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第8話 追放勇者、対峙する【その4】


 サックの手の先が一瞬だけ視認できなくなった。

 正に今、サックの右手が別空間を経由して武器庫にアクセスしていた。現状をさらに打開できる道具が収納されていないか、文字通り手探りでアイテムを漁っていた。


『その手かっ! その手かぁっ!』


 一瞬の違和感──サックの手が一瞬消えたことに、イチホが感づいてしまった。

 音にならない筈のイチホの声。しかしそれは心に強く大きく響いた。まるで鼓膜を破らんとするほどの絶叫と勘違いするほどだった。

 そして彼女の、動揺、憤怒、恨みといった負の感情に満ちていたことも感じられた。


『殺す! 貴様を殺す!』

 すると、殺意の念に溢れたイチホが、ゆっくりと立ち上がった。

 足は骨と筋だけで、筋肉などは既に無い。彼女が立ち上がり動くたびに、乾いた表皮がバリバリと音を立てて割れていった。ずっと動かずにいたためだろう。


(しまった! こいつ……)

 感情をそのまま持ったまま蘇った死者。この情報だけでも、十分予測はできていた。むしろ、サックの目にはチラチラと、視たくもない情報が映っていた。

 イチホは生前、死体の解体を趣味にして、事あるごとに『死』に触れ続けていた。彼女は自然に、死術師の領域に足を踏み入れていたのだ。そんな人物が、強い『生』への執着を抱いたまま死に、そして蘇った。死を超越した死術師の最高位は、こう呼ばれる。


(……死せる大魔術師(エルダーリッチ)っ!!)


『半身を抉り! はらわたを散らせろ!』


 立ち上がった彼女は、右手の掌を持ち上げ、サックに向けた。密閉された室内の空気が一瞬張り詰める。

 すると、充満する御香の煙が、イチホの掌に集まり圧縮されていくのがわかった。周囲の空気が、イチホの手のひらに集まっていたのだ。


『死風精(Dinw thaed)の(kna)悪戯(rp retsk)心よ( narp)……』


(不味い!!)

 呪文の詠唱だ。脳内に直接響く言葉の羅列からサックは、おおよその術の構成を理解した。

(風と……闇の術の複合術、しかも高位術の混合!)


『数多の(netfo)生命を( emoced)弄ぶ( efil)弾丸と( gniecreip)成らん(telluds‼)!』


 圧縮空気は真空を産み、さらに周りの空気を集めた。壁に灯ったろうそくは空気の流れに逆らえず立ち消え、部屋は暗闇に包まれた……ただ、サックが潜在解放(ウェイクアップ)させ【炎属性】を持った赤熱した鎖を除いて。誰の目から見ても、格好の的となってしまっていた。


 そして、イチホの手に集められた空気の圧縮は臨界を超え、異空間へ繋がる暗黒球を生成した。

 こぶし大の球の周囲は真空の刃を形成し、近づき触れれはあらゆるものを細切れにする。そして球体自体は、全てを飲み込み彼方へ消し飛ばす。

 触れれはあらゆるものを貫く、闇と風の高位術。


『死旋風炸裂弾(デスゲイル・バレット)!』

(……!)

 無情にも、赤く燃える鎖の下方。サックが吊るされている方角に、それは発射された。

 手を縛られ吊るされ、サックは全くなすすべがなかった。

 体を捻ったとしても、真空の刃が四肢のパーツのどれかを切り裂き、異空間へ引きずり込まれるだろう。

 絶体絶命である。


 が、幸運の女神は彼に味方した。


 イチホが術を発動した瞬間、サックの重さに耐えきれず鎖が焼き切れた。

 潜在解放(ウェイクアップ)による、道具の劣化が始まっていたのだった。


「うおっ!!」

 想定外のことにサックも声を上げた。うつぶせに地面に伏せる格好で落ちたため、背中をかすめるように死の弾丸は抜けていった。正に紙一重、ギリギリのところであった。


 真空の刃は部屋の壁にぶつかると、まるでゼリーを砕くかの如く容易に石壁に穴をあけ、破片は全て中央の闇の中に吸い込まれた。

 綺麗に、大人が通れるほどの真円の穴が出来上がった。

 外はまるで昼のように月が明るく眩しかった。穴から月の光が差し込み、部屋を照らした。


『くっ! どこまでも私を虚仮(こけ)にしおってぇ!』

 月明かりが差し込んだことで、サックはイチホの動きを視認できるようになった。

 イチホは、さらに右手を動かし、サックに向けたが、先ほどから動きが早くない。


(こいつ……エルダーリッチに『成りかけ』で、動くこと自体、慣れていないんだ!)


 ストレージから武器を抜くにはタイムロスがある。戦闘中に取り出すのには向かない。

 だとすればまずは、目下の『道具』を活用し隙をつくるしか方法はない。


「くらえっ!」

 幸い、サックは『こういう』戦いには慣れている。

 手に巻かれていた鎖は一部が焼け落ちていたため、簡単に取り外すことができた。

 サックは残った鉄の鎖を、イチホ目掛けて投げつけた。


「既に潜在解放(ウェイクアップ)による限界を越えている……とすれば、後は自壊するだけ!」

 赤く、炎を纏った鎖は朽ちる寸前に、無理矢理に引き出された力を爆発させた。


「爆ぜろっ!!」

 鉄の鎖は、イチホの目の前で粉々に砕けると同時に、崩れた際に生じた鉄粉が、眩しい光を発しながら燃え上がった。閃光弾と同じ要領である。


『う……うぎゃああああ!!!』

 唯一、『生』の活動を残した目を、激しい閃光が突き抜けた。急激な明かりの変化にイチホの眼球は耐えられなかった。朽ちた両の手で目を抑えながら悶え始めた。


 サックは、この隙に乗じ、武器庫(ストレージ)から武器をとった。咄嗟に、武器の柄のようなものを掴んだため、そのままそれを引き抜いた。


「……ジャクレイ、あんたのセンス、最高だっ!!」


 この武器庫(ストレージ)から持ってこられる武器のラインナップは、せいぜい、警備する衛兵に配られるような、量産品の『鋼鉄の剣』くらいのものを想定したサックであったが、手にした剣は、それを凌駕した、現段階では正に最適解の武器だった。


『白銀の剣』。

 材質の一部には邪を払う『銀』を使い、また刃を焼き入れに際しては聖水を用いる、一般的には出回りにくく、高位な聖騎士などのみが持つことが許されるレア武器だ。


 ジャクレイは、サックの残したメモから、ただならぬ気配を感じ取ったのだ。

 詰め所にあるありとあらゆる武器防具に、薬草や回復薬、聖水に万能薬。加えて、取り分け武器は、ジャクレイ秘蔵の武器含め、その場にある最高のものを揃え武器庫に突っ込んでいた。


「うおおお!」

 サックは、白銀の剣を掴み、イチホに向かって駆け出した。大火傷(やけど)を負っている両腕は表皮が焦げ既に感覚が麻痺し始めていたが、最後の力を振り絞っての行動だ。


『あいつは……あいつはなにをしている!』

 最後に頼っていた五感の目を潰されたことに、イチホは感覚の切り替えができていなかった。もし、ゾンビとして……エルダーリッチとして永くいたなら、五感をすぐに取っ払い、サックの攻撃に備えることができた。

 だが、まだイチホは『人間』だったのだ。人間として目を潰されたじろいでしまった。


(白銀の剣……潜在解放(ウェイクアップ)! 【光属性;浄化付与】!!)


 アンデッド特効効果を白銀の剣に付与し、さらに光属性を根底から引き出した。成り立てのリッチならば、致命傷を与えることができるほどの強烈な浄化作用を纏い、剣は白く輝き始めた。


 そしてサックは、両目を抑え悶えている動く死体の肩に目掛けて袈裟切りを放った。刃が肩に触れ入り込んだ瞬間に、さらに自分の全体重を乗せた、渾身の一撃だった。


 が。


 白銀の剣は、イチホの肩に刺さったものの、そこから刃が進むことは無かった。


 潜在解放によって限界を超えたアイテムは、例外なく粉々に砕け、使い物にならなくなる。

 例えそれが、伝説の武具や、勇者専用の装備品であったとしてもだ。

 そして、サックは今、その潜在解放(ウェイクアップ)の加減ができない状況下にある。

 勇者追放のあの時から……常に、サックは能力を使うたびに、その武器防具、道具の限界を超えた能力を与え続けるしかできなくなっていたのだが。

 その能力付与を行う、自分の体の負荷について、加減ができていないことに気付かなかった。


 限界を超えると、それは例外なく自壊する。


 彼の右手首が、音もなく粉々に砕け、朽ち落ちた。

 彼の腕は、能力を付与する『限界を越えた』のだった。



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