淑女の秘密は簡単に暴いてはいけません
本日2話目です。この前にも投稿しておりますのでまだの方はそちらをお読みください。
お楽しみ頂けると幸いです。
【第三者視点】
トワはコトシュと侵入した冒険者たちを縛り上げている。
「私の役割はこれだけ?」
「文句を言うんじゃないよ。損耗が無いなら喜ぶことだぞ」
「…分かった。コトシュ姉ちゃんが言うならガマンする」
その言葉にコトシュは縄で縛り付けて運んでいた侵入者を離すとトワを抱きしめる。
「苦しい」
「いつの間にそんなカワイイことを言うようになったんだ!姉と呼ばれるのも良いな!こう体の奥底から湧いてくる感覚がたまらない」
「…シマッテ…ル…」
トワが何度もタップしているが、恍惚となっているコトシュに届いていなかったので次第にタップする手から力が抜けていく。
そのとき、いくつかの黒い飛行物体がコトシュの額にぶつかっていく。見かねて助け舟が横から出てきたのだ。飛行物体の正体はフレンドビーたちだった
「コトシュさん!」
「はっ!」
「トワさんが死んじゃいますよ?」
「これを私が!?トワ、すまない!」
孤児院で育ち、恩を返すため早くから軍に入隊したコトシュだったが、遡れば面倒見の良い子だった。久々に自分の後ろをチョコチョコとついて来る年下の子どもに完全に落ちていた。
久々に刺激された姉としての役割を行うことを我慢する必要もなくなったことで、少しだけ暴走癖が付いていた。
「しばらく姉ちゃん呼びしない」
「すまん!私がすぐに終わらせるから待っていろ!」
トワでも気絶している冒険者一人を運ぶくらいは可能だったが、罰としてコトシュが縛って運ぶことになった。
何もすることの無くなったトワはその時間を利用することにする。まだ目の覚めない同胞たちの様子を確認するために5人が寝かされている部屋へと戻ることにする。1つ余ったベッドは彼女が就寝するために使用している。今日はまだ眠る気にはなれないようだが。
改めて誰も入ることなく済んだことに安堵しながら戻るところに一声かけられる。
「トワさん」
「ん」
「イレブン様が仰っていました。お仲間の方が起きるときは穏やかに起きられるようにしているから、と。御安心くださいね」
万花はにっこりと笑いかける。
「ん、ありがとう」
「いえ、ごゆっくりなさいませ」
外では主君であるイレブンが暴れているようだが、横になるだけでも疲労は違うだろう。トワを寝室へと見送り、眷属にそれとなく警護するように指示を出しておく。
「万花様」
「ええ。見事だったわ」
「お褒め頂き光栄でございます」
万花と毎果がいるのは屋敷の広間だ。彼女たちの目の前には冒険者たちが広間を歩き回ったおかげで体中に付けてきた土が散らばっている。
「掃除しておいてもらえる?」
「はい。中庭の穴に関してもどこから開けられているか確認してイレブン様に報告しておきます」
「そうしておいて」
毎果に指示を出すが、万花が離れると彼女もそのまま一緒に付いてくる。指示を出さないのかという無粋なことを聞きはしない。
言葉にするとほぼ同時に動いていることを自分のスキル【女王蜂の掌握】で確認している。使用中は口調が女王のようになってしまうのが少し万花の感覚と合わなくて困っているが。
ちなみに地下を進む冒険者には早い段階でフレンドビーたちが気が付いている。邪魔していたのも万花の指示だ。
「あと、聞いておきたいのだけど」
「なんなりと」
「まだイレブン様には私たちのステータスを見せなくてもいいの?」
「その方がよろしいかと。戦闘は薙刀たちに任せておけば良いかと。それにイレブン様も役割分担が大事と仰っておられましたので」
「そう?別に構わないのかしら」
ぶっちゃけたところ、イレブンが本気を出せば今回の件も全て力づくで解決することが出来た。穏便に済まそうとすると気を使わないといけないので分担したのだ。
万花も自分が考えるよりも毎果の案の方が結果が良くなることは分かっているので無理に押し切らない。良いでしょうと言われるとそうなのかと思ってしまう。
侵入者を惑わせたのは、毎果が鍛えた隠し部隊が幻覚を見せて頭を出してきた冒険者たちを一瞬で刈り取った。
眷属を強化するスキルである【女王の鼓舞】を使用しないといけないくらい強力な幻覚だった。意識が戻ったとしても現実と幻覚の狭間を行き来することになるくらい強いはずだ。
(まあイレブン様は気にしないだろうからいいか)
軽く済ませるくらい万花もぶっちぎっているが、誰も注意しないのでそんなものだと思っている。
そして全てを裏から采配したのは他でもない毎果だ。コトシュとトワには冒険者の身柄確保だけお願いしておいた。まだ圧倒的に勝つには力不足だと判断したからだ。
そもそも最初に進化した時からステータスを強力に隠蔽することができるスキル【淑女の秘密】があった。即座に発動して無力であることを装った。それは主人であるイレブンを騙す意図は全くなく、裏から支えることの方が役に立てるだろうと半ば確信めいたものがあったからだ。
同じように万花や増えていく眷属の中に適性のあるものにスキルをかけ、自分で使えるようになった者には常に使うことを指示していった。こうしてステータスを隠すことが出来る者は毎果の元に、隠せなかった元気印の者は薙刀の元に配置されることになった。
イレブンにどんなスキルか聞かれたことが無かったわけでは無い。
「淑女の秘密がどんなものか私にも分かりませんが、もしや暴かれるおつもりですか?」
「ご、ごめんなさい」
と一言でイレブンを退けた。そう言われて何かする主人では無いことは分かっていたからだ。
そういう人物でない限り、あの義理も関係も何も無い自分や種族を助けてくれるわけが無いことを理解している。だからこそ陰から全てを捧げて支える価値があると考えている。毎果に裏切る気など無い。あるとすればきっかけをもたらした存在ごと己の命を懸けて消滅させる覚悟が出来ている。
つまり、万花も毎果も本当はステータスがある。魔物を直接倒していないのにレベルが上がっているのはまた別のスキルのおかげだが長くなるので割愛しよう。
薙刀という戦闘に取り組む表部隊の陰に文字通り何でもこなす毎果の裏部隊が出来上がった。戦闘メイドという存在をイレブンから告げられたとき、毎果は自分の判断に間違いが無かったと確信を持ったことは言うまでも無い。
そしてリセルや薙刀を鍛えている最中に聞いたものの中から己が習得すべきものを見つけ出した。
イレブンの状態異常に対する耐性や注意を聞いている最中に気が付いた。
「単純な強さだけで敵う者がそう簡単に現れるとは思えない。それなのに状態異常に関しては多大な注意を払っている。逆に考えればそれだけ大きな力になるということ…。私が目指すべきものが決まりましたね」
状態異常を起こすことが出来る進化に至ったものが現れれば部下であろうと頭を下げて学ぶことにした。スキルが後から芽生えることは本来なら稀だが、イレブンに影響されたか万花の協力のおかげか最初の1つ以降どんどんと身に付けていくことが出来た。
使いこなすための訓練はイレブンが外へと出ることが多かったので時間はあった。しかし、全てを隠しきるのは難しかったためリセルには伝えておいた。
「イレブンも気が付きそうなものだけどね。変なところで抜けてるからたぶん隠し通せると思うよ。私は分かったから無理しないでね」
「ありがとうございます」
意外というかさらっと許されたことに感謝よりも困惑したが、同じ対象に恩義を感じる者として信頼しているのだと言われて納得した。そして秘密裏にその力を振るう機会がやってきた。
本当なら屋敷の中に冒険者が現れるようなら薙刀の部隊が処理するはずだったが、搦手が不得手な薙刀の部隊では騒がしいことになるのは火を見るよりも明らかだった。
静かに事を終えるなら毎果たちの方が適しているという理由でイレブンに秘密で交代が決まった。結果は御覧の通りだ。屋敷の扉を開けた瞬間に溜めていいた幻覚の罠にかかり、一瞬で勝負が付いた。
幻覚に嵌めた後は4人ともがうろうろと広間を歩き、壁に当たっても進もうとしたり何も無いところで躓いたりと完全な道化だった。最後には声なき絶叫の後に倒れた。
「まあ泡を噴いて倒れるほどの恐怖があるんでしょうね」
黒い虫といっても色々いる。人間だとどうしても嫌悪感が湧くと聞いた虫が体中に這いずり回るところで冒険者の限界を超えて気絶してしまった。まだ色々と用意してあったのにはやく終わってしまったのは毎果にとって非常に残念だった。
(せっかく機会に恵まれたというのに…思ったよりも人間は丈夫ではないのでしょうか)
冒険者の基準がイレブンやデテゴのため、冒険者と呼ばれている者たちへの評価が高い。自業自得のため仕方ないが、誰も止める人がいない毎果が本当の基準を把握するまで嵌められる者はご愁傷様である。
毎果が戦果を確認しているところで表で戦っているイレブンが火柱に飲まれたという報告が入ってきたが、今更それくらいでイレブンが傷つくことなど考えられない。
「寒いのがマシになった」くらい言いそうだと考えていたら、一緒に聞いていた万花がくすくす笑っている。
「イレブン様なら、寒いのがマシになった、と仰いそうですね」
イレブンが自分の義による主人であれば、万花は自分を形作る肉も魂すらも主人であると自然と感じる主人だ。同じ考えであったことに不意に笑みがこぼれてしまう。
「本当に、そうでございますね」
同じことを考えていましたと言おうとしたところで、万花が今までに見たことの無い驚いた顔で凝視していることに気が付いて言葉を飲み込む。
「どうか、なさいましたか?」
「ちょっと!毎果が笑ったわよ!見た!?」
角度として見ることが出来た者と出来なかった者がいて、見えた者は興奮した万花と浮かれ、見えなかった者はがっくりと肩を落としている。
自分の笑顔がそんな効果をもたらすのだろうかと思う頃には目の前のちょっとした祭りは治まっていた。万花は「あぁ~、もういつも通り…」と呟いている。
それはそれで興味深い話だが、もう一人の主人はまだ戦闘中だ。これくらいで気が緩むようでは問題ありだと考える。
「そうですね。このような乱れを見せるのなら訓練を追加した方が良いでしょうか…」
言い終わるころに残っていたのは戦闘訓練を課されることの無い万花のみだ。もちろん警護を専門とする者は控えているが、彼女たちは元から先程のことにも動じていない。
こういう時ばかり動きが速いとため息を抑える。していることすら気が付かれたことは無いが。
「さて、イレブン様も楽しんでおられるでしょうし問題無いございません。あの馬鹿も役目を果たしているか屋敷内の警護ついでに見に参りましょうか」
「そ、そうね」
レイと一緒にいるだろう薙刀の様子を静かに見に行くことにした。
お読みいただきありがとうございました。
設定だけ作って解放するチャンスが無かったのでここで出しました。薙刀をしばけていたのはちゃんとステータスを持っているから、というオチでした。




