3話「俺の愛馬を紹介します」
拝啓 兄上
今日も森へ採取に行きました。この時期になると他所から移動してくる冒険者が増えます。
無礼者も増えます。そんな冒険者は俺とゴルディの制裁をくらいます。俺もゴルディも元気にしているので安心くださいね。
*──*──*──*──*
春はいい。薬草の採取も捗るし、素材になる魔獣も冬眠から目覚めたりするのでいい季節だ。
今日も俺は愛馬のゴルディアス、愛称ゴルディとともに森に採取に来ている。俺の薬店でメインの客層である冒険者が活動している時間帯に、俺も採取に行ったり調合をしている。
ゴルディに乗れば森から薬店まで、冒険者より早く着くし精霊たちのおかげでいつも以上に採取が捗るからうっかり日が暮れかけている。
「もうひと粘りして夕方から咲く花も採取していいかな……」
「レ゙ミァ!!」
「えー?ダメなの?」
精霊との会話もだいぶ通じるようになってきた。ゴルディはそんな俺らの様子を少し離れたところから見守りつつ、魔獣が来ないか警戒してくれている。マジ頼れる相棒。
その時、近くの草むらが揺れた。
「お、お兄さん大量だねー」
「リシヌスの葉も山盛りじゃん!」
「なぁ、これって採りすぎじゃね?」
見かけない顔の冒険者だな。春は他所から冒険者が移動してくる季節でもある。辺境大森林は魔獣も薬草も豊富で、冒険者は仕事に困らない。
まだ若そうだし、装備も微妙。魔獣を仕留めたわけでもなさそうだから採取依頼を受けている……低ランク冒険者か。
「え?何?無視してんの」
「感じ悪っ。そんなんだからソロなんじゃねぇの」
「ソロならさぁーそんなにリシヌスの葉、いらないよな?ちょーっと俺らに分けてくれない?」
剣も研ぎが甘いしなぁ……逆に痛そうだな、当たったら。俺は1人だけど冒険者のソロではない。何か勘違いしてるな、こいつら。
「別に植生を乱すほど採ってないから。それに俺、これ全部使うんだよね。だから無理」
春はなぁ……こういうのに絡まれなかったらいい季節なんだけど。
「はぁ?!1人でそんなにいらねぇだろ?」
「依頼の量はとっくに集まってんだろ!だから分けろって!!」
「ほら!大人しく渡せよ!」
その時、ふっと影が差した。
「……グォォ……ブルルルルァァァァァ!!!!」
馬とは思えない鳴き声とともにゴルディが冒険者たちの背後で立ち上がった。
ゴルディ、また大きくなったなぁ。
ズン!と冒険者の剣を蹄で叩き折りながら、ゴルディが足を着いた。だいぶめり込んだな。蹄の手入れもしなければ。
「うわぁぁぁぁぁ!!」
「は?何?!魔獣か?!」
「………………」
1人声も出ないやつもいるが……
「人の愛馬に魔獣って何言ってんだ、てめぇ!!怪我をしたくなかったらとっとと帰れ!!これで怪我してもお前らに薬売らねぇぞ、コラァ!!」
ゴルディも俺に並びまた立ち上がった。そして冒険者を見下ろしながらニヤァと笑った。
「は?え?馬???」
「俺の剣……」
「………………」
「うるせぇ!失せろ、ガキどもが!ゴルディ、もう一発やるか?それともこっちがいいか?」
魔法で出した火球を片手にそう一喝すると、彼らは一目散に走り去っていった。
慌てたせいか1人、途中で変な具合に足を捻っていた。
「……よし、俺らも帰るか」
ゴルディが駆けて最短ルートを選べば彼らより先に薬店には帰り着くだろう。俺の店に来ないといいけど。
「ゴルディ、今日の立ち上がってからの剣ぶち折ったのカッコよかったなぁ!」
「ブルルルルァァ!」
「でも危ないからあんまりそういうことするなよー?」
「ブル……ルァ」
よしよしとゴルディを撫でながら帰る。思い返せばゴルディは最初からカッコよかったんだ。
◇──◇──◇──◇──◇
俺がもう少しで15歳になる頃。俺は父上に「私も愛馬がほしいです」と頼んだ。
兄上が15歳で王立貴族学院に入学する前に、尾花栗毛という毛色の馬を贈られていたんだ。輝く金色の鬣に尾、明るい栗色の馬体はツヤツヤと輝いていてすごくカッコよかった。
「オルセ……オルシェ……?」
なぜかそうポツリと呟いた俺の声を聞いて兄上が「オルセ?……そうだなぁ、このお馬さんはオルセリオという名前にしようか?」と名付けたんだ。
「いいなぁ、愛馬」「オルセリオはカッコいいなぁ」とずっと言っていて、愛馬という存在に憧れていた。
15歳になる少し前に「お前を貴族学院に行かせることはできない」と言われた。
裕福ではない子爵家だからな。それでも憧れが捨てきれず、ダメ元で愛馬がほしいと言ってみた。
父上に何かを頼んだのはこれが初めてのことだった。
そして冬。父上が領内の牧場に連れて行ってくれた。初めて2人で出掛けたけれど、終始お互いに無言だった。
「領主様!お待ちしておりました」
とにこにこと牧場主が頭を下げてくる。
「もうじき2歳になる馬が揃っているだろう。それを見せてほしい」
牧場主が馬を引き連れてくるのをワクワクしながら待っていた。
「これが今年の馬ですね。ゆっくり選ばれてください」
鹿毛に栗毛、どの子もツヤツヤしていて大事に手入れされているのが分かる。兄上のオルセリオのような尾花栗毛はいなかったけれど、どれも綺麗な馬たちだ。
その時、馬たちの背後から「ドドドドド!」と砂煙を上げながら走ってくる何かが来た。
「プブルルルルァァァァ!!!!」
異様な鳴き声とともにそれは立ち上がった。
白地に灰色の斑模様のその馬を見て
「俺の推し馬ー!!!!」
思わずそう叫んだよね。そしてふわっとしていた記憶がいくつか鮮明になる。
そうだよ!競馬だ!!俺の前世の趣味。
その中でもゴル……ゴルジだかゴルディが俺の最推しの馬だったんだよ!!
白地に灰色の斑だから芦毛じゃん!芦毛で二足で立ち上がって、このヤバめな感じって完全にそうじゃん!
「父上!この子がいいです!!この立ち上がっている馬がほしいです!!」
俺はめちゃくちゃテンションが上がっていた。父上の前で満面の笑顔だった。
「いや!この馬は!!……隔離していたのになぜ」
慌てる牧場主。
「……あ、やっぱ売れないですか?」
だよな、ゴル何とかって名馬だもんな……。
「そうなんです。この通り気性も荒く、毛色も不人気ゆえにとても貴族の方にはオススメできません……」
「貴族じゃなければ買えるんですか?」
父上が勢いよくこちらを振り向いた。
「貴族でなくても……ですね。かなり……手を焼いておりまして、食肉として出荷するほかなさそうなんですよ」
「食肉?!いやいやいや、私はこの馬を買いたいんですけど?!」
待って?!売れないってそういうことなの?
「父上!お願いします!!どうかこの馬を買ってくださいませんか?」
深々と頭を下げる俺。視界の端でめっちゃ困惑している牧場主。
「……お前がそこまで言うなら。本当にこの馬でいいのか?」
「この馬がいいんです!!むしろこの馬を見た後だともう他の馬は選べないです!」
俺は必死だった。馬も俺のことを先程から大人しく、じっと見つめている。
「出来るだけでいいから、自分で世話はしなさい。牧場主、息子はこの馬にするそうだ。準備を頼む」
「父上!ありがとうございます!!」
あの最推しの馬の名前は思い出せなかったけれど、名前は決めた。
「ゴルディアス!一緒に家に帰ろう!」
後ろでは牧場主が「領主様……いくらお支払いすれば……」とか言ってたけれど、父上が包んだお金を渡していた。
こうして俺のところへゴルディはやって来た。マジで運命の出会いだったと思っている。
◇──◇──◇──◇──◇
「ゴルディ、最初に会ったときからマジで大きくなったよなぁー」
帰宅した俺はゴルディの蹄の手入れをし、次はブラッシングをしている。薬店の入口から入店を知らせるベルが鳴った。
「あ、お客さん来たから続きはまた後でな!」
ゴルディをもう一撫でしてから店に向かう。
「いらっしゃい。俺より先に森を降りたのに来るの遅くね?」
にやにやしながら、店にやってきた冒険者3人組を迎え入れた。
前話で出てきた「させ」「逃げろ」は、競馬由来の応援用語。
「させ」
これは差し馬を応援する時の言葉。
レースの中盤〜後半まで中団や後方に位置していた馬が、最後の直線(ゴール前)で前を走っている馬をどんどん抜いていくーー そんな時に「させーっ!!」と叫びながら応援する。
要するに「抜け!追い抜け!勝て!」って感じ。
「逃げろ」
こちらは逃げ馬への応援。
スタートからずっと先頭で走っていて、後ろからどんどん迫ってくる他の馬に抜かれそうな時ーー 「逃げろーっ!!」と叫んで、先頭を守り切ってゴールしてくれ!という気持ちをぶつける。
どちらも競馬ファンの応援スタイルとしては定番なので、リシアンの記憶にこっそり混ざってた(・∀・)別に不穏な言葉ではないw
オルセリオとゴルディアスの馬名由来となったお馬さんは異母兄弟でマジで名馬。