(20)魔蚕
クーアが発見した蚕の進化種――便宜上、魔蚕と名付けた――は、二つの理由から誕生しているようだった。
一つは、魔力が豊富な場所で生まれて、餌も同様に魔力が豊富に含まれていること。
もう一つは、両親が魔蚕であることだ。
デキスとシニス、それから新たに生まれた魔蚕は、前者の理由で生まれたことになる。
後者で誕生した魔蚕はまだいないのだが、前者の理由から親の魔力が豊富なので、ほぼ自動的に生まれてくると考えられる。
今のところ世間に魔蚕を広めるつもりがないカイトとしては、問題になるのが自然発生する前者である。
「あまり物騒な魔蚕は増えてほしくないんだけれど、その辺はどうかな?」
「それは、あまり心配いらないですよー。神域ほどに魔力が豊富な場所は、地上にはほとんどありませんから」
「その『ほとんど』というのが問題なんだが……」
「ごめんなさい。言葉足らずでしたねー。地上で魔力が豊富な場所は、人里離れた場所にしかないのですよ」
「ああ、そういうことか」
クーアの言った『心配ない』という意味が分かって、カイトは納得した表情で頷いた。
カイトが気にしていたのは、通常通りに蚕を飼育している場合に突然変異的に魔蚕が誕生してしまうことだ。
能力的には確かに魔蚕を飼っているほうがいいのだが、絹糸を生産するという意味では、違う種類が混じってしまっては意味がない。
品質がバラバラになってしまうようでは、一々選別するのにより手間がかかるのである。
大量に魔蚕を育成できるのであればまた別なのだろうが、今のところクーアの話を聞く限りではほぼ不可能に近い。
「――誕生の条件が厳しくて少しだけ安心かな」
「おや、そうなんですか? てっきり魔蚕をたくさん増やして無双状態! ――を、狙っているのかと思いました」
「それも惹かれるけれど、後のことを考えたらあまりやりたくはないかな」
今のところデキスとシニスたちはカイトの言うことをよく聞いてくれている。
ただ、それが他の人も同じようになるかは、よくわかっていないのが現状である。
もし魔蚕が人に攻撃を加えるような存在になってしまえば、その時点で魔物認定まっしぐらである。
多少冒険者たちに狩られようが絶滅しないくらいに数がいるのであればともかく、現時点ではそんなことにはなってほしくないというのがカイトの考えだ。
その考えを見抜いたクーアが、嬉しそうに目を細めながら言った。
「カイトさんはお優しいですねー。魔蚕が人に敵対する可能性もあるのに」
「その時はその時で仕方ないさ。それに、俺たちが魔蚕を外に出さなければ、ほとんど広がることはないはずだから、あまり心配はしていないかな」
自分たちが徹底して管理をしていれば、今のところは神域以外に魔蚕が生まれる可能性は低いのだ。
デキスとシニスが勝手に外で卵を産んでいたりすれば話は別だが、そのような気配はない。
そもそもデキスとシニスが子供を作ったという事実がないので、本当に子供を作れるのかという疑問は未だにある。
「そういえば、さっきの話だとデキスとシニスは子供を作れるんだよね? 今のところそんな気配はないけれど」
「それはそうですよー。カイトさんの許可がありませんから」
「へ? どういうこと?」
思ってみなかったことを言われて、カイトの目が点になった。
「おや。気付いていなかったのですかー。蚕は、自分たちが人の手で管理されていることを良く知っています。その性質を魔蚕もしっかりと受け継いでいるようで、カイトさんの意思に従うようにしているようですよ。もっとも、契約をしているからということも理由のひとつですが」
「ということは、今この場で許可を出せば卵を産むってことか?」
「そうですね。ただ、普通の蚕と違って、多くても片手で足りるくらいでしょうが」
「それはまた極端に少なくなっているな」
「能力が高くなっている分、作れる卵の数にも限界があるのだと思いますよ」
「なるほどね」
魔蚕の意外な生態に、カイトは感心した様子で頷いた。
ちなみに、この時点でクーアは口にしていないが、魔蚕たちが言うことを聞くのはほぼカイトに対してのみである。
この世界に蚕を連れてきた要因になった主犯がカイトだからなのだが、当人がそのことを知るのはまだ先のことになる。
とにかく、シニスが産卵できるようになるのが自分の意思次第だと分かったカイトは、その場に二体を召び出した。
「デキスとシニスは、子供が欲しいのか?」
こんなことをカイトが言いだしたのは、デキスとシニスにはきちんと自我というものがあると分かっているからだ。
いくら自分の言うことに従うからといって、好き勝手に子供を作らせる気はカイトにはない。
そんなカイトの意思に応えるかのように、デキスとシニスはほぼ同時に答えを返してきた。
「「ピピピ」」
最近では『イエス』『ノー』以外の簡単な意思疎通もできるようになっているのだが、さすがに今回の答えはカイトには分からなかった。
そのため、何と答えたんだと問いかける視線を向けたカイトに、クーアが微笑みながら頷いた。
「自分たちは、本当にどちらでもいい――だそうですよ。無理をして子供を作ることを我慢している様子はなさそうですし、今は今で楽しいそうですから本当にカイトさんの好きにしていいと思います」
通訳と同時に自分の考えを伝えたクーアに同意するように、デキスとシニスがフワフワとその場で舞い始めた。
流石にその意味は、今のカイトにもわかる。
クーアの言っていることは正しいと、デキスとシニスがカイトに伝えているのだ。
デキスとシニスの意思を確認した上で、カイトとしては二体にはまだ子供を作るのは待ってもらうことにした。
そもそもデキスとシニスの能力向上は、まだまだとどまることを知らない状態で調べることもたくさんある。
繁殖をしてもらうのは、そうした調査がひと段落してからにしようとカイトは頭の隅に置いておくのであった。
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クーアとの話し合いを終えたカイトは、別の天使からこの日の生産分だと言われて絹糸を受け取った。
神域での絹糸の生産は、そろそろ安定して取れるようになっていて、ほぼ毎日のように渡されている。
ただ、糸から布にすることはほとんど行っていないので、どこかで加工作業を行わなくてはならない。
「もう、いっそのことだから、フォクレス島の巫女たちに頼んでしまおうか」
「それでいいのではないかの」
受け取った糸を見ながら言ったカイトの独り言に、フアが反応してきた。
具体的に何をどうするということは口にしなかったのだが、カイトが何を考えているのか丸わかりだったようだ。
ただ、一度はカイトの言葉に同意したフアだったが、すぐに付け加えるように言ってきた。
「だが、わざわざ島を経由する必要はないのではないかの?」
「うん? どういうこと?」
「折角あの娘がいるのだから、頼んでみればいいではないか」
フアが言う『あの娘』が誰のことがすぐに理解したカイトは、なるほどと頷いた。
蚕で絹の生産を始めるときに聞いていたのだが、巫女たちは自分たちで利用する物は自分たちで用意することを基本としているので、布を織ることもしていた。
それがメルテにも出来るのであれば、頼んでみるのもいいかもしれない。
フアの助言でそのことを思いついたカイトは、早速メルテのところへ向かって快く了承を貰うのであった。
これで第二章も二十話目になりました。
翌日は更新をお休みして、次話更新は翌々日(3/2)からになります。




