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第6話 追放勇者、未来へ繋げる【その1】

 翌日になっても、彼女たちは目覚めなかった。牢の中では、昨晩にサックが調合した御香が焚かれており、鼻に抜ける独特な臭いが充満していた。


「……」

 サックは鉄格子を挟み、サザンカの顔を覗き見た。時折、何かにうなされているようで、顔を僅かに歪めたりしていた。

 すぐ横のベッドでは、ヒマワリも寝息を立てていた。彼女のほうは比較的、穏やかに眠りに着いていた。


「お、早くからお勤めご苦労さんっ!」

 早朝からサザンカたちの見舞いに来ていたサックの後ろから、デリカシーのない一言が飛んできた。ジャクレイだ。


「……」

「す、すまん、そんな怖い顔をするなよ」

 いつになく、サックは苛立っていた。ジャクレイも、これほどまで感情を露にしたサックはあまり見たことがない。


「お詫び……じゃないが。昨日の依頼の品だ。受け取れ」

 するとジャクレイは、左小脇に抱えていた紙の束をサックに押し付けた。

 長方形に揃えられたそれは、短辺側で紐で綴じられていた。


「イチホ=イーガスの所在か!」

 サックは受け取った紙束、もとい、捜査報告書を見た。が。


「残念ながら、居場所は不明。ミクドラムの憲兵の奴ら、買収がバレるのが嫌でか、捜査は穴だらけ。分かってるのはこれだけだ」

 紙には、『イチホ=イーガス、所在不明』の一文のみで、残りは、彼女の紅茶についてと、秘密の加工場の場所について書かれていた。


「加工場の場所は分かったのか」

「……このページだな」

 横からジャクレイが、レポートを数ページほど送った。そこには、写真機で撮られた小屋とその中身が記されていたが、写真には、空室の小屋が映っていただけだった。


「もぬけの殻……か」

「綺麗さっぱり、持ち出されてたらしい。おそらく在庫の葉っぱもな」

 ギリッ、と、サックが歯を食いしばった。


「俺があの後、加工場(こっち)まで対処していれば……」

 御香の効果か、少し寝息が落ち着いてきたサザンカとヒマワリの寝顔を見て、何度も過去を悔やむサックであった。


 そんなサックを見かねて、ジャクレイが話しかけた。

「サック、『後悔』は此くらいにしておけ。悔やみは遺恨を残し、自らの足を引っ張るだけだ」

「分かっている」

「分かってねーよ。するなら『反省』だろ。反省し、二度と同じ過ちを起こさせるな」


 *********


『皆、『後悔』はここまでだ。同じ間違いを二度と起こさせない! 『後悔』を『希望の糸』に変え、これを未来に繋ぐ!』


 *********


 勇者イザム──七勇者のリーダーの言葉を、サックは思い出した。


 極寒の街『イリサーヴァ』。

 魔王の城からは少し離れた街で、サックたち七勇者が数日の間、世話になったことがある。


 その街は、勇者たちが離れた翌日、魔王の右腕と称される三鬼神たちによって、たった一晩で壊滅させられた。


 人類、そして勇者たちへの見せしめであった。


 イザムは悔やんだ。いや、その場の七勇者全員が悔やんだ。

 一旦街を離れ、翌日に戻ろうとしたら、全てが失くなっていたのだから。


 絶望に打ちひしがれ、後悔の念に苛まれたその場の空気を、先のイザムの言葉が変えた。

 彼は、他の勇者が持たない『真の勇者の心』を持っていたのかもしれない。人類の希望たる心構えは、他の勇者とは違っていた。


「……そうだな、ジャクレイ。これを糧に、未来に繋げないとな。とにかく、まずは彼女たちの治療と、真相解明が先決だ」

「ふん! やっと目が覚めたか『勇者様』」

「よせよ、オレは引退済みだ」


 イチホ=イーガスの行方は分からなかったが、秘密の加工場の中身がすべて無くなっていた事実は、彼女の生存と、今回の原因であることを明確にした。

 彼女は一体どうやって、あの窮地から生き延びたのか。


「……誰か『協力者』がいる可能性は?」

 サックは、ジャクレイに聞いてみた。イチホに手を貸した、例えば憲兵などがいるのではないか。

「その線なんだが、これを見てくれ」

 サックに渡した紙束を一旦ジャクレイが引き取り、ページをめくってサックに見せた。


 そこには、新聞記事の切り抜きが貼り付けられていた。そして見出しはすべて、『偽勇者』に関係するものだった。


「彼女ら、お前さんを『偽勇者』と決めつけてただろ? で、『勇者』に助けられたとも言っていた」

「パンケーキ屋での会話だな。確かに言っていた」

「それって、『逆』なのかなと思ってな、少し調べてもらった」

「なるほどな」


 つまりは、サックは『勇者』であることは間違いないが、彼女たちサザンカとヒマワリを保護し、紅茶で偽の記憶を植え付けたのが『ニセモノ』というわけだ。


「オレの暗殺を指示した『ニセモノ』と、イチホ=イーガスが無関係とは言い難い」

「ああ、で、特に気になったのが、この二つの記事だ」


 まずは一つ目、と、ジャクレイが紙束からその部分を抜き外した。

 その記事の切り抜きの見出しには、こう書かれていた。



『追放勇者、教団を設立か』



「いかにも、売り目的で書かれたゴシップ記事の見出しといった感じだな」

 サックの性格では到底起こしえない内容だ。ついサックは鼻で笑ってしまった。


「最初はそう、俺も思った。アイサック=ベルキッドは、陰キャで狡猾でむっつりでカリスマ性もない。こんな男が教団を作るなんて、豚が火起こしするくらい不可能だ」


 今の言葉をしっかり胸に刻み、女神の後はコイツをぶん殴ろうと心に決めたサックであったが、その気持ちを知ってか知らずか、ジャクレイはもう一枚の報告書を見せた。


「だがな、この宗教団体……ここ数日で、信者の数の伸びが異常なんだ。見てくれ」

 報告書には信者数のグラフが示されていた。憲兵たちが集めたデータで構成されている数値だったが、素人目から見ても、グラフの立ち上がり方には違和感しかなかった。


「これは……」

「今、詳細は調査中だ。ただ非常にきな臭い。最初の記事を書いた新聞屋も、今はここの地下で寝ている」

 サックは、ジャクレイの皮肉に気付いてしまった。ここの詰所の地下最下部は、霊安室になっている。


「コイツは……ビンゴかもな」

「もう一個気になる記事がある。こっちも見てくれないか?」

 ジャクレイは、もう一枚の記事をサックに示した。



『追放勇者、わいせつ物所持で逮捕!』



「……」

「……」

「……これは……違うな」

「いや、この記事が書かれた日は、ビルガド西部の詰所火災があったんだ」

「……いや、違うよ」

「オレは、この火事も偽勇者が関与しているのではと睨んでいる」

「……関係ないヨ」

「この火事に併せて、兵の何人かが逮捕されている。上層部は何かをひた隠しにしているようなんだ」

「……」

「衛兵が何らかの関与が考えられる。可能性はゼロではない」

「ゼロだ。可能性はゼロだからこの記事から離れようジャクレイ」

「! どうしたサック! 目が血走っているぞ! 何か知ってい……る……」


 ジャクレイの目がうつろになり、ゆっくりと膝から崩れ落ちた。

 サックは、ジャクレイの死角で薬品を調合し、それを撒いていた。




「……寝たな」

 サックは、倒れたジャクレイが昏睡したのを確認すると、手早く、落ちた報告書から『わいせつ物事件の部分』のみを抜き取り、服のポケットに丸めて押し込んだ。


「『意識混濁』と、『記憶消去』の薬だ。ごく少量だから、数分の記憶が飛ぶ程度さ」

 ぼそりと、独り言のように呟いた後、サックはジャクレイの肩を揺すった。


「おい、ジャクレイ! 大丈夫か!」

 すると、朦朧とした意識の中、ジャクレイが覚醒した。まだ目はぼんやりとしていた。


「……あれ、オレ、意識飛んでたか?」

「大丈夫かジャクレイ、急に倒れたぞ。徹夜で疲れが出たんじゃないか?」

 さも心配そうに、ジャクレイに手を差し伸べるサックであるが、コイツが元凶である。


「まいったな、寄る年には勝てねぇなぁ」

「いろいろ情報をありがとう。一旦休んだほうがいい」

「……なんか忘れているような……いや、これも疲労かもな」

 頭を抱えるジャクレイ。だが、サックはそれを良しとしなかった。


「あまり深く考えるな、頼む」

 思考しすぎると頭痛が悪化する、だから考えるな。という意味にもとれる懇願。

 サックはジャクレイに肩を貸しながら、牢屋を後にし休憩室へと向かったのだった。



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