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2話「兄上、今日も俺は元気です」

 拝啓 今は遠く王都へいる兄上へ

 

 兄上の夢だった精霊との対話。

 俺、できましたよ。「ィ゙ビルァ」が「おはよう」だそうです。

 「ィ゙」の発音のコツは気合いです。兄上も頑張ってくださいね。俺は連日、練習しました。

 一人暮らしのさみしいところがこんなところで活躍しましたよ。



 *──*──*──*──*


 ここまで書いて俺の手が止まる。

 うん。我ながらちょっと斜めに癖があるが綺麗な字である。尊敬する兄上への手紙だから丁寧に書いたというのもあるけれど。

 ……まだ、兄上から前の手紙の返事も来ていないのに送るのはどうなんだろうか。


 兄上はお忙しい方だ。何せ王城で医官として勤めているスーパーエリートなお方だ。

 平民の俺がいまだに兄上と手紙のやり取りがあるのも不思議な話である。

 兄上は優しい方だからな……。思えば最初から兄上は、兄上だけは優しかった。

 


 ◇──◇──◇──◇──◇


 俺の生まれは平民だ。

 でも、俺の父は貴族。所謂、庶子ってやつな。それでも母とともに平民として子爵領内で過ごしていた。

 そんな俺は六歳の頃にヴァルディリア子爵家に引き取られた。子爵家には子どもが一人しかいなかったらしい。で、貴族ってやっぱスペアっていうの?男児がもう一人できればいてくれたら……みたいなノリがあるよな?

 

 第二子はなかなか授からず、子爵家の嫡男が幼い頃から非常に優秀だったこともあり、親戚から養子にもう一人をという話も中々纏まらなかったらしい。

 あとヴァルディリア子爵家、田舎の領地だし貧乏だしでマジでその話が纏まらない。


 そこで俺です。オッサン……じゃなくて、父上がかわいい花屋の出入りの娘さんにちょっと手を出して爆誕した俺です。

 ……一応、慰謝料?的なのは母さんも貰ったっぽくて平民としてはそこそこ裕福に暮らしていたと思う。子爵がワンナイトなラブをするレベルだからな、母さんは綺麗な人だったよ。

 俺が五歳の時に、そんな母さんが男の人を連れてきた。


「リシアン、この人の前ではお姉ちゃんって呼ぶのよ?」


 そっと耳打ちされたときから俺は母さんの弟として振る舞った。母さんは俺のことを、16歳の時に生んでるからその頃は21歳か。まぁ平民的にはそろそろ結婚ってタイミング。

 2人は順調な交際が続き、結婚の話も出始めた頃。


 子爵家から息子を引き取りたいとの知らせがきた。

 母さんは困ったような笑みを浮かべながら「リシアンが選ぶ道を応援するから」って言うんだよ。

 当時、妙に冷めたとこがあった俺は「選ぶ道を応援するからって子爵家に行けって言ってるのと同じじゃね?」って思いながら「子爵家に行くよ」って答えた。


 口止め料……じゃなくて、謝礼金と引き換えに俺は子爵家に引き取られた。

 そこにいた初めて見る父上は、俺とよく似たタレ目に気が強そうな細めのツリ気味の眉だった。これが父親かと思いながら、父上と睨み合うことしばし。最初に口を開いたのは父上の隣りにいた兄上だった。


「君がリシアンくん?今日から僕が君の兄上だよ。レオナリスというんだ。よろしくね」


 そういってふんわり笑ったんだ。

 家を出る前の母さんのようなあの困ったような笑みでもなく、「慈愛ってこういことなんだ」っていうような優しい笑顔。


 この時、俺はハッキリ気が付いたんだ。

 あ、俺が歳の割に何か冷めてたり知恵が回るのって人生二回目だからかって。

 ただ、うっすらとある記憶とはどうやら別の世界線な気がする。

『社畜』『過労死ライン』『させ』『逃げろ』なんて不穏な言葉が浮かんだり消えたり。

 何だかとても便利な世界にいたはずなのに、とても疲れていた記憶がある。

 浮かんでは消える記憶の欠片に気を取られて、兄上に返事をしていなかった。


「リシアンくん?やっぱり緊張するよねぇ。とりあえず、座って?僕とお茶とお菓子を食べようね?」


 クリーム色のやわらかい金髪に淡い緑色の穏やかな目をしたその人はまたゆっくり俺に近付いて、手を引いてくれた。


「はい……ありがとう、ございます」


「固くならなくていいよ?僕らはずっと前から兄弟なんだからね。レオ兄って呼んでほしいなぁ」

 

 あれかな?天使か何かなのかな?

 俺は言われるがままに兄上とともにお茶を楽しんだ。

 今世では初めてのたくさんの甘いお菓子に俺は夢心地だった。


 父上?とりあえず俺の姿を確認しただけ。俺は兄上に手を引かれてそのまま退室したからその時は声も聞いてないな。

 継母上?何か俺に会いたくないみたいで部屋に引きこもってたよ。うん、気持ちはわかる。そこは仕方ねぇ。


 兄上が15歳で王立貴族学院に入学するまでの3年間。

 俺はほぼ兄上に育てられたといっても過言ではない。俺はうっすら?微妙に?前世の記憶っぽいのがあるから非常に要領がよかったんだが、兄上の優秀さはその比ではなかった。

 

 やっぱ貴族って違うんだなーとか思っていたけれど、貴族の中でも殊更に兄上が優秀なだけだった。

 兄上が進言してくれて、俺にも家庭教師がついたんだけど家庭教師よりも兄上から習うほうが分かりやすかった。


 学生の頃も兄上は長期の休みになる度、少しでもと子爵領に帰省してくれては俺を気遣ってくれた。

「困っていることはないかい?」「リシアンは大きくなったら何がしたいのかな?」と、兄上がいない子爵家では非常に肩身が狭かったけど「何も問題はないです。大丈夫ですよ」と返事をすると兄上はしばし考え込むようになった。

 

 継母上から「庶子のくせに」「貴方とレオナリスは立場が違うのですからね」と散々言い含められたこともあり、俺は兄上に敬語を使うようになった。

 

 呼び方も「レオ兄」から「兄上」に変わった。

 兄上は「リシアンは弟だから敬語で僕に話さなくていいんだよ?レオ兄って呼んでほしいなぁ」と言ってくれるけれど、「俺が今まで会った人の中で最も敬意を払える人物が兄上なので」と言った。嘘ではないし……。


「リシアンにそう言ってもらえるのは嬉しいけどさみしいなぁ。リシアンも大人になってきたってことなのかなぁ」


 そう話す兄上が妙におかしくて笑ってしまった。だって俺、その時10歳だよ?兄上はたまに抜けたところがある。

 


 ◇──◇──◇──◇──◇


 ちょっと思い出し笑いをしてから、俺は兄上から届いた手紙を見る。

 ……兄上、何で字だけは汚いんだろう。

 書いてあるのは俺を気遣う言葉ばかり。

 うん。兄上は忙しくて書けないかもしれないけれど、きっと俺からの手紙には目を通してくれる。

 俺は書きかけの手紙の続きを書くことにした。


 

 *──*──*──*──*

  

 兄上、俺はこの辺境の街で今日も薬師として元気に過ごしています。

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