第6話 追放勇者、未来へ繋げる【その5】
「ここはホテルじゃないんだがな」
鉄格子を介して、ジャクレイが覗き込んだ。
だが、そんな揶揄を無視して、サックとサザンカは暫く抱き合っていた。
十分に、お互いの気持ちを分かち合った二人。
ゆっくりと体を離したのち、サザンカは、その当時『何があった』のか語り始めた。
「路銀が尽きてな。手っ取り早く稼ぐため、給仕の仕事をした」
まるで昔の事を語っているようであった。催眠で脳の思考が止まっていたこともあり、既に彼女の脳内では、遠い昔話になってしまっていた。
「その後は、皆の考え通り。慣れない仕事と都会の空気に飲まれたアッチらは、すっかり油断していた──あの御香とお茶の力に贖えず、飲み込まれた」
忍者であれば、警戒していれば避けることができた可能性がある。だが、それができなかった。なんらかの事情で、気が緩んでいたのか……。悔やみきれない大失態だ。
「……恥ずかしながら、アッチもヒマワリも……その……『給仕服』の可愛さに、浮かれてしまっていて……」
そうだった。彼女はすこし天然だった。
サックは頭を抱えた。
ただ、ほのぼの話はここまでだった。
イーガス家で行われていた惨事を、サザンカは語り始めた。
予想はできていたことだが、麻薬作用のある茶葉の販売、人身売買、さらには、一部の黒魔術や禁忌へ使用するためか、人間の臓器なども取り扱っていたようだ。
(あそこの小屋は、文字どおり『屠殺場』だったわけか)
イチホ=イーガスが生きた人間を弄んでいた風景を思い出し、さすがのサックも軽い身震いを覚えた。長旅をしていた関係上、様々な人間模様を見てきたが、奴はその中でも指折りの精神異常者だ。
そして、サックが現れ、彼女たちを解放した。
「その夜も、ヒマワリは下衆の相手をさせられていた」
「ああ、覚えてる……。あんまり見るのは悪いと思って、顔を見てなかった」
「ふふっ。サックは優しいんだな……誰かが炎を放ったか判らなかったが、煙に撒かれる前に、アッチはヒマワリを抱いて屋敷から出た」
その時に、サザンカは父親の遺体を見つけた。大きく腹を裂かれ、内蔵は弄ばれていた。
そして運悪く、その時にヒマワリが目覚めてしまった。まだ10を超えたばかりの子供に、目の前にある惨劇は刺激が強すぎた。
「アッチも、父の死体を見て気が動転していた。暴れるヒマワリを宥め、炎と煙から逃げるのが精一杯だった」
淡々と語っているようであったが、サザンカの手は震えていた。
サックは両手でサザンカの手を覆い被せた。
「その時、外から……『勇者様』が現れた」
サザンカの表情が曇っていく。
「月明かりに照らされた『左手』に、花弁の痣があった」
左手に浮かぶ花弁状の痣。本物の勇者の証だ。
そして、サックは『左手』に痣のある人物を知っている。残念ながら、彼の推理は当たってしまった。
「勇者様は、その後、燃える建物に入っていった。驚いたことに、炎が彼を避けているようだった」
「……」
「だが……」
「? どうした?」
サザンカは申し訳なさそうな顔をした。
「ここから、記憶がない」
「全くか?」
「ああ……勇者様の『そこで待ってなさい』の一言から、記憶が跳んでいる」
すると、サザンカはサックから手を離し、頭を押さえた。軽い頭痛が彼女を襲っていた。
「すまぬサック」
「無理するな。ありがとう、サザンカのお陰で『倒すべき相手』の目星はついた」
サックは彼女の肩に手を回し、今度は、サックの腕がサザンカの頭を包むように抱きしめた。
「ありがとう、少し落ち着いた」
「それは良かった」
「……なあ、サック。ヒマワリの様態はどうなんだ?」
ヒマワリは今、女性憲兵によって介抱されている。男性を全く寄せ付けないという意志が強く、男性陣は遠巻きに眺めるしかなかった。
「妹の、壊れた心、治すこと出来るか?」
「……任せろ、『大丈夫』だ」
「心強いな……アッチが見込んだ男なだけある」
すると、安心しきったのか、サザンカはゆっくり寝息をたて始めた。
急激に記憶を呼び戻したため、脳が疲労したんだろう。と、サックは分析した。
「……嬢ちゃん、寝たのか」
「ああ。また今夜も、ここで寝かせていいか?」
「ホテルじゃねーんだが、仕方ねぇ。妹さんの問題もあるからな」
牢の外から一部始終を覗いていたジャクレイに声をかけ、サックはゆっくりと、サザンカをベッドに横たえた。会話する前に比べて、顔色は良くなった気がする。
「ジャクレイ、どこまで聞いていた?」
「申し訳ないが、ほとんど耳に入ってきていた。その『勇者様』ってこともな」
「なら話が早い」
サックは牢屋から出た。魔法と物理の多重ロックの鍵を掛け、鉄格子越しにサザンカの寝顔を伺い、その場をあとにした。
本当はヒマワリの様子も確認したかったが、あまり刺激しては危険と判断し、見送った。
「ジャクレイ、まず、今回の黒幕は確定だ。七勇者が一人、『神福、ボッサ=シークレ』」
「耳を疑ったよ」
「そして、新聞屋のクリエが、彼を追っている」
牢屋のある地下からあがる階段を登りながら、ジャクレイに話しかけていた。
「なんだ、なら丁度いいな」
「ああ。彼女は勇者を探索する能力持ちだ──それと、これも頼む」
ジャクレイの懐からメモ帳とペンを失敬し、サックはサラサラと何かを書きなぐった。
「これは……?」
「薬の原料。ヒマワリの心的外傷用──というより、『記憶消去の薬』だな」
彼の説明に、ジャクレイは何かを察した。
「記憶を消すって、よっぽどヒマワリの心的外傷は根深いのか」
「ああ。完治させるには、この荒療治しかない」
「……酷だな」
「そうだな」
「準備はする。背負いすぎるなよ」
そういうと、ジャクレイは服のポケットにメモを押し込んだ。
そして2人は、クリエが待っているはずの総隊長室の扉を開けた。
しかし、彼女の姿は見えなかった。
「あれ? トイレか?」
「……嫌な予感がする」
違和感を覚えたサックは、踵を返し詰所の入り口に向かった。
入り口には門番よろしく、受付の憲兵が人の出入りを注視しているはずだ。
「なあ! クリエ──ええと、小柄な女性はどこ行った? チェック柄のジャケットと、あとメガネをかけた、金髪に赤いインナーの髪の……」
「え、ええ、見ました見ました! 私、有翼種の方を初めて見ましたよ!」
受付の憲兵が、少し興奮気味に返答した。
有翼種は、女神に一番近しい種族とされており、個体数は圧倒的に少数だ。
まるで本物の女神に出会えたかのように息巻く憲兵を宥め、サックは、改めて聞き返した。
「ちょっと緊急なんだ。彼女は、どの道を歩いていった?」
しかしこの、サックの質問にはなんの意味もないことを、彼自身も理解していた。
受付の気分が高揚してるということは、彼女が目の前で『翼を出した』ということだ。つまり、
「道? いえ、あの方、美しい翼を生み出して、ふわっと上空に舞い上がって……」
「……消えた、ってか」
ええ、と、受付が頷いた。
(あいつ、先走りすぎだ! この状況で、ボッサが説得できるわけがない!)
なんとか彼女の行方を追おうと、サックは外に飛び出したが、もちろん彼女に追い付ける訳もなく。
サックの心情をあざ笑うかのように、焼けるほど赤くギラつく夕日が街を照らしていた。




