第8話 追放勇者、対峙する【その3】
拡充収納術。荷物持ちの能力である。
旅には欠かせない荷物……回復アイテムに衣服、テントや食料。戦闘には欠かせない武器防具、それらの予備、修繕道具等々。
万全の道具を持ち運ぼうとすると、ただでさえ大荷物の上、旅先で購入物や、またダンジョンに一度探索に出れば、ドロップアイテムで文字通り手一杯になる。
そこで、多くの荷物を持ち運べる荷物持ちの出番だ。
彼らは荷物を運ぶ術──収納術と呼ばれる、多くのアイテムを効率よく持ち運ぶ技術に特化した冒険職である。
もちろん、荷物持ちも一応は冒険職であるため、一部の補助系の術や移動術などを使えるが、戦闘には向いていない。そのためほとんどの場合戦いには参加せず、また参加する場合も裏方に徹する。
また、荷物持ちとして習得した収納術は、他の職でも発揮することができるため、持ち物の上限枠を増やしたのち、別の、冒険に適した第二の冒険職に移行する人が、殆どである。
冒険職としてはいささか『地味』なことも重なって、ある程度の収納術を習得してすぐ転職される、正に『初心者向け』『駆け出し用』の職業と言われている。
では、荷物持ちの『スキルマスター』──荷物持ちを極めた先にはなにがあるのだろう。
実は、多くの冒険者が世話になっている『国営預かり所』の経営陣が、荷物持ちの『スキルマスター』である。国認定の預かり所を経営するために必要な能力なのだ。
「ある街で預けた荷物を、別の街の預かり所で受け取る」
これを、荷物持ちマスターは行えるようになる。
彼らは、契約を結んだ倉庫へ荷物を『転移』させ、また荷物から『転送』させることができる。次元を越えて別の場所へ移動させることができるのだ。国営預かり所は、認可を受けたものが巨大な『国の倉庫』と契約しており、世界中の冒険者の荷物がその倉庫で出し入れされている。
*************************
そして全ての道具のスペシャリストの道具師は、荷物持ちのマスターでもある。
勇者一行として旅をしていた際には、国の倉庫と契約を結んでいため、冒険で入手した荷物を取捨選択する苦労は存在せず、倉庫に片っ端から突っ込んでいた(たまに整理整頓しないと、荷物をどこに置いたかの本人すら判らなくなるのはご愛敬)。
正に『歩く倉庫状態』であったが、サックは、勇者を引退するに際して、この『倉庫との契約』を解いてしまっていた。魔王城の正面が最終キャンプ地になったため、必要な道具はすべて、そのキャンプ地に駐在に来た預かり所に預けたのだった。
そして、サックはつい今朝方、新たな『倉庫』を契約した。
憲兵詰め所の武器庫だ。サックは、武器庫のオーナー、つまりはジャクレイに使用許可を貰っていたことから、契約成立となった。
サックが一人で、この教会跡に出向く前に、メモを残してきていた。それはジャクレイに宛てられた、サックからのお願い。
『ありったけの武器、薬草、道具を、武器庫に詰め込んでくれ』
出し入れには一定の制約、特に、異空間転送を応用している関係上、倉庫から即座に取り出すことは難しい。そのため、普段使わないものを仕舞う、あくまで『倉庫』としての用途が正しい使い方だ。
しかしサックは、全能力もとい、全神経をフルに使って、ジャクレイが適当に押し込んだ荷物から薬効のあるものを成り行き任せに引っ張り出していたのだった。
手品師のように、手のひらにポンっと倉庫からアイテムが転送された。一見単純そうにみえるが、荷物が異空間を通じて別空間に転移しているという、魔術師も驚きの仕掛けを介している。しかも、サックは荷物の置き場や状態を全く把握していない。転送される荷物を途中で選別して、必要そうなものだけを選りすぐっている。
「……解析、転送、選別、そして潜在解放に、焼けた手の傷み……頭と腕が、ぶっ壊れそうだ」
能力を使うたびに、激しい頭痛に見舞われる。以前から違和感を覚えていたことで、どうやら道具師の力を使うと襲われるようだ。
「……そろそろ、『限界』だ……」
誰に語るわけでもなく。サックは呟いた。あながち冗談ではなく、サックは力の限界を迎えようとしていた。
サザンカの意識はまだ、戻っていなかった。




