私には理解できない
区切りの良いところまで書いたら長めになりました。
お楽しみ頂けると幸いです。
【リセル視点】
辺りが揺れている。イレブンが暴れているんだろう。彼は『奪われる』ってことが嫌いだ。ものすごく傷ついたことで自分のことでなくても過剰に反応するようになった。
「たぶんその発散をしてるんだろうなぁ」
相手を殺さないように気を付けると言っても冒険者資格を持っている者が犯罪に手を染めたらより実力者が狩りに来る。強さを売りにしている組織だからこそ、力の使い道に関してはシンプルだ。
「堅気に迷惑かけるなってデテゴさんは言ってたよね」
自分たちの世界だけで争っているなら構わないけど関係ない人を巻き込んだ時点で粛清の対象になるのはどこの世界でも同じだ。
私もミケンダとケンカしてた時に止めようとした別の子に怪我させてメラノにしこたま怒られたことがある。あれは怖かった。あの時のメラノよりも怖いものに出会ったことはない。
魔物相手でないと本気は出さないから、大体手加減されてるけどそれでも敵う気がしないもんな。
「ん、来たのかな?じゃあ私の出番だね。今は降りてすぐの広場だね」
ここは捕まえた迷惑な人たちを拘束している地下牢の中です。地下なので周囲は土だらけ、なので土ちゃんに索敵をお願いしてました。
いつもだったら面倒なので地下に降りたらすぐに地下牢が見えるようにしてたけど、何かされてもいけないのでちょっとした迷路に作り変えました。
まともに攻略したら道を知っている人でも5分はかかります。しかも広場から進む道は隠してあるので見つけないとただの地下広場です。
地下の明かりに関しては火の大精霊であるサーちゃんと雷ちゃんに明かりを出してもらっている。雷ちゃんはイレブンの最近のお気に入りだから出番が多い。まあその話はまた今度。
土ちゃんに通路を作ってもらって広場へと向かう。私が移動を終えればまた通路は閉じることになっている。
馬鹿正直に見えるところから出るのではなくて地下へと降りてくる階段の途中に出てきた。侵入者さん達には背後を取られた形になる。中に入っている3人以外にはしばらく追加で送り込まれては来ないみたいだ
じゃあ始めることにしましょうか。
「こんばんは。何かご用事ですか?」
振り返った顔を見ると女性3人だった。良かった。同性の方がやりやすい。でもそれは向こうも同じだったらしい。
「何よ、あんた。こんなところに来るなんて」
「ちょっとスーヌ。説明をきちんと聞いてなかったの?」
「あの子は敵対対象よ。強さは未知数だけど、一人でいるところから考えたら強いかマヌケかのどちらかよ」
「スーヌと一緒ね」
「おい。ヴィレ!あたしにケンカ売ってんのか」
「こんなところでやめてよね!」
後ろから声をかけただけなのに2人がケンカを始めようとしている。敵の前で意識を他に向けるとかありえない。それだけ弱いってことか。曲がりなりにも獣人の私だって少しくらい強いことへの渇望はある。戦うことだけで良いとは言わないけど強い相手と戦うことを希望することもある。
今回は相手が殺すつもりで来るから本気だと思っていたけど、ものすごく残念だ。狩りの最中に意識を他に向けるなんて獣なら赤ん坊でもやらない。敗北は死だ。多少は強いつもりだろうけどぬるいなぁ。自分が外れをひいたことで溜息を吐くとケンカがピタッと止まる。
「おい。お前それはどういう意味の溜息だよ」
「え?はずれだなって」
つい正直に答えてしまった。会話は制圧してからにしろって言われているけど、話し相手が常にいる私はすぐに答えてあげないといけない気がして口が動いてしまう。今回はそれが起爆剤になった。
「はずれ?どういう意味で言ってんだ!?」
「やめなさい、スーヌ。私たちの任務を忘れたの」
「この地下の探索、および囚われている者がいればその救出だろ。忘れてないよ」
言わなくても良いことを言ってくれた。まあ地下牢があることはあの執事さんがいるときに作ってたからバレているのは仕方ない。
「また余計なことを言う…」
「バカ丸出し…」
「っせぇーなー!こう言えばあいつから何か引き出せるだろうが!」
スーヌとか言うのは身軽に動ける軽鎧と広めの両刃剣を持っている。完治はしているが傷だらけだ。最前線で戦うことを好んでいるだろうことが分かる。
悪口を言ってスーヌを呷っているのは明らかに魔法を使いますって感じの帽子とローブを着ている。氷ちゃんが反応しているから氷系を得意としているみたいだ。
もう一人のまだ口調が丁寧な人は剣こそ細剣だが、何かしらの付与がされているようで魔力を感じる。それに装備は鎧をしっかり着込んでいる割に、動きは軽そうだ。しっかりと鍛えていることが分かる。
相手が観察しているなら私も当然ちゃんと探っている。スーヌとやらが突っ込んでいくのを利用して後の二人がきちんと観察している。猪突猛進する馬鹿を物理魔法の両面でカバーするタイプみたいだ。
でも、そこだけ見ているようじゃ全然相手にならないよ。じゃあ、みんな始めよっか。
「サーちゃん、いくよ」
炎の塊を呼び出すと赤い光と共に動物の形へと変える。今日は地下ということもあって少しおとなしめの姿だ。体高が私くらいの狼へと変化する。全長にすると5メートルくらいはある。
「ガアアァァァッ!!」
咄嗟に身構える3人だったが、大きく下がった2人に対して無謀とも言えるように立ち塞がる者が一人。
「あたしがやってやらあぁぁ!!」
サーちゃんは大きな声を一つあげるとスーヌとやらに飛び掛かっていく。掬い上げるように放った前脚の一撃をもろに食らったスーヌは一人飛ばされて転がる。それを追いかけて行くサーちゃん。サーちゃんの役目はあの女を抑えることだ。余裕でやってくれるだろう。
どういった手段で戦闘するのか相手の手の内の底を探ってほしいってイレブンからの注文だ。一般にはどんな戦術があるのかを知るのにちょうど良い機会と言っていたので。
引き付けるために少し離れたところで戦闘を始めたサーちゃんを見つつ、私は残った2人の観察を続ける。フォローに動くとの予想を裏切られる。残った女2人は驚いたことに全く動かずに戦いの標的を私に定めた。
「仕方ない。フダニ、お願いしていい?」
「いいわよ。でもマライ、私の方が多く取ることに関して文句言わないでね」
「構わない」
鎧の方がフダニ、ローブの方がマライと言うらしい。マライはサーちゃんがすごく手加減してスーヌの相手をしているのを一瞥して言い捨てる。
「ほっといても良いんじゃない。意外に互角に戦闘してるし、あの炎の狼も見掛け倒しみたいね」
「なら良かったわ。引き付けてくれているうちにこっちの対処をしましょ。術者の対応が先でしょ。あっちが負けたところで」
「そ。新しい特攻役を見つけるのに良い時期だと思う」
「私もそう思っていたところよ。ついでに切り捨てましょうか」
あまりに悍ましい会話に顔が歪むのを自覚する。思わず言葉が漏れる。
「……仲間じゃないの?」
特攻役にしても無謀が過ぎるとは思った。言動からも慎重さが感じられず、情報を仕入れなければ怪我や最悪死に繋がる場合、確実に仲間なら諫めるはずだ。装備や体についている傷を考えるとそれでも構わずに使われていたのだと分かる。
イヤに目に付くのは鎧女の防具の綺麗さで。スーヌの姿と比較の対象にするとどういった扱いだったのかが感じられてしまう。
「仲間ぁ?あのアホが?依頼を覚えない、文字も読めない、計算も出来ないようなやつのお守りは、もううんざりだわ」
「最初は特攻役って戦闘でのメリットが大きいと思ったのだけど、それ以外のデメリットが多いとダメよね」
仲間がメリット?デメリット?村でも今もそんなこと考えて一緒にいたことは無い。
皆何か出来るようになって役に立ちたくて一生懸命にがんばるってことが仲間なんじゃないの?
「この話が聞けないくらい余裕が無い相手と戦ってるのに」
「そうね、残念ね。あなたも渾身の魔法を使って抑えられるのが役立たず1人だけ。私たち2人相手にどうやって勝つつもり?」
「まだ私たちにはこなさねばならない任務もある。楽にさせてあげるわ」
そう言うと鎧女の方が切りかかってくる。ローブの方も魔力を込め始める。
まずは細剣での突きが来た。
横に少し横に動くだけで躱すことが出来た。突き通るだろう鎧女の顔の位置に取り出した盾を合わせて置いておく。顔は丸々出していたからちょうど表面で叩くことになった。
ガンと良い音がしたので少しだけ溜飲が下がる。私の力を込めていたとしたらそれだけで終わってしまうので、精々がぶつかったくらいの衝撃しかなかっただろう。
「ッチィ!」
鎧女が地に伏せると同時に氷の矢が数本飛んでくるが、盾を構えて全て受けきる。少しだけ冷たくなったみたいだが全く問題無い。
その間に鎧女はローブ女のところまで後退する。正面から見ている私には丸見えだけど鎧女の顔には赤が一筋入っている。
「あはは!鼻血って!」
「笑ってないで治しなさいよ!」
完全に不意を突かれたことになった鎧女は鼻を打って鼻血がでているが、ローブ女が簡単な治癒を使うことが出来たようで程なく止血される。
ここでようやく私も自分たちが本気を出さないといけない強さかもしれないと疑い出した。ある程度の冒険者で終わる者は相手を侮る。ここもデテゴさんに言われた通りだ。
慎重くらいでちょうど良い。確かその後に何かもう一つ言ってた気がするけど何だったかな。スッと思い出せないので目の前の敵に意識を戻す。
「仕方ないわね。本気で相手してあげるわ」
「援護はしていくからね」
「お願いするわ」
2人としての連携はあるようで、今度はもっとうまく攻めてくるようだ。だけど今の私にはそんなこと関係ない。聞きたいことを聞くだけだ。
「最後の質問。あなたたちは仲間を大事にしないんだね」
「だからぁ、あいつは仲間じゃないって言ってるでしょ!」
ローブ女が口汚く反論してくる。鎧女の方を見ると、表情は同じだ。
「自分のために駒を消費する。それの何が悪いの?」
「分かった。もういい」
イレブンには戦術の勉強を出来る限りと言われたが、こんな奴らから学ぶ必要は無いだろう。
「私は私の友達を大事にする。あなたたちから学ぶことは何も無いと判断するわ。だからもう終わり。みんな、力を貸してね」
いつもは過剰に放出すると皆が元気になり過ぎるからと抑えていた魔力を意図的に周囲に放出する。
「何を言って――!?」
「ヒイイィィィィィィ!!?」
鎧女は魔力に関して鈍感なようで何か空気が変わったくらいの反応しかしていないが、ローブ女は明らかに反応がおかしくなった。私を見て後ずさり、完全に怯えている。
「風ちゃん、水ちゃん。少し硬めに圧縮した塊をぶつけて」
言葉が終わった瞬間に空中に空気弾と水弾が作り出される。私の目にはしっかりと見えているが、目の前の2人にはどこまで見えているだろうか。
まずは鎧女から。
3発ほど空気弾が当たったが、それだけで身に付けていた鎧が割れる。顔面に入った一発が原因ではないだろう口からも赤いものが見える。胸に当たった一発がそれだけ起きなダメージだったのだろう。
気を失われても困るので気付けに水弾は圧縮をやめて普通に浴びせかける。何とか目に意識が戻ったのを確認すると後はその繰り返し、と思ったけど3回もやるともう目に怯えが入ってしまった。
空気弾と水弾だけで細剣を折ったら呆気に取られて気を抜いたので特大の水弾で吹き飛ばした。外の気温的に濡れたままにしておくと命の危機だろうね。
鎧女と同時並行の片手間でローブ女にも水弾をぶつける。
最初の一回こそ反撃に氷の矢を打ってきていたが、こちらの水弾が飲み込んだことで逆に自分がダメージを受けている。あとは防御の氷壁を張るとその陰でガタガタ震えている。
動かないので雷ちゃんの電撃で倒れ伏させる。
あれほど悪態をついていたのに、魔力を解放するだけでここまで怯えるなんて想定が甘すぎるんじゃないだろうか。常に相手が勝ちを狙って何かしてくるものだというイレブンの言葉が霞んでくる。
「冒険者ってこんなに弱いの?」
答えてくれる人は誰もおらず、サーちゃんもいつの間にか哀れな女一人を口にくわえてこちらへと戻ってきた。
「とりあえず濡れたのを乾かしてあげて」
狼から赤い玉へと戻ると熱風を出してあげている。あ、風ちゃんが手伝うと寒いかもしれないから待っててね。
「それが終わったら牢に入れておこう。私には何も学ぶものが無いように思っちゃうな。みんな暇してないかな」
暇とか考えずにしっかりと働きそうな子を思い浮かべる。いつまで隠し通せるかな。本人が希望するなら私はいつまででも黙っておくけど。
次にまた誰か来るのだろうか。もう誰も来ないんじゃないかなと思いながら話し相手兼情報収集係の精霊たちの話を聞くことにした。
お読みいただきありがとうございました。




