世の中に無敵の人はいない
お楽しみ頂けると幸いです。
「さて、これで完了だし……。帰るか。いや~、今までで一番緊張するな…」
今は夕方だ。情報収集や緊急脱出用に色んな場所に大量に仕込んでいた楔を目立たない場所3か所ほどに絞ってきた。残したのはこれからの移動用だ。残りは全部回収してきた。
連絡用のものは当然そのままだ。相手との連絡用なので一日に2~3回は確認する。今後は商談とこちらに有利な依頼だけを受けることになっている。
万全に準備していた向こうの軍隊よりも強いことを示したのだから簡単に使おうと思ってくれるなよ、ということだ。
目的の国家転覆までは初めてのお友達価格のサービスだ。これでお友達価格は終了して法外での取引になるが、武力支配の権化は倒したのだからしばらくは大丈夫だろう。
少なくとも俺が生きている間は向こうの大陸に手出ししようとは考えないはずだ。そんな先のことまでは責任持てない。
「それよりも何よりもリセルがこわい」
一応言い訳はある。何といっても確実に戦闘になることが分かっていたのだ。そんな危険地帯にリセルを連れて行けるわけが無い。
連れている精霊も種類も増えたし、力も強くなったから遠距離から精霊に活躍してもらうだけで危険は無いと思う。とはいえ変に連れ回して知名度、というよりも悪名か、そんなものが広がるのは俺だけで良い。
不意に近づかれたとしてもゴーレムも割と仕上げたから撃退に問題は無いはずだ。今のゴーレムだと俺も本気で攻撃するか、秘奥義を使わないといけないくらいにはなっている。
本気で攻撃されたらもしかすると負ける。7:3くらいで負ける気がする。いや、7は勝てるんだ。
「それでも嫌なものは嫌なんだよなぁ。ケガさせたくないし、何かあったときに対応しづらいっていうか」
いざ帰るとなるとためらいが出る。でも帰らないわけにもいかない。今回は一定の威力が出せれば終わりで、相手も雑魚と予想外の一体だけで済んだが、王国全体を安全圏と信じるためにはもっと力が必要だ。
攻撃の種類は十分あるが、威力そのものはまだ上げられるし防御手段が魔法になればもっと上げていく必要がある。俺の目標は武闘大会での優勝だけではなくて、俺に手を出そうとすることそのものがタブーだと思わせるくらいの圧勝だ。
金級にも勝つのは十分可能だ思うけど下手に後遺症が残るような勝ち方はしたくないし、俺に手当されるのもイヤだろう。ひたすらに威力を上げるのなら今回手に入れた魔法無効化金属は試すのにちょうどいいからな。これからの特訓にちょうどいい。
よし、現実逃避はこれくらいで良いだろう。帰ろう。
意を決して『空間接続』する。拠点と決めた家の横を見るがとりあえず誰かがいるようには見えない。
「おかしいな。フレンドビーを見かけるくらいはしても良いはずなのに。まあ考えても仕方ないか」
ひょいっといつも通りにくぐってみる。グレイブ村の景色には違いはない。今朝までいたのだからそれは間違いない。だが完全な攻撃意思ではないのだが、何か敵意を感じる。狙いは……俺か?
途端に体を何かに掴まれて身動きが取れなくなる。まさかの本拠地で警戒も『探知』も使用していなかったので掴まれるまで気が付かなかった。しかも掴んできたのが予想外だ。
「精霊じゃないか!ってことは」
「そう、私だよ」
掴んできたのは精霊の大群で、物理的な力だけで対抗するには俺には力が足りない。魔法を使うにしても敵でもないのに抵抗するのもためらわれる。そして何より抑え込まれる理由が自分にあることを自覚しているので抵抗してはいけない気がする。
リセルが姿を現した瞬間に景気が歪んで村の様子が変化する。光の精霊が景色を歪め、風の精霊が臭いや人の気配を誤魔化していたようだ。他の精霊たちは力を渡して隠蔽を手伝っていたらしい。
姿が見えればこれくらいは見破ることは出来るが、バラされないと分からなかっただろう。そしていつも通りに変化した村を背中に背負い、変わらず立っているのが一人立ったままだ。
「リセルさん?」
抵抗してはいけない理由をあげるとするとリセルがとても良い笑顔をしていることだ。目は笑ってないし、目つきは鋭いのだけども。
「一つ分かったことがあるんだ」
「なんでしょうか」
「時に言葉ではなく実力行使が必要だということだよ」
そう言ってリセルが俺の右腕に腕輪を装着させる。黄色の金属が目立つ腕輪だ。俺が勝手に腕輪の『鑑定』をしてはいけないのだろう。説明を聞こう。
「それは精霊の腕輪だよ。普通に身に付けている分には精霊たちが力を貸してくれるから威力が上がるよ」
「めちゃくちゃ良い装備品じゃないか!リセルが作ったのか!?すごいな!」
ゆくゆくはこれに他の精霊の力も加えていく。攻撃には補正を、防御には耐性を足していくことで相当な優良装備へと変貌する。
材料は既に揃っていたから作ってくれるとは思っていたが、先に俺の装備を作ってくれることになるとは思わなかった。
「で、これは何の精霊が付いてくれたんだ?」
「雷と土だよ」
「いきなり2属性か!天才が過ぎるな!」
生産にはある程度運が付き物だが精霊と直接交流が出来ると仕上がりも格別なものになるようだ。すばらしいな。それにしてはリセルが強制的に俺を捕えている状況が一致しない。
「イレブン。魔力で戦闘態勢に入ろうとしてみて」
「ん?ああ」
リセルの合図で精霊たちも拘束を解いてくれる。体が自由になったところで言われた通りに目の前に魔物がいると考えて体に力を入れてみる。
村の中だから力は込め過ぎないように注意したが、変化はすぐに現れる。体が痺れる上に重い!?
「な…ななににににっこここここれれれれれ?」(なにこれ?)
「今回はデモンストレーションだけどね。私の許可が無いところで戦闘しようとしたら痺れる上に身体が重くなるように精霊たちに命じておいたの。対象は装着者のみの仕様で」
「どどどどどどどお?」
「どうしてって?イレブンへの戒めだよ。私を戦闘の場に連れて行かないならこんな風にピンチになるよ。こうなると戦闘出来ないでしょ?精霊たちには条件に反した時は常に自動で動くように伝えてあるからね」
やられた!リセルからの反撃が思ったよりも攻撃に偏ってる!
ダメージそのものは魔法が使えるから戦闘をしようと思えば出来る。ただリセルが俺に無理矢理装着させた経緯を考えると自分への治癒程度にしか使うわけにはいかない。痺れは取れても重いのは何ともしがたい。
ましてや精霊に攻撃を加えるなんて最大の禁忌だろう。捕獲された時点で俺の負けか。戦闘態勢の維持を解くと体の痺れと重さが無くなる。
「は~い。分かった…。でもしばらくは大きな戦闘は無いよ」
「それでもだよ。イレブンが油断してることなんてほとんどないんだから。ステータス的には大丈夫でも疲れてはいるんでしょ?」
「まあ…そうなんだろうな」
自覚はしていなかったが、体が重くなったことで分かった。疲れというものはステータスには反映されないものらしい。試合形式で戦うならともかく、継戦して戦うときは気を付けるようにした方が良さそうだ。
忘れないうちにこの状態からの回復手段を模索しておくようにしよう。ポーションか、休息か、それとも睡眠でしかとれないものか。ここまで動くことは、
「何考えてるか知らないけどさ」
「あぁ、ごめん。色々と気になってしまったから」
「とりあえず、おかえり。ご飯できてるよ」
「ただいま。そういえば昼ご飯食べてないわ。お腹空いてきた」
「では、こちらへどうそ」
「どうも~」
リセルの家の扉を開けるといつも通りの蜂娘たちにロイーグさんとコトシュさんもいる。故郷の国の軍部を潰してきましたと報告すると、思うところはあったようだが感謝の言葉とそれだけのことをしていると告げられた。
まだ時間はかかるだろうが、そのうち国そのものが無くなって新しい国へと変わることだろう。その時に帰ると言われたら取引だけ残して帰ってもらう未来もあるかもしれない。まあもしもそんなときが来たら受け入れよう。今はまだ状況が安定してないし。
「で、これはどういうこと?」
俺だけ床に正座して水とスープの注がれた皿を前に座っている。
テーブルにはいつもよりも豪華な食事が置かれている。リセルとコトシュさんは痩せている割にはよく食べるけど、それでも多いはずだ。ロイーグさんは通常の成人男性くらい食べる。この人はどちらかというと頭脳労働派なので。
蜂娘たちを足したところで食べられる量ではない。絶対に俺が食べることも想定して準備してあるはずだ。しかし、リセルが先程の全く笑ってない笑顔でこちらを見てくる。とりあえず空気を読んで黙る。
「罰」
「……一言で言われるとキツイ」
主に心臓のあたりが。
「どうやら私たちは仲間外れみたいだから食事も別にした方が良さそうなので」
「隠し事がある方々とは一緒に食事はとれないです」
「まあ、済まねぇな」
「あんたたちも共犯だろうが!」
「リセルさんには逆らえない」
「全くだ」
結局、『嗅覚強化』を最大限に使用した状態でみんなの食事を眺め、全員の食事が終わるまで俺は空腹に耐えながら正座で耐えた。
みんなが食事を終えて、冷めた料理を食べることになるのかと思ったがきちんと温め直してくれた上に俺が食べ終わるまで待ってくれていた皆には感謝しかない。
しばらくは大人しくしておくことを誓った。
「ちなみにその腕輪は私にしか外せないからね」
「呪いの装備かよ!」
お読みいただきありがとうございました。
悩んだ結果こうなりました。義理人情と好みの味付けには勝てないということで。




