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第6話 追放勇者、未来へ繋げる【その4】

「いやだああぁぁ!! 来るなぁぁっ!」

 地下牢に向かっていたサックとジャクレイの耳にも届く、女の子の叫び声。

 この声には、二人とも聞き覚えがあった──ヒマワリの声だ。


「何があった!!」

 ジャクレイは牢に向かう階段を駆け下り、大声で叫んだ。

 彼女たちの身に何かあったのか。サックも大急ぎで、ジャクレイの後についていった。


「ジャクレイ隊長! あまり刺激しないで!」

 ヒマワリは、女性の隊員の胸に抱かれていた。激しく肩を震わせ、大粒の涙を流した跡が顔に残っていた。


「一体……どうした」

 困惑するジャクレイ。彼が近づこうとするも、ヒマワリは体全体を使って逃げようとした。

 それを女性隊員が優しく押さえつけ、柔らかな声で宥めていた。するとヒマワリは少しだけ、落ち着きを取り戻した。


(……心的外傷(トラウマ)か……!)

 サックは瞬時に、ヒマワリの症状を分析した。

「心の上辺を包んでいた暗示が解けて、深層部分の心的外傷(トラウマ)が戻ったんだ」


 暗示で蓋をされていた中身まで、サックは見ることはできていなかった。

 ヒマワリが持つ忍者固有スキル『隠密行動』の所為でもある。


「現状を鑑みると……男性への恐怖心がトリガーになってるな」

「は? つい先日、一緒にパフェを食った仲だぞ?」

 しかし、実際にジャクレイや男性の憲兵が近づくと、ヒマワリは殺意むき出して威嚇し、激しく怯えた。まるで野良猫のようであった。


 女性の憲兵ではその症状が出ないことから、彼女の介抱をお願いした。別の牢に移ってもらったことで、少し落ち着いたようだが……。


「ヒマワリからは、まともに話は聞けなさそうだ」

「ショックだな……あんなに優しい娘が、こうも豹変するか……じいちゃん悲しい」

 いつからオマエの孫になったんだ、というツッコミ待ちだったのだろう。

 サックはそれを無視した。


「……妹が、騒がせてしまったかな」

 牢屋に設置させられたベットには、サザンカが座っていた。

 彼女は上半身を起こして、サックたちのほうを伺っていた。


「サザンカ」

 サックは自ずと、彼女の名前を呼んだ。サザンカのほうには、ヒマワリのような副次効果は現れなかったようだ。


「サック……だいぶ、アッチも覚めてきた。少し話し相手になってくりゃれ?」

 サザンカは優しく微笑んだ。血色は悪くなさそうだが、やはり催眠を受けたあとということもあり、精神的に気落ちしてるように見えた。


「……もちろん、喜んで」

 サックは近くにあった椅子を待ってきて、彼女のベッドの横に座った。


 彼女から、謎の宗教団体の情報を少しでも得たい。

 無論、その腹積もりだったが、サックは今、素の彼女と話せていることが嬉しかった。


「体調はどう? あまり無理はしないで」

「まだ少し、頭が重い。けど、今なら主(ぬし)の顔がよく見える」

 彼女が手を伸ばし、サックの頬に触れた。サックはそれを忌避することなく受け入れた。


「……イーガス家。アッチらが日雇いの給仕に入った屋敷だ」

「やっぱりそうか。君はあの時の『メイド』か」

 こくん、と、弱々しくサザンカは頷いた。


『あの時』のメイド──ニオーレに招かれた屋敷で、サックを客室に案内し、その時に薬で眠らされたあのメイド。


「薬を盛られ朦朧としてる中、主の頬に走る、光る痣が目に焼き付いた」

 そういうと、サックの頬をまた撫でた。ちょうど、花弁状の痣が浮き出る箇所だ。

 屋敷にいた際に、サックの痣に気がついていたのだ。それが強く記憶に焼き付いていた。


「俺ももっと早く思い出していれば」

「サックは何も悪くない」

 ふっ、とサザンカが笑った。自虐を含んだ笑い方だ。


「……あの時、ヒマワリは家主に弄ばれてた」

「……」

 知りたくなかった情報だ。あのニオーレの父親は、相当な小児性愛者だったようだ。


「何度も何度も、あの下衆に呼び出され、夜の相手をさせられていた……だが、薬に囚われていたアッチは、何もできなかった」

 サックの頬に触れた手に力が入る。しかしその手は小刻みに震えていた。


「君は何も悪くない、何も悪くない」

 意趣返しだ。サックは震えるサザンカの手を両手で包んだ。優しく、あたたかなサックの手は、サザンカの怯える心をほんのり温めた。


「……すまん、サック。アッチの無力さが情けなくて」

 暖かさに包まれた手とは対照的に、サザンカの頬は涙で冷たく濡れていた。

「それにアッチは……勘違いで、主(ぬし)を殺そうとした、許してくれ」


 サックはさらに強く、サザンカの手を握った。

「大丈夫、オレは『勇者』だ。その程度では死なないよ。現に生きている」

 にかっ、と、笑顔をつくりサザンカを宥めた。


「ありがとう……サック」

「やっと、笑ったな」

 サザンカは開いていた左手を、固く握られているサックの両手に被せた。重なる手と手。サックは自然に、サザンカの左手も握りしめた。


「全ては、あのイーガスが元凶だ」

 旅人や出稼ぎを、私利私欲のためだけに操り、薬漬けにしていた。

 麻薬になりうる紅茶や御香の生産に加え、当時の口ぶりでは、人身の取引──人身売買も担っていたと思われる。


「精神障害を受けたあとだと、強い刺激になる質問は苦しいかもしれない」

 イーガス家のあの一件の前後で何があったのか。当事者に聞くのが一番だ。だが、無理矢理に思い出させることは、彼女への相当の負担になる。


「かまわんね。アッチは今、主(ぬし)と一緒だからな、旦那様……」

「……ん? 『それ』は有効なのか?」

「アッチが、主に惚れたのは本心じゃよ、何も偽りはない」

「えーと、ちょっと急すぎて心の準備が」

「『儀式(でぇと)』は終えておるぞ……それとも、やはり、アッチの手は汚れすぎか……」


 サザンカはゆっくりと、サックの手を解いた。彼女は忍者として暗殺を生業としていたのは確かだろう。多くの人間を、彼女は殺めている。


(……ええい、ままよ!)

 サックは決意した。


 離れ行くサザンカの手を掴み、強く自分の胸に引き寄せた。

 急に引かれたため、サザンカは上半身ごとサックの胸に飛び込む形となる。

 サックは、サザンカの体の後ろに手を回し、強く抱きしめた。


「ばっかやろう! オマエは俺に惚れたんだろ! だったら諦めんな!」

「さ、サック……!」

「一回掴んだものは、絶対に放すな。一度勝ち取ったものは、強請りづづけろ」

「サック、それって……」

「ああ、サザンカ、君が良いなら。オレは……」


 さらに、サックはサザンカを強く、強く抱きしめた。

 もう二度と、離すまいと。


「オレは君と、添い遂げる」




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