やることは予想の通り。途中で気が変わります
昨日二話投稿しているので見ていない方はそちらからご確認ください。
お楽しみ頂けると幸いです。
通された訓練場は軽く闘技場のような感じになっていた。周囲から観客として見ることのできる席が楕円の広場の周囲に設置されている。イメージは2階が入り口になっている体育館かな。広さとしてもそれくらいはある。
移動中に聞いた話だと相手の男はズワンと言い、一応銀級冒険者で家名は言ってくれなかったけどどこぞの貴族の者らしい。行動と発想が浅はかすぎるから甘やかされて育ったんだろうな。
周囲の不運はそこそこに戦う才能があったことだろうな。一応パーティメンバーもいるけど、こちらも一癖ありそうなやつらばかりだ。戦士タイプと斥候タイプは男、もう一人のローブは女みたいだ。
止めてくれないのかなと思っていたけど、表情から察するにその気は無いようだ。まあリーダーの無事を祈っていてくれ。
「ざっと見た感じ、危険なやつはいないと思うけど」
「分かった。気を付けてね」
「面倒なんだけど」
「やるからには徹底的に、でしょ?」
「いや~、本当は気乗りしないんだよ。本来の目的からズレてるから」
リセルにいいから早く行けと背中を押されたので、トトトッと走って観客席から広場へと飛び降りる。何カ所か降りるための階段があったらしいけど気にしない。わざわざ使用していたズワンが顔を歪めたが、すぐに平静な表情に戻って中央に向かって歩く。
ユーフラシアにも訓練場はあるらしいけど、あそこは組合の建物と併設じゃないから使ったことが無い。あっちの方が広いらしい。冒険者の数も多いからね。
「怖気づいたのかい?はやく来なよ」
なんで怒っているのか知らないが、イチイチ挑発しないと話すことが出来ないのか。リセルに相手してもらえなかったことがそんなに腹立たしいのだろうか。
広場の中央で向かい合うように立つ。そういえば審判いないのかな。勝ち負けの判定はどうするんだ?と、思ったら教えてくれた。
「勝ち負けの判定は相手に負けを認めさせた者の勝ちだ。故意に相手を死なせてしまった場合は攻撃側の負けとする」
「えっと、じゃあ認めない上に死ななかったらいつまでも終わらないってこと?」
「その通りだ。ま、そんなことにはならないだろうけどね」
自信満々に言っているけど、レベル35だから俺の約3分の1だ。ステータス的にもスキル的にも俺が負ける要素は無い。あるとすれば後ろ盾の部分だが、何度か追い返せば向こうが諦めるだろう。先に手を出してきたのは向こうだし、追い詰めて来るならそれはそれで別の手段を取ろう。
やるならやるで徹底的にだ。この期に及んでいつまでも日和るのはやめよう。最善が無理でも次善の方法を考えることにする。
「わかった。じゃあ始めよう」
「おいおい。武器も防具も無しでやるのかい?少しくらい借りるとかしてこなかったのか?待つくらいはしてあげてもいいよ」
アイテムボックスから出せばいくらでも出て来るけれど借りるという発想は無かったな。だってどう考えてもいらないもの。
「別にいらないよ。必要だとも思わないし」
「なんだと…?」
「あんた程度に木剣使って勝っても自慢にならない」
「は!?」
傲慢な顔が見えてきた。隠せてないことの自覚はあるかな?
右手でレイピアを抜いた。真剣じゃないか。左手で顔を隠している。隠れていない目はを見開い後に、こちらを射殺さんばかりに睨んでくる。
「もう良いだろう。心配はいらない。田舎から出てきたものが世の中の広さを知ったときには死ぬこともある」
「あ~、死ぬかどうかは置いておいて最初にカルチャーショックは受けるよね。というか相手死なせたら負けなんでしょ?」
言ってから気づいた。相手が死んでたら負けても何も言われないから気にするつもりも無いのか。組合から罰則とか無いの?それすら捻じ曲げるつもり?性格悪い…。
「先手は譲ってやろう。好きなように攻めてくるがいい!!」
「お?」
完全に戦闘状態に入ったズワンはレイピアを構え、何なら魔力も高めているので何かしたの魔法も使う準備をしているようだ。
しかし、先手を譲ってくれるのか。それならとりあえず適度な範囲で折るか。動こうとしたときにリセルから俺にしか聞こえないように工夫されて聞こえた。
「がんばれ」
思わず吹いた。やっていることは高度なのに送ってくる一言がそれか。
何とか表情をマジメな顔に戻して落ち着く。怪訝そうな顔をしていたのを気にすることなく、落ち着いて聞いておく。
「そのレイピアって大事なもの?」
「ん?せっかくだから教えておいてやろうか。私が冒険者として活躍する中で手に入れた一級品だ。お前では手にすることも出来ないほどの逸品だと思え!」
「購入品?それとも手に入れたもの?」
「細かいところが気になるやつだな。特注して作らせたものだ!いつまでも話してないで来い!」
「はいはい」
狙いを変えるとするか。少しだけ体を動かして準備運動をすると構えを取る。ズワンも再度構えを取ったところで『縮地』発動。
目の前に現れた俺を認識する前にズワンの右側面からレイピアに触れる。視線が俺が立っていた場所からレイピアに触れている俺に移るころには手刀でレイピアを根元からポキリと切り落とす。折る時に気を使ったのでズワンに衝撃が伝わるなんてことはなかったはずだ。
「これでいい?」
折ったレイピアの刀身を両手で持つと膝で更にもう一度バキッと折って2つに分ける。両手でそれぞれ持って見せる。
「え?」
一瞬で素に戻った声を出してズワンが止まる。観客席にもどよめきが起こっている。何が起こったのか理解できていなかったようなので、継ぎ目を一度合わせてから離すことで再度折れていることをアピールする。
「まだやる?」
「なん、だと…!?」
さすがに冒険者で武器を失ったくらいでは戦意を失うことは無かったらしい。
大きく後ろに下がると持っていた柄を突き出してくる。
「ウインドスラスト!」
突き出した折れた刀身から何かが飛び出してきたことを感じて少し身を傾けて避ける。何かが後ろまで飛んで行って後ろの壁に衝突するのを見届ける。
「お~」
「今のを躱すのか!?」
壁に開いた穴を確認して振り返って見たズワンの表情は驚愕に染まっている。とりあえずもう一度近づいて鼻っ面に一発ゴンと拳を入れておく。振り抜いたのでしっかりと飛んだ。
地面に後頭部を打ち付けた後にバウンドをするが、器用に回転して膝を着きつつもこちらを向いて体勢を立て直す。
「なんだ、これは……!?」
わなわなと震えながら現状を確認する。折れた愛剣、流れ出る鼻血、そして血走っていく目。目は自分では見えてないか。思った以上の反応に俺のテンションも少し上がる。
「思ったほどでもないね」
また簡単に挑発に乗ってきた。
「ふざけるな!!纏え!ウインドスラッシュ!!」
元から刺突剣だが振りかぶって切る動作で襲い掛かってくる。よく見ると風魔法を剣に纏わせているようだ。先程のは纏った風魔法を突きの動作で飛ばしてきた。今度は纏わせたまま切るようだ。もしかしたら風の斬撃として飛ばしてくるのかもしれない。注意しておこう。
当たれば切れる距離だが上体を反らすだけで躱すことができた。何度か見ると分かるが、剣術スキルを持っていてもおそらく上級の途中だ。振り回すだけなら多少何かをして隙を突いてくれないと余裕で躱せてしまう。
「お仲間も降りてきて手伝ってもらったら?」
「ふざけるなああぁぁぁ!!ウインドバースト!!!」
言葉から推測して風の爆弾だろう、大きく後ろに下がる。しかし、ちょうど下がったところを起点として爆発が起こる。下はただの地面だ。巻き上げられた土埃で視界が塞がれる。
それはズワンも、一段上から見ている観客たちも同じだ。ただ、関係の無い者が1人、いや2人いる。
「ばかめ!!油断しやがって!発動場所の調整くらい出来て当たり前だ!なめやがって、ガキの癖に!」
溜まっていた鬱憤を晴らすように他にも色々と叫ぶと息が切れたのか肩を上下に揺らして息を整える。止まらない鼻血で息がしづらいのもあるかもしれない。
「はーっ!どうだ!やはり、あなたがいるのはあんなガキの傍では無いことは分かっただろう!?」
観戦しているリセルを一生懸命探して叫ぶ。パーティメンバーを先に見つけ、示された方向を見て何とか言い終わってからリセルを発見する。その表情はというと、特に何も変化無し。ついでにどこから出したか分からないが、コップに入った飲み物をちょうど飲んでいる最中だった。
「スゴイ土埃だね。窓があるのかな。掃除が大変そう」
感想がズレている。まあ別に問題は無いんだけども。無視された形のズワンはリセルの声が聞こえていたのか唖然としている。視界に全く入れられていないのだから当然だな。
「遊んでないで早く帰ろうよ」
「そうだな。そうしよう」
「なに!?」
土埃を抑えて地面へと下ろすことでお互いに姿がハッキリと見えた。俺には特に汚れはないが、ズワンは土を多少被ってしまったようだ。服や跡が残っている。
当然ながら土埃に関係ないのはリセルと俺だ。目以外にも情報を仕入れる手段はある。
「簡単に意識を刈ってしまうと負けを認識できないかもしれないからな。なるべく外堀から埋めて行くよ。『風弾』」
額・蟀谷・顎・首・鳩尾・両肩・両肘・手首・手の甲・両太腿・両膝・両脛・両足首・足の甲と当てる角度を変えつつ、1秒に2発ほどを全く同じリズムで当てていく。
初弾こそ弾き、躱していたズワンも二弾目から既に為す術が無くなってしまっている。風魔法の威力から考えると魔力もそこそこあるはずだ。魔防の値も持っているはずだが、消費MPは抑えておく。5分も続ければ十分だろうとカウントしながら待つ。
こちらの魔力のステータスと比較すれば人間相手に力を入れすぎると事件発生にしかならない。客観的に見たときにどう見えるのかを聞いておかないといけないとは思うけれど。
とりあえずこちらもある程度良い経験をさせてもらったのでズワンにもアドバイスを送っておく。
「剣に纏わせるのは1つのやり方だと思うよ。でも、魔法の良いところって動作を伴うことなく、大量に、間断なく攻めることが出来ることだと思うんだよね。単発の割には威力が弱いよ。イチイチ叫ばないと攻撃できないのも落第点だね。そんなんじゃあ相手に何をするかバレるでしょ。対人戦で勝ててるとしたら相手の忖度だと思うよ」
意識を失っていないことだけは目を見れば分かる。倒れないように当てる場所にも気を付けたので立っている。聞いているかは分からないが、観客にも聞こえているだろうから後で仲間から聞いてくれた良いだろう。
近づいて顔の前で手を振って確認してみるが反応が無い。手を叩いたとしても同じだ。
「打たれ弱いのも、状況からすぐに立ち直ることが出来ないのもダメ。銀級だっけ、金級になれないことに原因があるのだとすると成し遂げてやるぜっていう意志じゃないかな」
ポンと触って体の治癒をしてみると、フラフラしていたのがしっかりとしてくる。治癒が済んでしばらく待つと意識がハッキリしたのか正気に戻る。
「…何があった!?負傷が治っている?」
「よし、じゃあ次は気が変わったから剣の稽古つけてあげようか。軽いのが良いみたいだからこれ使ってね。俺は今練習中の小太刀サイズの二刀持ちでいくから」
渡したのは細めの木剣で、俺が持っているのはそのよりも短いサイズの木刀を二本持つ。
「次は武術の指導をするよ。さっさと構えて」
「ヒィッ!」
逃げようとするが、膝を後ろから打って倒れるところを上を向いた眉間を容赦なく打ち下ろす。太腿をストレッチで伸ばすように倒れる。
「はい、立って。自分から売ったケンカでしょ…って危ない!」
そう言って慌てて口に綿を詰めて口を塞ぐ。危なかった。負けを認めるまでは続くわけだから話せる状態にしておくのはマズい。死ぬほど後悔させないといけないんだからこれくらいでギブアップはさせない。
「さ、続きをしようよ」
お読みいただきありがとうございました。




