最初にスルーしたダンジョンの名前は
お楽しみ頂けると幸いです。
途中で本心が漏れていますが、気にしないでください。
移動速度には気を付けたところで、俺がこの世界に来た『放棄された村グレイブ』には夕暮れには到着した。これは村の感覚が遠いようで実は近いだけだ。徒歩や馬車がメインの移動手段だから、現代感覚で言えばそこまで遠いわけでは無い。
そんなところに文明の違う乗用車で移動すれば格段に違う話になる。到着したらそれぞれ今後のための行動に移る。
リセルとロイーグさんは四輪の中で作業をしたがっていたが、後で説明を何度もするのが面倒なので村の現状把握は一緒に降りてやってもらうことにした。ついでに村のどのあたりをそれぞれの作業部屋にするかも考えてもらう。
薙刀と戦闘探索隊はコトシュさんの指示の元で村の周囲を確認だ。魔物としては今までのなかで一番弱い部類に入るが、何が違うかは見てみないと分からないそうなのでここも確認だ。
万花は生活場所の確保だ。あまり姫らしくは無いが、お付きのメイドビーたちがテキパキと作業をしていくので一緒に仕事をするのだそうだ。自分の役割以外にも出来ることを増やしたいらしい。感覚としては妹の感覚に近いのでえらいなと褒めておいた。
毎果とそのお付きの後方支援隊は巣作りの場所の確認だ。人がいないため現状はあるものを再利用していくだけで、ずっと暮らしていくわけでは無いが朽ちた家も何やら活用するそうだ。彼女たちが何を目指しているのかは俺も分からなくなってきた。
俺は全員に近づいてはいけない場所の確認をした後で、今後の移動のために楔を打っておく。既に複数回経験したことなので慣れたものだ。
全員の動きを確認した後は一人で洞窟へと向かう。当然皆に近づいてはいけない場所として紹介したのはここだ。察しの良いメンバーは言われても近づきたくないと言っていたので相変わらず恐怖の場所なのは変わりない。
最初に出て行った時に感じていた感覚と比較すると、今ならいけそう、というのが正直なところだ。ステータスとスキルで自分と相手がより分かるようになったことで差が分かるようになったと言える。実際に見てみないと分からないこともあるからそれまでは油断してはいけないのは当然なのだが。
「それで、私も一緒に行く方がいいのかな?」
「…っくりした~。リセルか。ついて来てるなら言ってくれよ」
「特に気配を隠してたわけでもないよ。イレブンが気が付いてなかっただけ」
リセルの言葉を疑う理由は無い。ならば俺は思っていたよりも緊張感を持って洞窟に近づいていたことになる。油断なんかしたら初戦闘で死ぬかもしれないくらいは考えておいた方が良さそうだな。
「ここ、すごい空気感が出てるけど…、なんだろう。知ってると言えば知っているような気配の気がする」
「似てると言えば似てるかもな。王国付近は動物型の魔物が多いだろう?ここもその例に漏れず、動物型の魔物が多いんだ。それと常に食糧の奪い合いが発生している」
実際に奪い合いをしているという現場は見たことは無いが、ゲームと違うことは今までにも何度もあった。現実となると本当にその通りなのかもしれない。可能なら手に入れたいものだが。
「ここも食糧関係なの?」
「俺が常にお腹を空かせているとかいうわけでもないぞ。たまたまだからな。偶然だぞ」
自分の好きなことをしているだけだが、以前よりも毎日の食事がおいしいとは感じるようになっている。だがそれだけを理由に来たわけでは無い。変な横槍を入れられることなく暮らすために今はレベル上げの方が大事だ。
「ここも何か名前が付いてるの?」
「一応ついてるぞ。何か看板が出てるわけでもないけど。食の極上シリーズの1つ、『極上の果実』だ」
返事が来ないからリセルの方を確認してみると、表情で言いたいことを表してくれている。
「………すごく分かりやすいね」
「凝った名前を付けたところでどうせ省略されるからシンプルで分かりやすい名前にした、という話を聞いた事がある」
言葉と違って呆れている気配を感じるが、俺のことでは無いのでスルーしよう。それに開発陣の苦労は分かる。今は少なくなったが名前を自由に決められるゲームがあると悩む。公式で名前を用意してくれているならそのまま使う派だからだ。それだけに偶に出てくるとキャラクターの名前を考えるのはすごく悩む。それだけで1時間かかってしまうことがあるくらいだ。
既存の人物名もそうだが、既存のキャラクターと被るとイメージが引っ張られてしまいそうだし、引用した相手や対象にも申し訳ないと考えてしまってすごく難しいと考えてしまうんだ。あくまで俺の考え方だけど。だったら別に関係なさそうなところは手を抜いてシンプルにしてしまう方が悩まなくて済む。
という開発話を聞いた事がある。何かで読んだのだったかな。記憶が曖昧だけど、今大事なのはそこじゃないから気にしないでいこう。
「『食材の宝庫』と違ってこっちは果物しか収穫することは出来ない。だから肉食の魔物はいない」
「でも感じる気配はそんな感じじゃないよ。手を出すなら命の覚悟を決めて来いって感じだよ?」
「そうだ。このダンジョンで戦闘に入るには2つの手段がある。1つ目はこちらから攻撃を仕掛ける場合だ。見かけても攻撃しない限りは襲われることは無い。なんなら敵意が無ければ、武器を持っていなければ、触ることも出来る」
「こんなところに入ってわざわざそんなことする人もいないと思うけどな」
リセルには分からないようだが、割といるんだよな。世界にはそういう変なことをする人って。会話の方向転換にもついて来てくれて良かった。深掘りしたくない話でもあるからな。
「もう1つの方は?」
「生っている果物を収穫しようとした時だ。こっちから攻撃を加えたときは、こちらに有利な形で戦闘が始まるんだ。向こうが反撃してくる形だな。でも収穫しようとしたときは違う。手を伸ばす前に、収穫しようと考えて近づくだけで襲い掛かられるんだ。やつらの体に触ろうとするときと同じように素手でもだ。そして、そのときのやつらの攻撃は速い。初撃を避けるには相当に鍛えていないと難しいくらいにな。あまりにも不思議な現象のため、ゲーム内の不思議の1つに数えられている」
「えぇ…?」
「そんな疑わしい目で見るな。本当のことだ」
一応なぜそういった性質を持っているのか製作者のコメントは無かったが、議論が交わされていてこうじゃないかという仮説はある。一言で済む。食べ物の恨みは怖い、ということわざにあるように食べ物を奪うやつは命を狙われても文句が言えないのだ。ちなみに食の極上シリーズではどこでも見られる現象だ。他にも虫系魔物が出現するところは最上級の草や穀物が手に入るし、同じように肉や魚が手に入るところもある。
「ってわけでここが果物ってだけだよ」
「実際に見てみないと信じられないけど…」
「襲って来ないとはいえ、相当なレベルの魔物だから見るだけでも怖いだろうしな。一緒に行くか?」
「今から行くの?準備とか…は既に出来てるのか」
「そもそも全部アイテムボックスに入れてるからな」
逆に整理整頓という概念が俺の頭から消えそうになってるけどな。何を入れたか忘れそうになるから、一覧を見て時々整理が必要になるだろうね。
「入り口付近にいるやつはあんまり強くないから試しにちょうどいいよ。その一戦で全部使い切るつもりで戦って判断すれば問題無い」
「分かったよ。一応危なそうだったら止めるからね」
「OK。じゃあ行ってみようか」
「皆に言わなくても平気?」
「リセルが既に言ってくれてるんだろ?」
ここに来てるってことはそのはずだ。
「そうだけど…。もう!じゃあ行くよ!」
先に入ろうと勇ましいことをするので、一応教えておく。
「入った瞬間に遭遇することもあるから気を付けろよ」
ビタッともうあと一歩で入るろうとしていた動きを止めると、直立姿勢になる。こちらを見ずに指だけで早く来いと動きを見せてきた。
そこまで怖がらなくても一歩目から襲われることなんて俺でもなかったから大丈夫のはずだ。なんせ魔物の姿は見えていることが多いのだから。
「じゃあ俺から入るから、中には来ずに外から見てるだけにしておいてくれよ」
入り口をじっと見ながらコクコクと頷くのを確認して俺が一歩目を踏み出す。入る前から感じていた気配とは違って明確な殺意とこちらをじっと見る目に睨まれた気がした。
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