朱雀の無茶ぶり
お楽しみ頂けると幸いです。
≪何をしてるの?≫
「簡単な魔法の練習だよ。魔法を使っていれば俺の練習にもなるし、その属性の精霊が寄ってくることもあるんだろう?実際に氷の精霊はそれでリセルについてくれることになったしな」
≪だからって、こんなにする?≫
「俺の練習にしようと思ったらこれくらいしないとな」
球の状態で色々と動かしている。雷、光、闇の3属性なら精霊がいそうだと思っておよそこの3つに絞って使っている。
2つずつ作った状態で、それぞれ1つずつを息を吸うときに大きくして吐くときに小さくする。もう1つの方はそれとは逆にする。頭上で6つの球をゆっくりと時計回りに回転させながら制御している。
その状態で、土魔法を使ってテーブルに椅子、かまども一応作った。
「スープくらいは作ったばかりのものを用意してもいいかなと思ったんだ。俺の魔法で作った水が嫌なら別に出すことも出来るが」
≪恐ろしく高度なことをさらっとやるわね≫
「通常時に異常なことをやってないと、戦闘時に落ち着いて制御できないだろう?」
≪あなた、どんな戦場にいたの?≫
「前世ではどこにでもいる一般の学生だったぞ?ストレスについての勉強は色々していたけどな」
≪ストレス?≫
「結局は持論だが『普通』なんて人によって違うだろう?自分が思う普通に合わないから異常だと感じるわけだ。その夢と現実に挟まれてストレスになるわけだな。だから俺の体にこれぐらいは『普通だ』と認識させているんだ。出来ることが多ければそれだけ有利になるしな。最初はストレスであっても慣れれば大概のことが『普通』になる。気づけば意外と乗り越えられるものだ」
この考え方に至るまでにそこそこしんどい思いもしたものだが。
「あぁ、そうそう。『常識は20歳までに身に付けた偏見』なんて言葉もあったな。生まれや育ちが違うとズレることも多い」
≪あまり人間らしい考え方では無いわね。さすが変人だと思うわ。結局はあなたも暇なのよね?≫
「リセル待ちだからな。あんまり離れるわけにもいかないだろうし、SPポーションもほとんど使い切ってるからスキルを取得しようとがんばることも出来ない。だったら取得したものを十全に使う訓練しかないよな」
全力で『挑発』を使えばここに魔物を呼び寄せることは出来るだろうけど、リセルの邪魔になることはしたくないし。
ほとんど消去法だ。銃や車の解体、分析をしても良かったかな。でも道具も無いのに難しいんだよな。すぐに使える物でもないから、もう少し後回しかな。
≪じゃあ、私の肩慣らしに付き合ってくれない?≫
「肩慣らし?ってことは直接戦うのか?」
実際に見るまでは少し考えていたけど。無理無理。言いたかないけど存在自体が化け物だ。本気出されたら1秒で消されるって。
≪人間でいうところの準備体操みたいなものよ。20年間も動かずにいたから体が固まっている気がするのよね。この節約モードの姿でいたから戦闘でどうなるかを確かめたいのよ≫
「俺死なない?敵う気が全くしないんだけど」
≪まずはあなたの戦闘力から見るから。私の力を一部分離して別の個体にするわ。それで強さを見るところからやっていきましょう≫
「そんなことも出来るんだな」
≪当たり前よ。ちょっと久しぶりでうまくいくか分からないけど≫
「おい。盛大なフラグを立てられているように感じるんだが」
ブン、と音がして魔法陣のようなものが現れるとそこからゆっくりと白く輝く球体が出現した。
「こいつは、鬼火!」
≪これくらいならどう?≫
「見た目は弱そうだけど…」
現れたのは、鬼火と呼ばれる火の玉型の魔物だ。これなら今までにも倒しているから問題無い…はず。普通だったら。
既に他の魔法が解除している。手っ取り早く水魔法で消火を試みる。同じくらいの大きさで出来た水球を放つ。
「麓あたりにいたやつはこれで倒せたけど」
≪全然倒せる気配が無いわね≫
むしろ届く前に周囲に漂う熱だけで蒸発してしまったように感じる。風を吹かせて発生した蒸気が来ないように散らせる。
「大きくしたところで意味が無さそうだし、属性をいじってみるか。まずは本命で氷かなぁ」
氷球では同じだし、氷槍多連でも同じことになりそうだ。動く気配は無いからこっちが一方的にやっても良いみたいだ。まずは環境の有利を奪ってみるか。
「『氷冷の竜巻』」
最近出来るようになってきた2つの魔法を同時に発動させるものを試してみた。新しい魔法ではなく同時に使っているだけだ。それっぽく言っているだけだが、言い続ければ意識せずに使うことが出来るようになると思う。
さて、鬼火はどうなっただろうか。しばらく観察してみたが特に変化は無い。
≪また変化無しね≫
「もう一段階やってみるよ」
周囲を変えるだけでダメなら直接攻撃かな。でも本当に触るのはイヤだし。真上に結界で移動して、手を下に向ける。水魔法で縦長に整えると凍らせて整える。
「『氷柱』」
直接ぶつけてダメージを与えることでどうだろうか。上空で水を追加しながら途切れずに増やしていくが、ゆっくりと溶けていくのが分かる。
ぶつけていく傍から溶けていくので追加していても少々ながら劣勢のようだ。苦し紛れに氷柱を一回り大きくしてみると少し溶けるのが遅くなったので、そのまま続けてみたがそれ以上に変化は無かった。
≪水蒸気が増えただけね≫
「まあ、そうだな」
湿気がすごい。全て止めて見てみたが変わらず鬼火は存在している。冷やしてもダメか。
≪もう終わり?≫
「ほう。そういうこと言う。もしかしてそれを言いたかったのか?」
≪何のこと?≫
なんとなく感じ取っていたが、これは俺へのケンカだと判断するぞ。冷やしてダメなら熱してやる。
結界で鬼火の周囲を囲う。何重かに重ね掛けをしておき、炎を最大限に強化してその場に留める。更に重力で圧縮する。圧縮をしながら更に炎を追加していく。たっぷり十数回繰り返して制御が難しいなというところまできたところで朱雀を見る。
鳥の表情なんて読めたものでは無いが、若干固まっていたように思う。それを見れただけでもやった甲斐がある。
炎を生み出していた余力を結界強化へとまわし、結界を少し解除して炎を送り込む。炎が進むたびに結界を閉じていく。余波を喰らわないようにだ。
鬼火の真横まで届けると、最後に移動に使っていた余力も結界強化に使用する。
「これ、自分でもどうなるか分かってないからな」
≪そこはちゃんと自分で責任取りなさいよ≫
「ここまでの無茶はやる機会が無かったから自分でも分からないんだよ」
むしろそれを経験させるための無茶ぶりじゃなかったのか。
「行くぞ。圧縮解除!」
最終的に一番外側の結界に魔力を全力で使用する。音の遮断はしたが、光の遮断をしなかったので伏せたにも関わらず目の前が白く染まる。結界が4枚割れて、一番外側だけが残っていることを感じ取る。
白く染まるのが治まったので顔を上げて確認すると結界が何とか残っていた。中は近づいて確認するまでも無く、鬼火はきれいに消滅していた。
「どうよ」
≪あの威力を動いている私に当てられるようになったらダメージが入るわよ≫
「この辺り一帯が真っ平になるよな?」
≪そうね。だからここでは本気で戦うなんて出来ないのよ≫
特別空間か。あるといえばあるんだけど、今は勝てないしいいか。
「そのうちな。どうひっくり返っても勝てる気がしないのは分かった」
≪でも私の出した試練をクリアしたからスキルポイントも増えてると思うわよ≫
言われた通りに確認してみると確かに1000P増えていた。試練を設定して報酬ポイントを渡すことができる、だと…。
≪格下とばかり戦うからといって一撃を込めることは考えておきなさいね。あとはもう少し簡単な試練を用意してあげるから。リセルちゃんのこと頼むわね≫
パタパタと飛んでいく。ただの無茶ぶりかと思ったけど、そんなことを言いたいがために…?
「当然だよ。任してくれ。これからもよろしくお願いします!」
その後ろ姿に頭をしばらく下げ続けた。
お読みいただきありがとうございました。




