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震えて眠る男とそれを見て震える男

お楽しみ頂けると幸いです。

少し時は戻ってイレブンがユーフラシアから仲間の元へと戻ろうとしていた頃――


【ボウカツ視点】

儂はマルクトにある自宅でゆっくりと寛いでいた。翌日に特に目立った商談が無い日で良かった。遅い時間であろうとも今日は旨いつまみを待ちながら酒が飲めるからだ。いつまででも待とうじゃないか。数年前に潰したマークル商会を継いだ小娘がどうなったのかの報告を。


いつまでもしぶとく生き残っていたが、昨今のユーフラシアの取引量が増えたことで完全に向こうの販路を奪うことが出来た。夜逃げでは無いが、ついに商会を手放すらしい。儂に話を持って来ない辺りが小賢しいが、街を出たのが運の尽きよ。もう正気でどこかの街に着くことはあるまい。もしくは物言わぬ躯か。


「くっくっく…」


自分の思い通りに行くことほど愉快なことは無い。グラスに自ら注いだワインを一口含んで、香り、広がる味わい、のど越しを楽しむ。いい具合に熟成している。


「ふぅ…、うまい」


いくらでも飲めるが、あまりにペースを上げ過ぎてもいけない。まだ夜はこれからだ。どうせならしっかりと報告を受けてから酔いを楽しみたい。


このマルクトを牛耳ることができるような力を持った商人は今までに誰一人いなかった。対抗勢力というものはいくらでも湧いて出てくるものだ。最初は金貸し業から始まった。私には資金はあったが、商才は無かった。取り立てと同じくらい商売も上手くいけばいいと何度思ったことか!


実際に敵は何度も現れてきたが私には都合よく動かすだけの駒がいた。どんな手段を勝利した時、相手を陥れた時のことを思い出すと歓喜で震えがくる。陥れたときの快感といったら女を抱いた時やうまい酒を飲んだ時よりも愉悦に浸ることが出来る。


だが、そう!儂は気づいた!儂には商才は無いのだ!


この世でのし上がるためには自分の出来ないことを認めなくてはならない。短所を何とかするくらいなら長所を活かして何とかすれば良いのだ。それに商才が無いことは認めるが、諦めたわけでは無い。


自分で出来ないのであれば配下を従え、そいつにやらせる。そうすれば世間ではどう見えるか。儂がやったように見えるのだ。世の中本質を見抜くことのできないマヌケばかりだ。

しかし、配下にも条件がある。『絶対に』裏切らないことだ。別に弟子を取りたいわけでもない。店を他の街へ出店する気もない。マルクトにある儂の店があれば良い。跡継ぎはいるし、このままで良いのだ。儂が生きている間に店が大きくなるのであれば、配下を何人使い潰したところで気にする必要はない。むしろ儂の店の礎となれるのだ。泣いて喜ぶのが筋というものだろう。


そして、偶に現れる商売敵を捻り潰すのだ。何と平和で豊かな人生であろうか。


ま、ここまでうまくいくとは思ってもみなかった。だからこそ最初の駒を手に入れたときに震えたのだ。儂の勝利は間違いないとな。


「また酒か?」

「お主も嫌いではないだろう。一杯やるか?」


現れたのは儂の相棒であるバロドだ。今や世界有数の呪魔法の使い手だろう。こいつが良いのは特に顕示欲があるわけでは無く、研究に没頭して、自分の研究の向上のためならどんなことでもする男だというところだ。

研究内容は『呪魔法由来の紋章により思い通りに人を操ること』だ。既に手を組んで20年以上が経っている。元々は借金の取り立て相手だ。返せなくなった金の代わりに取り立てるものがないかと考えていたところで話を聞いて思いついた。


こいつの力があればいくらでも配下をふやしていくことが出来る、と。


最初は逆らえなくするくらいしか出来なかったが、徐々に強制力が強くなっていった。スキルも何度も使うたびに成長するらしいのだ。何度も使っているうちに強力に成長していったに違いない。

条件として相手の心を弱らせておく必要はあるが、一度入れてしまえば文句を言われることも反抗されることもない。


何もかもがうまくいっている。失敗の心配など必要ないし、これからも成功しか待っていないのだ。それなのに、


「いや、遠慮する」


返事に驚いた。酒好きのはずのこやつが断るなどと、どういった風の吹き回しだろうか。しかもよく見るとほんの少しだけ震えているようだ。


「何かあるのか?」

「俺にも分からない。ただ…何か漠然とした不安を感じるのだ。今日は監視の娘1人だけを向かわせているな?」

「うむ。十分だろう。戦闘スキルは無いが、あの隠密の技能を活かせば並みの冒険者くらいは始末できる」

「その…はずなんだが、魔力を流しているのに手ごたえが無い」

「ふむ?」


詳しいことは儂には分からないが、珍しいことらしい。


「本来の計画であれば、盗賊と冒険者を潰し合わせて残ったものを刈り取る。レイやアンナは生きていれば連れて帰ってくるはずの時間だ。だが、何の手ごたえも無いのだ」

「それがどうおかしいことなんだ?」


死んでしまえば仕方ないが、生きているのなら心は既に折れているはずだ。生きているのなら何にだろうが使い道はある。儂が使うかは一度確認してから。楽しみだ。


「全く移動していない。何かあったとしか思えない」


そういえば魔法の使い手も習熟すれば魔法の対象がどれくらい離れているのかは把握しているとか言っていたな。いかん、酒が回っていて少し頭が回っていなかった。水を飲んで少し酔いを醒ますとしよう。

頭を少しスッキリさせた後にバロドをよく見ると顔色も悪くなっているようだ。話に挙がっていた娘を最後に確認した時を思い出す。確か子どもであっても強制的に服従させているときは大人の男数人くらいなら一瞬で殺していたはずだ。

まさか雇った冒険者がそこまで強かったのか?いや、金には汚いがそこまで強くは無かったはずと聞いている。部下に確認させたときも特に実力に大きな変化は無かったと報告は受けている。しかし、ここまで貢献していた協力者の言葉だ。聞かないという手はあり得ない。


「何か情報が漏れる可能性があるのなら、廃棄だな」

「そうだな。万が一のことを考えると暴走させてしまう方が安全かもしれない」

「うむ。あの娘のスキルは希少なものだったが仕方ない。リスクを負わない方が優先だ。やってくれ」


これで一安心だろう。明日一番でユーフラシア方面に遣いを出して確認させるとしよう。


「あぁ、そうし―――がふっ!?」


言葉の途中で突然切ると、体を大きく震わせ血を吐いて盛大に体を痙攣させ始めた。あちらこちらへとぶつけたかと思えば天井にも飛び上がるほどだ。当然床に落ちてくる。その後はもがき苦しみ、何かの魔法攻撃でも受けているかのように部屋の中を跳ねまわっている。


「何だ!?何が起こっているのだ!?」


何か起こらない限りは使用人共も部屋に、いや私のいる2階に上がってこないように命令してしまっているので誰も上がってはこない。

良い気分の最中に邪魔されるのが嫌で、酒も自分で準備していたのが仇となった。部屋から出て行こうにも奴が跳ねまわるせいで通ることが出来ない。くそ!なんなんだ!?


「だっ…rk…が、の…ろ……を…こう………して……」


小一時間ほど跳ねまわった後、ようやく動きを止めたかと思うと息も絶え絶えになりながら言葉を発して気を失った。何を言っているかは分からないがやはり何かが起こっているようだ。まだ時折痙攣をくり返している。

呪魔法による強制隷属は万一にでも解かれることの無いように強力にかけてあるはずだ。一般的に呪魔法は解かれると魔法の行使者に反動が来ると言われているらしい。反動は解呪する者の強さにも依るようだが、これが通常の解除なのか完全に相手に負けているのか儂には分からない。


気を失ってしまっているが、体が痙攣をやめていないのでまだ苦しみは続いているようだ。このままでは死ぬのか?それは困るぞ!これからまだ人手は必要なのだ!


静観しているうちにようやく邪魔されずに部屋を出られるようになった。すぐさま部屋を出て使用人を呼び付けすぐさまバロドの治療の手配をする。

ポーションなどを使用したため一命を取り留めることにはなったが、翌日の昼までバロドの苦しみは続いた。だが、激しく傷ついてしまったことが原因かいつ目を覚ますかは分からないようだ。

一応、男には特別顧問という立場を与えていたため、公式に医者に見せることも出来る。すぐに呼んで診させた。


「ふむ。珍しい症例ではあるかと思います。相当な魔法による負荷がかかったようですね」

「し、死ぬことは無いのか?」

「ケガの原因は転げまわったことが原因です。見ても分からないかもしれませんが、骨が折れているわけでは無いですよ。打ち身やすり傷です。相当暴れたことは確かですが」


儂には分からないが、確かに骨が折れているわけではなさそうだ。あくまで暴れまわったときに付いたということか。運の悪いことに治癒魔法の使い手が出払っているか、儂の言うことなど聞かないやつしかマルクトにはおらん。

精神的なダメージを癒そうにも飲むことも出来ないのであれば目覚めるのを待つしかない。


「あの…」

「な…、なんじゃ!」


少し考え事をしていて医者の言葉を聞き逃してしまっていた。思わず大声を出してしまった。医者が怪訝な目をしているが、何か言いたいことがあるらしいので聞く。


「私の判断をお伝えしておきます。根本的な原因は非常に痛みを感じる状態で長時間晒されたことによる精神的なダメージが大きいと思われます。精神的な部分に作用する魔法による攻撃を受けたのだと思いますが。精神的なものですから寝かせておくのが一番でしょう。ちなみに何か原因に心当たりはありますか?」

「な、ないぞ!突然苦しみだしたのだ!攻撃される心当たりも無い!」

「そうですか。何かの事件かもしれませんので、くれぐれもお気を付けください。…それでは」


あとは使用人が医者を見送っていく。部屋に残されたのは儂と時折苦しそうな表情で眠る男だけだ。


「何かが起こるというのか…?」


言い様のない不安だけが消えなかった。

お読みいただきありがとうございました。

一人呪魔法を解くたびに使用者は同じように苦しむことになります。そうなるリスクを負う代わりに魔法を強力に作用するようにしています。誰かに呪いをかけている限りはそれが縛りとなって死ぬことはありません。

ここで解説する理由は彼には自分で説明する機会が無いからです。これからバンバン解除はしていきますけどね。

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