(21)帰港
フゥーシウ諸島を出発したセプテン号は、行きよりも二日ほどより時間をかけてセイルポートへと戻った。
少しだけ回り道をして、途中に補給できるような島がないかを見て回ったのだ。
だが、都合よくそんな島が見つかるはずもなく、空振りのまま帰還することになった。
そして、いつものように大型専用埠頭に船を停泊して港に降りたカイトは、待ち構えていたレグロに捕まった。
「待っていたぞ。カイト」
「随分とタイミングのいい……というか、ギルドマスターとしての権限をこんなところで使わないで欲しいのですが?」
「何を言っているんだ。こういう時に使わないでいつ使う?」
逆に聞き返されたカイトは、ため息をついて首を振った。
船というのは、埠頭について人が乗り降りできるまでに時間がかかる。
その間にギルド員から報告を聞いたレグロが、ここまで駆けつけたのだろう。
セプテン号がフゥーシウ諸島に向かっていたということはレグロも知っているので、戻ってきたカイトから話を聞こうとするのはギルドマスターとしてまっとうな仕事である。
それが理解できたからこそ、カイトもため息をつくだけで反論はしなかったのだ。
とはいえ、カイトにも言いたいことはある。
「ギルドマスターの熱意は分かりましたが、まずは公爵に報告するのが先のほうがいいのでは?」
「むっ……」
カイトの言葉に今度はレグロが黙り込んだ。
セプテン号がフゥーシウ諸島に向かうことになったのは、公爵の話が先だった。
それを考えれば、公爵と先に話をするべきというカイトの言い分も間違いではない。
ただ、忙しいはずのギルドマスターがわざわざ埠頭まで出向いてきたという事実はあるので、カイトはとりあえずの情報を出すことにした。
「まず、結論から言えばフゥーシウ諸島に行くことはできました。ですが、今のところ入れるのはセプテン号だけです」
正確にはカイトがいれば入れるのだが、そこまで詳しく教えるつもりはない。
そして、何よりも一番聞きたかった情報を聞けたレグロは、残念そうな表情になった。
「そうか。こちらとしては残念だが……また騒ぎになりそうだな」
多少同情めいた視線を向けてきたレグロに、カイトは苦笑を返すことしかできない。
セプテン号がフゥーシウ諸島に入れたことは、乗組員たちに口止めはしていない。
乗組員たちに口止めをしたとしても、これから先交易品を表に出していけば噂になることは避けられない。
それなら乗組員たちに無理を強いるよりも、ある程度自由に話してもらったほうがいいと考えてのことだ。
口止めをして推測だけで変な噂が広まるよりも、当の本人たちから話を広めたほうがいいということもある。
とにかく、今回の件でまたセプテン号が船乗りたちの注目を集めることになるのは、間違いないだろう。
もっともカイトは、フゥーシウ諸島に入れた時からそうなることは予想していたので、開き直ってそれぞれの交渉に向かうつもりでいる。
今回一番大変なのは、フゥーシウ諸島から持ち込んだ交易品をどういう配分でどこに卸すかということだ。
だが、そんな話を現段階でギルドマスターとするつもりは、カイトにはない。
「そういうわけですから、まずは公爵の所へ向かいます」
「そうか。これ以上引き留めても、こちらが睨まれそうだな。――公爵とはすぐに面会できるのか?」
「帰ってきたらすぐに行くようにと言われているので、問題ないでしょう。あちらで待たされるかも知れませんが」
「そうか。それじゃあ、早く向かったほうがいいな」
これ以上引き留めると余計なところから睨まれることになると判断したレグロは、あっさりと引き下がった。
そして、いつでもギルドに来るようにと言い残してその場から去って行ったのだが、その際にしっかりとメルテに視線を向けていたことに、カイトは気が付いていた。
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カイトがギルドマスターに言ったことは嘘ではないが、一部事実と違っていることがある。
実際にはセプテン号がセイルポートへと戻る二日前に、笛の能力を使って戻っていたカイトが公爵を先に話をしていたのである。
そのため、カイトがガイルとメルテを連れて町の大通りの一角に向かうと、そこには公爵が用意した馬車が待っていた。
既に顔見知りとなっている御者がカイトに気付いて頭を下げると、カイトも同じように下げ返した。
ちなみに、この場所に来るまでに珍しい人獣の姿に町の住人たちの視線がメルテに集まっていた。
一応、他人をジロジロ見るのは失礼に当たるという文化なので、あからさまに見て来るものは多くなかったが、中には無遠慮な視線を向けて来る者もいた。
そのことに気付いていたカイトは、さっさとメルテを馬車の中へと案内した。
「――こちらでは、随分と珍しいようですね」
流石に注目されることに堪えたのか、メルテは気疲れしたような口調で言ってきた。
「港町だけあって他から流れてくる人獣はいるけれど、定住している人はいないみたいだからなあ……」
「他の町でも、定住しているというのは中々聞かないぞ。それに、いたとしてもそっとしておくというのが暗黙の了承になっているみたいだな」
「そうなのですか」
ガイルの説明に、メルテはコクリと頷いた。
カイトとガイルは敢えてこの場では言わなかったが、定住している人獣もいないわけではない。
ただ、そのほとんどが犯罪奴隷になった者なのだ。
それは決して、誘拐などに巻き込まれて奴隷に落とされた者というわけではない。
ちなみに、人獣に関しては稀少になってきているということもあって、国から注目されるため奴隷商もわざわざ危ない橋を渡ろうとしていないのだ。
では大陸にいる人獣たちがどうやって生活を送っているかといえば、小さな集落を作っていたり、国が用意した場所でそっと暮らしていたりする。
その辺は森の引きこもりと揶揄されているエルフたちとあまり変わりはないが、中にはその身体能力を生かして国の軍や冒険者ギルドに所属したりしている者もいる。
過去のこともあって、町で暮らしている人の間では、エルフのような言われ方はしていない。
人獣とエルフのどちらが珍しいかといえば、数では圧倒的に人獣のほうが少ないのだが、町で見かけるという意味においてはどっちもどっちだったりする。
とにかく、早速人獣としての洗礼を受けることになったメルテを気遣って、カイトはさっさと馬車へ案内した。
そして、メルテに続いてカイトとガイルが乗り込むのを確認してから、馬車は町の中を進んで公爵の屋敷へと向かい始めた。
「船の中でも言ったけれど、これから向かう先はこの国の公爵様だから。俺のことは気にせずに、聞かれて答えにくいことは、答えられないと言ったほうがいいよ」
「わかっております。ただ、あまり隠すようなことはないと思います」
「まあ、確かに」
メルテの言葉に、カイトとガイルは少しだけ笑みを浮かべた。
フゥーシウ諸島の人獣たちは、本当に素朴な生活を送っているので隠すようなことはないというメルテの言葉も間違いではない。
最大の秘密は、フゥーシウ諸島を守っているあの結界のことだが、それはカイトから話すことになっている。
そのため、メルテが秘密にしなければならないようなことは、ほとんどないのだ。
とはいえ、今のところ公爵がどんな質問をしてくるのか分からないので、油断はできないというのが本当のところなのである。




