(42)手紙
メルテと島の将来について話をした翌日、カイトはメルテから一枚の手紙を受け取った。
「これは……?」
「荷運び役を押し付けるようで申し訳ないのですが、この手紙を巫女頭――シモナ様へ届けて頂けないでしょうか?」
カイトは笛の能力を使って、フゥーシウ諸島のフォクレス島へと転移できる。
その力を使えるのはカイトだけなので、メッセンジャー役をするのはやぶさかではない。
昨日の今日なので、手紙の内容も大体は想像できる。
「それくらいは時間もかからないからいいけれど……何か伝えるようなことはある?」
「いいえ。私個人からは特にありませ……あ、一言だけお伝え願いますか? 想像通りでした、と」
「想像通り……?」
フゥーシウ諸島を取り巻く状況に関しては、手紙に書かれていることは分かるが、メルテの『想像』が何を指しているのかカイトには分からない。
意味が分からずに首を傾げるカイトに、メルテは言葉にはせずにクスリと笑うだけだった。
メルテと一緒にいるようになってそろそろひと月くらいになるのだが、カイトは彼女の表情を読めるようになってきている。
人獣は顔かたちが動物そのままで表情が分かりにくいのだが、きちんと観察すれば微妙に動いていることが見て取れる。
そのことに気づければ、最初は無表情だと思えたことも、きちんと表現豊かであるとわかってきた。
勿論、最初の頃も言葉のニュアンスなどで理解はできていたのだが、表情を読めるようになればよりコミュニケーションを取りやすくなっている。
今のメルテの表情からは嫌味を感じなかったので、カイトはそれ以上は追及することなく手紙をひらひらさせた。
「それじゃあ、これを届けてくればいいんだね?」
「はい。よろしくお願いいたします」
そう言いながら丁寧に頭を下げてきたメルテに、カイトは軽く了承の返事を返した。
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転移をしてフォクレス島の本宮の地下に着いたカイトは、一瞬その場で固まってしまった。
よくよく考えてみれば、転移してきた際にどうやってシモナに連絡を取ればいいのか決めていなかった。
地下のことは一部の者たちにしか知られていないようなので、不用意に表に出て良いのかも分からない。
さてどうするかとその場で考えていたカイトだったが、すぐにその状況に変化が訪れた。
上へと向かう階段に繋がっている扉がガチャリと開いて、そこからシモナが姿を見せたのである。
「使徒様、ようこそいらっしゃいました」
「あ、はい」
あまりにもタイミングが良すぎるシモナの出現に、カイトはつい気の抜けたような返事をしてしまった。
「そのように驚く必要はありません。使徒様がいらしたと『声』を聞いただけですから」
「あ~、そういうことですか」
フォクレス島に住む巫女たちの特殊能力のことをすっかり忘れていたカイトは、シモナの説明を聞いて納得した顔で頷いた。
メルテは、カイトと一緒に行動するようになってからこれまで一度も『声』を聞くということをしていなかった。
そのためすっかりその能力のことを忘れていたのである。
そのことをカイトが何気なく口にすると、シモナは一度だけ頷いてから言った。
「それでしたら、恐らくカイト様とご一緒しているからかと思われます。正確には、カイト様と一緒にいる彼の方のお陰ともいえますが」
シモナは、『彼の方』と口にしつつ視線を肩の上に乗っているフアへと視線を向けた。
「うん? 神様が一緒にいると声を聞く能力が落ちるっていうことか?」
「能力が落ちるというよりも、声を聞く必要がなくなるという方が正確でしょうか。神は万能ではありませんが、それでも様々な声よりはるかに力がお強いですから」
「神様が傍にいる限りは、色々な忠告も必要なくなるということかな?」
「ざっくり言うとそんな感じです。もっとも、我々が聞く『声』は、忠告だけに限らないのですが」
微妙な訂正を入れてきたシモナに、カイトは感心した様子で頷いた。
フォクレス島の巫女たちが聞く『声』のことは、メルテからあまり詳しく聞いていないのだ。
いずれにしても、神が傍にいると巫女としての能力は発動しづらくなるらしい。
そのことを理解したカイトは、すぐに懐に手を入れてメルテからの手紙を差し出した。
「これが今回来た用事です。メルテからこれをシモナさんへ渡してほしいと」
そう言いながら差し出された手紙とカイトの顔を交互に見ていたシモナは、何やら感慨深げに頷いた。
「そうですか。……少なくともこのくらいの用事を頼めるくらいには、距離が縮まっているようですね」
「いや、距離って大げさな。転移だと一瞬なので、それこそこれくらいのことはいつでも受けますよ。よほどの用事が入っていない限りは」
軽い調子でそう答えたカイトだが、シモナは最悪の場合もあり得ると考えていたのだ。
この場合の最悪というのは、カイトがいつまでたってもメルテと距離を置いて接しているということだ。
少なくとも、カイトが前にフォクレス島に来た時には、あくまでも公的な接し方だった。
シモナのそんな心の内を知る由もなく、カイトはさらに続けて言った。
「あと、メルテから伝言で『想像通りでした』と伝えてくださいとのことでした」
「想像通り、ですか。なるほど、よくわかりました」
カイトには何がなるほどなのか分からなかったが、シモナは何度か頷いていた。
シモナはさらに、受け取った手紙を少し持ち上げながらカイトを見て聞いてきた。
「手紙は受け取りましたが、返事のことは聞いておりますか?」
「いいえ、特には。手紙と伝言を頼まれただけですね」
「そうですか。では、今この場で軽く目を通しますから、少しお待ちいただいてもよろしいでしょうか? それを見て返答を書くか判断いたします」
「そうですね。わかりました」
カイトがそう言って頷くのを確認するなり、シモナはその場で手紙を開いて内容を確認し始めた。
ただ、そこまでがっつりと読んでいるというわけではなく、本当に軽く見ているという感じだ。
一通り目を通して納得したのか、手紙から視線を上げたシモナは、カイトを見ながら言った。
「――返事の必要はなさそうですね。内容もどちらかといえば、ただの報告という感じになっています」
「そうですか。大陸側の情勢などでしょうか」
「大陸の情勢というよりも、こちらの取り巻く環境でしょうか。もう大陸側には私たちの存在を知る者もいないかも知れないとも書かれておりますね」
「あなたたちのご先祖がフゥーシウ諸島に来る要因になった人獣狩りですか……。確かに、大陸では過去のものとして語られていますね。人獣を蔑む風潮が全くないというわけではありませんが」
「おや、そうなのですか?」
「ああ、別にそれは、人獣に限ってというわけではありませんよ。ヒューマン同士でも似たようなことはありますから」
「そういうことですか。それでしたらフゥーシウ諸島に住む人獣同士でも同じですね」
カイトの言葉に、シモナは納得した様子で頷いた。
「ただ、それとは別に、この海域で得られる利益を見込んで手を出してくる可能性は非常に高いです。というよりも、まず間違いなく交渉を求めて来るでしょう」
「はい。それはメルテからの手紙に書かれているようです。まだ、詳しくは読めていませんが……」
「全面的にこの海域を開放するのであれば、間違いなく余計な騒動もついて回るということだけは、周知が必要でしょうね」
「わかっております」
カイトが念のために釘を差すように言うと、シモナは再び頷き返してくるのであった。




