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Solomon's Gate(試作_4回目失敗)  作者: にしてつ
1章 死体の標
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森の中の死体

 人肉の腐敗する匂いが辺りを一様に覆っていた。アイルは匂いの中心へ向かった。

 アイルは森の狩人だった。森では常に幾万の生とそれと同じ数の死があった。

 およそ動物は自らの同族の死の匂いを避ける。蛆の集る仲間の死体は言葉を持たない動物たちの心も悲哀で突き刺す。彼らは危険の兆候から常に逃げた。そして病や疫病を避けたのだった。

 同族の死体の匂いは全ての動物が本能から真っ先に避けるものだった。

 今、人肉の腐敗する匂いが辺りを一様に覆っていた

 アイルは水辺の葦際に近づいた。朝方の川辺は濃い霧に覆われていた。湿気を吸った腐敗臭がアイルの肺の奥底に貯まった。彼は憂鬱になった。

 朝方のカエルの鳴き声が響いていた。彼はぬかるんだ土を踏みしめながら歩いた。葦際の向こうに何かが見えた。彼は臭い空気を思い切り吸い込み息を止めた。そして葦をかき分け水辺を覗き込んだ。

 水辺に死体が浮いていた。

 死体はうつ伏せに浮いていた。濃い緑に淀んだ水底に向かって両手両足をだらんと垂らしていた。黄色い蝶が死体の周りを羽ばたいてその背中にとまった。

 死体の背中は緑色だった。死体は人間ではなかった。

 死体はオークだった。大人の二倍はあろうかという隆々とした山のような背中が静かな水面から突き出していた。水辺の淀みに波紋の一つも立てずにオークの死体がただ浮いていた。

 霧が少し動いた。陽の光が少し射した。川底の何かがわずかに煌めいた。

 アイルは身を乗り出し目を凝らした。そして水中の何かを覗き込んだ。オークの死体の真下に銀色の何かが揺らめいていた。

 霧が晴れた。水中に光が射した。光は水中の何かを照らし出した。

 それは人間の死体だった。死体の顔は白く蝋化し膨れ上がっていた。白く濁ったむき出しの青い双眸がアイルを真正面から見返した。波紋一つない水面に沈む彼は琥珀に囚われた蜂の死骸を思わせた。死体は赤い服を着ていた。煌めいたのは甲冑だった。

 アイルは水に飛び込んだ。そして死体の両足を握り葦際に引きずりあげた。腐り溶けた両足の肉にアイルの両手がくい込み指の跡を残した。死体の甲冑は3本の矢で貫かれていた。鼻はもげて黒い穴が空いていた。

 彼は水中に浮かぶオークの腕を掴むと、それも葦際に引きずりあげた。その肌は人間と違ってザラザラとした硬質な皮膚を保っていた。死体を仰向けにした途端アイルはおもわず驚きのけぞってしまった。

 オークの大きな重い頭が急に転がりぐるりと回転しておおきなげっぷを吐いたのだ。顔面が裂けるほどに開いた口には黄色い犬歯と虫歯で黒く腐った臼歯が並んでいた。大きく虚ろな黄色い双眸がアイルを真正面から覗き返した。オークの裂けた口から水が滴りこぼれ今にも動き出しそうな気配を感じさせた。

 しかしもちろんオークは死んでいた。膨れた下腹部に短剣が突き刺さっていた。アイルは短剣を引き抜いた。裂けた下腹部から嫌な色をした液体が吹き出し水辺に飛び散った。

 アイルは短剣を葦で拭うと地面に置いた。そして兵士の死体を硬い地面までずりあげると、人を呼ぶため村に走った。


 岸辺に上げられた死体の周りには大人たちが集まっていた。アイルが呼んだ村の住人だった。

「北部連隊のようだな」もっとも年長の老人がいった。彼はアイルが住むトリコロ村の村長だった。ハゲ上がった頭に茶色の粗末な外套を着ていた。そして太いねじくれた木の杖を握っていた。彼は魔法使いだった。

 人類とオークは長らく戦争状態にあった。北部連隊とは北の国境を守るロー軍隊だった。アイルの住むトリコロ村もロードランに属していた。

「年のほどは40といったところか。認識票がある」村長が言うと、首から下げられた銀片を取り上げた。

「お名前は何とおっしゃるのですか」アイルが聞いた。

「名前は書いてない。数字が書いてあるんだ」屈強な体躯をした短髪の中年男が答えた。彼はヤゴーといいトリコロ村の猟師たちのリーダーだった。

「数字はなんと」アイルが聞いた。

「2264だ」村長は答えた。男たちは死体を横倒しにすると甲冑の紐をはずし脱がせた。ベルトや鞘を取り外し服の中をまさぐった。

「ありました。」痩せた男が答えた。彼はゲイルといい同じく猟師だった。彼が甲冑の裏側を見せるとそこには封が貼り付けてあった。それは遺書だった。

「ここではまだ読まん」村長が言った。「彼は魔物と戦い村を守った。丁重に葬ってやろう」

「オークはどうしますか」アイルが聞いた。

「川に捨てて魚の餌にでもしておけ」村長が言った。ヤゴーがオークの死体を蹴り飛ばすと、静かな水面に派手な飛沫をあげて落下した。そしてそのままゆっくりとどこかへ流れていった。

 男たちは兵士の死体を運んで村に戻った。


 トリコロ村は北部地域にありがちなあまり文明らしからぬ限界集落のひとつだった。

 幅10フィートほどの堀に囲まれ、木の杭を打ち込んで作られた城壁で囲われた原始時代の砦だった。

 堀には丸太を束ねた橋がかけられ村の入口へと続いていた。

 村の広場では男衆が集まり火を囲って朝食の粥をかきこんでいた。火の中では一人につき一本の焼き魚が串に刺されて焼かれていた。アイルは鱒の背中にかぶりついた。塩の効いた背中の身は柔らかくてうまかった。

「食いながら聞け」村長が言った。「皆も知っての通り今朝オルド川のほとりで死体が上がった。死体は北部連隊の所属の兵士だ。恐らく北の砦のどこかが突破されたのだろう。彼はオークと戦い我々の村を守った。丁重に葬ってやろう」村長が続けた。

「北へ使いを出したい。他の魔物が侵入しているかもしれないから3人使いをだすことにする。ヤゴー、ゲイル、アイルの三人で行け。領主様にもこのことを知らせねばならぬ。ルー、お前が行け。飯が終わったら皆で墓を造ってやろう」


 飯の後に男衆全員で村外れの墓場に穴を掘った。その墓には数えるほどの墓石しか経っていなかった。この村はここに立てられてから半世紀も経っていはなかった。

 鎧、革靴、剣を外された兵士は穴の中に手を組んで横たわっていた。武具は全て村で再利用される予定だった。それは限界集落の生きる術だった。

「遺書を読み上げる」村長が言った。「我、若年より皇軍の栄光に仕え一片の悔いなし。しかし壮年にて故郷に残せし母を思う。我の僅かな蓄え是非母に贈り給え」村長は皆を見渡していった。「この遺言託された。必ず砦に届けようぞ」死体は埋められ名前の刻まれない墓石が立てられた。


 半刻後、アイルは村の入口で出立の準備をするヤゴーとゲイルを待っていた。そこに若い男が近づいてきた。

「アイル、受け取れ」男は鞘に入った短剣を手渡した。その短剣はゴブリンの腹に突き刺さっていたものだ。男は鍛冶見習いでルイといった。

「研いだ」ルイはいった。「よく切れると思う」

「ああ」アイルはそう言って短剣を鞘から抜いた。肉厚の短剣の腹は鈍く重たい光を放っていた。ただ刃の縁だけは銀一線に鋭くとがった光を放っていた。彼はこの短剣を非常に気に入った。

 準備を終えたヤゴーとゲイルがやってきた。三人は村を出発した。

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