Chapter2-6
「凄く元気な子だったわね」
閉まった扉を見つめながら、ジョゼが久へと向く。あそこまで活発な女の子を見たのは久しぶりだった。
「そうだなぁ。それに、良い瞳をしてた。腕の立つ剣士って聞いたし、一度模擬戦を申し込んでみようかな」
久もジョゼと同意見だった。久は使用する武器は違えど、同じ剣士。強い家系と聞かされ、一度織葉と剣を交えてみたいと思った。
「まぁ、ゆいちゃんはやっぱり可愛いと思うぜ」
一人違う人物の話をするハチ。ハチの興味を引いたのは織葉ではなく、やはりゆいだった。
「で、タケ、どんな子だった? 趣味は? 好きな男のタイプは? それからそれから――」
タケの隣に席を詰めてきたかと思うと、どこで息継ぎをしているのか分からないくらい、早口かつ、大量に質問をぶつけてくるハチ。もうそれは質問の嵐。クエスチョンストーム。
「あのなぁハチ、あの短時間でそこまで話せるわけないだろ」
自分に乗りかかり気味のハチを払いのけ、タケは答えた。耳元にぶつけられるハチの声は、頭にぐわんぐわんと残響して、かなり不快だ。
「と言うかハチ、聞きたいことがあるなら自分で訊いたらどうだ。街でオレを弾き飛ばしてまで堂々と話しかけていたじゃないか」
「いやぁ。あの子可愛かったなぁ……」
タケの声はもう届いていない。ハチは脳裏でゆいの顔を思い出し、ぽけーっと上の空。骨抜きと言う言葉は、こういう人を見て作られたのだろう。
「なぁ、そんなことよりさ、今回のオーディションって何すると思う?」
話を切り替えたのは久だった。久は骨抜きのハチをよそに、そう訊ねる。
「そういえば、オーディション内容については何の告知も無かったの?」
「あぁ。何をするかは全く聞かされていないんだよ。どう思う?」
ジョゼの質問に久が答える。久はこのオーディションでどのような事が行われるのか、予想を立てようとしていた。
「うーん。映画のオーディションなんだから、やっぱり演技力とかなんじゃない? あとはダンスとか」
「それなら歌唱力というのもあるな。まぁ、一般のエキストラにどこまで求めているのか分からないが」
久の問いにジョゼとタケが各々答える。それを聞いた久、やっぱりそうかなぁ。と、少しうな垂れる。
「まぁ映画のオーディションとなると、やっぱそのあたりだよなぁ。俺、歌もダンスも、ちょっと……」
オーディションとは、歌唱力や演技力を計る事にある。それを手っ取り早く、正確に調べるには歌わせたり、踊ってもらったりすることが一般的だろう。
しかし、久はやや音痴であり、ダンスは得意どころか、踊った事すらない。そんな俺が通るのだろうか? と、言う疑問が頭に渦巻いてきていた。
それを聞いたタケも、自分も好んで歌を歌うことはあまりなく、ダンスも久と同じく行ったことが無いと気付き、少し頭を悩ませた。
「歌はまだなんとかなるとして、踊ってくれとなるとな。ジョゼはどうだ?」
「私は子供の頃、バレエやってたわよ?」
「え、マジで?」
「初耳だぞ」
いきなりのジョゼのカミングアウトに面食らう久とタケ。今のジョゼからして、過去にバレエをしていたというのが、中々結びつかない。
いつも胸元を強調するようなセクシーな服を好むジョゼが、白いレオタードに身を包み、髪の毛をお団子にして、つま先で立っている姿を想像すると、なんだか笑えてくる。
「え、何よ? 私にバレエは似合わないとでも言いたいの?」
むっと頬を膨らませ、二人に詰め寄るジョゼ。相変わらず、前かがみになるとそのバストが誇張される。
「いやぁ、まさかぁ。なぁタケ?」
「いや、まさか。なぁ久?」
笑いを殺しきれず、ごまかしあうようにお互いを見合いながら笑う二人。同じタイミングでジョゼに言い返した二人が頬にビンタを食らうのは、この数秒後のことだった。
◇ ◇ ◇ ◇
それからしばらくして、オーディションを終えた織葉たちが帰ってきた。扉の奥からにんまりと笑う織葉が姿を現す。
「失礼しました」
ゆいは扉の向こうに頭を下げ、ゆっくりと扉を閉めた。織葉はⅤサインを向けながら、久たちへ近づいてきた。
「いやぁー、疲れた」
織葉がぐっと伸びをする。制服の裾が捲れて、おへそが見えてしまっているが、織葉は何も気にかけていない。というよりも気付いていないようだ。
「歌わされたか⁉」
「え? な、何が?」
久は織葉に歩み寄り、必死な眼差しを向ける。織葉は、久の勢いに少し後ずさりしながら聞き返した。
「オーディション内容だよ。歌か? それともダンスか?」
久は大げさなまでの身振り手振りで織葉に訊ねる。必死度全開だ。
「いや、そんなのじゃなかったけど、ちょっと変わったオーディションだったよ。なぁゆい」
織葉は久に答えながらゆいの方を向いた。ゆいは織葉に合わせてこくこくと頷く。
「変わったオーディション?」
椅子に腰掛けていたタケもその言葉に興味を持ち、頷くゆいの顔を見た。
「はい。自分の特技を見せてくれって言われました」
「特技を披露?」
それを聞いた四人は不思議そうな表情を浮かべる。タケは腕組みをしながらそう言った。
「うん。なんでもいいから、自分の特技を披露してほしいって。あたしは居合いとかを見せてきたよ」
「特技披露か。歌わなくていいのはありがたいけど、変わったオーディションだなぁ」
久もそのようなオーディション形式があるとは聞いたことが無い。
「これだけの人数なんだもの。ダンスと歌じゃ時間が足りないわ。そのために変わったオーディション形式を取っているのかもしれないわね」
ジョゼが独自の見解を述べた。「それならあるかもしれない」と、タケは腕組みを解いた。
「お待たせいたしました。二十一番。二十一番の整理券をお持ちの皆様。会場へお進み下さい」
全員の疑問が晴れた瞬間だった。控え室にアナウンスが響き渡り、久たちに出陣を告げた。
「よし、精一杯披露してやろうぜ!」
「みんな、頑張ってね!」
「頑張ってください。応援してます」
特技の披露と分かり、俄然いつもの調子に戻る久。応援してくれるゆいと織葉にガッツポーズを見せる。
「お互いに通ってたらその時もまたよろしくねー!」
一列に並び、控え室奥のドアへ進んでいく四人を、後ろから織葉がそう叫ぶ。奥へ進む四人は一度振り返って、閉まる扉でお互いの姿が見えなくなるまで、手を振る二人に片手を上げて応えて見せた。
◇ ◇ ◇ ◇
「さぁ、いよいよだな」
扉が閉まり、外との空間が遮断されたかのように静まり返る室内。
四人が入ってもまだ少し広さの余裕がある、薄暗く静かな空間。そして、四人の目の前、少し進んだところにはもう一つの扉が設置されている。あの先、あの扉の先が、決戦の場所だ。
「さっきまで緊張していた人のセリフとは思えないわね」
「全くだ」
久の発言を聞き、呆れたように言うジョゼとタケ。
こんな状況でも四人は笑ってしまってしまう。全員が、いつもと同じ状態へと戻れていた。
オーディション直前の雰囲気と思えないその四人に、扉の奥から一人の女性が現れた。皺一つない黒スーツをばっちりと着こなし、書類の束を小脇に抱えている。髪は後ろ手に軽く括り、飾り気は無いが、上品な縁なし眼鏡を掛けている。
気品な空気を漂わせる、キャリアウーマン。その女性は四人に近づき会釈をすると、手持ちの書類を慣れた手つきでぱらぱらと捲り、あるページで止めた。
「黒慧久ご一行様ですね。計四名、全員お揃いですか?」
女性は書類から顔を上げる。
「はい、大丈夫です」
久は一度全員の顔を見渡した。大丈夫。全員間違いなく揃っている。
「わかりました。ではこちらへ」
女性は書類を小脇に挟み直すと、久たちを前へと進ませ、見えていた奥の扉の前へと案内した。
「この扉の先が会場となっております。扉を開けるタイミングは皆様にお任せします。それでは頑張ってください」
機械的だが、どこか優しさのある説明を終えると、女性はまた一つ会釈をし、今度は控室の方へと去って行った。
四人は数秒、扉を見つめていた。これが戦場への扉。そして、新たな一歩を踏み出すための希望の扉――
「久、いけるな?」
タケは右手で久の肩を軽く叩く。久はそれを待っていたかのように、振り返った。
「誰に聞いてんだ? 大丈夫に決まってるだろ」
久は左手でタケの肩を叩いた。いつもの悪だくみをする久。自信たっぷりと言わんばかりにタケの肩を叩いてくれる。
「お前ら! 張り切っていくぜ!」
久はもう一度全員の顔を見た。タケ、ジョゼ、ハチの三人ははっきりと頷き返した。
「あぁ。やってやろうぜ、久」
「少し緊張してるけど、楽しみましょ」
「十億は俺の物だ」
一人、頑張る方向の違う人物がいるが、全員が今、この状況に大きな楽しみと興奮を感じていた。何か新しいことを、今から始める。そんなわくわく感が、体いっぱいに込み上げていた。
(やってみよう。こいつらと一緒に)
結果はどうなるか分からない。だが精一杯のことをしよう。そう強く思った久はノブに手を掛け、扉を開いた。
ゆっくりと開き行く扉から漏れた光が、四人の目に差し込んだ。




