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貶めてきたスパイには何をするか?

お楽しみ頂けると幸いです。

驚いていた顔はすぐに引っ込めて落ち着いた声で返してくる。


「レイ様に言われた急な仕事がありまして、今から他の使用人にやらせるわけにもいかないので自ら行こうと思いまして」

「こんな夜更けに誰にも気づかれないように隠れて?その言い訳は無理があるでしょ。それに、あなたが外見に似合わない強さを隠しているのは分かってるからさ」

「いやいや、そんな訳が……」


言葉を途中で切り、少しだけお互いににこやかに微笑みあう。どちらが先だっただろうか。目つきを鋭く変えると老人とは思えない速度で接近して首を狙う。

もうすぐで触れると確信を持った瞬間に来るはずだった手ごたえが無く、跡形もなく消えたことに動揺しながら立ち止まり周囲を見回す。見慣れた屋敷から門までの通路。その距離は20メートルも無いが、猛獣がうろつく密林に迷い込んだかのような錯覚すら起こすほどの異様さを感じる。

自分が攻める時に突く急所にそこら中から狙われている。だと言うのにどこにも誰もいない。どこからも音もしない。随分昔に無くしたはずの恐怖が音もなく後ろから近寄っているかの錯覚に陥り、頭がおかしくなりそうになる。


「なんだというのだ?」


先程見た先日からの居候と話をしたことすら幻を見たような気になってしまう。向こうから話しかけられたのだから幻のはずがない。現に感じている殺気も本物だ。

平常心に戻り、この場に留まることだけはマズイと思いすぐに出るために門へと向かう。


ポタッと水滴が落ちる音がした。自分の足元に近い部分での音だ。同時に先程とは比較にならないほどの悪寒を感じる。足元を見るくらいなら何でもないはずなのに見てはいけない気になる。

だが、足は硬直してしまったようで動こうとしない。気が付けば動かせるのは首と目だけのようだ。見てはいけないという心の声に反して見てしまった。




足元には何か水滴が落ちたようで液体が広がっていた。



少し安堵する。ただの液体か、と。しかし声が聞こえる。



それはただの水か?夜に透明な水が見えるのか?



確かにそうだと思った。そこまで考えたときにまだ自分の足元で構わずポタポタと水滴が落ちる音が聞こえる。ついでに異常に汗をかいていることに気が付いた。偽物とはいえ長年執事として勤めている間におかしくないように作法は身に付けた。

汗をふくために使うならハンカチを取り出そうとした。先程までは動かなかった体が動くようになっている。やはり気のせいだったかと安堵する。



が、何かがおかしい。手がハンカチを掴むことだ出来ない。いや、手が…?そこにはあるはずの手が無い



「手が…、ない……?て、手が無い、だとーーー!!!??」



無くした左手を確かめようと右手で触ろうとすると先程まであった右手すら無くなっている。気が付いた瞬間い断面から勢いよく血が吹きだす。

いくら何でもここまで勢いよく吹き出してしまうと自分の身に起こったことを理解せざるを得ない。先程出会った青年は自分が気が付く前に両手を切り落としてしまったのだ。

一切気取らせることなく可能なことなのかを思うが、現に起こったことを否定することは出来ない。いや、細かいことを考えるよりも。


「たすけてくれーーーー!!!!」



今更屋敷に戻ることは出来ない。自分がスパイであることはバレてしまっている。どこに隠れているか分からない者が1人いるだけでも厄介なのに、人も魔物も従えている者が確実にいると分かっているところには戻れない。



まだなんとか付いていた足でほんの少しの距離を突っ切るために走り出す。もう痛いのか熱いのか分からない手首から先はまだ勢いが衰えない程流れ出していく。この勢いだけですぐに死んでしまうのではないだろうかと思うほどだが、危険な場所から脱する方が優先だ。

一歩一歩と確かに走ってどうにか門の外へと辿り着く。最後はなぜか光に向かって走っていたような気がするが、抜けてしまえば次は医者のいるところだ。いや、目的地に着いた方が治療は簡単なのではないだろうか。



一刻も早く辿りつこうと走り出す。



屋敷の立つエリアを向けて門のある方向へと走って行く。そちらの方向は冒険者組合があるため、必然的に彼らがよく使う酒場が多く集まっている。まだ日が回ったくらいの時間では開いている店はある。翌日を休日と決めた冒険者か、翌日のことを全く考えずにただ宵越しの金は持たないとばかりに使い切ろうとしているのか。

明るい声がいくらか響く中、必死の形相で走って行く身なりの良い老人がいる。いや身なりは良いがその顔はもはや皺が多くなりすぎて格好と不似合いだ、と荒くれ者でも感じてしまうほどの表情になっている。


「ぜはぁーーっ、ぜはぁーーっ、ぜはぁーーっ」


恐怖に侵されてしまった体は息を切らせることなく走ることが出来るはずの距離すら容易に辿りつかない遠い旅路に変えてしまっていた。あまりの形相と状況に、イイ気持ちで帰り道についていた冒険者たちの酔いを一瞬で醒ますほどのものだった。

必然的に進行方向にわざと入る者などいるわけが無い。途中で話しかける者がいれば、少しは彼の運命も変わったかもしれない。ただあいにく彼を操っている青年は『人を騙して貶める』ということをあらゆる存在の中で一番嫌っている。どちらにしても逃れえない運命と思うしかない。


そして、どうにか辿り着いたのは冒険者組合だった。街に何かあったときのために、または冒険者が何か問題行動を起こしたときのために交代で宿直が存在している。

当然昼に受付にいるような女性はいない。いるのは腕っぷし1つで冒険者を押さえつけることが出来る猛者たちだ。その猛者たちですら入ってきた老人を見てぎょっとした顔を見せ、後ずさりする。


「ザスカ・トップはいるか!いたら私を通せ!それから私の負傷を癒せるようにポーションを持ってこい!!」


組合長の名とあと何か戯言を老人が叫ぶ。その場にいたのは3名の宿直だが、お互いの顔をきょとんと見合わせる。

なぜならこの時間に組合長はいるわけが無いし、何よりも老人の表情はともかく、彼はどこも怪我をしているように見えない。


何かの間違いではないかと言おうとしたところで声が響く。


「お騒がせしました」


現れた青年は騒いでいた老人を後ろから抱えると老人はそのまま眠ってしまったかのように大人しく俯いてしまう。


「このおじいちゃん、バリバリ働いてたんだけどボケちゃってね。昔取った杵柄で服はバシッとしてるんだけど、時々意味の分からないようなことを言うようになってしまったんだ。何か言ってた?」


あっけに取られた宿直達はニコニコと笑っている青年が家族の者で追いかけてきたのだろうと勝手に納得する。一番年長の男が代表して答えることになった。


「組合長を呼べとか怪我をしているから治せとか…」

「やっぱりそうですか~。若いころは色々とやっていたんだ!が口癖だからね。なんか思い出しちゃったんだろうね。連れて帰るから忘れてください。ご迷惑かけたお詫びにこちらをどうぞ」


そう言って3人が1週間働いたくらいの賃金となりそうな銀貨の入った袋を渡す。中身を見て目を白黒させるが、あんまり騒ぎになってしまうと俺が責任を取って辞めさせられる。身なり通りいいところの爺さんだから隠しておきたいという言い訳に怪しいところはあるが飲み込むことにした。

もし、飲み込んでいなかったら老人と同じ、とまではいかなくても記憶に自信が無くなるくらいの目には合っていただろう。運の良い男たちである。冒険者をやっていれば約束を違えることで自分たちが損をすることは良く知っている。だからこそ約束や取り決めを破る者には厳しい。引退をして今は職員だとしてもその矜持は守る。


イレブンもそこに賭けた。見たところデテゴよりも随分年上で今でも鍛えているような体の持ち主だ。昔気質であることに賭けた。そして勝った。


肩にはかなりきつめに幻魔法をお見舞いした元執事の老人を担いでいる。


最初の声をかけたところまでは本当のこと。言葉を交わした段階で幻魔法の中に落とし込んだ。姿が見えないのに殺気がするのは当然だ。姿を見えないようにした上で、武闘派の進化をしたフレンドビーたちに訓練と称して殺気を放たせた。手に関してはまだ落としていない。今後落ちないとは言っていない。


更に種明かしをするなら、襲撃をかけるのは嘘。スパイが告げ口しに行くことを誘った。伝書鳥の類いは外からも中からも糸太郎とフレンドビーたちで封殺した。暗号解読をするには知識が足りなさ過ぎた。

まあ自身で行けば良いと思わせるための布石だ。更に緊急性のある話をすれば何かした動きを見せてくれるだろうと思っての行動だ。ボウカツ・カンジョーの方に行くと思ったら冒険者組合の方だった。


組合にも何かあるとは思っていたが、こっちも逃げ込む先になるくらい完全に噛んでいる案件とは思わなかった。


まあ冒険者パーティが移動中の俺を呼び止めて妨害してくるくらいだから何かあるとは思っていたし、遡ればレイさんが公式に出した護衛依頼を受けたパーティをピンポイントで裏の依頼をかけに行っているのも怪しい。

もっと言えばイレブンが冒険者組合で叩きのめした名も忘れた冒険者との仲裁に組合が口も手も出してこないのは違和感がある。デテゴだったらどっちが悪かろうが仲裁して確認した上で何かするはずだ。その前にイレブンにケンカを売る冒険者に遺書を書かせるだろう。


怪しいと思っていた冒険者組合も、よりにもよって組合のトップが街を牛耳った商人と組んで何かやろうとしている。


「物量作戦かな。あとは少しでも味方を増やしておいた方が良いかな。もっと多くの商人たちを巻き込むためにもやっぱり良質の金属は必要だな」


目立たないように途中で建物の屋根の上を移動して屋敷に戻ってきた。地下に連れ込む人数が増えるならもう少し拡張しないといけないなと思いながら階段を下りる。


何が起こるかというと、それは被体験者から聞けばいい。聞くことが出来れば。

お読みいただきありがとうございました。

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他にも書いた小説です。短編だけでも時間潰しに良ければどうぞ。
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