番外編「祝福を」
使用人入口に程近い小部屋が割り当てられたのは十五の頃だった。
今まで使っていた部屋もそのままにされているが、上階へ上がる事を許されるのは兄上が滞在されている時だけ。
冒険者活動を始めたばかりで余裕もなく、ただ寝に帰るだけなので部屋はどこでもよかった。
小さく明かりを灯した小部屋で、兄上からいただいた書物の文字だけを追い掛けていた。
もう直接に会える機会はないかもしれない、そんな事をうっすらと思いながら。せめてもの繋がりを保つためにあの頃の俺は必死だったのかもしれない。
「リシアンは大きくなったら何になりたいんだい?」
兄上からのその問いは、年々重くのしかかってきた。
貴族家の庶子。何とも中途半端な立ち位置だ。何者にもなれないのではないだろうか。
スペアとするには教養も足りなければ、他家との交流一つもない。魔法こそ使えるものの、一度だけ強制的に受けた魔力測定の結果も低かった。
継母はそれを見て安堵していたっけな。兄上との差は歴然としていたから。
貴族学院に行かないことが決まったときには、正直少しほっとした。
もう、この家にいなくていいことになったんだと思った。
貴族学院卒業が、貴族としての体裁を保つにはかなり重要だと知っていたから。もしくはそれに準ずる他国……特に帝国への留学があるのならまた別だけれど。
庶子の末路については、家庭教師から嫌というほど聞いていた。女児なら他家の妾にするなりと使い道はあるが、男児にそれは通用しない。余程、見た目がよければ未亡人のところへ行く手もあるがお前はそれほどでもないとも。
使用人になるとしてもやはり教養は必須だ。平民でもなれるような下級使用人がせいぜいだそうだ。
こんな事ばかりだ。兄上の純粋な「大きくなったら何になりたいんだい?」との問いに、うまく答えられはしなかった。
分かっている、よかれと思って尋ねていることも。それでも何も浮かばなかった。
このままお側にいるには教養が足りない。力も、足りない。
十八の、成人までには身を立てる準備を済まさないといけない。
兄上に守られていた甘く、やさしかった子ども時代はもうそろそろ終わる。
冒険者か、薬師になろうと思った。冒険者として腕が立てばまぁ……兄上の護衛くらいにはいずれなれるのかもしれない。
薬師は医官の兄上と少しだけ、近くなる気がしたから。不純な理由でけっこう。
やっとなりたいものを言ったからか、兄上からは教本となるような書物がいくつも送られてきた。
読んで、実践してとを繰り返しているうちに少しずつ要領も掴んでいった。
途中から薬師を目指そうと決めたら、兄上が学院にいた頃の教授を師事するよう手配をつけたと教えてくれた。
バルドレム・トピリア侯爵……薬学医官の権威である人物だった。
とんでもない大物に話をつけてきたなぁと思った。侯爵は研究気質らしく、今は辺境でのフィールドワークに重点を置いているそうだ。
十七歳の冬、初めて見たトピリア侯爵は今まで会ったどの冒険者よりも強くヤバめのオーラを発していた。
「レオナリスの弟か?」
見上げるほど大きい……ゴリラかな?いや、ゴリラって何かまで分かんないけど最強系の生き物だったはず。何とか類最強だとかそんなんだったけな?
「はい。リシアン・ヴァル……フェルネスと申します。薬師を目指しております。ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」
「挨拶が堅い!」
一喝されてビビる。えぇ……ちゃんとした挨拶ってこんな感じだったはずじゃん。
「ヴァルディリア子爵領の冒険者だろう?話は聞いている。楽にしていい、妙な遠慮があると今後に差し障る。言葉遣いは気にせずに、何でも聞きなさい。それが師である俺の役目だからな、子どもが遠慮などする必要はない」
そうなの?まぁ確かに、遠慮して質問が出来ずに分かったフリとかよくないもんな。
「分かりました。とりあえず何を食ったらそんなにデカくなるんですか?」
……すげぇびっくりした顔をされて、特別な事は何もしていないと言われた。そんなわけないじゃんと思いながらも、王都外れのトピリア侯爵の別邸へと移動した。
道中でゴルディをいい馬だと褒められてうれしかった。トピリア侯爵ではなく師匠と呼ぶようになって、少しずつ色んな話をした。
独学だった薬草の採取も、師匠から習いながらゆったりと別邸を目指す旅路。今思うと、呆れるほどに貴族教育のなっていない俺を師匠はどう思ってたのかな?
「別邸に着いたら新年祭シーズンが終わるまで、少し留守にしがちだが……本当にお前は夜会には出ないのか?」
これだけは何度も確認されたけれど、出る資格なんてないと思ってたから断った。そこまで言うならと、師匠が妙にしんみりとした顔をしていたのが印象的だった。
「まぁ……別邸では楽に過ごせるように手配するから安心しろ」
「あっ、保存食とか準備してくれる感じですか?よかった……やっぱ土地勘ないとこだと、さすがにどこで何買えばいいか分かんないし困るなぁと思ってました」
師匠が止まった。急に止まんなよ、びっくりするから。
「……一応、聞いてもいいか?今までの新年祭はどう過ごしていた?」
「え?子爵家に行く前は特に何も。母親は出掛けてたんで留守番してました。その後は……兄上たちは王都に行くんでやっぱ留守番?何かお祭りらしいですね。とりあえずいつもの店が閉まってるから、食料の確保が難しくて……ゴルディもいるんで」
夜には子爵領の広場も屋台でいっぱいで、でも子どもが一人で行けるわけもなく……。冒険者になってからは「領主の息子」として見られるから、これまた行けるわけもなく。じっとしていたっけな、終わるまでは。
「リシアン、俺がお前に本当の新年祭を教えてやる」
えっ、何……?何でそんなに薬草採取実践より真剣な顔をしてんの?あまりの圧に押されて、分かったと頷くしか出来なかった。
その時の俺は新年祭の事を何も知らなかった。
そして別邸では連日、今日は貴族風のお祝いで次は南方領地、はたまた平民たちはなど……目が回る勢い。
日替わりで並ぶご馳走、贈り物をする風習、衣装の新調、願掛けの仕方など新年祭にまつわる色々を一シーズンで駆け抜けていったと思う。何なら新年祭シーズンをちょっと超えた。
俺がその中でも一番落ち着くと言った……家族でのゆっくり過ごすというのがここ最近での定番になってる。
家でのんびり作り置きしたご馳走を食べたり、お祭り好きな気風の街にはたくさんの屋台があるので気ままに遊びに行く。
そんな辺境の文化に、もうすっかりと馴染んでいる。
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拝啓 読者の皆様
この度、第14回ネット小説大賞におきまして当作が入 賞を頂きましたことをご報告します。
ここまで読んでくださった全ての方がいたからこそ、ここまで辿り着けたと思います。ありがとうございます!
今後については、作者ページの活動報告にて報告させて頂きます。これからもよろしくお願い致します。
康成
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