それはどうかな。
だが、“何か”がこの写真を外へ出したかったようだな」
部室の空気が一層重くなった。
誰も言葉を発せず、ただその一枚の写真を見つめていた。
光を受けたガラスの破片が、床で淡くきらめく。
まるで、それ自体が――“記憶の断片”のように。
ユウマは静かに呟いた。
「割れたのは、ガラスじゃない。
――この部に残っていた“過去”の方かもしれないな。」




