報告と厳しい訓練
アルマガルムが自宅にやって来た翌日、ゼウシアの近衛兵達が訓練する訓練場にて、訓練が始まる前に千博はグスタフの元に行き任務の報告を行なっていた。
「……と言うわけで、後半はほとんどミーツェに任せっきりになっちゃいました……。すみませんでした。」
恐らく先に戻ったミーツェから任務については色々と聞いているはずだと思うが、もう一度自分の口で説明し、千博は頭を下げた。結果的に秀人を護衛すると言う任務は完了した訳だが、半分くらい秀人のそばを離れていた。つまり、任務のみを見れば、千博の行動は任務放棄に近いと感じたからだ。千博の謝罪を聞いたグスタフは目を閉じ、腕を組んで少し沈黙する。
「……チヒロ、今回の任務についてだがな、俺はお前の行動を非難するつもりはない。むしろ個人的にはよくやったと思ってる。」
「でも……」
「あぁ、上手くこなせなかったって思ってるんだろ?そう思える事はいいことだ。任務について、本来重要なのは依頼人の要求に応えることだからな。今回お前は確かにアサクラの側を離れることもあった。これはあいつの許可を取ってやったことだ。で、結果的にお前の行動はアイジスの助けとなった。だが、アサクラがお前が離れることを許可しなかった場合、お前はアサクラの指示に応えなきゃいけねぇ。分かるな?」
そう言ってグスタフは千博の肩に手を置く。千博は頷いた。
「……よし、それが分かったんなら大丈夫だ。それより、今回も大活躍だったみてぇだな。ゴラン将軍とザックから聞いたぜ?」
そう言ってグスタフは千博の肩に置いていた手を背中に回し、バンバンと叩いた。
「あ、ありがとうございます。ただ、色々と厄介なことにはなっちゃいましたけど……」
「がはは!確かにな。まぁそれについては俺らも協力するからよ。……そんなことよりも、だ……」
声のトーンを下げ、千博の肩に手を回し顔を近づけるグスタフ。その行動からあ、また始まるな、と千博は何かを察して額に汗を浮かべた。
「お前、ミーツェに何をしたんだ?こっちに戻ってきてからやけに機嫌が良いんだが……」
「い、いえ、特に何もしてないですけど……っ、ち、近いですってグッさん!」
グスタフの言葉に思い当たる節もなかったので首を横に振ると、グスタフに顔を覗き込まれる。
「……そうか?けどまぁ、あの娘が嬉しそうなのは事実だしな。ミーツェに聞いても詳しく教えてくれねぇしよく分からんが、とりあえず褒めてやる。よくやったぞ、チヒロ!」
じっとしばらく見られた後、そう言ってグスタフは親指をぐっとたてて見せた。とりあえず怒られたりしなかったので千博は安心する。なぜミーツェは機嫌が良かったのか千博には分からなかったが、深くは考えなかった。そして、アイジスから戻ったミーツェから話を聞いたフェリスが、頬を膨らませて羨ましがったのを千博は知る由もなかったのだった。
「で?アルマガルムは今お前ん家にいるのか?」
「はい。ライラとステラと一緒です。」
「その、2人と一緒で大丈夫なのか?」
今日から訓練が再開するが、流石にアルマガルムを連れてくるわけにもいかないので家にいてもらうことにした。ステラとライラと一緒にいるが、大人しくしてくれているといいのだが。
「えぇ。血の契約で人間に危害は加えられませんから2人は大丈夫ですよ。あと、アルマガルムに何かあれば俺に伝わるらしいです。」
「伝わる?なんだそれ、どうやって伝わるんだ?」
「えーっと、よく分からないですけど、お互いに助けを求めるとこの指の輪っかに何か変化が起きるそうです。」
そう言って千博は親指を見せた。その付け根には赤い指輪のような模様が浮かんでいる。血の契約を結んだ時にできたものだ。
「まぁ、お前の家にアルマガルムがいる事を知ってるやつなんてほとんどいないしな。アルマガルムの身に何か起きることはないだろう。それにしても、随分奴を信用してるんだな。」
「そうですね。確かに初めは敵同士でしたけど、理由があったみたいですし。それに、なんとなくですけどしばらく一緒に居た感じだとそんなに悪い奴じゃない気がするんです。話せば分かり合えるっていうか。」
実際、いろいろと文句は言うがアルマガルムは言う事を聞いてくれているのだ。まだ心を開いてくれているとは感じないが、もう少し話してみればお互いにもっと理解し合えるような気がした。昨日は少し失敗してしまったが、残りの1ヶ月でゆっくり仲良くなれたらいいと千博は思った。
「そうか。まぁ、前向きなのはいいことだな。よし、それじゃ報告は十分だ。訓練に戻れ。」
「はい、それじゃお昼にまた!」
グスタフに任務の報告を終え、挨拶すると千博は先に訓練場で待っているであろうボア仙人のもとに向かうことにした。
ーーーーー
「よし、それじゃ昨日言っておったように今日は魔法を使わん闘いで色々としごいてやろう。」
「はい、よろしくお願いします。」
ボア仙人と合流した千博は、早速訓練に取り組み始めた。しかし、今までとは違い、今回は魔法を使わないで闘う手段を教えてもらう。これを教えてもらおうと思ったきっかけは、魔製丸の副作用で魔法が使えなくなった経験と、アイジスでの実戦経験だ。魔法に頼らず純粋に戦闘力を上げられればいいし、戦闘技術が高まることで魔拳もより応用が利くと思ったのだ。
「話を聞く限り、お主は剣術を極めるよりも体全体を武器にする格闘術の方が向いていそうじゃ。まぁ、魔拳とは本来魔法と拳法を組み合わせたものじゃから丁度いいんじゃがの。それで、修行方法じゃが……」
そう言いながらボア仙人は羽織りを脱いで身軽な服装になった。そしてコキコキと関節を鳴らし体を動かし始める。何か嫌な予感を千博は感じた。
「お主は覚えがいいからのう。いちいちワシの型を教えるのも面倒じゃし、実際にワシと組手をしてその中で覚えてってもらおうと思うんじゃ。」
「な、なるほど。確かに、1ヶ月後にはフローガに行かないと行けませんし、その方が実戦経験を積むって意味でもいいかもしれませんね。分かりました、お願いします。」
なんだかんだでボア仙人と手合わせをするのは初めてだった。今までは魔拳の「魔」の方を教えてもらっていたが、いよいよ「拳」の方も本格的に教わるわけだ。ボア仙人から戦闘について教えてもらうのはこれが初めてだが、ボア仙人が来るまではグスタフに組手の相手をしてもらっていた。
(体の動かし方はある程度は分かる。でも、グッさんと組手してた時は魔力を使ってたしな。……魔力を使わない、魔力に頼らない自力での闘いか。)
こちらの世界に来てから戦いにおいては魔力に助けられっぱなしだった。しかし、万が一また魔力が使えないような時が訪れるかもしれない。そんな時でも、大切な人たちを守れるようにしなくては、と千博は拳を握って構えた。
「あ、それと言い忘れとったがの。お主、ワシと闘う時は視力の強化を使うようにするんじゃ。」
「え、でもそれじゃ本末転倒なんじゃ……」
ボア仙人から魔力を使うことを推奨され、千博は困る。視力の強化を使ってしまっては魔力に頼った闘いになるのではないのか。
「ほぉっほぉっほぉ。そう思うかもしれんが、これは効率的な手段なのじゃ。魔拳の拳法の部分において重要なのはいかに速く、しなやかに動くかという事。力強さには魔力を使うからの。じゃからまずはワシの速さについて来られるようになることじゃ。」
「速く、しなやかにですか。でも、視力を強化したらついていけるようになりますけど……」
「ほぉ、言うのう。じゃ、好きにやるとよいぞ。まぁ、やってれば分かるじゃろう。見えることと動けるようになることは違うのじゃからな。では、行くぞい。」
そしてボア仙人がぐっと腕を伸ばして伸びをしたかと思うと、その場から姿を消した。
(なっ?!何処に……)
急いでボア仙人の姿を探すが、見当たらない。まさか秀人のように姿を消せるのではないか、と言う考えがよぎるがそれはすぐに解消された。
「ほら、言ったじゃろう。見えないじゃろ?」
「ぐはっ……?!」
声がしたかと思うと右の脇腹を鋭い衝撃が走った。続けて足、腕、腹と、全身に痛みが走る。
(嘘だろ?!速いなんてレベルじゃないぞ!これは本気のライラの数倍早いんじゃ……。何発殴られたのかも分からなかったぞ?!)
痛みに耐えれず地面に膝をつく。しかし、確かにこれで分かった。視力の強化を使わなければ訓練にさえならない。
「大丈夫かの?まだまだ始まったばかりじゃが。」
「だ、大丈夫です。今度はちゃんと視力を上げます。」
千博は魔力を目に集め、視力の強化を行う。これで動体視力も数倍に跳ね上がった。
「うむ、じゃ次行くぞい!」
今度はボア仙人が動く様子を見逃さないように注意して見る。動体視力も上がったお陰で確かにボア仙人の動きは見えた。が、
(っ、間に合わないっ……?!ていうか、速すぎるっ!)
ボア仙人の攻撃してくる位置、軌道は見える。しかし、その一つ一つが繰り出されるスピードが速すぎて防御、回避が間に合わなかった。一つ攻撃を防いだと思ったら二箇所攻撃をくらうと言った感じだし、防戦一方で攻められない。
「ほぉほぉほぉ!ワシの凄さを少しは思い知ったかの?ほれ、どうした、そんなもんか?」
「くそっ……」
千博はボア仙人の攻撃を防ぎながら顔をしかめる。確かに、最近ボア仙人についてただのすけべなお爺さんというイメージが強かったが、本来の姿はこちらなのだ。
(身体中が痛い……!確かに、ボアさんは凄いな。俺なんかとはレベルが違いすぎる。)
千博がふらつくのと同時にボア仙人が攻撃の手を止める。息を荒くする千博とは対照的に、ボア仙人は息一つ乱れていない。
「これで分かったじゃろう。見える事と動ける事は別じゃ。じゃがな、お主は運が良いのじゃぞ?視力を強化しながら闘えるくらいの魔力量を持つものなどそうおらん。本来なら見えるようになる事から始める所を、先に動けるようになる所からできるのじゃから。動けるようになれば自ずと視力もついてくるようになるじゃろうからな。」
「そうか……そのための視力の強化か。なるほど。」
「どうじゃ、まだ魔力は残っとるのじゃろう。体が動くならまだ続けるか、それとも少し休むかの?」
ボア仙人は千博の様子を見て尋ねる。確かにこの訓練方法は効率的だった。短期間でボア仙人の動きについてこれるようになるかもしれない可能性があるからだ。しかし、これは荒療治のようなものでもある。訓練相手が魔拳の一流の使い手である時点で、体が壊れてしまうのが先かもしれないと言うリスクもあるのだ。それを知っていたボア仙人は千博の様子を見て、体を気遣ったのだ。
「何言ってるんですか……まだたったの2回しかやってないんですよ。少なくとも、昼までは粘ります!」
「……ほぉほぉ、その息じゃ。」
しかし、千博は拳を握って構え直す。それを見てボア仙人は嬉しさとともに、無理をさせないようにしなければいけないと心に留めた。千博の熱意は評価できるが、無理をして体を壊されては元も子もない。
「それじゃ、続けるぞい!気合いを入れるんじゃぞ!」
「はい、お願いします!」
こうして千博はボア仙人とともに新しい修行を始めたのだった。そして訓練は千博が視力の強化に集中できなくなってきた頃終わり、2人は休憩も兼ねて昼食を取りに行く事にした。
ーーーーー
千博が食堂に着くと、久しぶりに顔を出したこともあり近衛兵達からアイジスでのことについて色々と質問された。特に多かったのはやはりアルマガルムについてだ。アルマガルムについては倒した後、フローガへと戻ったことになっている。千博の家にアルマガルムがいることを知っている近衛兵は、班長達やゴラン将軍、ザック兵長など限られた者達だけだ。これは混乱を起こさないようにするためでもある。アルマガルムとの戦いなどについて詳しく教えてくれと質問されることが多かったが、なぜかそれに次いで多かったのはミーツェとのことだった。
「な、なぁ。ミーツェちゃんと2人きりで任務だったんだろ?何かあったか?!」
「くそっ、なんでお前ばっかり……」
そんな質問をしてくる奴が何人かいた。嫉妬の目を向けてくる者達を見て、やはりミーツェは人気があるんだなと認識すると同時に、そのミーツェに好きと言ってもらえたことに千博は照れくさくなった。
「いや、何もないって!任務なんだからそれに集中してたよ。」
そう言って千博は弁明した。本当は休みの日に本屋に行ったりしたが、3人だったし何もなかったのは事実だ。しつこく聞いてきた兵士達もそれを聞くとしぶしぶ帰っていった。
「あ、チヒロ見っけ!」
と、入口の方から元気の良い声が聞こえてくる。噂をすればというやつだろうか。振り返るといつものメンバー、グッさんとミーツェ、フェリス、ラッセルが居た。フェリスとラッセルに会うのも久しぶりだ。千博が4人の方へ向かうと、フェリスが駆け寄ってきた。
「チヒロ、無事だったか!全く、守護竜と戦ったと聞いて心配したぞ……って、どうしたんだその傷は!痣だらけではないか!」
「久しぶり、フェリス。はは、大丈夫だよ。これは訓練でちょっと怪我しただけだから。」
心配そうにするフェリスに千博は笑いかける。それにしても、こんなに訓練でぼろぼろになるのはグッさんとの訓練以来だ、と千博は懐かしく思った。
「よう、チヒロ!うわ、ひでぇ怪我だな。何したんだよ一体。」
ラッセルにも体を心配される。一方的にやられないとしないような怪我の仕方のためよけいに心配されるのだろう。
「ボアさんとちょっと厳しい訓練をしたんだ。大丈夫だよ。」
「もー、無理しちゃダメだよ!あとでちゃんと医務室行ってね?」
そう言ってミーツェが千博に腕を絡める。それを見てさっき落ち着いたはずの兵士達に一気に殺気が戻った。
「お、おい!ずる……いや、やめないかミーツェ!チヒロは怪我をしているのだぞ!」
「あ、そっか。」
フェリスに注意されてミーツェは千博から離れた。少し離れていただけだが、この感じも懐かしいものだ。全員揃って食事を受け取りに厨房の方に行き、ボア仙人とも合流して久しぶりにみんなで席に着いた。ボア仙人はまた食堂のおばちゃんと酒の交渉をしていたらしい。そして全員が揃って食事を取り始めた。家でご飯を食べるのも良いが、賑やかなところで食事を取るのも楽しい。それに、久しぶりにみんな揃ったので会話も弾んだ。
「それでね、チヒロが……」
話題はやはりアイジスでの事が多くなり、ミーツェが自慢げにアルマガルムとの戦闘の事を話し始めると周りには他に食事していた兵士達が集まって、ミーツェを囲うようにして話を聞きにきた。ラッセルもそれを興味津々で聞いている。ドラゴンとの戦いは珍しいらしく、みんなで盛り上がって楽しそうだ。もう話を知っている他の3人はと言うと、ボア仙人とグッさんは千博の今日の訓練について話し合っていた。フェリスは千博の横で食事をしている。
(……あ、そうだ。)
そして、この状況を見て千博はフェリスに言わなければいけない事があった事を思い出した。丁度2人で話せる状態になっているので都合がいい。
「なぁ、フェリス。今度の休み、空いてるか?」
「え……あ、あぁ、空いてるが。どうかしたのか?」
「よかった。それじゃあさ、2人で町に出かけないか?」
少し声を小さくして千博はフェリスに尋ねる。すると、フェリスの顔が一気にぼっと赤くなった。
「へ……そ、それは……」
「まぁ、嫌じゃなかったらの話だけどさ。ほら、一回俺が待ち合わせに遅れた事があっただろ?その埋め合わせでさ、今度は俺から誘うって言ったよな。それを今度の休みにどうかなって。」
時間は空いてしまったが、まだあの時の埋め合わせをしていなかったことを気にしていた千博はフェリスを誘う。
「嫌なものか!もちろん行かせてもらう!」
「そうか、よかった。それまでに色々考えとくから、その日は一応1日空けといてくれるか?」
「あぁ、任せておけ!ふふっ、楽しみだな。覚えていてくれて嬉しいぞ。」
フェリスは千博を見て微笑む。その可愛らしさに千博はどきっとした。
(ほっ、よかったぁ。女の子を遊びに誘うって小さい頃以来なかったしな。断られなくてよかったけど、これは気合い入れて頑張らないとな。)
あの時のお詫びをするという意味でも、ちゃんとフェリスに楽しんでもらえる計画を考えねばと千博は早速考え始めた。
「ふふっ、やったぁ……!」
そのため、隣で小さい声で嬉しそうに呟くフェリスには千博は気づかなかったのだった。




