お見舞いとミーツェの告白
「306号室って言ってたよな。」
「ああ、ここを曲がってすぐだ。」
一度お見舞いに来たというフェリスの案内のもと、千博とステラはミーツェの病室へと向かう。大きな病院なので廊下も長く入り組んでいた。フェリスについて進むと、看護婦さんに教えてもらった306号室と書かれたプレートを見つけた。フェリスが部屋の扉をノックする。
「ミーツェ、私だ。入るぞ。」
「あ、フェリス!いいよー、入って入って!」
部屋の中から聞こえてきた声が元気そうで、千博は安心した。フェリスに続いて部屋へと入る。
「あ…………」
部屋に入ると真っ先にミーツェと目があった。すると、ミーツェは先程まで明るい様子だったのに何故か目を逸らして俯いてしまった。
「む……」
何だろう。やっぱり俺はミーツェに嫌われているのかもしれない。前からミーツェの俺に対するあたり方は攻撃的だし、冷たいところがあった。ユリア女王を助けに行った時に少しは仲良くなれたと思っていたが、それは自分の勘違いだったのかもしれない。少なくとも今の行為からは好意は感じなかった。
「ち、チヒロも来たんだ。……それに、その子は?」
ミーツェは千博の後ろにいるステラを見て言う。
「彼女はステラ君だ。チヒロの家でメイドをしている。彼女もお前の見舞いに来てくれたんだぞ。」
フェリスが答えると、ミーツェは興味深そうな目でステラを眺めた。
「あっ……こ、こんにちは。よろしくお願いします、ミーツェさん。」
「ふーん、メイドかぁ……。」
と、それを聞くとミーツェは羨ましそうな表情になった。何故だろう。ミーツェはメイドが好きなのか?
「ミーツェ、今日はいいものがあるんだ。チヒロ、ほら。」
「え?あ、そうだったな。」
フェリスの一言で千博は手に持っているお土産を思い出した。
「ほら、これ。もうすぐ退院って聞いたから。口に合えばいいんだけどな。」
「っ!それ、もしかして……!!」
千博がタルトの入った箱を取り出すとミーツェの目が釘付けになった。
「そうだ。お前の好きな『フルーツアンドクリーム』の新商品だぞ。」
へえ、『フルーツアンドクリーム』っていうのか、あの店。確かに店の棚にはフルーツの多く使われたケーキとかが多かったな。フェリスの補足情報に一人納得する千博。ミーツェは千博にもフェリスにも目をくれずに箱を見てきらきらと目を輝かせている。
「うわぁ……ありがとう、チヒロ!すっごく嬉しいよ!」
「……っ?!あ、ああ。気にすんな。」
だから、不意にミーツェにはつらつとした笑顔を向けられた時に千博はドキッとした。今までミーツェのこんな顔は見たことなかったし、自分は嫌われていると思っていたので余計に印象的で、千博はしばらくあっけにとられていた。
「……どうしたの?」
ミーツェに話しかけられて千博ははっとする。
「あ、いや……ミーツェのそんな顔、見たことなかったから……ちょっとびっくりしてさ。」
「えっ?!あ……」
千博が正直に言うとミーツェは赤くなって俯いた。が、少しの間を置いた後、ミーツェは急に真剣な面持ちになって千博を見た。
「そう……その事でチヒロに言わなきゃいけないことがあるんだ。」
「……その事?何だ、それ?」
「と、とにかく話したいことがあって……だから、出来れば……」
そう言うとミーツェはフェリスの方をちらりと見た。
「……そうだ、ステラ君。少し手伝ってくれないか?チヒロが買ってくれたタルトを切り分けよう。あと、お茶でも貰えないか看護婦に頼んでみよう。」
2人で話したい、というメッセージをフェリスは無言で察しとった様だ。
「そうですね。チヒロさん、タルトを頂いても?」
「ああ、じゃあ頼むよ。」
千博は手にしていたタルトをステラに渡す。するとフェリスはステラとともに病室から出て行った。
「……あれ、タルトなんだ。楽しみだな、食べるの。」
「そうだな、俺も楽しみだ。……で、話ってのは?」
2人に出て行ってもらいたい様な話なんだ。きっと何か俺にとって重要な話なのか、それともあの2人には知られて欲しくないことなのか。まさか、余命があと少しになった、とかじゃないよな?頭の中をいろいろな考えがよぎり、千博は身構える。
「……その、チヒロにはちゃんとお礼が言いたくて……。親父から聞いたんだ、私が倒れている間、ずっと魔力をくれていた事。……それも、磨製丸まで使って……。」
「……ああ、なんだ。そんなことか。」
話の内容を聞いて千博はほっとした。何か深刻なことかと思っていたが、ミーツェが言いたいのはあの時のお礼らしい。
「そんなこと……?……何で……何でそんなに平気な顔をしていられるの?!もう少しでチヒロも死ぬかもしれなかったんだよ?!」
しかし、千博の言葉を聞くや否やミーツェは急に怒ったかのように千博に言葉をぶつけた。語気の強さに千博はたじろぐ。
「お、おい。一体どうしたんだよ……俺は大丈夫だって……」
「大丈夫?何が?!魔力が少なくなったら死んじゃうって、磨製丸をたくさん使うのは危ないって教えて貰ってたんでしょ?!なのに、なのになんでそれを知ってまで私を助けようとしたの?!」
「……それは…………」
ベットから身を乗り出して千博に迫るミーツェ。ミーツェは怒っているのか?でも、なんで?ミーツェの話を聞いていると、自分がした事は間違っていたかのように聞こえる。
「……そんなの、俺がお前を助けたかったからだよ。それ以外に理由なんて……」
千博は思った通りを口にした。するとミーツェは脱力したかのようにベットへ倒れこんだ。
「……分かんないよ。何でそんなに私を守ろうとしてくれるの?だって、私だよ?あんなに千博に暴言を吐いて、嫌じゃなかったの?」
「……まぁ、いらっとする時もなかったといえば嘘になるけど……」
「そうでしょ?なら何でそんな奴を助けたいと思ったの?」
ミーツェはもう一度体を起こして千博の方を向き尋ねた。千博は困った。何故なら、そんな事をあの時考えてはいなかったからだ。そんなに深く考えてなどいない。でも、一つだけ確かな気持ちはあった。
「お前は、俺の仲間なんだ。俺は大切な人達を守るって、そう思って近衛隊に入った。お前も大切な存在だ。だから例えお前が俺に何をしても、俺は必ずお前を助ける。無論、これからもな。」
それだけ言い終わるとミーツェは静かに微笑んだ。その様子がまた、いつもとは違って千博はどきっとした。
「……そっか。やっぱり、そうなんだね。きっとチヒロはあの時怪我していたのが私じゃなくても、誰であったとしても助けてたんだよね。……ちょっと寂しい気もするけど、それでこそチヒロって感じがする。」
「そうかな。」
「うん、そうだよ。……遅くなっちやったけど、助けてくれてありがとう。チヒロのおかげで私はこうして生きていられる。これからは私がチヒロを守るよ。」
ミーツェは笑いながらそう言った。……なんだ?今日のミーツェはいつもとなんか様子が違う。やけに素直っていうか、どこか吹っ切れたような感じがするような……。まあ、仲良くしていけそうで俺は嬉しいけど。
「はは、ありがと。頼もしいよ。」
「うん。……で、もう一つチヒロに言いたいことがあるんだけど、いい?」
「? ああ、何だ?」
ミーツェは一つ大きく深呼吸をした。もう一つの言いたいこと?なんだろう?
「私さ、今までチヒロに酷いあたり方してたでしょ?それ、何でだろうって考えてみたんだ。多分、最初はチヒロが他の男と違う所を気にいらないって思ってたんだ。でも、違ったみたい。」
「……というと?」
「私、出会った時からずっとチヒロの事が気になってた。それはチヒロのことを気に入らなかったからじゃなかった。だって、気に入らない奴のことなんかを、気づいたらいつも眺めてる、なんてことはないでしょ?」
ミーツェは独り言のように次々と言葉をつなげていく。
「本当に、アンタみたいな男は初めてだった。だから最初は疑っちゃった。でも、一緒にユリ姉を助けに行って、私を必死に助けようとしてくれたことを知って、分かったんだ。チヒロは、私が疑う必要もなく、みたままのチヒロだったって事を。」
「……?」
考えがまとまっていないのか、ミーツェの言いたいことがいまいち伝わってこない。チヒロは首を傾げながら黙って話を聞いた。
「……えぇと、だから、その……なんでお前がって思うかもしれないけど……」
そして、次の言葉を聞いた瞬間、チヒロは周りの時が一瞬止まるのを感じた。
「私、チヒロの事……好きになってるみたい……」
ミーツェはいつもの様子とは全く異なり、もじもじとしながらそう言った。
「………………?」
そして、時が動き出して千博は考え出した。今のはなんだ?まるで告白のように聞こえたんだが……。いや、そんなはずはない。何かの間違いだろう。……そうか!今までは嫌いだったけど、この一件で見直してくれたって事だ!よかった、それならこれからはミーツェの接し方も変わるんだろうな。
「……あ、ああ!!そ、それはよかったよ!嫌われたままじゃ、同じ班にいても居心地悪いもんな!」
早とちりしたら大恥をかくところだったが、なんとか頭を働かせる事が出来てよかった。千博は笑いながらミーツェに言った。が、ミーツェはその様子を見るとむっとした顔をしてベットから飛び出す。
「……ちょっと、それは酷いんじゃないの?!ほ、本当はわかってるんでしょ?!」
「……え、は?そ、それって……」
ミーツェはあたふたする千博の方へと寄っていき、その手を握る。そして、誰にでも分かる様に言った。
「私は、チヒロの事が男として好き!!これで分かったでしょ?!」
「なっ……はぁ?!」
千博は思いも寄らない不測の事態に思わず後ずさりしそうになるが、ミーツェに手を掴まれていてそうはいかなかった。一体どうすればいいんだ?こんな状況初めてで、何をしていいのかわからない。やっぱり返事をした方がいいんだろうか。それは確かにミーツェは可愛いし、悪い奴じゃないって分かっているけど、それだけで安易に返事をしていいものでは無いだろうし……。まさに窮地に立たされた千博だったが、それは思わぬ方法で救われる事となった。
「な、ぬわぁにぃ〜〜っ?!?!」
凄まじい驚きの声とともに病室のドアが開く。そして、そこから現れたのは何故か、何処から出てきたのか分からないが、ミーツェのお父さんだった。
「てめぇ、チヒロっ!? これは一体どぉいぅ事だぁっ!!」
「えぇ?!グッさん?!何でここにいるんですか?!」
「うぅるせぇぇぇっ!!よくもお前俺の可愛い娘をっ!!!」
入り口から駆け込んできたグッさんに肩を掴まれてぐわんぐわん揺すられる。千博の声は全く届いていない様だ。
「ちょっ、グッさん……肩外れる……」
「ぬわぁぁぁぁあ!!!あんな台詞、俺も聞いた事ねぇぞぉぉっ!」
やばい、完全に目がいってる!このままじゃ俺、殺されかねないって!
「ちょっ、親父?!何してんの、やめなって!!チヒロが死んじゃうっ!!」
ミーツェが急いで止めに入るがグッさんには何も聞こえていない。
「もう、面倒くさいなぁ!《大蛇の牙》っ!」
「ぬぅ……?!」
ミーツェが一声あげるとミーツェの右手に銀色の手甲が現れ、そこから伸びる鎖がグッさんの体をぐるぐると縛り上げた。グッさんはバランスを崩して床に倒れる。
「おぉ!よかった、もう魔力が使えるんだな。」
「うん、チヒロのお陰でね。」
ミーツェが魔力を使える様になれた事に安心し、千博は肩を回して肩の無事を確認した。と、グッさんが勢いよく開けすぎたせいで少し歪み、開けっ放しになっている扉からフェリスとステラが現れた。
「……これは一体……何が起きたんだ?」
「グスタフ様?どうして此処に?」
床に倒れて鎖で拘束されているグスタフに2人の目が止まる。ミーツェの拘束で正気を取り戻したのか、単に身動きが取れないだけなのか、グスタフは少し落ち着き始めた様で、2人を見た。
「あ、フェリスにステラちゃんか。なんだ、みんなで来てくれていたのか?」
「あ、ああ。……というか、何故グッさんは縛られているんだ?」
フェリスが目の前の状況の説明を求めると、グスタフは先程までのことを思い出して再び激しく動きながら言う。
「その事なんだがな、聞いてくれよフェリス!!チヒロの奴、俺の……俺の可愛いミーツェを俺から奪いやがったんだよ……」
「なっ?!」
「ええっ?!」
グスタフの言葉に同時にフェリスとステラが反応して声を上げた。
「なっ……奪っ……?そ、それはどういう事なんだ!チヒロ、説明しろっ!!」
「いや!奪ったってのはなんか違うって?!」
「はぁ?!何が違うんだチヒロっ!お前は俺の大事な一人娘の心を奪いやがっただろうがぁ!!」
「そ、そんな。チヒロさんがミーツェさんの事を……」
「……そ、そんな事言われても……」
心を奪うって、俺はそんな何処ぞの怪盗三世じゃないんだし……。それに、何かアピールとかそういうものをしたつもりもなかったんだから責められても困る。詳しい事情を追求するフェリスに、もうほとんど憎しみに近い感情しか感じられないグッさんに迫られるが千博はなんと答えていいのか分からなかった。ちらりと唯一怒っていなさそうなステラの方を見て、助けを求めようとしたがステラは何か一人で絶望したような顔をしている。
「ちょっとみんな落ち着きなよ!別にチヒロが悪い事をしたわけじゃないんだし。」
「うっ……」
「ぐ……まぁそうなんだが……」
返答に困っていると事の発端であるミーツェが弁護をしてくれた。その最もな指摘のおかげでグッさんもフェリスも黙る。
「……まあ確かに心を奪ったっていうのは本当だけど……」
「ぐっ……ぬぅ……」
「チヒロ!!」
うなじまで紅潮させながらミーツェが加えた。あ、今のはいらなかったよミーツェさん…。黙っていた2人は再び顔を歪ませた。そのうちグッさんの方はもう怒りというよりも目に涙が浮かびはじめている。先程までの勢いはすっかりなくなってミーツェはもう大丈夫と判断したのか拘束を解いた。フェリスはというと何時もなら腰のレイピアに手をかけていてもおかしくないが、今回は切り分けられたタルトを持っていたためにそれが出来ずにぐっと千博を見つめていた。
「まあまあ、そんなに怒らないで。そもそも私はチヒロに返事をしてもらったわけじゃないし、今貰えるとも思ってない。私はチヒロに酷い態度をとってきたんだから、いい返事がもらえないことはわかってる。だから、今のは宣戦布告って感じかな。」
そして、ミーツェは悪戯な微笑みを浮かべて
「覚悟してよね、チヒロ!きっと、私のことを好きにさせてやるから!」
と、親と、親友と、思い人のメイド、そして本人の前で宣言したのだった。
「あ、ああああ……そうか、ミーツェ。お前、そこまでチヒロの事を……。」
グッさんが遂に目頭を押さえて涙を流す。まさかこんな形でグッさんの涙、というか、大の男の涙を見る事になるとは思ってもいなかった。
「そ、そうか。ならば私にもまだチャンスはあるのだな……!」
「うぅ……も、もっと頑張らなきゃ……!」
フェリスとステラは各々何故か気合いを入れている。
「ほら、そんな事より早くタルト食べよう?ステラちゃんがお茶も持ってきてくれたんだし。」
「む、そうだったな。ほら。八等分してきたからグッさんも食べれるぞ。」
場の空気を変えるためにそう言ってフェリスは8つに切り分けられた苺タルトを全員に配っていく……のだが
「……何があったんだ?」
チヒロは渡されたタルトを見て思わず呟いてしまった。何故なら、聞き間違いでなければフェリスはタルトを八等分した、と言ったはずだったからだ。しかし渡されたそれは等分された形跡が全くないのだ。所々が出っぱったり、へこんだりしていびつな形をしていた。
「な、なんだチヒロ。何か言いたい事でもあるのか?」
「え……いや、まあ食べれればいいんだけどさ……。何でこんなに歪んでるんだ?」
「わ、悪かったな、歪んでいて!どうせ私は料理などできんからな!」
「……料理?」
あ、そうか。確かフェリスは料理が苦手って言ってたよな。ステラのサンドイッチを食べてた時も少し悔しがりながら美味しいって言って食べてたし。けど、これは料理じゃないよな。だって切り分けるだけだぞ?包丁かナイフで切るだけじゃないのか?フェリスの剣さばきからは想像もできない不器用さだ。
「〜〜っ!!チヒロ、お前心の中で私を馬鹿にしているな?!」
「い、いや、してないって!ただ、意外だっただけだって。でも、気にすることじゃないだろ。ちょっとくらいできないことがあった方が可愛げがあるじゃないか。」
「なっ……か、可愛げ……」
フェリスは顔を赤くして俯いた。それを見たミーツェとステラが不機嫌そうな表情になる。
「ん、美味いな、これ。」
赤くなっているフェリスを尻目に千博は苺タルトを味わう。使われている苺がとても甘くて美味しい。
「ち、チヒロさん。お茶もどうぞ!」
「お、ありがと。本当にいつも気がきくな、ステラは。」
「いえ、そんな……」
褒められてステラは嬉しそうに尻尾を振った。ミーツェはそれを見てむっと頬を膨らませる。渡されたタルトがあまり大きくなく二口目で食べ終わってしまったのでステラのお茶を飲みながらほっと一息いれる。
「ね、ねぇチヒロ。それちょっと小さかったんじゃないの?ほら、私のあげるよ。」
と、今度はミーツェがチヒロに近づき、食べていたタルトを差し出す。
「い、いいって。もともとお前のために買ってきたんだから……」
「いいの!私が食べて欲しいんだからおとなしく食べなって!ほら、あーん!」
断る千博に尚も強引にタルトを押し付ける。千博は観念してミーツェにタルトを食べさせてもらった。
「……ど、どう?」
「……や、その……普通に美味いけど……」
味は先程まで食べていたものと同じものなのだから聞くまでもないだろう。ただ、千博は人生で二度目の『あーん』に頭が混乱しそうだった。
「……おい、チヒロ。ちょっといいか。」
と、突然打ちひしがれていたグッさんがむくりと起き上がり千博の元へ来る。や、やばい。この状況で今みたいなのを見せ付けられたんだ、グッさんブチ切れているんじゃ……。
「ええと、はい……何でしょうか……」
「少し外へ行くぞ……付いて来い。」
グッさんは静かにそう告げた。
「ちょっと親父!またなんかする気?! いい加減わかってよ、チヒロは悪くないんだから……」
「……いや、いいんだ。俺もグッさんには話がありますから。」
グスタフが千博を呼び出すのを見てミーツェがすぐに止めようとするが、それを千博は断った。何故なら、グスタフの目は真剣で今までの事とは違う話をしようとしている事に気付いたからだ。
「……じゃあ、ちょっと行ってくるから。フェリス、ステラ、ちょっと待っててくれ。」
「あ、ああ……」
「はい……」
不安そうな2人とミーツェの視線を後にして、千博はグスタフと部屋を出た。
「さっきは悪かったな。ちっと気が動転して取り乱しちまってよ。」
「……いえ、いいですよ。気にしてないし、親ならきっと当然の反応ですよ。」
「……ああ、そうだよな……って!なんでお前に慰められなきゃいけねぇんだ!」
「……あ、す、すみません!」
2人はミーツェの病室から少し離れ、病院の患者たちが集えるようなちょっとした休憩スペースのような場所にいた。
「まぁ、その話はまた今度たっぷりするとしてだな……」
うっ、たっぷりするのかよ……。ここで終わってくれれば良いのに。千博はため息をついた。
「……真面目な話、お前、これからどうしたい?」
グスタフの言葉を聞いて千博は表情を変える。
「お前のとこに行って遅かれ早かれ話さなけりゃならんかったんだが、今日偶然会ったんだ。今話させてもらうぞ。……で、どうなんだ?」
グスタフは尋ねながら近くの椅子に腰かけた。木製の椅子がみしっと軋む。
「……近衛隊は続けます。これからも。魔力は関係ありません。魔力がないと、俺は弱くなる事はわかってます。……でも、それでも、一度守りたいと思ったんだ、だから俺は大切な人達を守ります。」
千博が迷う事なくそう言うと、グスタフは少し意外そうな顔をしたが、すぐに小さく笑った。
「なんだ、てっきり弱気になって辞めるとか言い出すかと心配してたが……お前はなかなか良い意志をもってるじゃねぇか。……まあ、うちの娘が惚れた男だ。これくらいは当たり前か。」
「ちょっ……話を戻さないでくださいよ。」
ミーツェの話題を出されて困ったような声でそう言うと、グスタフはがはは、と快活に笑った。
「ふん、まあお前が息子になるってんなら悪くないかもしれんなぁ。」
「む、息子に……?」
千博は自分がグッさんの事をお義父さん、と呼んでいる様子を思い浮かべそうになって頭を振った。なんだかそれは気持ち悪い。
「とにかく、お前がやる気で安心した。……もっとも、辞めるって言っても辞めさせやしないけどな。お前は貴重な戦力なんだから。」
「え、そうなんですか?」
千博は意外な言葉に驚いた。てっきり、魔力がなくなったら用無しのように扱われると思っていたからだ。
「ああ!お前は筋が良い。魔力が使えなくても鍛え甲斐があるさ。だが安心しろ。これを見てみるんだ。」
そう言うとグスタフはポケットから折りたたまれた大きめの写真のようなものを取り出した。
「これはお前の透析写真だ。さっきここの医者から貰ってきた。」
「透析写真……?」
グスタフからその写真を受け取って見てみると、それはレントゲンのようなもので人間の胸部あたりの骨格が写っていた。
「で、ここなんだがな。ほら、心臓の下の辺り。」
グスタフが指差す所を見ると、心臓の下辺りに何やら小さい白い点のようなものが写っていた。
「え……これってまさか……」
「お、分かったか?」
千博の顔が青ざめる。
「がん……ですか?」
「違うわ!それは魔力を生成する器官だ。」
「ほっ……よかった。」
それを聞いて一先ず安心した千博だったが、すぐさま違う心配に襲われた。
「……って、ええ?!魔力を生成する器官?!何ですかそれ、全く身に覚えないんですけど?!大丈夫なんですか、それ!」
「は?何を言ってんだ。こんなもん誰にでもあるだろうが。」
そ、そうなのか?いや、少なくとも俺のいた世界では心臓の下にそんな器官があるなんて聞いたことも無かったけど。でも、魔力自体がなかったからな。この世界に来てからできたのか?
「で、何が言いたいかというとだな。他の人に比べて確かにお前の魔力生成器官の力は弱まっているが、見てわかるように機能は死んではないって事だ。」
「ええと、麻痺してるってお医者さんからは聞きましたけど。でも、回復させる方法が分からないんですよね?」
その話なら一度聞いた。魔力を生成する器官が麻痺しているので魔法を使うことができない。だが、そのおかげで魔力を使わずに済み、死なずにいられるらしいのだ。今の所、この器官の麻痺を治す方法は分からず、医者からは魔力を使わずに安静にしているようにと言われた。
「そうなんだが……実は昨日、変わった爺さんがゼウシア城の前に来てな。」
「爺さん?」
「ああ。で、そいつがなかなか不思議な爺さんで……自分のことを仙人と言うんだ。」
「仙人……なんの仙人ですか?」
仙人なんで聞くとどうしても胡散臭く思ってしまう。
「……なんの仙人かは知らんが、魔力を使うのが異常に上手い爺さんだ。門番を簡単に倒して城に入ってきてな。たまたま俺も城にいたんだが、俺も敵わんかった。」
「え?!グッさんでも?!」
そう言ってグスタフはバツが悪そうに頭を掻いた。まさか、班長のグッさんが敵わないなんて。一体どんなお爺さんなんだ?まさかマッチョなわけじゃあるまいし……。
「ああ、情けないが、本当に大した爺さんだった。で、そいつが今城にいるんだがな、チヒロの事を話したら連れて来いと言われたんだ。『わしなら治せる』と言うもんでな。だから明日城に行くぞ。いいな?」
「え、はい……分かりました。」
突然の呼び出しだが、それは願ってもみない魔力が戻るかもしれない絶好の機会だった。千博は迷わずに返事をする。
「うむ、じゃあ明日の朝迎えに行くからよろしく。」
「分かりました。待ってます。……ところで、一つだけ俺から聞きたいことがあるんですけど……」
「む、何だ?」
千博は話の終わりを待って気になっていたことを聞くことにした。
「あの……魔製丸、の事なんですけど……。あれ、どうして持ってたんですか?」
「……。」
それは、魔製丸の事だった。これは、実はアレギスにいた時から不思議に思っていた事だった。アレギスで魔製丸を取り出した時、アレギスの医者はどうしてそんな物を持っているのか、と驚いていた。そして、これは多くの国で禁止されているとも言っていた。それだけ、この薬は危険なのだ。しかし、何故そんな物をグスタフが持っていたのか。それがずっと気になっていたのだ。
「あ……別にグッさんを疑ってるとかじゃなくて……ただ、気になっただけなんです。あれ、他の国では禁止されてる事もあるって聞いたからゼウシアでは違うのかなって……」
千博は慌てて付け足した。これではグスタフを責めているような気がしたのだ。グスタフはそれを聞くと顔を険しくさせた。
「……そうだな。すまんかった。元はと言えばお前が今の状態になっているのも俺のせいだ。あんな物、お前に渡すべきではなかったのかもしれん。」
「……!それは違います!!グッさんは間違ってません。あれは正しい判断ですって!だって、魔製丸がなければ今回の作戦は上手くいかなかったと思いますよ。だから、その……もしグッさんが違法にあれを持っていたんならちょっと嫌だなって思っただけです。」
もし身近な人が法を犯しているのなら、注意をしたい。千博はそう考えていた。
「ああ、それなら安心しろ。この国ではまだ禁止はされてない。もちろん、使用制限はあるがな。それが俺の渡した3粒だ。でも、あれを持っている奴はこの国にも少ないだろう。」
「……なら、なんでグッさんは?」
「……恥ずかしい話、あれは俺の弱さの象徴だ。」
「弱さの象徴?」
そう尋ねるとグスタフは遠い目をして昔を思い出しているような顔になった。
「……俺は昔、かみさんを失ったんだ。魔物に襲われてな。」
「……それは、牛頭人の事ですか?」
「ミーツェから聞いていたか。そうだ。……あの時、あいつを守れなかったのは俺が弱かったからだ。だからもう2度とあんな事がない様に……今度は俺の全てを賭けて大切なものを守るために、その時のためにあれを持ってたんだ。理由はそれだけだ。悪かった、不安にさせちまったな。」
これは、グスタフの心の中に一生涯残り続けるだろう大きな傷だった。グスタフがミーツェを溺愛しているのも、母を失った娘に母の分も愛情を注ごうと思った結果なのかもしれない。そして、グスタフほどの人間が不安を抱えながら戦っていた事に千博は意外さを感じた。
「……いえ、疑ったみたいで申し訳なかったです。でも、一ついいですか?」
俯いていたグスタフがその言葉に反応し、首をあげる。
「俺、グッさんから魔製丸をもらった事、後悔したりとかしてませんから。それに、グッさんのその用心のお陰で、今度はミーツェを守る事が出来たじゃないですか。だから、あまり気にしないでください。」
「チヒロ……ありがとな。だが、俺はここで素直に慰められるつもりはねぇ。俺には、ミーツェを守る義務があるからな。」
グスタフは強い。しかし、それでも心の中に不安を抱え、まだ上を目指している。それは無敵の力を求める貪欲さではなく、最愛の人を守る為の必死さだった。
「強くなりましょう、グッさん。俺も、大切な人が傷つくのはもう嫌だ。」
千博は真っ直ぐにグスタフを見て宣言する。
「……その通りだ。俺たちはもっと強くならなきゃいけない。だから、これから先もどんどんしごいてやるから覚悟しろよ?」
「ええ、お願いします!」
グスタフが笑いながら言うと、千博も笑ってそれに答えた。そして話を終えた2人は立ち上がり、ミーツェの病室へと戻った。
その後、ミーツェの病室に戻った千博にミーツェ、フェリス、ステラの3人が駆け寄って安否を確認しに来た。千博は大袈裟な3人の様子を笑いながら、大丈夫だと手を振って見せ、懐疑の目を向けられるグスタフを助けた。そして、お見舞いが済んだのでミーツェとグスタフに別れを告げてフェリスとステラと家路についた。
「チヒロさん、お医者様とお話をされるのはよかったのですか?」
ステラが当初の目的が一つ果たされていない事に気付き、尋ねる。
「ん、ああ、それならもういいんだ。……それより、明日、城に行く事になったんだ。ある人に会いに行かなくちゃならなくて…」
「城だと?まさか……」
千博がグスタフと話した事を伝えるとフェリスが反応する。
「奴に……あの、は、破廉恥な仙人に会いに行くのか……?」
「え?破廉恥……って、どういう事だよ。」
「う……あ、それは……」
なんだそれは。グッさんの話ではめちゃくちゃ強いって話だったけど……。フェリスに詳しく聞こうとするが、顔を真っ赤にして黙ってしまった。
「……?とにかく、ひょっとしたらその人に魔力が使えるようにしてもらえるかもしれないんだ。だから明日、グッさんと会いに行くよ。」
「う、そ、そうか。まあ、あの老人の腕は確かなものだからな。少し心配だが、行ってみて損はないか。」
そう言うフェリスはなぜか酷くその『仙人』のことを恐れている様だった。もしかしたらフェリスもその人と戦ったのかもしれない。グッさんで勝てなかったんだ。それならフェリスも敵わなかったのだろう。フェリスは負けず嫌いなところもあるし、悔しいのかな。
「では、頑張ってくれ、チヒロ。君に魔力が戻ることを祈っているよ。」
「おう。ありがとな。」
千博達は町から出るところあたりでフェリスと別れた。そして自宅へと向かった。家に戻ると千博は明日のことで頭が一杯になり、食事と風呂を済ませるとすぐに床についた。明日、やっと魔力が戻るかもしれない。そうすれば、魔力を使った訓練もで来るようになる。もっと強くなれる。僅かにその『仙人』という人物に不安が浮かんだが、それよりも楽しみな気持ちの方が勝った。千博は心を弾ませながらベットの中で過ごし、一時間ほどしてようやく眠りについた。




