邪獣人との戦闘はピンチのち秘奥義
お楽しみ頂けると幸いです。
こちらが準備しているうちに向こうの準備も完了している。
人だった面影は頭1つに腕2本と脚が2本以外に名残は無い。体の色は茶色時々黒、目は赤色に染まり、口に当たる部分には尖った歯しか見えない。
武器となるのは3メートルを超える巨躯に腕脚もそうだが、一番目立つのはショートソードくらいの長さの手の爪だ。物を握ることを犠牲にあれで引き裂くのが一番手っ取り早いだろうな。
あとはひたすらに暴れる化け物に変化するって特徴のはずだから、知能が低い魔物を相手にするつもりで戦闘するので構わないはずだな。
「ガアッ!!」
復習は一瞬で済ませたつもりだが先制は邪獣人に取られた。
思った以上に速く、防御に回るしかないほどの勢いにミスリルブレードを盾のようにして受ける。一度先手を取られると主導権は中々取り返すのは難しい。
一度に襲ってくる片手の爪五本を受け止めたと思ってもすぐにもう片方の爪が降りかかってくる。
受けるだけで武器に刃こぼれは起きないが、それは相手の爪も同じこと。どれくらいのダメージを負うのかは確かめておきたいところだが、周囲に助けてくれる者がいないどころか下手に獣人が近くにいる状況では慎重を期して然るべきだ。まずは相手の出方を観察するべく攻撃を受けに回る。
何度か繰り返したところで無理矢理押し返すことでお互いに距離を取る。しかし、判断が甘かった。
邪獣人が引いた左手に魔力が集約されていることを感じ取る。
「やばっ!」
止めようとしても、そのまま下に叩きつけられてしまう。瞬間発生するのは邪獣人を中心とした円形に発生する衝撃波だ。横からも下からも発生する衝撃波を受けてしまう。
衝撃に感知能力が鈍った。その間に鋭く光るものが目に映った気がして、空中で咄嗟に防御体勢を取る。間髪入れずに衝撃が走り、地面へと叩きつけられる。
かすり傷と呼ぶには大きいくらいにHPが削られる。『極上の果実』で無茶をしたとき以来の久しぶりに受ける魔物によるダメージだ。爪の攻撃だったようだが、防御のおかげで切り裂かれてはいない。斬撃というよりはブレードで受けたことと地面に叩きつけられた衝撃でのダメージだ。
だが、逆にそれが良かった。頭のスイッチを切り替えてくれる。
「ははっ。あ~、そうだな。わざわざ本気出せる状況を整えたんだから、出し惜しみする必要ないよな」
ミスリルブレードをアイテムボックスへと送って、もう一回り小さいミスリルソードへと持ち変える。
気配を遮断したわけでもないのに土埃が待っている状態になったら邪獣人は大人しく立って待ちぼうけ状態だ。
「何だろう?相手を目でしか捉えられないタイプ?そうなるともう接近戦を取る理由ないなぁ」
ダメージは受けたが、体のどこにも損傷がないことを少し動かして確認する。問題無いようだ。
「ま、行くけど」
邪獣人に体当たりをする勢いで飛び出す。疑わしいかもしれないが、瞳すらなく全てが赤くなった目の部分が愉悦を示すかのように形を変える。
無性に腹が立ったので、勢いそのまま最大に強化した一撃を頭めがけて振り下ろす。動きを察知していた邪獣人もそれを受け止めるように爪を交差して受ける。
派手な音を立てて止められるが、合計で6本の爪を切り落とし、7本目で止められていた。音はその部分に当たった音だね。受け止められた状態から弾かれたことでお互いが見える距離で再度仕切り直しになる。
地に着くと同時に黒い霧となって消える爪、それと同時に黒い霧が再度爪の部分に集合すると新品の爪が再生されている。そして愉悦から警戒へ変化したことを目が語っている。
「まだまだ!」
爪が一気に6本切れるなら少しずつ削いでいくことも可能だ。『空歩』で周囲を飛び回りながら爪を削りつつ、身体にもダメージを与えていく。
力づくだけではどうにもならないことを悟った邪獣人は、周囲を飛び回られることが嫌のようで衝撃波で吹き飛ばそうとしてくるが、予備動作が入るため躱しやすい。影響を受けない距離まで離れるのは容易い。
「距離がある方が戦いやすいのは俺の方だよ」
巻き起こした土埃が晴れるまで、魔力を充填する時間として使わせてもらう。そして晴れるとすぐに俺を確認した邪獣人の目が見開くところを確認する。
奴から見た俺は髪の毛が身に纏う電気のせいで逆立っているからだろう。どうせバレたのならもっと圧力を高めようと威力を上げることで次第にバチバチと音が鳴り、盛んに火花が散っていく。
「最初だからこんなもんかな。『極雷砲』!!」
魔法関連で並列使用が可能なスキルを重複発動させている。身体の前に自分の両腕の長さで一抱えほどの大きさに凝縮した雷魔法を弾丸の形へと成形、相手の位置が視認出来たところで解き放つ。
邪獣人の体にめり込んだところまでは確認したが、強烈に発光したことでまぶしすぎて目が眩む。次回使用時の注意点だ。サングラス的な作用の魔法でも併用しよう。
ただ、目が眩んだくらいで相手を見失うことはしない。目の治療は行いつつ、相手の状況も確認する。まだ気配も魔力も存在している。ごっそりと削れたことは間違いないが、まだ生きていることは間違いない。
発射前の位置はバレているから移動しようと考えていると動きがあった。邪獣人が翼を生やして軽くジャンプしたかと思ったらとてつもない寒気が襲う。
慌ててその場で伏せると体の上を何かが通り過ぎた。すぐに間を置いて地響きがする。回復した目で周囲を確認すると綺麗な断面図を見せる岩や木が転がっている。
「そんな攻撃…!?」
知らないと言いたかったが、突進してくる動作はあった。現実になるとそこまで周囲に影響を及ぼすわけか!目で見る効果がこれだと耐えられる気がしてこない!
とはいっても先程の攻撃でそこそこ削り取った。これならしっかりと当てれば問題無いはずだろう。問題は翼を生やした状態で上空待機している邪獣人にどうやって接近するかだ。
見逃さないようにしていたが、俺から見えるということは向こうからも見えているようで、また寒気がすると共に邪獣人の姿が消える。確認した瞬間に邪獣人のいた方向へと飛ぶ。
すると後ろでまた切り落とされた者が落ちる音と地面から抉り飛ばされた土が上空に飛ばされて落ちる音がする。立ち上がって邪獣人を確認するころにはまた簡単には届かない上空へと戻っている。
体力を回復する術はないようだが、一方的に攻撃を加える状況に今度は目だけでなく口も笑みの形に歪んでいる。
あいつ、朧気でも元のザスカとしての意識が残ってるんじゃないだろうか。弱い者いじめ好きそうだったし。……だれが弱者だ!
とまあ、それはさておき。
上空が安全なんて誰がそんな勘違いしてるんだろうね。
「覚醒」
先程の電気とは違う原理で身体の周囲に力の流れが発生する。しかし、久々だけど今までよりも妙に力が湧いてくる感じだな。考察は後にしておこう。
何か仕掛けてくるのを警戒して攻撃を仕掛けようとしてくるが、もう邪獣人の攻撃には当たらない。もう寒気だよりで避ける必要はない。3メートルほど横に移動すると、十分に目に見えるスピードで俺の元居た場所を通過していく。
今までの二度の動きで風魔法を薄く鋭くした刃を纏って体当たりしてきていることを感知したことで逆手に取ることにした。覚醒後に風魔法で周囲の大気の動きを掌握した。
周囲の大気の動きにはたらきかけたおかげで相手のスピードが落ち、風の刃の部分も干渉して範囲を狭めて威力も落とさせたことで脅威度が下がった。覚醒状態でないとここまで相手の魔法に干渉は出来ないだろう。
「もうその攻撃は通じないよ。じゃあ覚醒の時間に制限もあるので早いところ終わらせるか。見せてもらった魔法を参考にするよ。『風刃竜巻』」
狙いは空を飛ぶのに使用しているだろう器官の翼だ。ズタズタに切り裂いたとほぼ同時に空中に留まる制御を失ったようで、落ちてくる。着地する体勢を取るのに必死で俺から目を切ったことを確認する。
「もう自分の足で地面には立てないよ」
落下途中に邪獣人の目の前に俺が急接近したことに今度こそ恐怖の表情に染まる。
「じゃあ、さようなら」
剣を装備しているから使う秘奥義はこれだ。発動の言葉を口にした瞬間、時間の経過がゆっくりになったような錯覚を起こす。
「秘奥義『三日月の舞』」
剣閃が必ず三日月を描くように振り抜くことが可能となり、一閃二閃と三日月が現れるたびに邪獣人の体の数が増えていく。徐々に速度が上がっていき、舞と称しても良いほどに色々な角度で三日月が輝く。
ゲーム時代であればもう一段階上の運用も出来たが、今はまだそこまでは出来ない。それを言い出すと大体の秘奥義がそうだけど。
自分では切った回数を数えるのが面倒になるくらい切ったところで限界が来たので終了する。時間の流れが元に戻る。着地するとざざっと地面を滑って速度を落とす。
ボトボトと地面に邪獣人だったものが落ちる音がしたが、爪と同じように黒い霧になるが戻る場所が無かったためか文字通り霧散していく。
「まだ復活するとか無いよな…?」
言った後で自分でフラグ立てんな!とセルフツッコミをしたが、直後に現実になってから見たことの無いサイズの魔石とドロップアイテムが出現したことで戦闘終了を悟る。
「あ~、緊張したぁ~」
何かしたのスキルやステータスが不足していたら死にかねない戦闘だったように思う。鍛えておいて良かったというしかない。
気になるのはまだゲームが始まる99年前の時代で『邪人化毒』が存在するとは思わなかった。話の順番がおかしくないかな、とクレームを付けたい。
だけど無事で済んだ今となって言えることは1つだけ。
「なんか、おなかすいちゃったんだよなぁ…」
我ながら食への欲求が高まり過ぎだと思うけど…。
お読みいただきありがとうございました。




