これでもまだ優しくしてるつもりです
お楽しみ頂けると幸いです。
しばらくは静かだったが、一人が叫んだことでそれぞれが声をあげ始める。
「お、俺の右手が~~!?」
「い、痛いいぃぃ~~~!!」
「うわ、あぁぁぁ!!?」
あるものは痛みを、あるものは恐怖を。叫び声にあてられて逃げ出そうとしたやつがいたから走ろうとしたときにこけた奴もいる。
そこで片足が使い物にならなくなったことで現状の自分たちを把握して更に絶望の声をあげた。兵士なんだからイチイチ叫ばないでほしい。
拷問されたとしても文句は言えないはずだ。兵士であったとしても逃げるようにと書いてもらったし、それで逃げなかったのは自分たちじゃないか。そもそもこんな目に遭っても文句を言わないから兵士になるなり、招集に応じたんじゃないのか?意味が分からない。
それと恐怖ならともかく、痛みを感じるなんておかしい。俺がそんなミスをするわけが無い。
自分の手首から先が無いから痛いと思い込んでいるだけだ。切ったときの痛みでショック死しないようにも気を使ったのに。体力や体調だけで言うなら今は絶好調にあるはずだ。
利き手の手首と利き足の足首から先が無いからとてもそうとは思えないだろうけど。
とてもじゃないけどうるさかったので、色々と基本属性の魔法を放っておく。
火傷、凍傷、裂傷、打撲、痙攣やそれら複数を発症している者もいるが、共通して静かになるようにはしておいた。
「意外と『闇魔法』が優秀だな」
ダメージによる死亡が無いように全て『手加減』を発動させてはいるが、何がきっかけで死んでしまうかまでは責任が持てない。
その結果が奪取スキルとしていくつも取得してしまった成果に現れている。何か良いものは無いかと探していたら随分前に取得して使っていなかった中に見つけた。
それが『闇魔法』だ。夜を象徴とするので鎮静とか睡眠とかそういった魔法が存在していた。
自分が状態異常になることは防いでも、相手を状態異常にしようとは考えたことが無かった。そこまでしなくても倒せる道があったし、どちらかと言えば戦闘がつまらなくなるからだ。
『闇魔法』自体に攻撃魔法が無いわけでは無いが、どちらかと言えば間接的なものが多かったので対魔物戦では使うことは無かった。集団戦において相手の被害を拡大させるために妨害などの搦手で使うには良いのかもしれない。
使ったのは単に興奮状態を抑えるという『鎮静』というものだが、効果は見ての通りだ。血を流しながらかなりの大ケガをしているが、大人しく座っている。正気を失ったわけでは無いので小さな声で痛い痛いと呟いてはいる。
が、だから治療しようとか原因の俺から距離を取ろうとか安全地帯を求めて逃げようなどの行動には至っていない。とりあえず自分の現状についてを呟くだけに留まっている。
「この状態になってから『幻魔法』も使えば自白させやすくもなるかもな。使い方の1つとして覚えておこう」
大規模な戦闘となるとこれからも1人で戦うだろうなということは自分の性格を考えると予測できる。
リセルを連れ出す時は絶対に安全が確保できたときだけだ。いずれ朱雀くらいの強さになるのか、そういうわけでもないのかは分からない。ただ、希少過ぎて危険な目に合わせたくないというだけだ。
薙刀も誘ったり命令すれば喜んでついてきたとは思うが、フレンドビーたちも本来は戦闘が目的の魔物じゃない。毎果が面倒を見ている後方支援隊の生き方のはずだ。
「こういうときに気兼ねなく連れてこれる戦闘のお供が欲しいな。簡単じゃないだろうけど」
今から増やすとなると彼女たちが何を言うか分からない。普段から一人で行動するなと言われているのだ。大概が後からバレて怒られる。今日だって帰ったら怒られることは想像に難くない。
コトシュさんという今まではいなかった人がどこまで防波堤になってくれるかだけが頼りではある。
「終わったときのことを考える余裕があるのも困りものだなぁ」
余計なことを考えつつも、切り落として傷口を塞ぐ。叫ばれるのがうるさいので先に大人しくしたうえで各種魔法をばら撒く。そして最後にもう一度大人しくさせてその辺りに転がしておく。
既に50人ほどは同じ状態になっているが、動いている気配から考えるとまだまだこちらへと集結しているようだ。どこから始めるなどは言っていなかったので広範囲を『探知』してみると別のところを警備していた人員をこちらへと回しているらしい。
最初から1つに纏めておいてくれたら楽だったのに。一網打尽にされるのがイヤだったからか、最初から信じていなかったか。外から見たら工場は変化は無くても中に入れば何も無いか、ガッツリ破壊の跡を残しておいたのに信じなかったのだろうか。
話を聞くだけで信じなかったり、見てみないと信じないぞって言う人も。ひどいのになると見ても信じない人って偶にいる。
さて、じゃあ目の前で信じるしかない光景を叩きつけられた人たちはどうするのかな。さっきからずっと窓からこの光景を見ているけど。あなたたちには、どう見えているのだろう。
軍人の武器は力だと思ったから力を奪った。文官系の奴らの力は何だろうか。
言葉かな。
じゃあ声を出せないようにするのと、文字でも伝えられてしまうからやっぱり手も無くした方が良いかな。何が原因でこんな事態になっているかを知らないのは散々に広めてもらっているから大丈夫だろう。
歪んだ思想に乗せられて他国に侵略して止めることすらしない人間には尊厳から生きる目的から全て無くなってしまっても文句を言われる筋合いは無いな。
奪われてからだと俺だって後悔するよ。奪われる前で良かった。
逃げる選択肢も与えたことだし、ここには死んでも文句が無い奴らしか残っていないはずだからな。…いや、殺すことはしないけど。
足元の地面から『石礫』を発生させると窓からこちらを覗き込んでいる奴らの喉に向けて飛ばす。
命中。
直接は見えないけど、大体が抑え込んでいるみたいだ。処理しに行くのが面倒だけど、必要な処置に使う魔法が多いので俺が行くしかない。こればかりは仕方ない。
『風魔法』と『大声』を発動する。
「今からそちらの建物へとお邪魔させてもらうのも面倒だ。正面口まで出てきてくれよ。聞きたいことがあるんだ。あと隠れてこちらを伺うことなど出来ないので全員が下に降りてきてもらいたい。怪我してるから無理とか言わないでね」
さて、隠れて逃げようとするのも許さないぞ。高く分厚い壁を発生させた。
☆ ★ ☆ ★ ☆
最初に一番重要な建物に来たつもりだった。やっぱり最初に責任者を押さえるのって重要だと考えたからだ。
行政を担うところ、今は軍事的な意味でも重要地点だとされているところを最初に選んだ。だけど唯一顔と名前を記憶してきた現国家総帥さんが見当たらなかった。
そいつだけは逃がすつもりは無かった。20年前に朱雀を封印する決定をした張本人らしいし、今回の要塞派遣を決めた人物でもあるらしい。独裁政権はやっぱり良くないね。
しかし、少し失敗したと思っている。喉に打ち込む前に聞いていれば話は速かったんだが、ほとんどの責任ある立場の者が筆談しか出来なくなってしまったので会話のテンポが悪い。
「どこに行ったのか分かりません。か…」
書かれた文字に関して信じるしかない。声が出せないので涙目になってひたすら首を縦に振るしかしない人が何人かいるが、この建物内にある部署でそれぞれのトップ、もしくは緊急に繰り上がったトップらしい。
あとの人たちは何も言ってないのに、膝立ちになって頭頂部をこちらに向けるような姿勢を維持している。人数としては数十人ほどだ。
その人たちのうしろには兵士と同じ目にあっている明らかに軍人でない人たちが転がっている。ちょうど新しいのが出てきたのでまた叩き潰して転がす。
何をしたのかでいうと俺の呼びかけを聞いて逃げ出した人たちだ。俺が正面にいたから裏口から逃げ出そうとしていたのだ。地下の方は呼びかけている最中に崩しておいたので逃げるのが裏道しかなかったのは仕方ない。『探知』バンザイ。
窓から俺を見ていたことで怪我を負った人たちを見捨てての逃亡だ。バレないと思っていたらしい。扉はガラス製でも無かったので、扉を開けた瞬間に俺がいるのは誤算だっただろう。
ローブと仮面姿の俺を見て、俺の姿が初見としても一瞬で状況を読み取ったらしい。声をあげる前に『念動魔法』で足元へと引き寄せて、『重力魔法』でめり込ませた。鍛えてもなかったみたいで2倍で声が出せなくなっていた。
軍人の鍛え方は中々良いみたいなのに、ここにいるのはみっともない腹の出方をしている。腹の物がでてもイヤだったので、重力は少し軽減しておいた。
種明かしとしては簡単だ。正面入り口以外の出口に楔を打ち込んで『空間接続』を開けっ放しにしておいただけだ。勝手に飛び出して来てくれる。ただ、上下反転しているので飛び出た瞬間に倒れ込むことになるから捕らえるのが楽だ。
次々と出てくる逃亡者たちを転がしていたら、自然と責任者たちが前に出てきた。喉がつぶれていたのにがんばろうとするのは見事だなと思った。
それから何度か散発的に逃亡者が飛び出てくる一方で、おまけの増援もまだ到着していた。ゆっくりと話すためにも同時並行で外側からの攻撃も対処しなくてはいけない。
庭園となっていた部分に関しては文化の喪失かなと思ったが、他のところを壊さずに残せばここにある分は仕方ないかと思い直して一気に整地した。
壁も取っ払ったので増援部隊は先程の俺の仕業を見た後に、元凶の俺の姿を遠目に見ながら距離を詰めてきてもらうことになる。
どちらの射程が上かは試してもらっても良い。少なくてもキロ単位で離れないと今の俺の『探知』からは逃げられないけどね。
装着している装備がかなり厚着だったので、見つけたらまずは対象を大きめの結界で囲んで逃げられないようにする。複数でも個別で。その後は体内の水分が一気に干上がるようなサウナ状になるまで熱した。
朦朧とした意識になったことを確認したら逃亡者と同じように『念動魔法』で着々とこちらへと引き寄せている。熱くても装備品を脱ぐような時間も与えなかったので水蒸気だけを体から放っている。
匂ってもイヤなので微風で俺のいるところを風上にしている。装備品はあとで『清潔』をかけてもらっておくことにしよう。
「見たら分かると思うんだけど、もうこの街、都市かな。ここからは逃げられないのは分かると思うんだ。一番責任を取らないといけないやつが行きそうなところを教えてよ。秘書の仕事してたとか、腹心とか誰か残ってる人がいれば教えて。誰も分からないなら知ってそうな人がいるところとか」
反抗心は芽生えないのが良かった。時間と共に積み上がっていく兵士の山を見て立ち上がるものがいれば逆に褒め称えたい。
ここまでしてしまうとあの2人をこっちの国に返すことは出来ないな。いつか育ててもらった先生とやらが見つかった時くらいかな。
暮らしが不自由にならないくらいの面倒は見るとするか。機械類を扱える人が欲しかったのは確かだしな。
余計なことを考えていられるのは、筆談の相談が終わるまでの待ち時間だ。待っている間に増援の処理がどんどん進む。
ただ、彼らには残念なことに『探知』に大人数で警護されながら逃げようとする一団が引っかかった。上空へと上がって確認すると目当ての人物であることを確認した。
「えっと、じゃあ……」
お読みいただきありがとうございました。
世界が平和であれば良いなとは思ってますよ。




