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イヴァンと賑やかな食事

「………というわけで、何とか犯人を捜したいんだけど。何か良い方法はないかな?」

日は変わって、チヒロは午前中の訓練を終えた後、食堂でフェリス、ミーツェ、グスタフ、ラッセルに昨日の出来事を話した。ボア仙人に言われたように、少女を捜すのではなく、その犯人を捜すという方向で説明をした。まあ、そのアドバイスしてくれた本人は食堂の中をぐるぐると歩き回って兵士達にちょっかいをかけて遊んでいるのだが。

「い、いや!犯人がどうこうより大丈夫だったのかよ、チヒロ!殺されそうになったんだろ?!」

「そうだ!怪我はしていないのか?!」

ラッセルとフェリスが心配そうに聞いてくる。

「ああ、大丈夫だよ。」

まあ、運が良かっただけだろうけど。あの娘がプロの暗殺者で、容赦のない娘だったら確実に死んでたな。そう思うと今更ながらぞっとする。

「うむ……英雄と言うのは昔から憧れとなるのと同時に嫉妬の対象にもなるからな。そういった奴らが出てくる事もあるんだ。治安維持隊に報告はしたか?頼めば護衛を用意してもらう事もできるかもしれんぞ?」

「そうなんですか?まだしていませんけど……。というか、するつもりは無いんです。」

「何?」

千博が答えるとグスタフが不思議そうな顔をした。他のみんなも同じような反応だ。

「反対だ!私は絶対にしなければならないと思うぞ!危険だ!チヒロの身に何かあったら私は……!」

フェリスはすぐに反対の声をあげた。やっぱり、連絡するのが普通なんだろうか。

「……いや、私はしなくて良いと思うよ?」

そう考えていると、今度は千博の意見を肯定する声が聞こえた。

「な?!ミーツェ、本気か?!」

「うん。だって、報告なんかしたらチヒロのために仕返ししに行けないでしょ?」

ミーツェは笑顔こそってはいたが目は全く笑っていなかった。なんというか、ミーツェらしいな。気持ちはありがたいけどその顔はちょっと怖いです。

「えーっと、なんで連絡しねえんだ?話を聞いてる限りじゃその暗殺者の正体はわかんねえんだろ?なら治安維持隊に任せた方がよくねえか?」

ミーツェの表情にたじろぎながらラッセルが理由を尋ねる。ふむ、なんと説明しよう。正直、治安維持隊はこの件に関しては信用ができない。確かに治安を守る警察の様な役目を果たしてくれているのは分かる。しかし、以前ステラが貴族の男達に襲われていた時に聞いた話では、貴族による獣人への差別や暴力は黙認することがあるらしい。まして、今回は獣人よりも身分が低い獣人の奴隷が絡んでいるから彼らに頼むのは心配だった。万が一、あの娘に何かあっても困るし。

「……なんていうか、自分で解決したいっていうか……」

流石に治安維持隊の人達を疑ってるなんて言えないしなぁ。

「そうは言っても犯人を捜すには情報を集めなければいかんだろ?そうなるとやっぱり治安維持隊に頼んだ方が速いぞ?」

「それはそうなんですけど……」

目撃情報も少なそうだし、公的な機関に頼んだ方が確実な事は確実なんだけど、その後が問題なんだよな。出来れば俺は主犯格を捕まえたらあの娘を自由にしてやりたい。治安維持隊に頼んだらそのまままた奴隷として新しい買い手を探されるだけな気がする。

「いいじゃん、報告はしなくても。私も手伝うから大丈夫だよ!ね、チヒロ?」

「え、良いのか?」

「もちろん!好きな人がすることなんだもん。手伝わせて貰えたら嬉しいよ!」

「そ、そうか。ありがと。」

ミーツェは明るい笑顔で千博に言った。本当に……平気でこんな事を言うようになったな。顔が赤くなってるのが自分でも分かる。

「そ、それなら私だって同じだ!私も協力する!」

ミーツェに続いてフェリスも助力を申し出てくれた。

「ふふ、分かってるよ。私と一緒で、フェリスもチヒロのこと好……」

「〜〜〜〜っ!?ち、ちがっ!?そういう意味では……!わ、私はただ、チヒロを手伝おうと……」

ミーツェがフェリスをからかっている。どういう事だ?

「……?何の話?」

「な、何でも無い!」

たまにフェリスとミーツェが話てるとすごくフェリスがあたふたしてる事があるな。やっぱり2人は仲が良いんだなぁ。

「まぁ、チヒロがそうしたいんなら別に俺は良いと思うが。」

「あぁ。なんか思うところがあるんだろ?チヒロなら任しても大丈夫だろ。」

ラッセルとグッさんも俺の意見を聞き入れてくれた。意外だ。まぁ、本当の気持ちを話したらどうなるかはわからないけど。よかった。それなら、あとはどうやってあの娘を捜すかだな。

「そうと決まれば、チヒロ、今日の夕飯は訓練場の食堂で食ってけ。」

「え?」

と、グッさんから突然誘いを受ける。

「え、でも……家でステラがご飯作ってると思うし……」

「ならステラちゃんも連れてこい。合わせる必要がある奴がいる。」

ステラを連れてまでも?て事はどうしても今日じゃなきゃいけないって事だよな。なんだろう。

「分かりました。でも、一応今から訓練再開しますよね?今呼びに行ってきた方が良いですか?」

もう直ぐ昼休みも終わる。別枠でボア仙人と訓練をしていたわけだが、だからと言って自分だけ訓練中に抜けても良いわけではないだろう。

「ああ、お前の代わりに爺さんに行ってもらうから大丈夫だ。おーい、爺さん!」

そう言ってグスタフは厨房の近くで何か調理員のおばさんと話していたボア仙人を呼んだ。

「なんじゃ、良いところじゃったのに。」

ボア仙人はしぶしぶとやって来た。

「何をしてたんですか?」

「ん、いや、ちょっと交渉をしてたんじゃ。あとちょっとじゃったんだがのう。」

「交渉?」

なんの交渉だ?不思議に思っておばさんの方を見ると、

「お酒は夕飯でしかやってないの!我慢してちょうだい!」

……真昼間から、しかも訓練中に飲酒しようとしてたのか。できるわけないだろ。そりゃボア仙人自身は俺の訓練に付き合ってるだけでほとんど暇そうにしてるから飲んでも大丈夫かもしれないけど。そんな事されたら多分今よりもっと訓練が適当になりそうだ。ていうか、もっとコツとか教えてくれればいいのに。初めの説明以外ほとんど何も追加でアドバイスとかされてないぞ。

「破廉恥な上に昼間から飲酒……。やはり、チヒロを任せるのは危険な気が……」

フェリスがそのやりとりを見てため息をつく。全く同感だ。ていうか何があとちょっとだ。きっぱり断られてるじゃないか。

「こら、ここは酒場じゃないんだ。ちゃんとわかってくれ、爺さん。それより、今からチヒロの家に行ってステラちゃんを呼んできてくれ。」

「え、なんでじゃ?」

「まぁ、いいからいいから。頼んだぞ。」

半ば強引にグスタフはボア仙人の背中を押して呼んでこさせようとする。

「え、あ、おい!何するんじゃ!肩が外れるわ!」

「何言ってんだ、爺さんなら大丈夫だろ?それにほら、ステラちゃんに会えるからさ。」

「むお?」

ステラ、と聞いてボア仙人は抵抗するのをやめる。ちょっと待て。何か企んでるだろ。

「……ほほ、しょうがない、行くかの。」

にやけながら言うのはやめろ!うわ、めちゃくちゃ心配だ。しかし、声をかける前にボア仙人は食堂を飛び出していった。

「……あーあ、可哀相、ステラちゃん。親父が余計なこと言うから。」

「……う、まあ、呼びに行ってくれたからいいじゃねぇか。流石にステラちゃんが嫌がることはしないだろ。」

「グッさんは何を見ていたのだ?!私は嫌がっていてもされたぞ?!」

グスタフの台詞にフェリスがすかさず反論した。ああ、フェリスは初対面でなんかされたんだっけ。

「いや〜、大丈夫だろ。ステラちゃんみたいな子に嫌われるのは何気に一番傷つくからな。爺さんもそこはわかってるだろう。」

「なっ、私はいいと言うのか?!」

「んー、まあそうだねー。」

グッさんがそう言うとミーツェとラッセルもうんうんとうなづいている。グッさんとミーツェ、少しは仲良くなったのかな。それは良いけどあんまりフェリスをいじめると可哀想だ。

「まあまあ、ほら、フェリスは普段真面目じゃないか。その分、いたずらしたときの反応が新鮮でボア仙人もついやっちゃうんだよ。きっと飽きたらやめると思うぞ。」

「む……ならいいのだが……。」

真面目に反応するからいたずら好きには好かれやすいんだな、フェリスは。でもあんまり酷いことをするようならまた注意しないと。

「……っと、話が逸れたが、まあそう言うことだから。今夜、ちゃんと来いよ、チヒロ。」

「はい。いつも通り食堂ですね。訓練が終わったら行きます。」

「ああ。よし、じゃあお前ら。訓練に戻るぞ。」

「うむ。」

「じゃーな。」

「また後でね、チヒロ!」

千博は4人と別れて訓練に戻った。






午後6時ごろ。夕焼けが綺麗に辺りを染め始めた頃、千博は食堂へ向かった。ステラとボア仙人も一緒だ。ボア仙人に連れられてきたステラは千博の訓練の見学をしていた。そんなに面白いものでもないし地味なので他の所を見てきたら?と言ったのだが、ここが良いと言ってずっと見ていた。そのお陰でボア仙人はいつも以上に張り切り、《可視化》した魔力の操作のコツを熱心に教えてくれた。体の中の魔力の流れを感じ、それを一点に集めるイメージだそうだ。集められたら後は空気砲みたいに圧縮してポン、と出す感じらしい。最初はまた適当に言っているのかと思ったが、言われた通りやってみると魔力の流れというものを感じられた気がする。《強化》とは違い、体をリラックスさせて集中してみると、何か温かいものが体を巡っている感じがした。その後魔力を《可視化》させたら前より大きい物が《可視化》できた。まだ少し不安定だが、腕輪をした状態にもかなり慣れた気がする。

「ほぉ〜〜、疲れたのう。腹が減ったわい。」

「お疲れ様でした、ボア様、チヒロさん。」

「おう。悪かったな、全然面白くなかっただろ。」

千博は歩きながらステラに謝った。午後は魔力の操作ばっかしてたから見てても何もわかんないだろうし、退屈だっただろうな。

「ええと、訓練の内容はよく存じませんが、チヒロさんの訓練をする姿を初めて見られましたので……」

そう言うとステラは顔を少し赤らめた。そういえばそうだったな。うーん、どうせならもうちょっとしっかりした訓練を見て欲しかったけど。まあ仕方ないか。今日は特別だし。

「それより、大丈夫だったか?」

「……?何の事でしょうか?」

「あ、いや。ボア仙人がステラを迎えに行っただろ?」

千博は前を先行するボア仙人に聞こえないように小声でステラに聞いてみる。

「あ……」

ステラが俯いた。なんかしたな、これは。

「お、お尻を少し……」

「分かった。ちょっと待ってて。やっぱり一度ガツンと言うべきだ。」

「ほぉほぉほぉ!それくらいの役得があっても良いじゃろう!」

耳を澄ましていたのかボア仙人が走って逃げ出す。

「あ!待てっ!反省してください!……ステラもなんか言ってやれよ。嫌だって言わないとずっとやってくるぞ?」

「あ、はい……。でも、チヒロさんに怒っていただけるのは嬉しいです。」

ステラは赤くなりながら嬉しそうに言った。大丈夫か?優しすぎる気がするけど。それはいいところなんだろうが、心配だ。ボア仙人はもう先に食堂に入って行ってしまった。無駄に早い。……ていうか、一体誰なんだろう。グッさんが俺に会わせたい人って。話の流れ的に、あの娘の事で協力してくれそうな人なんだよな、多分。と、考えているうちに食堂に着いた。

「あ、あちらですね。」

ステラがグッさん達を見つける。本当だ、いつもの場所にいる。そこには見慣れない人が1人いた。

「すみません、遅れました。」

近寄ってグッさん達に声をかけた。

「おお、来たな。じゃあ早速紹介するか。」

グッさんはそう言うと、隣に座る男の方を見た。背は高く、体つきは細めだ。グッさんの隣にいるとそれが余計に際立つ。しかし、何より際立っているのは口元と頭を布で覆い、目元しか出していない奇妙な姿をしていたところだった。食堂の兵士達も何人か不思議そうにこちらを見ている。

「こいつがお前に会わせたかった奴。

こいつはきっと情報集めに役立ってくれるぞ。」

「拙者、イヴァン・エッジでござる。話は聞かせて頂いた。本来なら私的な捜査や偵察は行わないが、チヒロ殿は先の事件の立役者。特別に請け負わせて頂くでござる。」

そう言うとイヴァンは立ち上がって一礼した。

「えっ!?」

ステラが短く声をあげた。知っているのか?というか、なんか語尾変わってるな。侍?

「それは……ありがとうございます。真中千博です。どうぞ、宜しくお願いします!」

不思議には思ったが、イヴァンの礼儀正しい態度にチヒロも一礼して返した。

「イヴァンは情報収集、隠密行動にかけては右に出る者がいないからな。きっと直ぐ見つけられるぞ!」

あ、確かに言われてみれば忍者みたいだもんな。話し方とか格好とか。ひょっとして、職業が忍者とか?まさかな。

「へー、普段は何をされてるんですか?」

「「「え……?」」」

何だ?質問したら急にみんなから変な視線を浴びる。何か変なことを言ったか?ただ質問しただけなんだけど。

「……ち、チヒロ。お前、知らねえのか?あのイヴァンさんだぞ?」

「え?何を?」

ラッセルに尋ねられるが何のことかわからない。

「チヒロさん、イヴァン様も近衛隊の方ですよ……?」

ステラが小声で教えてくれた。

「え!?そうなんですか?!し、失礼しました!」

そうか、だからみんな変な目で見てたのか。千博は急いで頭を下げた。

「チヒロ?それだけじゃないんだよ?」

「へ?」

謝っているとミーツェが苦笑いして言った。フェリスも同じ様な表情だ。

「そうか。チヒロはまだ他の班の者とあまり関わっていなかったからな。チヒロ、イヴァンは近衛隊の第五班、隠密班の班長を務めているのだ。」

「え……え?それってグッさんやフェリスと同じってこと?」

「うむ。そうだ。」

フェリスは大きく頷く。……マジか。

「う……す、すみません。本当に。」

「ははは、構わんでござるよ。むしろ、その方が拙者には都合がいいのでござる。敵を欺くには、まずは味方からと言いますしな。実際、同じ近衛隊の者にも姿を見せる事はあまりないでござる。」

千博が謝るとイヴァンは笑って許してくれた。隠密部隊の班長だったのか。なるほど、どうりで格好が忍者なわけだ。語尾は何でかわかんないけど。ともあれ、優しい人で良かったな。流石に近衛隊の兵士で知らない人はいても、班長を知らないと言う人は少ないだろうし。……あれ?そういえば考えたら近衛隊の班は全部で七班あるよな。てことは俺、まだ会ったことのない班長の方が多いじゃないか!

「あー、悪い、イヴァン。そういえばチヒロには俺たち以外の班長の事を教えてなかったわ。」

「む、そうでござったか。では、拙者が簡単にお教えしようか?」

「おう、そうしてやってくれ。」

グスタフに頼まれ、イヴァンはコホンと一つ咳をして千博を見る。

「では、グッさん殿に代わり、今日はゼウシアの軍について簡単に説明致そう。承った件については後日報告するでござるから。」

「す、すみません。お願いします。」

名前を知らなかった人に他の班長の名前を教えてもらうのってなんかすごい失礼だよな……。本当に優しい人で助かった。

「我らがゼウシアの軍隊は近衛隊の7つの班と一般兵団、そして戦闘奴隷部隊とに分かれており、そのそれぞれを率いる部隊長的存在がいるのでござる。それはご存知でござるか?」

「……待って下さい。戦闘奴隷部隊?どういう事ですか、それ。」

説明を始めてもらってすぐで悪いのだが、早速聞き流せないワードが出てきた。

「奴隷部隊でござるか?彼らは奴隷の中から国の為に戦う事を選んだ者たちで構成される部隊でござる。犯罪者や戦闘力の高い亜人が多いでござるな。ご存知なかったでござるか?」

「……何でもないです。すみません、続きをお願いします。」

ゼウシアの軍にも奴隷制度の利用があるのか。詳しく知りたいところだが、今は話を脱線できない。

「わかり申した。近衛隊全班を指揮するのが近衛隊長のクロード殿。それはご存知でござろう。それとは別に、各隊で細かく指揮を取る存在が部隊長達でござる。近衛隊の七つの班にはそれぞれ班長が、民間人から徴兵した一般兵をまとめるのが将軍、戦闘奴隷部隊を率いるのが兵長でござるな。基本的に戦争では将軍がクロード殿と指揮をとるでござる。」

「あれ?けど、この前のアレギスとの戦闘では将軍の人が指揮を取っているようには見えませんでしたよ?」

女王救出の作戦もグッさん達と決めたし、そもそも戦闘なのに将軍の姿を見てない。それはおかしくないか?

「ああ、それには理由があるでござる。前回の戦闘では将軍、兵長は他国に遠征していたのでござるよ。」

「遠征、ですか?」

「そうでござる。今回は友好国のアイジスの援軍として遠征しているでござる。アイジス近隣で発生した魔物の群の討伐が目的ですな。」

「ぜ、全然知らなかったんですけど……。教えて下さいよ、グッさん。」

千博はグッさんをジト目で見た。これ、基本的な情報だろ。ていうか、近衛隊に務めている上で知ってて当然の事じゃないのか?ゼウシア軍の構成も知らなかったし……。

「え、だって聞かれなかったし。」

「知らない事をどうやって聞くんですか?!」

そう言うとグッさんは目をそらした。不安だ。軍についてまだ常識的な事で知らない事がたくさんある気がする……。

「ハハハ、チヒロ殿も苦労しておられるようだな。だが、安心するでござる。基本的な軍の構成はこんな感じでござるよ。あとは各部隊長達をお教えするでござるね。」

「お願いします……。」

「では、まずは一般兵を率いる将軍から。名前はゴラン・ガラシモフ。45歳。将軍になってもう20年ほど経つでござるな。前国王の代から軍に所属している重鎮でござる。グッさん殿にも劣らぬ頑強な身体をお持ちでござる。次に戦闘奴隷部隊を率いる兵長、ザック・キングズリー。彼はこの奴隷部隊を創設する際にスカウトされたキレ者でござる。年齢は35でござるな。無精髭が特徴的でござる。」

イヴァンはここまで説明すると一旦間を置いた。えっと、ゴラン将軍にザック兵長だな。特徴も簡単に教えてもらえて助かる。

「ちなみに、ザックは俺の昔からの知り合いでな。若い時は色々やったもんだ。」

グッさんがしみじみとした顔でそう付け加えた。へー。じゃあグッさんも同じくらいの歳なのかな。

「さて、では続けるでござるよ。次は近衛隊でござるな。第1班と第4班は……」

説明しようとしてイヴァンはその場にいる2人の班長に視線を向ける。

「フェリスは1班だよな。」

「うむ。私の班は突撃班だ。主に前衛を担当し、剣士で構成されているぞ。」

フェリスは胸を張ってそう言った。

「ちなみに年齢は17。趣味はぬいぐるみを……「な、おいっ?!なぜそれを知って……!」」

「ぬいぐるみ?」

「ち、違っ……うぅ、イヴァンっ!」

「おや、この情報はいらなかったでござるかな?」

胸を張っていたフェリスは焦ったようにイヴァンの言葉を遮った。その様子を見てイヴァンは笑っている。あ、イヴァンさんもフェリスをいじるんだ。

「ハハハ、冗談でござるよ。第4班も説明は必要ないでござるな?では、次は第2班。第2班は長距離攻撃班。班長はマリヤ・カリエンド。25歳。優れた弓兵でござる。部下からは班長、ではなく姐さんと呼ばれているでござるよ。」

「姐さん……。極道なんですか?」

「ゴクドー?」

「あ、すみません。続きをお願いします。」

思わず口に出てしまっていたみたいだ。マリヤさんか。名前によらず怖い人なのか、気をつけよう。

「……?では。3班、防衛班の班長はグランヴィル・トルード。彼らの集団防御術によって、アレギスとの戦いでは我々は戦いに専念できたのでござる。熱い男でござる。」

「うんうん。グランヴィルさんは熱いっていうか、暑苦しいよね。」

ミーツェがイヴァンの言葉にうなづく。まあでも悪い人ではないんだよな?多分。ミーツェも珍しく嫌ってなさそうだし。5班は拙者の偵察班。敵国への潜入、捜査、隣国の調査も行うでござる。残りは鹵獲班と救護班。6班と7班でござるな。鹵獲班は敵兵の捕獲や物資の奪取、他にも妨害工作などもするでござる。班長はネストル・シュレーゲル30歳。欠伸をしてる事がおおいでござる。」

欠伸してることが多いってなんだ?変わってるな。

「なんか、しまらなさそうな人ですね。で、救護班と言うのは……」

「文字通りでござる。回復魔法が使える者達、援護系の魔法を使える者がいるでござる。班長はソフィア・ローレンス19歳。ローレンス家の令嬢でござるよ。……さて、これぐらいでござるかな。」

話し終えるとイヴァンはテーブルの上のコップの水を飲んだ。しゃべりっぱなしだったからな。申し訳ない。

「ありがとうございました。しっかりと覚えておきます。」

でも、これでようやく他の班の事も知れたわけだ。……なんというか、変わった人が多いよな。聞いてる限りでまともそうなのは最初の2人くらいな気がするけど。なんか心配だ、会うのが怖いな。

「きっと、すぐに会うことになるでござろう。みな良い人だから安心するでござるよ。」

イヴァンさんが心を読んだかのように声をかけてくれる。顔に出てたのか、いや、偵察班の班長なだけあって洞察力が良いのかな。

「た、楽しみにしてます。」

「なあ、チヒロ。」

「はい?」

と、話が終わったところでボア仙人に呼ばれた。

「飯を食べよう。もうワシは死ぬかもしれん……」

「あ……忘れてた。」

話に夢中で夕食のことを考えていなかった。

「ああ、俺も爺さんに同感だ!話も終わったし、飯にしよう!さあ、取りに行くか!」

グッさんの一声でみなが席を立ち食事を取りに行った。みんなお腹減ってたんだな。だからちょっと静かだったのか。

「チヒロさん、私も頂いてよろしいのでしょうか……?」

ステラが不安そうな顔で尋ねてきた。

「ああ、大丈夫だろ。おかわりもできるし。それに、断られたら一緒に食べられそうなやつを頼めば良いしね。」

「一緒に……!は、はい!ありがとうございます!」

そう言うとステラは尻尾を振って喜んでいた。1人だけ食べられないなんて可哀想だからな。ま、食堂調理員のおばさんは優しいからきっと別々で貰えるだろう。

「と言うわけで、ステラの分も良いかな?」

千博はおばさんに説明して頼んだ。

「なるほどね……。あたしは別に構わないんだけど……」

おばさんはそう言いながら千博の隣で何故か残念そうに耳と尻尾をしょんぼりさせているステラを見た。

「んー、悪いけどやっぱり無理かねぇ……」

「えっ?!な、なんで?」

「まぁ、これは規則だしねぇ。悪いけど、2人で一緒に食べてもらうしかないねぇ、これは。」

おばさんがそう言うのを聞くとステラの耳がぴくんと動いた。

「そっか……じゃあ、悪いけどステラ。それでいい?」

「はいっ!」

何故だろう。なんかステラがやけに嬉しそうな顔をしている。食べられる量が減るのにな……。別々で貰えるとおもったんだけど。仕方なく千博は揚げ物の定食を選んだ。いくつか数もあるからこれならいいだろ。

「おばさん、大盛りにしてもらって良い?」

「あいよ、それなら任しておくれ。」

そう言っておばさんは通常の2倍くらいの量をのせてくれた。これなら別に別々にしてくれても良かったんじゃ……?千博はそれを受け取ると、席へと戻った。その後ろでおばさんがステラにウインクし、ステラがお辞儀をしていた事は千博は知る由もなかった。

「あれ?ステラちゃんのはどうしたんだ?腹減らないのか?」

席に戻るとラッセルに聞かれた。そんなわけないだろ。

「いや、おばさんにステラの分も頼んでみたんだけどダメだったんだ。だから2人で分けることにした。」

「へー。ま、そんだけあれば大丈夫そーだな。」

答えるとラッセルはあまり興味なさそうに受け流し、食事に手を戻していた。しかし、それとは別に今の発言に過剰に反応した者が2人ほどいた。

「なにっ?!」

「えー、何それー。いいなー。」

フェリスは驚き、ミーツェは何故か羨ましそうにしている。近衛兵用のサービスみたいなものだから一般人が受けられないのは仕方ないかもしれない。そんなに驚くことではないと思うけどな。

「……?じゃ、食べるか。」

羨ましそうな視線をステラに向ける2人をよそに、千博も食事に手をつける。この世界にも唐揚げは普通にあった。そもそも、野菜も動物も、魔物がいる以外は一緒みたいだしな。ただ、醤油はないし味噌とかもない。基本、洋風なのだ。

「うん、美味しい。ステラも食べてみろよ。美味しいよ。」

千博はステラにフォークを渡した。そうだ。箸がないか今度聞いてみよう。できれば箸の方が慣れてるし。

「あ……」

「……?どうした?」

フォークを渡すとまたステラの耳が垂れた。そして、その様子を見てフェリスとミーツェは何故か「やっぱり、心配する必要なかったね。」「うむ。まあ、チヒロだからな。」と安心したような、ため息をつくような顔で話していた。

「や、やっぱり別々ですよね……。」

「……?一緒に食べてるよ?」

変な質問に千博が答えると、ステラも耳を垂れさせたまま唐揚げを一つ食べた。「そうですよね。一緒のお皿で食べるからって、食べさせあいみたいなことは起こりませんよね……」とステラが心の中で淡い期待に裏切られているのを感じ取れたのは同じ事を考えていたフェリスとミーツェの2人だけだった。

「ハハハ、チヒロ殿の側にいると面白いでござるなぁ。」

……かのように思われたが、第三者の視点から楽しんでいる者も一名いたのだった。

「のう、フェリスちゃん。ワシにあーんしてくれんかのう。」

「絶対にやらんっ!!」

ボア仙人がさりげなくフェリスにせがんでいたが、即断られていた。まあ、そうなるよな。……そういえば俺はしてもらったんだっけ。一食しか頼まなかったからあれはラッキーだったんだなぁ。

「ねぇ、チヒロ?チヒロは私があーんしてあげる!」

「え?い、いいって!」

張り合うかのようにミーツェが食べていたハンバーグを差し出す。いや、嬉しいけどさすがに恥ずかしさが勝る。みんな見てるぞ。

「……嫌?」

「う……いや、その……」

そんな目で見られたら断れない。

「わ、わかったよ。」

しぶしぶ口を開けて受け取り、食べる。……味がわからない。

「ふふっ。美味しい?」

「あ、ああ。まあ……」

「よかったぁ。」

いや、いつも食べてるものだろう。顔が赤くなっているのがわかる。顔が熱い。ミーツェはからかってるのか、満足そうな顔をしている。

「なっ、お、おい、チヒロっ!!」

「ミーツェさん、ずるいです!」

フェリスとステラがほぼ同時に声を上げる。

「ぬぅ……」

「いいなあ、チヒロは。」

グッさんはうなり、ラッセルは羨ましそうな目を向けていた。なんか周りの人たちもざわついている。ああ、悪目立ちしてるよな、これ。

「ミーツェちゃん!ワシにも!ワシにも頼む!」

「え、嫌。」

「ぐぬ……。チヒロめ。」

俺のせいなのかよ!ボア仙人は頬を膨らましていじけている。はぁ、なんか人数が増えると急に騒がしくなるな。……嫌じゃ無いし、楽しいけどさ。

「ち、チヒロさんっ!私のもどうぞ!」

「いや、同じもの食べてるだろ?」

「あぅ……そうでした……」

耳を垂れさせて落ち込むステラ。なんだこの流れは!

「チヒロっ!私も食べてくれっ!」

「えぇ?!」

ちょっ、なんて間違え方するんだよ!やばい、周りの目がめちゃくちゃ冷たいし怖くなってる?!

「わー、フェリスのえっちー。」

「にゃっ?!ち、ちがっ!!い、今のは間違えてっ……!」

「ハハハ、チヒロ殿。それなら拙者のを食べるでござるか?」

終いにはイヴァンさんまで混ざって遊び始めた。

「……はぁ。楽しいような、やっぱり楽しく無いような……」

千博は溜め息をつきながら先ほどまでの考えを再考しだす。今日の夕飯はステラとイヴァンさんが増えたせいか、いつもより大勢で賑やかな食事を終えた千博だった。

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