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飛行艇と情報交換1

翌朝、朝食の場は少しだけ昨日のことを思い出してまっすぐステラとライラの顔を見にくかった千博だったが、出発の時には切り替えた。玄関の前にはすでにグッさんがアサクラと一緒に例によっていつもの御者のおじさんの運転でやってきていた。

「準備はいいか、チヒロ。」

グッさんに声をかけられて、千博は後ろにいる2人には聞こえないように小声で尋ねた。

「あの……俺がいない間のことなんですけど、2人のことが心配で……。」

「なんだ、随分と心配症だな。」

千博の肩越しにステラとライラを見てグッさんは顎に手をあてた。

「まぁ、アレギスの件があったからな。でも安心しろ。何かあってもうちの近衛隊は必ず国民達を守る。それじゃ不安か?」

「いえ、そんなことは……。」

「それにな、今後もこういう事は避けられないんだ。お前にしても、2人にしても、慣れないとやってけんぞ。」

娘が大好きな過保護のグッさんにもこう言われたら仕方がない。千博は観念した。

「そうですよね……。分かりました。」

「あぁ、それじゃ行くぞ。」

グッさんはそう言って馬車に乗り込む。

「じゃあ、2人とも。行ってくる。何かあったら近衛隊を頼るようにな。それと……」

「ふふっ、大丈夫ですよ、チヒロさん。そんなに心配なさらないで下さい。」

「うん……。それより、頑張ってきて。」

いろいろと何か言い忘れたことがなかったか考えていると2人は笑った。2人のこととなると考え過ぎてしまう。思わず千博は苦笑いした。

「あぁ、そうだな。それじゃ。」

「はい、お気をつけて!」

「怪我しないでね……。」

2人に見送られて千博もグッさんに続いて馬車に乗った。






「おはよー、チヒロっ!」

「うお?!ミ、ミーツェ?!なんでここに……」

馬車に乗り込むと同時に真っ先に声をかけ抱きついて来たのはミーツェだった。

「お、そうか。言ってなかったな。今回はミーツェを同行させることにした。アイジスは古くからの友好国だから心配はないと思うが、異世界から来たお前だけで他国に行かせるのはちょっと不安だったからな。それに、初任務には先輩がつくもんだ。」

「確かに。外交とまではいかないですけど無礼があったらよくないですもんね。」

千博が正式に他国に行くのは今回が初めてなのだ。アレギスの時とは違う。もしかすると、作法とかそういうものがあるのかもしれない。

「で、私が親父に頼んでついて行くことにしたの!よろしくね、チヒロ!」

「そういうことだ。ま、親としてはお前ら2人で行かせるのはそれはそれで心配だが、超絶可愛い娘の頼みだ。断るわけにはいかん。」

あ、また始まった。娘が可愛いのはわかるけど、何でもかんでもお願いをききすぎではないだろうかと少し呆れる。しかし、知っている人と一緒に行けるのは正直なところ助かる。

「それとなぁ、チヒロぉ……」

言い終わると、グスタフは千博の肩に手を回して引き寄せ、体には似合わない小声で話を続けた。

「ミーツェはお前と2人で任務が出来るのをめちゃくちゃ楽しみにしてたんだ。……ミーツェを悲しませてみろ、分かってるな?かといって手は出すなよ!絶対だ!いいな?」

「っ、は、はいっ……」

グスタフは顔をぐっと近づけて千博に迫った。それに気圧されて千博は肩を縮こませる。

「……何の話?」

「ん?いや、何でもないぞ。チヒロに気合を入れてただけだ。」

グスタフはミーツェに笑顔を向けてごまかす。普通に任務をするだけなのに、余計な責任が追加された気分だった。千博はため息をついて席に着いた。4人乗りの馬車は2人ずつ向かい合うようにして席が作られている。千博の席はもちろんミーツェの横だった。

「……で、お前は何でそんな静かなんだ?」

そして、先程から一言も喋らずにグスタフの横で大人しくしている男に話しかける。

「い、いや……この状況でペラペラと言葉を発することができるほど、僕の精神は図太くないんだよ。」

そう言ってアサクラヒデトは縮まる。確かにそうだ。言ってしまえば、ミーツェとグスタフ、アサクラの3人は被害者とその親、そして加害者の関係なのだ。ここまでよく耐えられたものだ。

「まぁそうだな。……ミーツェ、お前はよかったのか?」

千博は少し声を小さくして尋ねる。アサクラは反省している様子だが、ミーツェはそれを受け入れているのだろうか。これからの任務中、ギスギスしているのは正直やりにくい。

「うーん、私はチヒロと任務ができるから来ただけだし……。あんまり気にしてないかな。あの時はこいつとは敵同士だったんだし仕方ないよ。まぁ、仲良くするつもりはないけどね。」

「そ、そうか。」

相変わらずミーツェは千博以外の男にはあたりが強い。しかし、あの時のことは仕方がないと割り切っているところはミーツェらしさを感じた。変に嫌ってはないみたいだし、アサクラもありがたいんじゃないだろうか。そう思ってアサクラを見るが、相変わらず端の方で縮こまっている。居づらいのは当然だろうが、何だか気の毒になってきた。

「そ、そうだ。ゼウシアでの生活にはもう慣れたのか?」

千博はアサクラに話しかける。これから先ずっと気まずいままでは困る。今はもう敵ではないのだから、できるなら敵対はしたくない。

「あぁ、そうだね。だいぶ慣れたよ。それにしても、随分と待遇が良くて驚いたね。てっきり鎖にでも繋がれて働かされるものかと思って居たんだけど……」

「まぁ、ユリア女王はそんな人じゃないからな。今はどこに住んでるんだ?」

「住んでいる……というか、研究施設の中の工房で生活しているよ。一応、監視下には置かれている必要があるからね。」

「研究施設か……行ったことないな。」

技術者としてその才能を生かすためにアサクラがこの国にいることは知っている。だが、研究施設というのはこちらに来てからまだ見たことはなかった。大学のようなイメージなのだろうか。

「へぇ、なら今度おいでよ。君なら出入りできるだろうしね。是非話し相手になってほしいな。」

「まぁ、そうだな。興味はあるし行ってみたいけど、どこにあるんだ?」

城の近くには治安警備隊の本部があるのは知っていたけど研究施設のようなものは見たことがない。

「研究所はお城から離れたところにあるらしいからねー。どこにあるんだろう?お世話にはなったんだけど。」

「俺は何度か行ったことがあるぞ。難しい事ばっかであんまり面白いとこじゃなかったな。すげーことしてんのは分かるけどよ。」

近衛隊と関係がないわけじゃなさそうだけど、ミーツェは行ったことがないようだ。

「それなら今度招待させてもらうよ。研究所のみんなも君に会えると知ったら大喜びするだろうね。」

研究施設に入ったことなんてなかったから想像がつかない。日本のものとは違うのだろうが、面白そうだ。次の休日あたり行ってみよう。

「あぁ、楽しみにしてるよ。」

相変わらずミーツェとアサクラの間には見ていて気まずい空気が流れているが、千博はアサクラとの間が少し打ち解けたように感じた。






「すごい、すごい!見て、チヒロ!あれ訓練所じゃない?!人があんなにちっちゃいよ!」

興奮した様子で飛び跳ねながらミーツェが指を指す。もちろん、もう片方の手はがっちりと千博の腕に回されていた。千博とミーツェは今、飛行艇の窓から下の景色を眺めていた。

「おい、飛び跳ねるなって!危ないだろ。あと、くっつきすぎだって……」

「ごめん、楽しくってつい……あ!あれチヒロの家だよっ!ほら、見て見て!」

「わ、分かったからもう少し離れてくれると……その、胸が……」

無邪気に景色を楽しむミーツェの姿は微笑ましいが、はしゃぐたびに柔らかい感触が腕に押し当てられ千博は困った。ミーツェは窓の外の景色に夢中だ。既に飛行艇はアイジスへと進んでおり、飛行艇の船着場でグスタフとは別れていた。別れる前、初任務で顔が強張る千博にグッさんは声をかけてくれた。




『いいか、チヒロ。この任務はそう難しいものじゃない。護衛と言っても行き先は友好国だし、使うのは空路だから襲われる心配は少ねぇ。なにより、ミーツェが一緒なんだ。百人力だろ?だからそんなに緊張するこたぁねぇよ。けどな、油断はするな。いざという時に必ず対象を守れるようにする。それが護衛の仕事だからな。任務をするにあたってこの心意気だけは忘れるな。』

『分かってます。必ずアサクラを無事にゼウシアまで連れて帰りますよ。』

深呼吸してから千博は答えた。護衛の仕事で何が重要かはグッさんに教えてもらっているのだ。それをきちんとこなせばいいだけのことだ。

『ま、何が言いたいかっていうといつも通りやれってことだ。アレギスで女王を助けたように、ライラちゃんをディートリヒから守ったように、な。正直そんなに心配してねぇからよ。任務ってのはこんなもんだってのを感じてこい。』

清々しい笑顔でグッさんはそう言った。その言葉に励まされる。そうだ、今までだっていろんなことがあった。それに、訓練だってちゃんと積んできた。つまり、グッさんのいう通りいつも通りでいいのだ。

『了解です、班長殿!』

グッさんの言葉に対してビシッと敬礼し、千博も笑顔を見せる。

『がははは、それでいい!行って来い!……あ、それとだな……』

笑いながら千博の肩を叩いたグスタフはそのまま肩を組んで抱き寄せた。

『ミーツェはお前にベタ惚れしてんだ。任務中、お前に何度もアピールするだろう。けどな、中途半端な気持ちでそれに応えんじゃねぇぞ?それに応えていいのはお前の心が決まった時だけだ。俺の息子になる決心がなぁ……』

『……っ、は、はいっ!わ、分かっておりますっ!』

至近距離でのグスタフの気迫と凄みに、千博は蛇に睨まれた蛙のような気分で答える。要するに、ミーツェの誘惑に負けて流れでことが進むようなことがあった場合、千博の命はないということだ。

『よし、親父としての警告も済んだし今度こそ行って来い!』

『は、はい……行ってきます……』

絶対に親としての警告の方が伝えておきたかったことなんだろうなと思いながら千博は先に飛行艇に乗り込んで行ったミーツェとアサクラに続いたのだった。




船着場でのことを思い出し、この場にグスタフがいなくて本当に良かったと心から思う千博だった。もしこんなところを見られていたら窓から落とされるところだ。

「それにしてもすごいな……。本当に飛んでる。」

「はは、空を飛ぶのは初めてかい?」

千博が感心して呟いていると、操舵士や整備士のような人達と話していたアサクラがこちらへ来た。千博はミーツェの腕をそっとすり抜けて少し離れた。

「いや、飛行機に乗ったことはあるけどこういうのは初めてだよ。けど、本当にすごいなお前。日本じゃ学生だったんだろ?」

「あぁ、高校2年生だよ。ただ、人よりかなり勉強はしていたからね。2年に上がった時には高校の範囲は勉強し終わって暇だったから、色々な本を読んだりしていたのさ。」

アサクラはそう言うと少し自慢げそうに眼鏡をくいっとあげてみせた。

「うげぇ、まじか?!勉強オタクじゃねーか……。じゃあまだ他にも色々作れるのか?」

「そうだね、作ろうと思えば。簡単な車とか、冷蔵庫や洗濯機なんかも作れると思うよ。」

「天才だろ!?」

予想外のアサクラの言葉に千博は驚いた。そんな技術かあるのならこの世界で発明王になれるだろう。

「ただ、そういうのは作らないようにしてるんだ。僕は既にこの世界にあるか、頼まれたものしか作らない。変に高度な発展をさせてこの世界のバランスを崩すのは嫌だからね。」

驚いている千博にアサクラは小声で言った。どうやら彼なりに考えながら技術者としての仕事を果たしているようだ。

「なるほどな。ちゃんと改心してるようで何よりだ。」

「ははは……痛いところをついてくるね、マナカ君は。」

アサクラは苦笑いする。やはり根はいい奴なのだ。それが、いじめで歪んでしまっていただけなのだろう。

「千博でいいよ。俺も秀人って呼ばせてもらうからさ。」

「ありがとう。それじゃ、そろそろ真面目な話をしようか。お互いに、聞きたいことがあるだろうしね。」

「……あぁ、そうだな。」

もともと女王もこのために時間をくれたのだろう。秀人が真剣な表情になり、話題を変える。それに千博も同意した。異世界から来たもの同士、お互いに知っている情報を共有しておくべきだ。

「じゃ、まず僕から質問させてもらうよ。と言っても、聞きたいことはそんなに多いわけじゃない。とりあえず、千博は今までどこで活動していたのか、この世界に来てどれくらい経つかを教えて欲しい。」

「どこでって……俺はこの世界に来てから2ヶ月くらいになると思うけど、ずっとゼウシアにいたぞ?お前は違うのか?」

この世界に来た時期は違うのかもしれないが、秀人は色々なところを転々としていたのだろうか。それに、聞きたいことはそんなに多くないというのも気になる。こちらはこの世界にきた時には謎だらけで何も知らなかった。確かに秀人の質問は千博もしたかったものだ。だが、なぜこの世界に来てしまったのか、それに魔力の謎、帰る方法はあるのか……。お互いに共有したい情報は山ほどある。これは、こちらの求めることを秀人が既に知っているか、それとも全く知らないかのどちらかだ千博は思った。千博が疑問に思っていると秀人も顎に手を当てて不思議そうにした。

「いや、僕もこちらに来てから2ヶ月と少しだ。それからずっとアレギスにいた。けど、おかしいな……」

「来た時期は同じなのか。で、何がおかしいんだ?」

今の話から別におかしいところなんて感じなかった。しかし、秀人に尋ねるととても怪訝な顔をした。

「何がって……だって、同じ大陸に日本人が2人いるんだよ?説明を聞いた限りでは、そんなことはありえないはずさ。そうだろ?」

「説明……?誰の説明だ?」

「え?聞いていないのかい?」

秀人はさらに眉をひそめた。しかし、千博には何のことか全くわからない。

「……どうやら、俺が知らなくて秀人が知ってることがあるみたいだな。詳しく教えてくれないか?誰が何の説明をお前にしたのか。」

2人が異世界に来た時期は同じだったが、どうやらその状況には何か違いがあるようだ。秀人の話から察した千博は尋ねたが、千博の様子を見ている秀人は顎に手を当てたまま眉をひそめて何かを考え込んでいる。そして、顔を上げた秀人が言った言葉に千博は理解が追いつかず思考が固まった。


「……ちょっと待って、それじゃあ、何で君はここにいるんだい?」


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