ヤリ逃げなんて許さない ~エピローグ~
お読み頂きましてありがとうございます。
「ちょっと待って。頭がついて行かない。」
トムさんが『召喚』の術式を自空間にしまい込んだ後、『境渡り』魔法を使う前に日本で暮らす場合の注意事項を話してくれた。
魔法やスキルは人前で使わないこと。
『箱』スキルからモノを取り出す場合でも事前に袋などに取り出しておくこと。
『翻訳』スキルで言葉がわかっても英語以外は返事しないこと。
『鑑定』スキルで見たプライベート情報は口にしないこと。
緊急時を除き、人並みに法律は守ること。
万が一魔法やスキルを見られても、スッとぼけること。
誤魔化しきれない場合はすぐに報告すること。
緊急時は自分の命を第一に考え、助けが必要じゃなくても連絡を入れること。
何故かトムさんは渚佑子さんを見ながら言っている。
渚佑子さんの視線が彷徨っているところをみると当たり前のことだと思っていたが守っていないらしい。
さらに指輪を手渡された。読み取り装置に翳すことで本社ビルの社長室に入れるらしい。それに地球上何処に居てもそれがあれば探し出せれるらしい。
「もうひとつ大事な話が残っている。これから渡る世界は君たちが元々居た世界だという保証は無い。それでもついて来るか?」
最後の最後に爆弾を落とされてしまった。どういうこと?
☆
薄々そうじゃないかと思っていたけど、地球のパラレルワールドがこの世界らしい。パラレルワールドは無数にあり、それぞれツリー状に上位世界と下位世界があるらしい。
トムさんが会った神さまによると1桁ナンバーの最上位世界に2桁ナンバーの上位世界、3桁ナンバーの下位世界があるそうで今居る世界が3桁ナンバーの下位世界で『召喚』魔法は2桁ナンバーの世界の人間を呼べるらしい。
つまり90ある上位世界の何処かから呼ぶことができるということである。
「じゃあ、元の世界に戻るのは絶望ってことじゃないですか。」
シセイさんが呆然としている。90回に1回の確率なんて気の遠くなる数値。
「そうでも無いぞ。これは俺の勘だが5割くらいの確率で俺が居た上位世界が君たちが居た上位世界だと思う。」
「どうしてですか? 90あるんですよね上位世界は。」
茫然自失しているシセイさんの代わりにリュウキさんが質問する。相変わらずシセイさんは打たれ弱い。
「まず最初に『召喚』術式のコストが低すぎることからすぐ近くの上位世界だという可能性。そして失敗することもあるということは、近くの上位世界に人が住んでいない世界があるという可能性。この2つの条件からすると人が呼べる上位世界は1つないし2つだろうということだ。」
「もしかして、『召喚』の術式に失敗して『送還』の扉を潜ったら、人の住めない世界でした。なんてこともあるってことじゃないか。」
じゃあ、お父さまは私を呼んで正解だったかもしれないじゃない。私も渚佑子さんを対象にしていなければ3人共々死んでいたことになる。なんて危ないものを作るんだこの世界の人は。
「あるだろうね。パラレルワールドは進む時間の速度も違う世界があるから既に地球は無くて宇宙空間が広がっているかもしれないな。」
「じゃあ、何でこのタイミングで言うんですか? 合ってればOKだし、違っててもトムさんのバックアップがあるんですよね。俺たちに選択権は無いじゃないですか。」
「この世界に残るという選択がある。親も友達も戸籍もないどころか別世界の自分がいるかもしれない世界に行くよりも住むところもあって友達も居る世界のほうがいいんじゃないのか。」
「ダメです。それでは私たちがトムさんに何もお返しが出来ない。対価を払って貰うと言っていたじゃないですか。」
私は会話に割り込む。それでは人間としてダメだ。してもらって当然なんて絶対に思えない。
「それは術式の書籍があれば十分事足りるよ。」
「それに私たちが『召喚』の術式を作り出して、渚佑子さんやトムさんを『召喚』したらどうする積もりなんですか?」
後で渡そうと思っていたけど、エミリーから貰った魔法書の術式の記載とお父さまの手紙を見れば再構成できるかもしれない。
「そ、そこは君たちの良心に頼るしかないな。」
半ば脅しのような文句でも、そうやって返してくる。どっかの王さまじゃないけど、甘過ぎるよトムさん。
「ここまで来て全てを放り出すつもりですか、私は何が何でも付いていきますからね。リュウキさんはどうするんですか?」
そんなことは絶対に許さない。自分のできることをやらなければ絶対に後悔する。でもそれを他の人には強要できない。
「俺には君との約束もあるし、この世界にシガラミも無いからな。一緒に行くよ。それよりもシセイがどうするかだな。お前こそ子供が生まれるし、エミリーさんを支えていかなきゃいけないだろう。良く考えろよ。」
リュウキさんは賛同してくれた。問題はやはりシセイさんだよね。
「俺は・・・俺は残りたい。」
ずっと、その問題を考えていたのだろう。シセイさんは何かを振り絞るように言う。
「シセイっ! フラフラ生きることを止めて頑張って向こうの世界で沢山トムさんに貢献して大金持ちになって、私たちを迎えにくるって約束したでしょ。あれは嘘だったの!」
そこにエミリーが噛みついてくる。まあ子供が生まれるのにお父さんがフラフラと生きているんじゃ不安だよね。
「だってよ。何年掛かるかわからないじゃないか。子供の顔も見れずにそんなに頑張れるかな。なあ一緒に居てくれよ。俺、こっちの世界で頑張るから。」
相変わらずシセイさんはグダグダだな。ここまで来たらビシッと決めてよね。でも一利も二利もある考えだね。そんなに悪い考えじゃないと思うんだけどな。
「ダメよ。ダメダメ。絶対ダメ。これ以上フラフラ生きているシセイを見ていたくないの。もうこの世界には貴方の活躍の場なんて無いんだから、向こうの世界で生きて行きなさい。これは王女としての最後の命令です。」
「そんなっ。そうかよ。俺なんて要らないのかよ。解った解りました。行けばいいんだろ。もう知らないからな。」
ああっ。喧嘩別れなんかしないでよ。エミリーが言いたいのはそんなことじゃないのに、何で解らないかな。
「エミリーさん。安心しなさい。ホナミくんは俺が立派な男にしてみせるよ・・・。」
そう言ってトムさんはシセイさんに見えないようにウインクしてみせる。何があっても10年後に迎えにくるという意味だろう。シセイさんなんて、そのときになって慌てればいいんだわ。
「じゃあ3人共、当初の予定通り俺について来るということで問題無いんだな。モデルルームは使えないから、俺のマンションに到着するが驚かないでくれよ。」
「今度こそ本当にさようなら。エミリー。レイティア。それからオールド王子、彼女たちをよろしくお願いします。」
てっきり泣かれるかと思ったけど、エミリーもレイティアさんも笑顔のまま見送ってくれる。
「しっかり、つかまっていてくれよ。じゃあ跳ぶぞっ!」
そうして私たちはあの世界を去り、新たな世界に降り立ったのだった。
さあ、この世界でも聖霊の神の教えに従い、お父さまが言っていたことを守りつつ生きていきますね。
天国のお父さま、見守っていてくださいね。
天にまします我らの神よ
願わくは御名を唱えさせたまえ
我らに罪をなす者を我らが許すごとく我らの罪を許したまえ
我らは与えられた命を全うするごとく我ら夫婦に子を与えたまえ
我らを堕落に導くの醜き心を近付きたもうな
我らの親を大切にするがごとく正しき道を照らしたもう
神と滴と娘とは限りなく汝のものなればなり
(聖霊教会の経典より)
最後までお読み頂きましてありがとうございました。
続編『欠陥品の烙印を押された勇者が超感覚で世間を渡る』を公開しました。
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主人公は別人ですが脇役として登場します。
また残されたエミリー、レイティア、オーディンの番外編も考えております。
感想やリクエストをお待ち申し上げております。




