頭を冷やそう
お楽しみ頂けると幸いです。
【リセル視点】
あ~ぁ。せっかく最近のイレブンは機嫌が良かったのに最悪なところまで落ちてしまった。ああなると止められないんだよね。私の言葉も聞こえてるかどうか怪しい。
人を傷つけるやつは嫌いなんだよね。未遂でもそういう意思を持ってるやつのこと嫌いだし、向こうの世界で何かあったんだと思うけど。そういう話してる最中に落ち込む話はしてくれないからなぁ。
どちらにしたところで、反省して全部手に入れられる情報を聞いて、泣いて死んでからが始まりだ。絶望の廃人にするところまでやらないと今のイレブンは止まらない。
理由を聞いたことがある。シンプルだった。
「奪われた人たちが納得しないだろ」
何をと指定はしないそうだ。食べる物、大事な人からの贈り物、お金、もしくは……人や尊厳。
何が大事かなんて人それぞれだから奪われても気にしないこともあると思う。だから奪った者の顔を見るのだそうだ。
どうしようもなくて奪うしかなかった者は後悔か無表情。
奪うことがやめられないものは焦燥感か豹変。
もう見捨てるべきモノは笑顔。
イレブンも全部知っているわけでは無いらしいけど、なんとなくそんな感じに分けられるのだそうだ。
後悔しているからって許すわけでも無いのだそうだ。それこそ笑顔になっていても許す者である可能性もあるらしい。
イレブンが何を思ってそんなところを見るのか分からないけれど、1つ言えることは私も考え続けなければいけないのだろうなあということだ。
今もそうだけど、さっきの「納得しないだろ」という言葉を言っていた時のイレブンは怖かった。笑顔だったことが余計に。
あの時の瞳が恐怖だった。正面にいる私を見ているはずなのに別のところを見ているような、怒りとも違う感情を宿しているのにそれが自然であるかのような顔をしていた。
昔は黒目黒髪だったらしいけど、イレブンになったときに金髪金目になった。キラキラ見えてるのかって聞いたら笑われた。
「リセルは赤い目をしているけど、いつでも夕日じゃないだろ」
そう言われたら納得した。瞳の色がそのまま見える世界の色と関係ないのだと納得した。でも確実に今のイレブンの目は黒いと思う。
あの目で見られるような人は、たぶん死を奪われるんだと思う。そう思うと前に見たときに受け答えを間違えると私も今の関係では無かったのかもしれない。
一番近いところに居られて良かったと思う。このまま生きても、万が一死なれたらすごく自分が後悔しそうだし。
お互いに納得するまでは一緒に生きておこうかと思う。一応私の方が年上だしね!
さて、考えることはここまでにして任されたことに取り掛かるとしよう。
馬車の中を確認すると呆然とこちら、いやイレブンを見ている女性が1人とその彼女に抱えられて意識を失っている女性が一人だ。
起きてる女性は栗色で少しウェーブのかかった長い髪だ。手入れすごくしてあるようで少し触ってみたい。私のは緑色で短いから毎日同じ髪型だ。変えたとしても気づかないだろうから別にいいけど。
目の色はきれいな緑色だ。肌の色は白いし、見えてる感じではあまり何かの作業をしているようには見えない。それでも目の下にある化粧で隠しきれていない隈が彼女の良さの全てを消してマイナスにまで落とし込んでいる。
イレブンが飛んでいかなかったら危なかったのかもしれない。せっかく助けた命だから最大限生かそうとするだろう。手伝うとするか~。
もう一人の女性はお付きの女性、侍女っていうんだったかな。黒と青の中間から黒寄りの髪をしている。目を閉じているから分からないけどこちらの方もきれいな人だ。
二人ともメディさんやサティさんには敵わないけど!あの二人の方がっもっとすごい美人だし!
少なくても私よりは美人か。やめよう。
「いきなり驚かせてごめんね。しばらく止まらないけど、放っておけば大丈夫だから。そのうち気が付いて見えないところに移動するからね」
「あっ、はい。いや、その、えっと……。わかりました。はい……」
あまり見たことないよね。大人かどうか怪しい男の子一人で十数人の男を泣き喚くまで追い込んでるところとか。
今はたぶん叫ぶだけ叫ばせて、喉を潰すところだよ。あとから話をするときに邪魔されないようにまず潰すんだって。一緒に身体的な痛みも同時並行で、どれだけ耐えられるかの選別をするのだそう。それに合わせて、誰にどれくらいの処置をするのかグループ分けするのだそうだ。
言葉で訴えられるのならまだ余裕がある。末期はもう人の言葉を話すことすら出来ない。そこまでやってから何度でも正気に戻す。二回目以降は耐えられない程の何かを何度も繰り返す。
あ、これはあんまり見せて良い光景ではないね。マジックバッグから布を取り出して見えないようにカーテン代わりにする。
「まずは自己紹介しようか。私の名前はリセル。名字は無いよ。ただのリセル。あっちのはイレブン。彼も名字は無いよ。特に貴族でも無いし」
「た、助けていただきありがとうございます。私の名前はレイです。レイ・マークルと言います。名字は付いていますが貴族ではなく、父が一代男爵だったのでそのまま名乗っています。私の身分は既に平民ですので」
私が自己紹介したことで、少しだけ思考が戻ってきたのだろう。膝の上に人を乗せているの立つことも出来ない。そのままの姿勢で頭を下げて名前を教えてくれた。
なんとなく仲良くはなれそうな気はする。良かったのは表情に怯えが混じっていることだ。イレブンを信用しても怯えても良いけど、惚れるのだけはやめておいた方がいい。ついて行くのが大変だし、ついて行くにもどうしても強くないといけない。伊あから追いつくのは大変だろうし。
「まずは事情を聞いてもいいかな?現状は盗賊に襲われていたってことで間違いないんだよね」
「そうです!そ、それでですね。何から話せば…」
「まあ落ち着いて。何か飲み物でも飲む?」
マジックバッグからコップを取り出して水ちゃんにおいしい水を出してもらう。
「どこから水が?ええ?」
「余計に混乱させちゃったね。ごめんごめん。じゃあまずは私たちのことを話そうか。今までユーフラシアにいたんだけど、冒険者ランクを上げるために今はマルクトを目指して移動中だったんだよ」
一方的に話を聞くのではなくて、こちらもある程度話さないと落ち着くことは出来ないよね。
まだまだ時間がかかりそうだから、話しておこうか。万花ちゃんたちが来たらにぎやかになるし、糸太郎のことを話しておかないとまた驚かせちゃうしなぁ。
水ではなくてお茶にすれば良かったかなと反省したけど、それは毎果ちゃんたちにお願いしよう。
☆ ★ ☆ ★ ☆
【イレブン視点】
後頭部に受けた衝撃でハッと気が付く。
「糸太郎を怒るなよ。私の指示だ」
「コトシュさん。糸太郎…」
腕を組んで機嫌の悪いコトシュさんと糸を塊に固めた上で鈍器のようにして殴った糸太郎が泣きそうな感情を伝えて謝っていた。
気が付くとまだ手首から先が無いことは変わらないが…、外見から分かるような外傷はそれ以外には付けていない。
そういえば心を折ることに集中しすぎてまだ何も聞けていなかった。
「すいません。ちょっと理性が飛んでました」
「構わない。ここから先は私が引き取るからお前は少し頭を冷やしてこい」
「それは…、そういうわけにはいきません」
「私が女だからか?馬鹿者、そんな表情でいるやつが役に立つと思うな。邪魔だ。私とロイーグ、予備戦力として糸太郎がいれば十分だ」
どんな顔をしていたかは分からないが、周りが見えなくなるほどに怒りに飲まれていたことは本当だ。大人しく言うことを聞く方が良いのだろう。深呼吸をして自分の頭が動くように切り替えていく。
「とりあえず現状を伝えます。反抗することは無いと思います」
だろうな、と言われた。まあ拘束もしてないのに誰も倒れた状態から起き上がることもしていないならそう判断できるのかもしれない。
「今かけているのは刺激に敏感になる魔法です。大体10倍の刺激です、主に痛みを増幅して感じるようになってます。設定すれば光や音にも敏感になります」
「…何か危険な薬でもやったのではないだろうな?」
「いえ、生命魔法と幻魔法の複合です。拷問にちょうどいいかと思いまして。必要でしたらいくらでも継続できますけど」
聞こえた者たちが反応して震えている。白々しい。自分たちがするのは良くてされるのは嫌とか、ふざけている。
一歩踏み出そうと考える前に身体の前に制止するための手が出されていた。
「本当にやめなさい。頼むから」
ものすごく頭が痛いような顔をされてしまった。糸太郎が心配していることにそこで初めて気が付いた。俺は糸太郎を優しく撫でて怒っていないことを伝える。
「魔法とやらの継続は不要だ。心を折っているだけで十分だ。誰が責任者なのかだけ教えてくれ」
「それならこれです」
倒れているところから引き寄せて地面に置く。置いたところに石でも落ちていたのだと思う。何かの悲鳴をあげていた。
「コトシュさん。一応言っておきますけど。敵対しただけでここまではしないです。盗賊ってのは誰かから奪うことを選んだやつらです。自然界にある弱肉強食とは違います。だから更なる力で潰しただけです。終わったら言ってください。まだ終わって無いんで」
「分かったから!早く向こうに行って落ち着いて来い。薙刀!毎果に言ってしばらくこちらに近づけないように言っておけ!」
「アイマム!!」
薙刀に先導されて連れて行かれる。その先には四輪が到着していて、飲み物が準備してあった。
紅茶にハチミツを少しだけ溶かしてある。温かくて手先から感覚が戻ってくるような感じがする。飲んだ後に吐く息でもう一度呼吸がしやすくなった気がする。
あれ?いつのまにか薙刀への指揮権奪われてない?
まあ半分冗談みたいなものだし、別に構わないけど。
お読みいただきありがとうございました。




