ストレートな言葉は届きやすい
お楽しみ頂けると幸いです。
【薙刀視点】
私の最近の任務は商業が盛んな街であるマルクトでモノを売り買いする商人、名前はレイ殿の警護だ。名前の後ろに『殿』を付ける呼び方は主に教えて頂いた。この方が私もしっくりくるので気に入って使いだした。こういう呼び方をしていくと定着するまでは変な顔をされたが数日で皆慣れてくれた。ありがたいことだ。
レイ殿は主と同じ人間だ。主に比べると弱いから主の連れているビーの中で表向きは一番強い私がその任に着くことになった。本当は毎果の方が模擬戦では強いが、毎果が本当は強いことは秘密らしい。バレたらどうなるか分かっているなと念を押してきた時の毎果が怖すぎたので絶対に秘密だ。あのときは怖すぎて…、ちょっと…。い、いや、何でもない。
そのレイ殿だが、悪漢に狙われているらしく主からあまり出歩かないようにと言われている。マルクトに来る前に出会った時も襲われていたこともあって、レイ殿は主の言うとおりにされた。
外に出るときはこっそりと私の部隊や毎果の部隊が警護についている。普通の蜂に擬態できる部下たちの方が外に出ているのは正直羨ましい。私も外に出たい。毎果にバレたら大変だから言わないけれど。
ただ、そうも言っていられない事態になった。マルクトで過ごす生活になってからレイ殿と屋敷で一番話す機会が多かった執事が悪漢側の放ったスパイだったのだ。
それ以来レイ殿は落ち込んで部屋にこもってしまうようになった。部屋に出入り出来る者も限られてしまい、必然的に私は唯一常に同室する者となった。
部屋から出なくなると色々と支障が出る。運動不足に関してはどうしようもなかったが、食べる量も私たちと同じくらいなのだ。このままでは倒れてしまうからと栄養に関しては主が一肌脱いだ。
こっそりと渡された主特製の栄養食をレイ殿の口に押し込んでいたおかげで栄養に関しては問題無く済んだ。そういう状況もあって、とてもでは無いが外に出たいなどという私の希望を口に出すのは憚られた。
そんなときに全員集合の号令がかかったが、私は行けなかったので後から聞くことになった。屋敷に冒険者が襲撃に来ることになったそうだ。
ま、それはどうでも良い。
戦闘に関してだろう?主にリセル様、毎果にその部下、糸太郎殿と私の部下もいて、怪我などの被害がそう簡単に起こるとは思えない。念には念を入れて当たることになったそうだ。
それよりは戦闘後にまた土木工事に人手を割くことになるのだと思うとそちらの方が嫌がるものが多いだろう。コトシュ殿の地獄とどちらが良いか分かっているから言葉にはしないだろうが。
さて、そんなわけで今は主が屋敷の正面で絶賛戦闘中だ。襲撃が始まるとさすがに音はしてしまうので、気が付いたレイ殿は窓からその様子を見ている。私はその横で何かあったときにすぐ動けるように控えている。
最初こそ戦闘に参加したいと思ったが、相手の弱さにその気持ちは萎えてしまった。これならまだまだ一人で鍛錬をしている方がマシだ。主も非常に気を使っておられる。あ、火で包まれた。温かいとか言いそうだな。
「イレブンさん!」
私が呑気に見ていたらレイ殿が突然叫んだ。何に驚いているのだろうか。そのまま外へ行かれようとするので、無理矢理止めさせてもらった。体格の不利はあっても私の力でも十分に止まってくれる。
「どこへ行かれるのですか!部屋の中に留まっていてください!」
「でも、イレブンさんが火に巻かれました!」
「あれくらい主には温かい程度です。ダメージをくらうはずがありません」
「え?(そんなバカなことある?)」
「え?(それくらい普通でしょ?)」
何とかもう一度外を見てもらって納得してもらった。うん、今日も主は元気のようだ。
そこから認識のズレを合わせるのが大変だった。どうやら主は相当レイ殿たち一般人の枠からは外れたところにいるらしい。
「知っていたつもりだったけど、改めて聞くととんでもないね」
「はい!主たちは凄いのです」
自信満々に答えるとレイ殿は椅子に座って俯かれている。
「私にもそんなに信用できる人がいればな…」
「え?いるのではないですか?あ」
アンナ殿はと言いかけた途中でレイ殿に遮られてしまう。
「だって!小さいころからずっと見てくれていたシッジが私と両親が大事にしてくれていた商会を売っていたのよ!いつも優しく見守ってくれていたのに…、心の中ではどう売り渡すのか考えていたなんて…」
うむむ。信用していた人に裏切られるとは辛いことだろうな。私だとしたら…?主だろうか。
主に裏切られたら?う~ん、私も落ち込むかもしれないな。
「でも、主に裏切られるならそれは私に何か落ち度があったのかもしれません。それなら仕方ありません」
「裏切られるなら自分のせい、か。それだと私に原因があったんだよね」
しまった!さっき主が火に巻かれたおかげでレイ殿が少しは元気になったのに、また落ち込ませてしまった!何とかせねば!え~っと、え~っと…。
「たぶん私ならまだ他にもある大事なもののためにがんばりますよ!」
大きな声になってしまったが思いついたことをとりあえず言っていこう。何を言っているのかとレイ殿は目を大きくしている。
もし、主に捨てられたとしたらものすごく落ち込む。さっきは、かもとか思ったけど、本当にそうなったらすごく悲しいかもしれない。あ、泣きそう。ガマンだ!
それでも万花様のために、あるいは部下のために、一応毎果のためにも。たぶんがんばれる、おそらく、きっと。
それよりもアンナ殿のことは忘れる前に言っておかねば!
「話にしか聞いておりませんが、アンナ殿ががんばっておられるようですし!」
聞いた話だと、私が毎果の仕事をするようなものらしい。毎果がしていること全てを知っているわけでは無いけど、たぶんすぐには出来ないと思う。実行しているアンナ殿は凄いと思う。だから私はレイ殿の護衛をがんばろうと思ったのだ。途中で放り出すことはしない。
仮に毎果が何かやっていたとしたら私も負けていられない。今はレイ殿の安全確保が第一と厳命されているからそれに徹しているが、本当は毎果に負けないように何かしておきたい!
既にあと何を言えば良いのか分からなくなったのでどうしようと考えていたらレイ殿が手招きしていたので素直に近づいていく。手のひらに乗せてくれるようなのでお言葉に甘える。
「あなたはなぜそこまでイレブンさんやみんなと一緒にいるの?」
「テイムされたからそれは当然かと…」
「あ~、そういう繋がりだもんね。えっと聞きたいのはそうじゃなくて…」
なぜ迷っておられるのか?分からないが、もう一つ思いついたことがある。
「食事が美味しいのです!」
「食事?」
私の言葉に驚きつつも聞いてくれるようだ。言いたいことはまとまっていないが、言ってしまえ!
「主の作ってくれる料理はもちろん、リセル様は料理がお上手です!万花様と食べるのも良いですが、コトシュ殿のじg…鍛錬の後の食事はまた別格なのです。部下たちと一緒に食事しているときにロイーグ殿には驚かれましたが、あの方はこっそりお菓子をくれるのです。これは皆には内緒ですよ。毎果とも、まあ一緒に食べるのもやぶさかでは無いです」
一緒に生まれた仲間たちはいなくなってしまったが、新しく出来た仲間、家族を大事にしたいと思っている。それを強く感じるのは食事の時だ。これは主の影響だと思う。
きちんと伝わるかよく分からなかったが、とりあえず言い切ろうと思う。
「主のためだけにがんばっているのではないんです。私は一緒にいる皆とがんばって美味しく食事するためにがんばっています!」
レイ殿は顔を伏せるとそのまま体を震わせている。あれ?私、何か間違えた?
「…っふ」
「レイ殿?」
「ふっ、ふふふ…。あはははは!」
今までに見たことの無い笑顔でレイ殿は顔を上げてくださった。万花様やリセル様にも負けないお顔だ。
「そうね。みんなでおいしく食事を取るって大事だよね。それなら薙刀ちゃんがみんなと一緒に食事できるように私も外に出てがんばらないといけないかな。アンナにも慣れないことをさせてばっかりでもいけないもんね。大事なものを見失っていたわ。アンナにたくさん謝らないといけないわね」
「良いことです。謝るときは手料理が良いと主が言っていました!」
「それはちょっと自信無いかなぁ。アンナの好みは知っているからプレゼントしようと思うわ。それでも皆が起きているなら一緒にいる方が良いと思うのだけど。本当に出てはいけないの?外はもう静かよ?」
「えと、少々お待ちくださいね」
食事の件はともかく、外が静かになったのは本当だ。確認しようと窓の近くに寄ると戦闘は継続中ではあるが、あとは主だけとのことだ。部下に確認してみるともう問題なさそうなので屋敷の中を移動することにした。
「問題無いようです。出られますか?」
「ええ。今は少しでも早くアンナに謝りたいの」
元気になってくれたようだ。護衛の任はこれからが本番だ。気を引き締めていこう。
「承知いたしました。では行き、ま……」
扉を開けるとそこには、万花様と毎果がいた。万花様はとても良い笑顔でこちらを見ており、毎果は相変わらず無表情、いや、口元に動揺が見られるな。
「薙刀、あなたがそんなに皆のことを考えてくれているなんて嬉しいわ。いつも毎果と薙刀はそっけない感じがしていたけど、実はそうでもなかったのね」
「え?あ、いや、えっとですね…。いつからお聞きで?」
聞かれているとは思わなかったので結構色々言ってしまったぞ。
「直接聞いていたのは『たぶん私ならまだ他にもある大事なもののためにがんばりますよ!』からだけど、把握しているのは『どこへ行かれるのですか!部屋の中に留まっていてください!』からよ」
ほぼすべてでは無いですか!こういう時は手のひらと膝を地に着ける姿勢を取るのが正しいそうだ。四つん這いともおーあーるぜっととも言うらしい。
その状態の私に毎果の声が降ってくる。
「私では出来ないことをあなたがしてくれるのは羨ましいと思うことはあります。今はそれくらいにしておきます」
顔を上げると毎果の顔は見えなかったが、いつもよりも少し毎果が発熱していることを感じた。
無理もないことだ。私もいつもよりも発熱しているから。
お読みいただきありがとうございました。




