Chapter2-4
気付けば時刻は午後五時を回り、日が傾いている。
オーディションの時間はジョゼの計算よりも早く、先の放送で十九番までが呼ばれた。順番的には次の放送で久たちが動くことになる。その残りの一時間ほどを、各々の形で四人は休憩していた。
窓の外の夕日を眺める久。コーヒーを注文し、持参した本を読むタケ。ジョゼは仮眠を取り、ハチは一人サンドイッチを注文してパクついている。
それぞれ落ち着いた時間を過ごしていた時、スピーカーからまたしても聞きなれたチャイム音が鳴り響いた。タケは栞を挟み、ぱたりと本を閉じた。
「長らくお待たせいたしました。整理券二十番から二十五番の方、オーディション会場、控え室までお越しください。繰り返します……」
「やっと、オレたちの番だな」
タケは残りのコーヒーを飲み干すと、寝ているジョゼを揺り起こした。それを見てハチは急いで残りのサンドイッチを口へと詰め込む。
「んん……やっときたのね。ふわぁぁ」
ジョゼはあくびをひとつ、軽く目尻を擦った。
「よぉし、んなら行きますか!」
久も椅子から立ち上がり、それに合わせ三人も腰を上げた。
久たちは会計を済ませると長らくお世話になった喫茶店を後にし、オーディション会場の方へ歩き出した。
眼前には、沈んだ太陽と入れ替わるようにして、天に昇りつつある銀の月。太陽とは違い、優しい光で全て包み込む美しい満月。久は、その神々しいほど美しい満月に、勝利を誓った。
◇ ◇ ◇ ◇
長居していた喫茶店を後にした久たちは、市場を抜け、街のほぼ中心部で催されている、オーディション会場へ向かって歩いていく。
中心部に近づくにつれ、会場から離れていく人と多くすれ違う。すでにオーディションを受け終えた人たちだ。
会場へ通じる市場通り。その中にはやりきった表情の人もいれば、これはダメだったと、暗い表情の人もいる。
多種多様の表情が行き交う通りを抜けた四人は、大きく開けた場所に辿り着いた。そこはカルドタウンの広場。石畳が円形状に配置されている、とてつもなく大きな広場だ。
今回は広場を特設会場として使わせてもらっているようで、 広場には大小様々なテントがいくつも設営されている。
会場付近には先の喫茶店付近とは比べ物にならないほど人々が大勢おり、久たちは群衆をかきわけ、会場のほぼ中心、受付まで辿り着いた。
「すいません。これ、お願いします」
久は手に持っていた整理券を受付の人に手渡した。受付の人は整理券を確認した後、にっこりと笑みを浮かべ、「右手にある控え室にてお待ちください」と右に見える控え室の入り口を手で示した。
久たちは指示に従い、街頭に照らされて見えている『出演者控え室』と書かれている建物へと立ち入った。
「あーっ!!」
控え室に入った瞬間だった。いきなり、大きな声が控え室中に響き渡った。
最後尾を歩いていた久とタケは少し背伸びをし、何があったのかと中を覗く。するとそこには、先ほど街で出会った二人の女の子が椅子に座っていたのだ。
確か『おりは』と『ゆい』だった筈だ。二人はそう思い出していた。
『おりは』は椅子から立ち上がり、ハチに詰め寄った。
「なんでお前が、このタイミングなんだよ!」
「お前こそ!」
お互いに負けじと声を張り上げる。控室に居た他の組の人たちも、何がったのかと声を張る二人を凝視している。
「ここでも会うなんて、縁でもあるのかしらね」
ジョゼは少し笑うと一番近い椅子に腰掛けた。ハチを除く男二人も、その横に続く。
「おいハチ、それくらいにしとけ」
「ご、ごめんなさい! 織葉ちゃん! もうやめてよ!」
諌めるタケと三人に頭を下げる『ゆい』。彼女は出せる限りの声を上げるが、二人の声量には敵わず、掻き消されてしまう。
「いやいや、こっちこそあのバカがすまんな。 おい、ハチ! 静かにしろ! ここは控え室だぞ!」
『ゆい』にこちらこそ。と、謝った久は、よく通る大声を放ち、注意を促した。その途端、睨み合って怒号を上げる二人の口と動きがピタリと止まる。
「う、ごめん……」
よく通り、聞き取りやすい久の声は、ハチの思考を我に返らせた。分が悪そうに後頭部を掻きながら、ハチは久の横に座っておとなしくなる。
「す、すいません……」
『おりは』もようやく冷静になり、自分が座っていた場所に戻った。元はと言えば自分が声を張りあげたからこうなってしまったのだと、反省した。
「全く、いい歳になって女の子と喧嘩だなんて。みっともないぞ!」
久は隣に座ったハチに更に叱責する。いくら短気であったとしても、一日に二回も同じ人に食って掛かかろうとするハチは、流石に目に余った。
「織葉ちゃんも! ちょっと怒ったからってすぐに怒鳴っちゃだめだからね!」
久と同時に、『おりは』を叱る『ゆい』。
同じように怒る久と『ゆい』。同じように俯いているハチと『おりは』。その全く似た動きを見て、タケとジョゼは思わず笑ってしまった。
その笑いに気付いた四人は、何ごとかと笑う二人を見て、何故笑っているか気付いた時には、同じく笑ってしまった。
「ごめんなさい、なんだかおかしくって」
『ゆい』が最初に口を開く。まだ顔には笑みがかなり残っていた。
「初めまして。私、霧島ゆいと言います。織葉ちゃんがご迷惑おかけしました」
笑いを抑えたゆいは、改めて四人に自己紹介をした。椅子から立ち上がり、頭をぺこりと下げた。
ゆいは昼の街中で見た通り、何よりも銀髪のセミロングヘアーが目を引く。ふわりとなびく髪はとても綺麗で、手入れが行き届いていることが鮮明に見て取れる。その頭には黒色のカチューシャが乗っかっており、女の子特有の可愛いらしさを出していた。
目は、やや垂れ気味の優しい目。透き通る優しい蒼色の瞳からは、穏やかさを感じる。アクアマリンの様な輝きをしているその瞳は、非常に美しい。
服装はおそらく、学校の制服だ。全体的に白を基調とした長袖の制服で、胸元の赤いリボンと、袖や襟に引かれた赤いラインが映える。
「こちらこそ初めまして。俺は黒慧久。この三人はパートナーチーム仲間の、来駕タケ、ジョゼット・S・アルウェン、緑千寺八朔だ」
久もこちらこそ。と、ゆいに自己紹介交じりの挨拶をした。
「来駕だ。よろしくな」
「ジョゼでいいわよ。よろしくね」
「さっきはすまんかった。八朔っす」
「こちらこそ、さっきはごめん…… あたしは織葉。緋桜織葉。よろしくね」
三人の紹介が済んだあと、織葉が頭を下げながら、自らを紹介した。
織葉はゆいとは正反対な、腰まで伸びるロングヘアー。そして、燃えるような赤い髪。光の当たり方で、まるで本物の炎のような輝きを見せる。
髪型は寝癖が付いたままのような、ぼさぼさスタイル。髪の至るところが不規則に逆立っており、ゆいの髪質とは月とすっぽんだ。
目つきもゆいとは対照的な釣り目で、瞳も髪と同じく、燃えるような朱色。ガーネットのような深紅の瞳は、荒々しく強い目つきだが、その瞳からは元気さがとても感じ取れる。
服装はゆいと同じ制服で、赤いリボンとラインが髪の色、瞳の色と相まってよく似合う。ゆいとは違い、こちらは半袖。そして何より、腰に下げている黒い鞘の太刀と、それを固定する革製のベルトが特徴的だ。
「私たちは同じ学校の友達なんです。織葉ちゃんが映画に出てみたいって。それで参加しました」
「そうなのか。こっちも俺の提案に、無茶言って着いて来てもらったんだ。二人はどこの学生さん?」
久もここに居る理由を話すと、二人に校名を訊ねた。
「あたしたちは天凪魔法学園の生徒だよ。ゆいは魔導師、あたしは魔法剣士の学科に所属してるんだ」




