帰宅と団欒
守護竜アルマガルムとの戦いから3日ほど経ち、千博はようやくゼウシアへと帰る許可を得られた。朝倉秀人の護衛でアイジスへと来ていたはずが、大陸の守護竜アルマガルムとの戦闘に協力し、そして今、守護竜と血の契約を結んで協力関係になっている。そのせいで、アルマガルムとの戦いや、魔物を食い止めるために協力した時は本来の護衛任務を仲間のゼウシアの兵士達に任せてしまっていた。アルマガルムと和解した後も、今度はアルマガルムと契約した者ということでアルマガルムの近くを離れるわけには行かず、護衛はミーツェに任せることになってしまった。その間、千博はアルマガルムとアイジス城から離れた軍の駐屯場で待機しながら、ゼウシアから飛空艇でユリア女王がやって来たことによりゼウシアとアイジスの両首脳の会談にも参加した。そして現在、アルマガルムの引き取り先がゼウシアに決まったことでやっと家へと帰ってこれたのだ。久しぶりに家の玄関に馬車で帰ってきて、扉の前で固まっている。予定より数日遅い帰宅に、また心配をかけてしまったなと気まずい気持ちが込み上げてくるせいでドアを開けづらいのだ。また、理由はそれだけではなかった。
「ほう、ここが貴様の住処か。悪くない。どうした、中へ入らんのか。」
その理由とは、今まさに隣で家を眺めながら尋ねてくる女性のことだった。白銀の髪をもち、透き通った美しい肌をした女性、フローガ大陸の守護竜アルマガルムだった。
「いや、入るよ?ただ、お前のことどう説明しようかなって思って……」
千博は返事をしながら考える。アルマガルムを千博の家におくと決まったのは昨日の話だ。ユリア女王とフランツ国王の話し合いにより、アルマガルムはゼウシアに滞在することになった。理由はいくつかあるが、アイジスはアルマガルムのせいで発生した魔物に多くの損害を受けたため、恨みを持つ者も多いからということや、契約はあるといえども万が一のことに備えた場合、戦力的に優れているゼウシアの方が対応できるだろうということなどが挙げられる。また、契約を結んだ千博がゼウシアの国民であることなども考慮に入れた上での決定だった。
(まぁ、そこまでは良かったんだけどな。問題はその後だよ……。)
千博は思い出しながらため息をつく。ゼウシアに滞在が決まった後、ユリア女王達が考えたのはアルマガルムのより詳細な滞在場所だ。千博との契約があり、人間に手を出せないことは分かっているとはいえ、アルマガルムを放っておくわけにもいかず監視がつけられることになった。しかし、普通の兵士が監視につくのでは心許ないと意見する大臣達が多く、誰が監視につくべきかが問題になった。そして、この時会議に当事者として参加していた千博が言った言葉がユリア女王が決断を下すきっかけになったのだ。
『ふむ……チヒロ、君はどう思う?監視はどのように行うべきだろうか。』
『えっ、俺ですか?!』
ユリア女王とゼウシアの大臣達に囲まれた中で緊張しながら話を聞いているところに、突然話を振られて千博は思わず声を出してしまった。血の契約のことを聞かれてからはずっと話を聞いているだけで、正直話の内容も難しいことばかりで眠くなってきていたところだった。皆の視線が集まり、千博は注目を浴びる。
『え、えーっと……。俺は別に監視なら誰がやっても同じだと思いますけど。俺が結んだ血の契約の影響でアルマガルムは絶対に人間を傷つけられませんから。……あ、でも、そのせいでアルマガルムが危ない目にあうことがあるかもしれないんです。だから、監視につけるのならアルマガルムの状況を利用して攻撃したり、危害を加えたりすることのない人が適任だと思います。』
そう言い終わると、大臣の多くはぽかんとした顔で千博を見た。しかし、それはこの場にいる者達にとっては普通の反応だった。国を、国民を守ることを考える者達にとって、アルマガルムの身を心配する千博の意見は違った切り口のものだったからだ。だが、ユリア女王は千博の考えを聞いて微笑んだ。
『なるほど、確かにそうだな。我が国の中にもアイジスでの出来事でアルマガルムに良くない印象を持っている者はいることだろう。彼等がアルマガルム殿を襲っても、彼女は反撃できない。そのような事になって、例え一時は敵対していたとはいえども、大陸の守護竜を失うわけにはいかないからな。』
ユリア女王の言葉に千博は頷いた。敵だったとはいえ、本来はアルマガルムはフローガ大陸に欠かせない存在なのだ。それを殺してしまうようなことが起きてはフローガ大陸の魔物の生態系は崩壊し、大陸が滅んでしまうかもしれない。大臣達も女王の考えに頷いた。その様子を確認すると、ユリア女王は再びにっこりと笑って千博を見た。しかし、その笑顔は先ほどと違い、どこか悪戯めいたものを含んでいるように感じて千博は嫌な予感を感じる。
『それなら監視に適任な者に1人心当たりがあるな。そうは思わないか、チヒロ?』
『えっ、いや、俺は……』
女王に見つめられ、あたふたとする千博。しかし、周りの大臣達も女王の考えを汲み取り初めて口々になるほど、それはいい考えだなどと呟く。
『君の言った条件を聞くと、君が最適なように感じるぞ?それに、君相手なら彼女も大人しくするだろうし、彼女にとっても君なら安心だと思うが?』
『う、そ、それは……』
ユリア女王に言われて千博は言い返す言葉が見つからなかった。確かに自分はアルマガルムを傷つけたりしないし、自分相手ならアルマガルムもある程度は言うことを聞いてくれるかもしれない。それに、アルマガルムに対して自分が守ると言ったことを思い出すと、他の人に監視を任せるのは無責任な気がしてきた。
『……わかりました。うちで預かります。』
『ふふっ、その言い方だとまるで猫か犬の様だな。安心してくれ、定期的に近衛隊からも様子を見にいかせよう。』
こうして、結局自分の言った発言が元でアルマガルムを自宅に迎え入れることとなったのだった。
(……まあ、確かにこれならアルマガルムの安全は守れそうだしな。ただ、ステラとライラは大丈夫かな……。)
自分もいるし、アルマガルムがステラやライラに何かすることはないだろう。ただ、初対面に近い相手とこれから暮らす事になるし、アルマガルムはまだ人間に対して心を開いていないというか、棘のある発言をしがちだ。2人とも優しいから大丈夫だとは思うが、しばらくの間上手くやっていけるだろうか。
「何をぼーっとしている。忘れていないだろうな、貴様らのせいでワタシは休養が必要なのだぞ。突っ立っていないで早く中へ……む?誰かこちらへ向かってきたようだが。」
「え、嘘?!」
アルマガルムの言葉に、考え事をしていた千博はハッと我にかえる。確かに玄関に向かって足音が聞こえてきていた。そしてすぐに玄関の扉が開く。
「ほら、やっぱりチヒロの匂いだった。やっと帰って……」
「チヒロさん、お帰りなさい!よかった、ご無事そうでなによりで……」
扉が開き、出迎えてくれたのは数日ぶりに顔を見る、犬耳メイドのステラと同じくメイド服を着た虎耳のメイド、ライラだった。千博の顔を見るなり2人とも満面の笑みで出迎えてくれたが、迎えの言葉は千博の隣にいる女性を見て止まる。
「ほう、貴様、下僕がいるのか。なかなか良い身分なのだな。」
「んなわけないだろ!2人は俺の仲間で、家族みたいなもんだ!」
2人を見るなり下僕と呼ぶアルマガルムの言葉を千博は否定するが、アルマガルムは少しも聞いていない様子で開いた玄関から中へと入っていく。その後ろ姿をステラとライラはきょとんとした目で見ていたが、すぐに千博の方に向き直って千博に詰め寄った。
「チ、チヒロさん、あの方はどちら様ですか?!とても綺麗な方でしたけど……ま、まさか……」
「……チヒロ、どういうこと?」
「お、落ち着いてくれ2人とも!ちゃんと説明するから、まずは中に入らせてくれ!」
凄い勢いで問いかける2人にたじろぎながらも、千博はなんとか久々の我が家に足を踏み入れる。そして、先に入ったアルマガルムと一緒に4人で食堂に行くと、椅子に座ってアイジスでの出来事を説明した。
「え、え?ということは、こちらの方がフローガ大陸の守護竜様なのですか?」
受け入れがたい真実にステラは慌ただしく犬耳と尻尾を振った。ライラも目を丸くしてアルマガルムを見ている。無理もない。守護竜がここにいるのも驚きなのに、それが人の姿をとっているのだ。
「そういうわけだ。傷が癒え、力が戻るまでここに居させてもらう。せいぜいワタシのために働くとよいぞ。」
「あ、またそういう態度をとる。言っただろ、人間と仲良くするようにしろって。」
紹介が終わり、2人に挨拶をするかと思えばまた棘のある態度をとるので、千博はアルマガルムに注意する。実は、アイジスの駐屯場でアルマガルムといる間、沈黙が気まずくて色々と話しかけていたら、契約で攻撃されないこともあって割と砕けてアルマガルムと話せるようになっていたのだ。アルマガルムの方は不服そうだったが、すでに諦めたようだった。
「別によかろう。こやつらは貴様の下僕なのだろう。誰かに仕える人間がこの様な服装をすることくらい、ワタシとて知っている。」
「いや、だから違うんだって。2人は……」
「いいえ、間違っていません!私はチヒロさんのメイドですから!」
「……私も。チヒロの奴隷。」
アルマガルムの言葉を否定しようとすると、今度はなぜかステラとライラに言葉を遮られた。2人とも力強い目でアルマガルムに宣言する。確かに形式上は2人の言う通りだし、2人には世話にもなってるけど、下僕となんて思っていないのだが。しかし、2人を見たアルマガルムはほら見ろと言わんばかりにこちらを見た。これはのちのち説明しなければいけないなと思いつつ、千博は話題を変えることにした。
「はぁ、まあとりあえず、そういうわけでしばらくの間アルマガルムがうちで暮らすことになるからよろしくな。ステラ、アルマガルムをどこか空いてる部屋に案内してあげてくれ。」
「はい、分かりました。アルマガルム様、こちらです。」
部屋までの案内をステラに頼むと、アルマガルムはステラを見た。そして食堂を出る前にチヒロの方を振り返る。
「全く、貴様もこの娘を見習え。ワタシは守護竜だぞ。もっと敬うがいい。」
「わかったよ。それじゃ、部屋でゆっくり休んでくれ。アルマ様。」
「なっ、お、お前!!」
千博は食堂の出口までいくと笑いながらそう言って見送る。アルマガルムは怒った様子でこちらに何か言っていたが、気にせずにライラの正面に座り直す。失礼な物言いをさせると言うのがどう言う気分かこれで分かっただろう。まぁ、別に悪意があったわけではなく、どちらかといえば親しみを込めた愛称のようなつもりだったのだが。
「……チヒロ、怖いもの知らず。でも、アルマ様って呼びやすい。」
「はは、そうだな。許してもらえたらそう呼ばせてもらおうか。あ、それより、2人にお土産があるんだ。」
アルマガルムを見送ると、千博は荷物からアイジスの本屋で買った本を取り出した。他にも、アイジスから帰るときに協力してくれたお礼の印としてフランツ国王からもらった名物のお菓子やワインなどもある。千博とライラは戻ってきたステラと3人で、アイジスでの話をいろいろと交えながら、久しぶりに3人で団欒の時間を楽しんだ。
「おーい、ステラちゃん。遊びに来たぞい……って、なんじゃ。チヒロ、帰ってきとったのか。」
「あ、ボアさん。久しぶりです。」
しばらく3人で色々と話したりした後、部屋で寝ていたアルマガルムが腹が減ったと起きてきたので、少し早めの夕食にしようとしていた時だった。玄関から当たり前のように食堂に入ってきたのはボア仙人だ。席についている千博に気づくと隣に座る。
「俺がいない間、2人の様子を見に来てくれてたらしいですね。ありがとうございます。」
「ほぉっ、ほぉっ、ほぉ。良いんじゃよ。お礼にステラちゃんのご飯が食べれたからのう。」
千博はまずお礼を言った。先程千博が留守の間の話も聞いていたが、何回かこうしてボア仙人がやってきてくれていたようだ。もしかしたら、グッさん辺りが頼んでおいてくれたのかもしれない。ライラの暴走も無かったようなので安心した。
「それにしても、酷い目にあったみたいですね、ボアさん。」
そして、笑いながらボア仙人に言う。すると、ボア仙人は腕を組んでむすっとした表情になった。
「全くじゃわい。ライラちゃんはもう少しお淑やかになった方が良いと思うんじゃが!」
「……あれは、あなたが悪い。」
調理場の方から聞こえてきた声にボア仙人はビクッとなる。声をかけたのはライラだ。
「そ、そうは言ってものぅ。あんなこと、老人のワシにしていいことじゃないぞぃ……。」
その時のことを思い出したのか、ボア仙人は頭を抑えて震えた。実は千博が留守の間、ちょっとした事件があったらしい。ある日家にやってきたボア仙人が、調理場で食事の支度をしているステラに気づいた。いつも通りスケべ心が働いて、こっそり近づいてステラの尻を触ろうとしていたのだが、夢中になりすぎていたようだ。後ろからやってきていたライラに気づかず、完全に不審者と間違われたボア仙人は背後から思い切り股間を蹴り上げられたらしい。話を聞いて、悶絶するボア仙人と、何が起きたかわからず困惑するステラ、お手柄といった感じで胸を張るライラを想像して千博は笑ったものだ。
「変態だと、思った。」
「合ってるぞ。この人は変態だから。よくやったライラ、偉いぞ。」
「いやいや、それにしても容赦無さすぎじゃし、チヒロはワシが師匠であることを忘れとらんか……?」
ライラを褒め、ボア仙人の言葉に千博はそっぽを向く。それならば、ボア仙人にも千博の師匠であることを忘れないでもらいたいものだ。褒められたライラは嬉しそうに虎耳をぴこぴこ動かした。男として痛みは十分理解できる。その分、ボア仙人のも今回の件で少しは懲りただろうと千博は思った。
「……のぅ、チヒロよ。そんなことよりこちらのすんごい美人さんはどちら様なんじゃ?」
前言撤回だった。反省したかと思ったボア仙人だったが、今度は千博の正面に座るアルマガルムを見て頬を緩める。千博はため息をつくが、説明したらどんな反応をするのか少し楽しみだった。千博はつまらなさそうに話を聞いていたアルマガルムに自己紹介するよう視線を向けると、やれやれといった感じでアルマガルムは口を開いた。
「ワタシの名は守護竜アルマガルムだ。氷結竜とも呼ばれているがな。」
「……へ?アルマガルムじゃと?またまた、お嬢さん、面白い冗談を……」
まさか目の前にいるのが本当に守護竜だとは微塵も思わず、ボア仙人は笑いながら千博とアルマガルムを見る。しかし、アルマガルムは真剣な顔だし、千博も冗談を否定するように首を振ってみせた。それを見てボア仙人は表情を変えてアルマガルムを見る。
「……確かに、今は本調子じゃないようじゃが、凄まじい力を感じるのぅ。まさか、本当にそうなのか?」
ボア仙人に尋ねられ、千博は頷く。
「ほう、大した奴だな。他人の魔力の流れを感じ取れるのか。貴様、何者だ?」
すると、ボア仙人の言葉に興味を示したアルマガルムがボア仙人に尋ねる。アルマガルムが自分から人間に興味を持つことは珍しかったので、千博は流石は仙人なだけあるなと少し見直した。が、
「ワシの名はボア・ソン。魔拳を編み出した大仙人じゃ。……それにしても美人じゃのう。疲れておるのじゃろう、良ければワシがマッサージをしてやろうかの?どうじゃ、気持ちええぞ〜?」
そう言って手をワキワキとさせている。千博は見直したことを後悔しそうだった。警戒するでもなく、いきなり下心を働かせる様子に呆れを通り越してもはや感心しそうだった。アルマガルムの正体を知ってこんな反応ができるのはこの人くらいだろう。ライラは冷たい目でボア仙人を見ている。アルマガルムはと言えばこれまた珍しく椅子を後ろに引いてボア仙人から離れた。
「おい、なんだこの男は……。氷結竜と呼ばれたこのワタシが寒気を感じるとは……。」
「遠慮することないぞぃ。ほれ、こっちへ、まずは手を出すのじゃ……」
「っ、えぇぃ、近づくな!おい、チヒロ!こいつをワタシから遠ざけろ!今すぐだ!」
「ボアさん、それ以上やったらご飯は無しですよ。」
アルマガルムに言われて千博はボア仙人を止める。ステラのご飯を話に出すと、ボア仙人は大人しくなった。それ目当てで来てるのは分かっているから簡単だ。ボア仙人はしょうがないのうと言って席へ着く。アルマガルムも席に着いたが警戒の目を向けていた。守護竜にここまで警戒されているのはすごいが、警戒のされ方が何とも言えない。そんな事をしていると、ステラが出来上がった料理を運んできた。ライラと千博もそれを手伝い、配膳が終わるとみんなで食事を始めた。
「それで、アイジスはどうじゃったチヒロ。魔物とも戦ったのじゃろう?」
食事をしているとボア仙人に尋ねられる。千博は、ボア仙人にアイジスで魔物の群れと戦った事、アルマガルムと戦ったことなどを簡単に説明した。
「ふむ、聞いた限りではやはりお主は魔拳が向いておるの。剣の腕よりそちらを磨く方が良いじゃろうな。それにしても、あの雷魔法をそんな威力で放つとはのう……。」
説明が終わると、ボア仙人は髭を触りながら言う。そう言われて千博も確かにそうかもしれないと思った。剣を使って戦うよりも、拳で直接魔法を打ち込んだりする方が魔力の多さは活かせる。ただ、一度魔法が使えなくなった事を思い出すと、魔法を使わないで戦えるようにもなっておきたいとも思った。
「できれば魔法を使わない、格闘術みたいなのも習って行きたいんですけど……」
「ふむ、そうじゃのう。では、今度からはそういった修行も取り入れるかの。」
今回の経験で色々と学んだり思った事をボア仙人と話していると、アルマガルムがじっとこちらを見ているのに気づいた。ちなみに、アルマガルムにはスプーンとフォークの使い方は教えてある。まだぎこちないが、アイジスにいる間に教えた時よりかはまともになっていた。
「……あの魔法、貴様がチヒロに教えたのか?」
アルマガルムはボア仙人に尋ねる。あの魔法、というのは雷魔法の事だろう。
「いや、そう言いたいところじゃがあれはワシが教えたわけではない。チヒロが勝手に編み出したのじゃ。未だに信じられんわい。」
ボア仙人は肩を竦めながら否定した。それを聞くとアルマガルムは今度は千博を見る。
「チヒロ、貴様、どうやってあの魔法を使えるようになったのだ?あれを使える者を、ワタシは1人しか知らなかった。なぜ貴様はあれを使える?」
「なぜ、か。そう言われてもな。」
質問され、千博は答えに困る。なぜなら、雷魔法とアルマガルムやボア仙人が呼んでいる魔法は電気を知っている千博だからこそイメージが浮かびやすいものだったからだ。電気を知っていて、なおかつあのボア仙人の荒療治を受けたことがこの魔法を使えるようになったきっかけだ。こちらの世界には電気という概念が無いようだから雷魔法を使える人はいないようだが、原理的には他の《変換》による魔法と同じなのだ。とりあえず千博はこの事を説明してみた。
「……?つまり、貴様はそのデンキというものが雷と同じであり、デンキというものをイメージする事であの魔法を使えるようになったと言うのか?」
「あぁ、そう言う事だ。」
説明するが、案の定アルマガルムは首をかしげる。やっぱり、電気が分からないとイメージするのは難しいようだ。
「まぁいい。それより、あの魔法はどれくらい使えるのだ?あの威力のものをあと何度放てる。」
「うーん、そうだな。あれくらいだったらもうちょっと上手くやれば全部で3回くらいかな。ただ、それをやるときっと身動き取れなくなると思うけど。」
「……?!そ、そうか。」
質問に答えるとアルマガルムは驚いた様子で手元のスープに目を落とした。スプーンですくうが、手が震えていて上手くいっていない。まだ慣れていないのだろうか。そして、一口スープを飲むとふぅと一息つく。
「……予想以上だな。人間に力を求めるなどとは思ったが、ワタシは間違っていなかった。チヒロよ、フローガでは存分にその力を示すが良い。」
「どういうこと?」
アルマガルムが意図する意味が分からず千博は尋ねる。しかし、本当は薄々気づいていた。フローガ大陸からアルマガルムがやってきた理由。そして、帰ることができない理由。ゴラン将軍が質問した時に、アルマガルムは過剰な反応をした。何か面倒なことがフローガ大陸で起きているのではないかと言う事を感じていたのだ。
「……認めたくはないが、ワタシだけでは太刀打ちできん相手がフローガにいるのだ。奴らを倒すために力を貸せ。」
「……!」
そして、表情を曇らせ、苦虫を噛み潰したような顔で悔しそうにしているアルマガルムを見て千博は理解した。アルマガルムがなぜこの大陸に来たのかを。
「てことは、アルマガルムはそいつらから逃げてここまで来ることになったのか?」
「っ、口にするな!」
千博が尋ねると、逃げるという言葉のところでアルマガルムはドンッと机を叩いて立ち上がり、千博を睨んだ。その勢いにステラは肩をびくっと震わせ、ライラは身を固めている。
「……まぁまぁ、落ち着くんじゃ。チヒロもデリカシーがないぞぃ?言葉は選ばんとのぅ。」
「そ、そうですね。ごめん、アルマガルム。別に悪気があったわけじゃないんだ。」
ボア仙人はアルマガルムを落ちつかせようと言葉をかける。千博も場の空気を和らげるために素直に謝った。
「……話は終わりだ。」
しかし、機嫌を損ねてしまったのか、アルマガルムは一言残すとそのまま食堂を出て自分の部屋へと帰ってしまった。残された千博はため息をつく。
「……ふむ、なかなか守護竜というのは気難しいものなのじゃのぅ。」
「そうなんですよね……。協力関係にあるんだから仲良くしようとしてるんですけど。」
まだ数日の付き合いだが、まだ心を開くまではいっていないらしかった。どうも、フローガの話になると気が立ちやすい。自分がやる事を聞いておきたいが、それにはまだまだ時間がかかりそうだと千博は感じた。
「彼女の様子からするとなかなか厄介なことが起きていそうじゃのう。ま、一月先の話じゃ。何がきても大丈夫なようにワシがお主を鍛えてやるわい。」
「ありがとうございます、頑張ります。」
アルマガルムから聞けた話ではまだ詳細は分からない。だが、あのアルマガルムが苦戦した相手がフローガ大陸にいるという事は確かなようだ。恐らく対峙することになるだろう相手の事を想像しつつ、千博はアルマガルムの消えていった食堂の出口を眺めた。
薄暗く広い部屋の中に薬品や道具が並んだ棚が存在し、数十もの大きな水槽が並べられている。まさに実験室といった雰囲気の部屋だ。その部屋の中に1人の男と女が2人いる。男の方は眼鏡をかけ、頬が少しこけていた。体は細身で、水槽の1つの前に立って水槽に繋がったチューブから何か液体を加えているようだ。そして、その様子を見る2人の女のうち、1人はオレンジがかった色の髪をした17、8歳くらいの少女でつまらなさそうに欠伸をしている。髪は短く、額には金色の輪状の装飾品をつけている。もう1人はまだ幼く、10歳くらいの少女のようで、ウェーブのかかった長い茶髪をもち水槽をじっと見つめていた。分厚い本を抱きしめている。少女が見ているのは正確には水槽ではなくその中身で、水槽の中には得体の知れぬ生物が眠るようにじっとしている。
「くひひ。よしよし、いい調子だ。この子達が生まれるのが楽しみだなぁ、そう思いませんか?」
男はにやりと笑い後ろを振り返る。
「あ?知るかよ。興味ねぇな。」
オレンジの髪をした少女はちらりと水槽を見て答える。幼い少女はそれには反応せずに水槽を見つめている。2人の様子に男は残念そうにため息をついた。
「貴女達のおかげでこうして夢が実現に至った訳ですが、喜びを分かち合えないのは悲しいですねぇ……。」
「あっそ。んなことより飯にしようぜ。大将も腹減ってんだろ?そんなもん見てねぇで早く行こうぜ。」
そう言ってオレンジの髪の少女は幼い少女の肩に手をかけた。幼い少女はこくりと頷くと、オレンジの髪の少女に向けて手を差し出す。
「あー、ったく、しょうがねぇな。オレはそう言う柄じゃねぇってのに。」
それを見て、オレンジの髪の少女は頭を指でかきながら、照れ臭そうに幼い少女の手を握った。
「くふふ、微笑ましいですねぇ。まるで姉妹のようです。」
「うっせぇな!てめぇは黙って飯の準備をしろ!ほら、早く行け!」
男に茶化されて少女が怒鳴ると、男はやれやれと手を挙げながら部屋を出ていった。
「ったく、薄気味悪りぃ野郎だ。大将、オレらも行こうぜ。……大将?」
手を繋いで部屋を出ようとするが、幼い少女が動こうとしないのを見てオレンジの髪の少女はしゃがむ。そして目線を合わせて言った。
「……ミケのことなら大丈夫だ。ユキも探してくれてるし、あの野郎だって探すのを手伝うって言ってたろ?あの水槽の奴らもそのために使うって言ってたしな。だから安心しろ、大将。それに、その……オレもついてっからよ。」
そう言いながら優しく幼い少女の頭に手を置く。すると、幼い少女は堪えていた感情が込み上げてきたのか、目からポロポロと涙を流しながらオレンジの髪の少女に抱きついた。オレンジの髪の少女は戸惑ったが、優しく幼い少女の頭を撫でる。
「……ったく、だからオレはこんな柄じゃねぇってのに……」
ぎこちない手つきで泣いている少女の頭を撫でながら、オレンジ色の髪の少女は1人部屋の中で呟いた。




