第5話【エピローグ】
ジャクレイが陣頭指揮を取ってくれたお陰で、事はスムーズに進んだ。
すぐに憲兵たちが医者を呼び、さらに、サックに気を利かせて多量の薬品を持ってきてくれた。
サックが使用するアイテムの効果は何倍にも膨れ上がる。気つけ薬などで窮地を凌ぎ、サザンカ、ヒマワリとも心音が安定してきた。
「……ここはホテルじゃないんだが、仕方なしか」
そして詰所の牢屋に、彼女たちを運んだ。
ふたりぶんの寝床を急造し、鉄格子の中で寝かせることにしたのだ。
急に意識が覚醒した際に、彼女らが暴れない保証などどこにもない。一番、彼女たちにとっても、サックたちにとっても安心な場所である。
「……」
静かに寝息を立てるサザンカを、鉄格子越しにサックが覗いていた。彼女の寝顔はとても穏やかであった。
「サック、何か分かったか?」
ジャクレイの呼びかけに、サックは我に返った。サザンカの寝顔に見とれていたのだ。
「あ。ああ……。ひとつ、心当たりがある」
「……父親殺しのか?」
「そういう冗談はよしてくれ──『オレが恨まれる』心当たりだよ」
そういうと、サックは腰に巻いた革のホルダーから、幾重にも折られた薬包紙を取り出し、ジャクレイの前で開いた。
「葉っぱ? これは紅茶の葉か?」
「ああ、ただの紅茶の葉っぱだ。だけど、彼女たちはこの紅茶の香りや色で、記憶がフラッシュバックしていたみたいだ」
元々仕込んだ破邪の宝玉の効果の暴走に加えて、彼女たちの記憶を混濁させる『トリガー』になった、と、サックは推測していた。
「ヒマワリには、宝玉の効果は届いていなかったが、床にこぼれた『紅茶』の匂いを嗅ぎ、凝視した瞬間、昏睡した」
「紅茶がきっかけねぇ。てんで意味が解らん」
「あとは、服屋で感じた『匂い』だ」
「呉服屋か? 何かあったか?」
「あの時、サザンカの髪から、かすかに御香のにおいがした……催眠香の残り香だ」
なんと、と、ジャクレイが驚いた。確かにサザンカがくるくる回った際に、いいにおいがしていた。
「そして、『紅茶』と『御香』、俺への『恨み』。この三つでつながる人物がいる」
薬包紙を乱暴に包み直し、サックはポケットに押し込んだ。
「ジャクレイ、頼みがある。『イチホ=イーガス』という人間についてできるだけ情報を集めてくれ」
「……! ミクドラム火災の行方不明者か!」
話が早い。サックはコクリと頷いた。
「ソイツが生きていれば、オレへの復讐心は相当なものだろう。それに……茶葉の在庫は処分したが、奴の『加工場』は全く手を付けなかった」
今更ながらの後悔だ。当事者が全員亡くなれば、秘密の加工場も自然に忘れ去られるだろうと思っていたのだ。
だが、彼女は『生きている』。どうやって生き延びたか全く判らないが、状況証拠から推測するに、イーガス家の紅茶の影響が考えられた。
サックはさらにポケットからいくつかの紙の包みを取り出し、空中で混ぜ合わせた。
「急造だが、催眠を解く御香を調合した。後で炊いておいてくれ。かなり根深いところまで侵されているから、2~3日かけてゆっくり『治療』させたい。それと……」
またなにかサックがやろうとしたことを、ジャクレイが制した。
「病み上がりが無理するな。へばっている時にいろいろしても、良い結果は生まれないぜ」
「……でも、彼女たちは、オレのせいで」
「何もするな、とは言ってない。『一旦休め』ってこと。お前さん、『力を制御』できてるのか?」
くっ。と、サックの顔がゆがむ。
ジャクレイは普段、飄々としてはいるが、見ているところは見ている。
サックの『潜在解放』についても理解をしてもらっている数少ない人物だ。
「逃げやしないよ。ここの牢屋は最新鋭。物理+魔法+付与術の3重ロック機構だ。たとえ忍者でも、道具使いでも、この鍵を開けることはできないだろ?」
「……」
ジャクレイの言う通り。この鍵は非常に強力なロックがかけられ、おそらくサックでも、鍵無しで簡単に開けることはできないレベルの錠だった。
「一旦休め。一晩ゆっくり寝て、今よりさらに良い策を考えよう。お前さんが寝てる間に、夜勤の連中使って、イーガスの所在を調べさせてやるからさ」
そうジャクレイがいうと、ウィンクを飛ばしてきた。50歳のおじさんウィンクは正直キモイが……何故か心強かった。
その後サックは、言われるがまま、ジャクレイが用意してくれた安宿に連れていかれた。
半ば強引に部屋に連れ込まれたが、ベットで横になると突然睡魔に襲われた。やはり疲労が蓄積していたのだ。
(悔しいが、一回休もう。明日、改めて治療法と……イチホ=イーガスの居場所を突き止める)
決意を固めた次の瞬間には、サックは深い眠りに落ちていった。




