Chapter2-3
ほんの数秒、視線を目の前から外していたタケと、一人の女の子がぶつかった。タケはバランスを即座に立て直したが、女の子は大きくふらついた。いきなりのことだったらしく、体勢をうまく立て直せない。
「おっとと。すまなかった。大丈夫か?」
女の子が転びそうになった刹那、タケが手首を握った。危うく倒れかけた女の子はタケに腕を掴まれ、なんとか転倒せずに、体勢を立て直した。
「す、すみません! ぼーっと歩いてしまっていて…… お怪我はありませんか?」
バランスを取り直し、タケの手から離れる女の子。即座に半歩に下がり、タケへと頭を下げた。
その瞬間、ふわりと風になびく銀髪。女の子は肩にかかるほどのセミロングヘアーで、黒いカチューシャを着けていた。
服装はどこかの学校の制服であるようで、手には自分の身長よりも長い魔法具、大杖を携えている。このあたりの魔法学園の生徒か何かなのだろう。
「大丈夫だ。そっちこそ怪我はないか?」
「はい、大丈夫です! 助けてもらって本当にありがとうございました」
女の子は頭を上げると、タケににっこりと笑顔を向けた。無垢で、優しい笑顔。タケはあまりの可愛さに少し視線を横に逸らした。
「ま、まぁ気をつけてな」
コホンと一つ小さく咳払いをして、視線を逸らしたまま少し冷たく言う。
「はい。ありがとうございます」
女の子はさっきの笑顔のまま、少し分が悪そうに首を横に傾けた。タケは尚のこと直視できない。と、その時。
「おやおやぁ? タケさんよ、このカワイ子ちゃんは誰だい?」
はっと、タケは我に返った。気付けば、右肩に誰かの手が乗せられている。女の子もタケではなく、タケの後ろに立っている誰かに、視線が向いていた。
間違いない、この声、そして、我らが女好きと言えば――
「は、ハチ……」
「俺に黙って抜け駆けかい? こんちくしょー、憎いねっ!」
ドンっ! と、ハチはニヤニヤしたまま、タケを横へと突き飛ばした。まさか突き飛ばされると思っていなかったタケは、簡単にハチの力に負けてしまう。
「あ、あの、あなたは……? あの人、突き飛ばしちゃってますけど……」
女の子は、少し離れた場所に何人かを巻き込んで尻もちをついているタケと、目の前で無駄に前歯を輝かせるハチを交互に見ながら訊ねた。
「え? あぁ。アレなら気にしないでいいぜ!」
「え……でも……」
女の子の心配をよそに、ハチはタケをアレ呼ばわりし、グッと親指を突きたてる。
満面の笑みで答えるハチは、髪の毛をかき上げて気取り始める。しかし、ロングヘアーではないハチ。一体何をかき上げているのだろうか。
ハチは超が付く下手くそなウィンクをかまし、前歯をきらめかせながら女の子に手を差し出した。
「僕は緑千寺八朔。あなたは?」
「わ、私は霧島ゆいと言います……」
霧島ゆいと名乗る女の子。明らかにハチに引いている。警戒心を抱きまくりだ。
「ゆいちゃん! いい名前だ。どうだい、僕と一緒に街の見物でも――」
「ちょっとあんた。ゆいに何か用?」
ハチがいよいよ女の子に切り出す――その瞬間。ハチは自分の斜め後ろから、口調のきつい言葉を浴びせられた。
「んん? 誰だお前?」
ハチは声の主へと鬱陶しそうに顔を動かした。
するとそこには、腰に両手を当て、炎のような赤い髪を腰のあたりまで伸ばした女の子が仁王立ちしていた。背は低いが、その堂々とした立ち方は様になっている。
「お、織葉ちゃん!」
『ゆい』はハチの前からぱたたと、少し慌てたように『おりは』の後ろへと逃げた。それを見た『おりは』、何を感じたのか、ハチに怒りの視線を向けた。
「お前! ゆいに何しやがった!?」
いきなり街の中に響く怒号。近くの人たちも、何だ何だと視線を向ける。
「はぁ⁉ まだ何もしてねぇよ! 散歩に誘っただけだ!」
「はぁ⁉ 初対面の人を散歩に誘うとか、頭おかしいだろ!」
「お前こそ初対面の人に頭おかしいとか言いやがって! このチビが!」
もはや売り言葉に買い言葉。ハチも感情的になり、暴言を吐く。
「なっ⁉ お前今、チビって言ったな!」
ハチの一言で眉間により一層、深い皺が入る『おりは』。どうやら琴線に触れる単語だったようだ。
「何度でも言ってやるよ! チビ!」
「ハチ落ち着け。言いすぎだ」
タケは立ち上がって砂埃を払っていたが、ハチの目に余る暴言を聞き、すぐさま二人の元へと駆け寄って止めに入った。流石に目に余る。
「お、織葉ちゃんも落ち着いてよ、ね?」
『ゆい』もタケと同じく、髪の毛を逆立てている『おりは』を落ち着かせようとしていた。
しかし、二人は制止を振り切り、今にも飛びかかる勢いだ。睨み合う視線の先では、ばちりと火花が弾けである。
一触即発。闘志も犬歯もむき出しの二人。お互い握る拳に力を込め、今まさに手が出る――
ピンポンパンポーン。
と、誰もが聞き覚えのあるチャイム音。その脱力を誘う音が、今にも殴りかかろうとしていた『おりは』とハチを我に返らせた。周りの人々も、突如街に鳴り響いたその音に、耳を傾けた。あれだけ騒然としていたカルドタウンが、チャイム一つで一斉に静まり返る。
「皆様、長らくお待たせしました。ただいまよりオーディションを開催いたします。各グループの代表者様は、広場中央、受付まで整理券を取りに来て頂きますよう、よろしくお願い致します。繰り返します――」
街中に設置されているスピーカーがそう告げた。
ほんの少しの間、街に静寂が訪れ、それはすぐに消滅した。意味を理解した人たちが、受付を目指して移動を始めたのだ。今度は街全体が足音で充満する
「なんだよ、このタイミングで……。お前! 今度会ったら覚えてろ!」
『おりは』は『ゆい』の手を握り、いかにもな捨てセリフを吐いてそっぽ向いた。
「いつでも来いよ、バーカ」
「あいつ……ほら、ゆい行こ」
『おりは』は早々にその場を立ち去ろうとする。手を取られ、やや強引にひっぱられる『ゆい』は一瞬タケと目が合ったが、移動する人ごみにあっという間に飲み込まれ、すぐにその姿が見えなくなってしまった。
多くの人が移動を開始する中、タケは自分たちの位置が移動する人々の邪魔になると感じ、ハチの袖を強引に引っ張って道の端へと移動した。
「ハチ、お前なぁ」
タケは呆れていた。確かにやや短気なハチではあるが、まさかこんなところで喧嘩を始めるほどとは思ってもなかった。
「ふんだ。あそこまで言われたら頭にもくるわ」
ハチは未だ機嫌が悪い。よっぽど頭に来ているようだが、その様子を見る限り、自分に非があるとは思ってもないらしい
「全く。ハチ、あんた少しは大人になりなさいよね」
「そうだぞ、ジョゼの言う通りだ――ってジョゼ、今までどこにいたんだ?」
いきなり現れたジョゼ。不思議に思ったタケが訊ねる。
「うん? タケより少し離れたとこかな。ハチの喧嘩に巻き込まれたくなかったしね」
可愛く笑って見せるジョゼ。厄介ごとに巻き込まれると分かっていたので、タケに任せて身を引いていたらしい。
「見ていたなら助けてくれよ」
「そんなことより、さっきの子たち、結構可愛かったわね」
タケの心の一言はどこに行ったのか。ジョゼはそんなことを言い出す。
「あ、あぁ。中々だったな」
タケは珍しく返答に窮し、歯切れ悪く答えた。話題があらぬ方向へ飛んだからだ。
脳裏に一瞬、ぶつかった女の子の笑顔がよぎった。
「にひひー。タケ、ぶつかってきてまんざらでもなかったんでしょ?」
意地悪く笑い、やや前かがみの体勢でタケをにやにやと凝視するジョゼ。
「はいはい。そうだな」
しかし、タケはそんなジョゼのいじりに易々と乗せられる男ではなく、ジョゼを適当にあしらった。そう言われたジョゼも、「なーんだ、つまらない」と、体勢を元に戻した。
「おうタケ。喧嘩の仲介ご苦労さんー」
久が整理券を片手にひらひらと振りながら、人ごみの中からぬっと現れた。
「久、お前も見ていたのなら……まぁもういいが。それで、オレたちの番号はいくつなんだ?」
久も一部始終を見ていたらしいが、もうタケはどうでもよくなっていた。貧乏くじを引かされてしまったと諦め、久に整理券に書かれた番号を訊いた。
「えーと、二十一組目だな」
受け取った整理券は、受け取った早い者順で公平、不公平を出さないようにするため、くじ引きになっていた。二つ折りにのり付けされた紙を久がめくり、番号を確認した。
「早い番号ね。けれども、一組あたり仮に二十分掛かるとして……え、七時間後?」
これだけの人数を捌くため、主催者側も一組に対しての時間は極力短くするだろうが、それでも数十分は要するだろう。
ジョゼの計算では一時間に三組進む。出演者の人数によって時間の前後はあるだろうが、数時間の待機は覚悟せねばならないようだ。
「長らくお待たせいたしました。これより順次、出演オーディションを執り行いたいと思います。つきましては、整理券一番から五番の方、オーディション会場、控え室までお越しください。繰り返します、整理券番号……」
再び、街に響く案内の音声。
「今から順次進んで行く訳か。するとやはり、どこかで休んでいるのがよさそうだな」
タケは懐中時計を取り出す。
時計の針は、正午より数十分進んでいた。ジョゼの計算通りだとすれば、夜の七時半頃までは待機せねばならない。
「順番が近づいたら放送が入るみたいだし、そのあたりの店で休憩していようぜ」
多くの人がオーディション会場の近くに移動し、その近辺で待機し始めたのだろう。会場から少し離れた場所の久たちの周りは、少しずつだが人が減り始めていた。
そのため、案外簡単に休憩できる場所を見つけることが出来た。流石は大きな面積を持つ街である。久らは近くの喫茶店に入ることが出来、放送が掛かるまでそこで待機することにした。
店に入ると、久たちと同じように順番待ちをしている客が多くいた。四人はやっと椅子に座ることが出来、ふうと脱力した。




