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ボア仙人と忍び寄る影

いつも読んでくださっている皆さん、不定期更新で本当に申し訳ありません……


頑張ります!!

翌朝、千博はいつもより一時間ほど早く目を覚ました。それは、昨日寝た時刻が早かったからというのもあったが、興奮で目が覚めてしまったのだ。

「……魔力。戻るといいな。」

医者に打つ手なしと言われた魔力生成器官の麻痺。しかし、それを治せるかもしれないと突然現れた謎の『仙人』。千博はグスタフが迎えに来るのが楽しみだった。

「チヒロさん?おはようございます、今日はお早いですね。」

自室から階段を降りていくと、ステラがすでに起きて朝食の準備をしていた。

「おう、おはよう。はは、楽しみでつい早起きしちまったな。」

ステラは目玉焼きを焼いているようで、いい匂いが漂っていた。

「ふふ、チヒロさんが嬉しそうだと私も嬉しくて……私もいつもより早く起きてしまいました。」

ステラが屈託のない笑顔を千博に向けた。ああ、やっぱりステラは良い娘だ。千博は朝から幸せでいっぱいな気分になった。

「なんか手伝うことはあるか?」

「いえ、もうできますから座っていらしてください。」

千博が席につくとすぐにステラが朝食を運んできてくれた。そして2人は食事を始めた。

「なあ、今日ステラはどうする?ついてくるか?」

千博は尋ねた。いつもなら、ステラは一日中家事をしてくれている。洗濯や炊事は確かにしてもらわなければ困るが、ステラは毎日家中の掃除もしてくれていた。別に毎日してくれなくても良いと言ったのだが、時間があるからと言って毎日してくれている。ステラは基本的に仕事がとても早いのだ。だから知らない間に庭に花壇が出来たりもしていた。とにかく、とても良く出来たメイドさんなのだ。だから別に一緒に城に行って家を空けても構わないと千博は思ったのだ。それに、まだグスタフが来るまで時間もある。洗濯は手伝ってすぐに終わらせてしまえるだろう。

「そうですね……私も行きたいですけど、今回はお呼ばれしているわけではありませんし……」

「あ、そうか……」

ステラは犬耳をしゅんとさせて落ち込む。そう言えば、だんだん慣れてきてしまっていたが、自分がいくのは一国の城なのだ。普通に考えれば、一般人が行きたいと言っていけるようなところではない。この前はステラも来るようにとの声がかかったので一緒にいったのだ。

「一応、グッさんに聞いてみよう。もしかしたらいけるかもしれないしな。」

「チヒロさん……ありがとうございます。」

「いや、良いって。ずっと家に居ても暇だろうしな。」

そして2人は食事を終えると洗濯を済ませ、グスタフの到着を待った。





「おーい、チヒロ!迎えに来たぞ。」

しばらくして家の外から大きな声が聞こえてきた。待っていましたと言わんばかりに千博は玄関へ向かい、ステラもそれに続いた。

「グッさん、おはようございます。」

「おはようございます。」

千博とステラが挨拶をする。

「おう。さて、それじゃ早速行くか。2人とも、準備はよさそうだな。」

「はい……って、え?」

千博はグスタフの言葉に反応してステラの方を振り返った。ステラも驚いているようだ。

「お?どうした、なんか変だったか?」

2人の様子を見てグスタフが首をかしげる。

「あの……それってステラも行って良いってことですよね?」

「おう、もちろん。何でだ?」

「あ、いや……何でもないです。」

どうやらステラが城に行くことに関して何もお咎めはないらしい。一般人でもお城に行って良いのか?そもそも俺だってユリア女王に呼ばれたりしなきゃ行けないんじゃないのか?千博は疑問に思ったが、グスタフに急かされてステラと馬車に乗った。馬車の運転手はいつもと同じおじさんだ。3人が乗ったことを確認し、馬車は動き出す。

「グッさん、お城って一般の人も行きたいと思えば言って良いものなんですか?」

千博は正面に座るグスタフに尋ねる。馬車の中では千博とステラが隣合って座り、向かい合ってグスタフが座っていた。グスタフは体が大きいので一人で殆ど2人分を使っている。

「あ?もちろんダメだぞ。一般人で入れるとしたら、城に食料品とか必要な物を運ぶ奴らくらいだな。あとは特別な呼び出しがかからん限りは入れん。……どうしたんだ、急に?」

「あ、いや。俺とステラは一般人だけど普通に城に行っちゃってるから良いのかなって思って。」

やっぱり、一般人は入れないんじゃないか。グッさん達、班長はよく城に集められたりしてるみたいだけど、近衛兵でも普段は入っちゃいけないんじゃないか?

「何を言ってんだ、お前はもう十分一般人じゃないだろうが。」

「え?いや、別に俺、階級とか持ってないです。」

確かに俺は近衛隊に入ったし、城と無関係な訳ではない。近衛隊って言うと、一応女王直属の兵な訳だし。

「ん、まあそうだけどよ……お前は異世界から来たんだし……特別だろ?」

「……なんかあんまり関係ない様な……」

「そもそもお前は女王を助け出した英雄になったからなぁ。それで良いだろ。……もちろん、ステラちゃんのことだって、英雄にメイドがくっついてんのは不思議じゃねぇだろうよ。」

「……はぁ、だから英雄なんかじゃないですよ……。」

ふむ、そんなものなのか?納得はいかないことはないけど、英雄と呼ばれるのはやはり慣れない。英雄って呼ばれるならミーツェだってそうだし、クロードさんだってあの場に居たのになんで俺だけ……。千博はため息をついたが、ステラは何故か嬉しそうにしていた。

「まあ細かいことは気にすんな。お前はいつ城に行っても怒られることはねぇから安心しろって。……それより、注意しろよチヒロ。お前はあんまり自覚がないみたいだがこの国ではもうお前は英雄として有名になってんだ。けどそれはみんながみんなお前の事をよく思ってるわけじゃねえ。英雄ってのは周りから反感を買う事もある。身の回りには注意しておけ。」

「え……は、はい。」

急に神妙な顔で注意を促すグッさん。反感を買うって言うと、俺の場合はやっぱり貴族の人達なんだろうな。この前もなんか睨まれてたりしたし。気をつけたいけど、俺別に悪い事してないし……辛いなぁ。

「皆様、到着いたしました。」

話をしていると、運転手のおじさんが報告してきた。……いよいよだな。千博は気合いを入れ直した。今日はこれからの生活に大きく関わってくることだ。何とか治してもらえれば良いんだけどな。グスタフに連れられて千博とステラは城の中へと向かった。






「ちょっと待ってろ、今呼んでくるから。」

そう言ってグスタフが『仙人』を呼びに行ってからもうしばらくたつが、なかなか帰ってこない。千博達は城の中の中庭で待っていた。中庭には名前は知らないが女神の様な女性の像のもつ水瓶から水が流れ出ている噴水があった。

「……遅いですね、グスタフ様。何かあったのでしょうか?」

「うーん、確かに……。ていうか、本当に仙人なんているのかな。なんかすごい胡散臭いよな……。」

千博はだんだんと不安になってきた。グッさんの話ではそのお爺さんは自称仙人らしいが、なんの仙人かはわからないらしいしな……。

「なんじゃ、失敬な。このワシが胡散臭いじゃと?」

「……いや、だってやっぱり仙人なんてにわかに信じられないし……って、え?」

突然会話に入ってきた第三者の声に千博は思わず辺りを見渡す。が、周りには誰も……俺と同じ様な周りを見るステラしか見当たらない。

「安心せい。ワシはれっきとした仙人じゃ。胡散臭くなどない!」

再び聞こえる声。それは自分達の背後の女神像から聞こえてきていた。そして千博は目の当たりにする。1人の腰の曲がった老人が女神像におんぶをしてもらうかの様にして乗っかり、両手でその乳房の部分をがっしりと掴んで揉んでいる光景を。

「…………え」

「………きゃっ!?」

千博が呆然とし、ステラは顔を紅潮させて逸らす。あまり関わりたくはないが、とりあえず確認作業はしなければならない。

「あ、あのもしかして貴方は……」

「そうじゃ。おぬしらが待ちわびていたのはこのワシ、大仙人ことボア・ソンじゃ!!」

認めたくないが、どうやらこの人で間違いないらしい。まずは、第一印象は最悪だが。

「……う、胡散臭い。」

「何?お主、まだワシを疑うか。……しょうがない。それならば、証拠を見せてやろう。」

「証拠?」

そう言うとボア・ソンと名乗った白髪の老人は女神像おんぶされた状態から急に飛び上がり、一回転して噴水へと落ちていく。しかし、ボア・ソンの体が濡れることはなかった。何故なら、老人の足は水面に触れると、それを蹴ってさらにジャンプしたからだ。そしてそのままステラの後ろへ周り、ゆっくりと手を伸ばし……

「きゃあっ?!」

……尻を触った。そのしなやかさ、素早さにしばらく呆気にとられていた千博だったが、涙目になって真っ赤になりながらお尻を触られているステラを見て慌てて止めに入る。

「ちょっと!!何触ってんですか!!」

「……尻じゃが?」

「尻じゃが?じゃねぇ!!いますぐやめてください!」

千博が注意するとやれやれといった様子で手を離す。

「……ううっ……」

「ステラ、大丈夫か?」

涙目のステラを慰めると、ステラは目元をぬぐって顔を上げた。

「は、はい……怖かったですけど……」

そりゃ怖いだろう。なにせ、知らない人に急に尻を触られたんだ。俺がされても怖い。あんな堂々としたセクハラは初めて見た。

「……ふぅ。」

「何満足した顔でため息吐いてるんですか。ちゃんと謝ってください。」

千博は老人を少し睨む。

「何じゃ、そんなに怖い顔をするでないわ。ちょっとした老人のいたずらじゃろうが。別に減るものじゃない、少しくらい良いじゃろう。」

逆にむっとした顔で言い返された。何を言ってるんだこのジジイ。頬を膨らませるな。

「……ぬぅ、悪かったよ、お嬢ちゃん。ちょっとした出来心じゃったんじゃ。こう歳をとってくると、たまに人肌が恋しくなってのう。この通りじゃ。許してくれ。」

尚も千博が睨んでいるとボアはようやく深々と頭を下げた。

「そ、そうでしたか。そう言うことなら分かりました。これからは気をつけて下さいね。」

ステラは謝るボアを見てすんなりと許してしまった。いいのかそれで。多分反省してないぞ。

「……全く、こんな話をする為にお城に来たんじゃないですよ?ボアさん、俺の魔力の話……聞いているんですよね?」

話がかなり脱線している事に気付いて千博は本来の目的に話をもっていこうとする。

「当たり前じゃ。その為にワシはここに来たんじゃからな。さて、それじゃあそろそろ……」

ボア仙人は胸を張って答え、手を組んで胸の前で指の関節をポキポキと鳴らした。

「おーい、チヒロ!すまねぇ、もう少し待っててくれるか?あの爺さん、どこを見渡しても見つかんなくて……んあ?なんだ、もう此処に来てたのか。」

と、そこへボアを探しに行っていたグッさんが帰ってきた。

「む、筋肉か。ちょうどいいところに来たのう。少し手伝え。」

「爺さん、その呼び方は嫌いじゃねぇが、俺にはグスタフっつう名前があんだけど……」

グッさんを筋肉呼ばわりか……。凄く特徴を捉えている例えだ。千博は一人で吹き出しそうになった。

「この坊主……チヒロとか言うたか?こいつの体をちょっと抑えていろ。」

「え?」

抑える?もしかして今からこの人がしてくれる治療って痛かったりするのか?

「おう。分かった。」

千博はグッさんに羽交い締めのようにされる。

「あ、あの、私も何かお手伝いできませんか?」

心配そうにその様子を見ていたステラがボアに尋ねる。

「そうじゃなぁ。まぁ、それなら手を握って応援でもしてやったらどうじゃ。」

手を握って応援……?羽交い締めで拘束?千博は顔から血の気が引いていくのを感じた。

「え、え?ちょっと待って。何が始まるんですか?」

「よーし、じゃ、治療を始めるぞぃ。」

「チヒロさん、応援してます!」

ステラが手を握ってくる。ゆっくりとボア仙人は千博の胸の辺りに指先を当てる。え、何?めちゃくちゃ怖い。千博は身構えた。

「あ、そうじゃ。お代はちゃんと貰うからの。」

「は?待って、聞いてな…………がふっ?!」

てっきり無料でやってくれるものだと思っていた千博は急に治療費の話を出されて気が抜ける。そして緊張が解けた瞬間、それを狙っていたかのように体全身が跳ね上がるほどの振動が伝わってきた。肺の中の空気が全て吐き出される。

「チヒロさんっ?!」

「うおっ?!」

ステラとグスタフも驚いて体を仰け反らした。

「……むぅ、まだじゃなぁ。もう一回。」

「え、ちょっ…………がっ?!」

AEDとかはこんな感じなのだろうか。全身に電流が流れるような衝撃が再び千博を襲う。

「うん?もう一回。」

「ま、まだやるんで……ぐっ?!」

そしてボアは千博の様子を確かめながらこの作業を繰り返す。どうやら、この衝撃はボアの指先から生み出されているらしい。しかし、その正体はよく分からない。思い当たるとしたら魔力だろうか。だが、この老体の何処にこんな力が?

「む、よし、戻ったようじゃな。もう良いぞ、離してやれ。」

「あ、ああ。」

そして10回目辺りでようやく解放される。

「はぁ……はぁ……はぁ……」

「チヒロさん、大丈夫ですか…?」

地面に膝をついて荒い息を吐く。痛い訳じゃないが、身体の中を物凄い衝撃が駆け抜けるというのは経験のなかったことで、体力がひどく持って行かれた。

「あ、ああ。なんとか……」

不安げな顔をしているステラに笑顔を作って答えた。しかし、立ち上がろうとするが乗り物酔いの様に身体が上手く動かせず、その場にあぐらをかいて座り込んだ。

「す、すごかったな……。で、爺さん。これでチヒロは魔力が使える様になったのか?」

「うむ。そのはずじゃ。試しに使ってみたらどうじゃ?まぁ、今は少し気分が悪いかもしれんがの。」

グスタフとボアの話を聞いて千博は頷く。そして右手の手のひらの上に集中して魔力を集めた。すると、

「あ!!」

簡単に魔力を《留化》することができ、《可視化》できた。青白い光の球が現れる。

「わぁ……。綺麗です。」

ステラがそれを見て感嘆の声を出した。

「あ、そうか。ステラには初めて見せたよな。俺が魔力使ってるところ。」

「はい。というより、魔法自体見るのは初めてです……。」

ステラは不思議そうに光球を眺めている。まあ、今まで特に家に帰って魔力を使うことはなかったしな。それに魔法っていうのもこの国では一般の人は使えなくて兵士だけが使えるらしいし。

「すげぇな。一体何をしたんだ、爺さん?国一番の医者でも手も足も出なかったのによ。」

グスタフが今行われた事の真相を尋ねる。

「ほぉっ、ほぉっ、ほぉ。簡単な事じゃ。こやつの魔力生成器官にだけ集中してショックを与え、麻痺を解いただけじゃ。まあ、その辺の医者にはできんじゃろうがな。だからワシは仙人なのじゃ!」

胸を張って誇らしげにするボア仙人。正直、初めて見たときは駄目だこいつと思ったが、仙人としての腕は確かなようだ。

「はい!ありがとうございます。」

「それじゃ、お代の方じゃが……」

「あ……」

げ。また忘れてた。ていうかずるいよな、これ?普通治療する直前にそういう話をするか?どうしよう、高額請求とかきたら……。

「しばらくお前の身柄を預からせてもらうぞぃ。」

「え?」

身柄を預からせてもらう?何それ、怖い。

「あの、それはどういう事ですか?」

「ぬ?まぁ、簡単に言えばお前をワシの弟子にする。そんなところかの。」

「え??」

弟子にとるって、それがお代になるのか?拍子抜けした。

「え……そんな事でいいんですか?」

「ほお、そんな事、といったの?ならば、受けてくれるのじゃな?」

「あ、それは……」

千博はちらりとグスタフの方を見た。グスタフもそれに気付き、視線の意図を汲み取ったようだ。

「……あー、爺さん。悪いがチヒロは近衛隊の一員だからよ。魔力が回復したなら訓練に参加させたいんだが……」

「何、ワシの弟子入りというのも訓練と似たようなものじゃ。それに、ワシの弟子になれば間違いなく今より強くなれる事を保証してやる。」

「……そうか?けど、そもそも爺さんはなんの仙人なのかまだ分からんのだが……チヒロにはなんの稽古をつけようとしているんだ?」

グスタフが尋ねる。そうだ。そもそもまだこの人が何の仙人か正確には教えてもらってないぞ。

「なんじゃ、分かっとらんかったのか。ワシは魔力の使い方に関するエキスパートであり、プロフェッショナルであり、その道の先駆者である仙人じゃ!どうじゃ、まいったか!」

肩書き多いな。まずはシンプルにそう思った。しかし、それ以外にもっと気になったワードがある。

「魔力の使い方……」

「お、食いついたのう。そうじゃ。ワシの弟子にしてお前にはワシが編み出した魔拳を修得して貰おうと思ってるんじゃ。」

「魔拳?なんだぁ、そりゃ?聞いた事ないぞ。」

グスタフが首をかしげる。魔拳?魔剣じゃなくて?てことは、拳法みたいなものってことか?

「ぐ……そう、それこそワシが抱えている一番の問題。ワシは魔拳を編み出したのは良いが、年寄りじゃし後継者が居らんのじゃ。だから若いもんを弟子にしてこの拳法を引き継いでもらって認知度を高めて欲しいのじゃ!」

「ん?なら別に弟子にすんのはチヒロじゃなくても良いだろうが。なんでチヒロなんだ?」

「ふむ、それはじゃな……」

そう言ってボアは千博の方を見てにやりと怪しげに笑った。

「どうせなら、一番弟子にはこの世界にはいない様な特別な奴が欲しいじゃろう……?」

「「?!」」

な、なんだ?この爺さん、俺が異世界から来たことを知ってるのか?ボアはこの世界、というところを強調してそう言った。グスタフと千博は警戒をする。

「ふおっ、ふおっ、ふぉ。詳しい事は知らんがの、ワシには分かるぞぃ。お主のその魔力。今まで見た事のない色じゃ。それにその魔力量。ワシはそれに引き寄せられてこの国に来たんじゃよ。」

「……じゃあ最初からゼウシアに俺がいる事を知ってて、俺を弟子にするつもりで来たんですか?」

「ああ、そうじゃよ。まぁ、流石に名前までは分からんかったがの。お主の魔力を感じてここへ来たのじゃ。」

千博はグスタフと顔を見合わせた。そんな事できるのか?というか、一体何処から感じ取っていたんだ?ますます不思議なお爺さんだ。どんな力をもってるんだ?

「まあ、この爺さんがその……魔拳?ってのの使い手ってのは本当らしいしなぁ。チヒロが構わねぇのなら爺さんに魔力の使い方を学ぶってのも悪くない。悔しいが俺が教えるよりも良いかもしれんしな。どうだ、ここは一つ爺さんに任してみるのもいいんじゃねぇか?」

グッさんの許可が出る。……ふむ、確かにさっきの噴水での動きを見る限り、学べるものは多いかもしれないしな。セクハラで忘れかけていたが、ボア仙人はあの時確かに水面で跳躍した。それに、この高齢にしてあの軽やかな動き。身体能力の強化もしていたのだろう。という事は、かなりの負担が体にかかっているはずなのに、息ひとつ荒れていない。これは驚くべき事だ。どんな魔力の使い方をしたのかは不明だが、俺の武器であるこの膨大な量の魔力が戻った今、より上手い魔力の使い方を学ぶのは必要不可欠な事だし、何より基礎は大切だろう。

「分かりました。是非、よろしくご指導お願いします。」

「よし!よく言った!これで晴れてお主はワシの一番弟子じゃ!よろしく頼むぞぃ、チヒロ。」

「……そうか。寂しくなるな。なら爺さん、訓練所は自由に使ってくれて構わないからな。」

「うむ、そのつもりじゃ。安心せい、チヒロを何処か連れて行くわけじゃないんじゃ。いつでも会える。」

「ああ、そうだな。じゃあ、頼むぞ、爺さん。」

こうして無事、チヒロは魔力を取り戻し、ボア仙人に弟子入りする事になった。






「チヒロ、早速明日から稽古を始めようと思うがその前に一ついいかの?」

グスタフと別れた千博達はボア仙人とともにいつものように城から馬車で家まで送ってもらっていた。その道中でボアが口を開く。

「何ですか?」

「これを両手につけるんじゃ。」

そう言ってボア仙人は懐から2つのブレスレットのような物を取り出した。色は銀色で、シンプルなデザインだ。

「何ですか、これ?」

「入門祝いみたいな物じゃ。」

千博はボアからブレスレットを受け取る。デザインはそんなに嫌いではない。寧ろシンプルな物は好きだ。

「いいんですか?」

「もちろんじゃ。ほら、早くつけてくれ。」

まさかこんな特典があるとは思ってもなかった。なんか、弟子入りしてから得しかしてない気がするけどいいのか?少し申し訳ない気持ちになりながらも、千博はブレスレットをつけた。

「とてもよくお似合いです、チヒロさん。」

「うむ、良いではないか。」

2人に褒められて照れていると、ブレスレットは突然縮み、手首の太さぴったりになった。

「え?ちょっ、固っ!これ、外れないですよ?!」

ブレスレットを手首から外そうとずらすがびくともしない。完全にはまってしまっている。

「チヒロ、魔法を使ってみるんじゃ。」

「あ、そうか。」

千博は腕に力を込めて腕力を強化する。が、上手くいかない。

「あれ、おかしいな……」

魔力を流す事ができている感覚はあるのに腕力は全然強化されていない。というか、魔力が腕まで回っていない気がする。

「どうじゃ、上手く魔力が操作できんじゃろう。」

「はい……って、分かるんですか?」

「もちろんじゃよ。だって、その腕輪はそのために渡したのじゃからな。」

「……え?」

じゃあ、わざと魔力が使えなくさせられたのか?

「その状態で生活をするんじゃ。今、お主につけた腕輪は言わば魔力の流れを遮る抵抗のような物。じゃから、より繊細な魔力操作が必要となる。これで過ごせば自然と魔力の操作が上手くなるぞい。」

「ああ、そういう事ですか。」

重りをつけて生活をして筋力を高めるトレーニングみたいなものか。けど、ちょっと負荷が大き過ぎないか?これじゃ全く魔力が使えない気が……。

「皆様、到着いたしましたよ。お疲れ様でした。」

と、いつものように馬車の運転手さんが到着を知らせてくれた。3人は馬車を降り、とりあえずボア仙人を夕食に誘う事にした。

「……む?」

馬車から降り、屋敷の前にくるとボアは屋敷を見上げる。

「……その、見た目はあれですけど、中は綺麗ですから安心してください。」

多分、誰でも始めはこんな反応だろう。今でも外見怖いし。でも、ステラが庭の花壇に花を植えてくれたから少しましになったかな。

「いや……そうじゃないんじゃが……ふむ?いなくなったのう。」

「何かいましたか?」

千博が尋ねると、ボアは屋根の方を見て首をかしげた。

「何でしょう、鳥、ですか?」

ステラも見上げるが、特になにもいないようだ。

「……いや、魔力を感じたんじゃ。」

「え?!」

ボア仙人が魔力を感じたって事は何かいたに違いない。そして、魔力を持つという事は鳥などの動物ではないという事だ。それなら人か?いや、でもこんなところに来る人なんていないし、そもそも屋根の上に人なんて登らないだろう。という事は……

「ま、まさか、魔物って奴か?」

この屋敷の近くの森には魔物とかが出る。その話はグスタフから聞いていた。しかし、これまで魔物が現れた事はなかった。だから忘れていたが、普通に考えればいつこの辺に現れてもおかしくないのだ。

「ま、大丈夫じゃろう。魔物だとして、ワシらがきて逃げたという事は大した魔物ではあるまい。心配はないじゃろ。」

「ま、魔物………?」

魔物と聞いてステラも怯えている。全然大丈夫じゃない。どうしよう。魔除けの札とか買えば追い払えるのかな……。

「そんなに気にするでない。そんな事より今日は夕食をステラちゃんが用意してくれるのじゃろう?早く家に入ろう。」

「は、はぁ……不安だ。」

そして、急かすボアに連れられて千博達は家に入り、夕食をとったのだった。





千博達が夕食を取っている間。夜も更け始めた頃だ。とある屋敷に影のように黒い者が現れ、ひざまずく。そして、その主人は両脇に下着姿の美女を侍らせてソファに座っていた。

「で、どうだったんだ?あいつの家に行ってみたんだろう?ちゃんと仕事はできるんだろうね?」

「……はい。家の間取り……把握。問題……ない。明日……決行。」

主人が両脇の美女に肩を回しながら尋ねると、彼女は静かに答えた。

「ふはははは!いいねぇ、でかしたぞ!それじゃあ、少し早いが、ご褒美をあげようかな?」

黒衣の少女の返事を聞いて楽しそうに笑う男。歳は若い。二十代前半、もしくは十代とも思え、顔つきも整った好青年といった雰囲気だ。男は少女を呼びよせると、少女の顔の前に靴を履いたままの足を伸ばした。

「ほら、ご褒美だ。舐めていいぞ。」

少女はその言葉には反応せず、俯いたままだ。すると、その態度が気に入らなかったのか男は立ち上がって少女の頭を踏みつけた。

「おい、どうした?ご主人様がご褒美をあげるって言ってるんだ。なんで素直に受け取れないんだ?え?」

「…………っ」

男が足に力を入れていくと、少女は顔を苦痛に歪める。少女の目は虚ろだった。そしてそのうちに男の靴を舐めようと顔を近づけると、

「おいおい、何してるんだ?もうご褒美はお終いだよ!」

男に頭を蹴飛ばされる。理不尽な言動。しかし少女は何も言わない。泣きもしない。ただ、虚ろな目で主人に顔を向けた。

「……相変わらず、気持ちの悪い目だなぁ。何を考えてる?」

「…………。」

少女は何も話さない。

「……ちっ。生意気だな。誰が君を奴隷市で買って養ってやってるか分かってるのか?奴隷の分際であまり調子に乗るな。」

「……すみません」

感情のない目で少女はただ謝罪した。

「……ふん。まあ、いいさ。」

その様子を見て男は再びソファに腰掛けると、2人の美女が男にしなだれかかった。男はその2人の頭を撫でると心底楽しそうにニヤリと笑った。

「……あいつは僕をこけにしたからね……死んでもらわなければ割が合わないよ。」

しかしそう言い終わるやいなや急に憎しみに満ちた目に変わり顔から笑みを消す。その時のことを思い出したのだろうか、復讐の炎が瞳に燃えていた。そして少女に告げた。

「必ず殺してこいよ?その為にお前を買ったんだ。失敗は許さないからね?」

「……了解」

主人の命令を聞き、少女の影はその場から消えた。それを見届けると、男の顔に歪んだ笑みが戻った。

「クク、いよいよだ。英雄の命日。きっと後世に残るだろうよ。」

「「ご主人様〜素敵ですぅ。」」

男は自分を褒める美女たちの肩を抱いて再びソファに深く座り直した。そして片側の女が差し出すワイングラスを受け取り一口すする。

「クク、覚悟しろ……マナカチヒロ……。僕への侮辱のつけ、その命で償うんだ……」

男はまるで結婚式の前日かの様な幸せそうな笑みで静かにそう言った。


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