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訓練と再会

「いいぞ!その調子だ!相手の懐に素早く入るんだ!」

「はぁ、はぁ………くっ!」

あれから数日が経ち、訓練に参加しだした千博は今、グスタフに組み手で実戦での闘い方を教えてもらっていた。この数日間はフルマラソンよりきついのではないかというような訓練を受けてきた。かと言って、走らされたりすることはあまり無いのだが、休憩の回数が極端に少ないのだ。それが一日中続くので体中筋肉痛になってしまう。予想通り毎日動けなくなるくらいまで訓練は続けられ、訓練場から家までグッさんに担がれる事もあった。だがそのおかげで分かったこともあった。グッさんとのあの組み手の後、何度かまた色々な人と組み手を取ったが山賊の長と闘った時の様な力を出すことができなかった。それでも相手のパンチに集中すれば軌道ははっきりと見え、避けることはできたし、身体も丈夫なままだった。だからグッさん以外の相手には時間はかかったが大体勝つことができた。

「うーむ、不思議だな。」

組み手の途中でグッさんがふと口を開いた。

「え?何がですか?」

グスタフの動きに集中しながら千博は尋ねる。

「いやね、お前も薄々気づいていると思うんだけどさ。何か自分ならもっと力が出せる、って思う事ないか?」

「あ……それは………」

グッさんに言われて思い出した。そう言えばグッさんと組み手を取ったときそんな事を感じたな、と。あの時、自分の拳にはもっと威力があるものだと思っていたが予想に反してグッさんには全然ダメージを与えられなかった。

「お、やっぱりあるんだな?」

「……はい、ありました。この間、グッさんと組み手した時……。何か思ったより力が出てなかったって言うか……」

「ふむ、そうか………ちょっと待ってろ。」

千博の答えを聞いて少し考えた後、グスタフは何か思いついたように武器庫の方へ行くと大きな盾を持って帰ってきた。

「なあ、千博。盾で防ぐから本気で俺を殴ってみろ。遠慮しなくていいぞ。」

「………え?」

千博はグスタフが何を考えて急にそんな事を言い出したのか分からなかった。が、きっとこれも訓練の一環なのだろう。悪い予感しかしないけどグッさんが言うんだ。やってみるか。

「……いきますよ!」

「おう!どんと来い!」

別にあんな鉄の盾なんか使わなくてもグッさんなら大丈夫だろ、と思いはしたが口には出さずに拳をぶつけにいく。ゴッという鈍い音が周りに響いた。

「〜〜〜〜っ!!」

普通に痛かった。嫌まあそりゃ痛いでしょうね、鉄に思いっきり手をぶつけにいったんだから。

「………何か分かりました?」

千博は若干不機嫌な声音でグスタフに尋ねる。

「いいや、全然。」

真面目な顔で答えるグッさん。確かにこんなんじゃ何も分からないだろうな………。

「って、じゃあ今の何ですか⁈ 」

危ない。もう少しで納得してしまうところだった。こんな痛いだけの作業をやらされたんだ、グッさんには何か考えがあったはずだ。そうでないと納得できない。

「あのな、千博。俺は言ったぞ?”俺を”殴ってみろ、って。」

「へ?………どういうことですか?」

グッさんの言葉が理解できず、尋ねなおした。いや、盾で防がれてちゃグッさんを殴るなんてできないだろ。

「あ〜、言い方が悪かったかな。そうだな………それなら千博、俺を殴るつもりで来い。」

言い直されてもまだいまいち理解できない。どういうことだ?グッさんを殴るつもりで、って……。本気で来いってことか?なら普通にそう言えば良いのに。……でも確かに、またあの感じがした気がする。あの力が出せていない感覚。もしかしてグッさんから見てもそれが分かったのかもしれない。……それなら今度はあの盾を撃ち抜くぐらいのつもりで殴りに行こう。そう思い右手に力を込めていく。すると本当にあの盾を壊せる様な気がしてきた。

「……!今なら………!」

漲る力を感じながら千博が思い切り地面を蹴ると、千博の身体は一瞬でグスタフの懐に入る。

「うおっ⁈ 」

グスタフが咄嗟に構えた盾に千博は力一杯拳をぶつけた。瞬間、グスタフの身体は大きく後方に吹き飛ばされ、先程まで手に持っていたはずの鋼鉄の盾は木っ端微塵となり砕け散っていた。

「………す、凄いな……。これは驚いた………。」

大きな身体に似つかわず尻餅をついたまま絶句するグスタフ。が、反対側の千博もグスタフと同じく地面にへたり込んでいた。

「はあ……はあ……やばい、身体が動かない……」

グスタフを盾ごと殴った後、千博は酷く疲れていた。身体中に力が入らない。どうやら力を使い果たした様だ。一発パンチしただけなのに、訓練した後だったからか?

「何だ、やけに疲れているな。確かに凄い威力だったがパンチだけでそこまで疲れるところを見ると………もしかしたらそれもこの力と関係があるのかもしれんな……」

「どういうことですか?」

近くに寄ってきたグスタフに肩をかして貰っているとグスタフが呟いた。

「ん、何でもない。………さあ、仕方ないからまた治療室まで連れてってやるよ。ほら、歩け歩け!」

「あ、今度は担がないんですね。」

「こら、甘ったれたらいかん!お前ももう近衛兵なんだぞ?」

「はは、わかってます。冗談ですよ。」

そんなやりとりをしながら二人で治療室に向けて歩きだした。

治療室に行く途中、グスタフがふと足を止めた。

「どうしたんですか?」

千博は尋ねながらグスタフの見ている視線の先を追う。

「見てみろ、他国からの使者が来ているみたいだぞ。あれは………隣国のアレギスだな。最近うちと同盟の話をよくしている友好国だ。あの調子だと………ついに同盟が成立したのか?」

「へぇ………他の国ですか。」

グスタフの話を聞いて興味が湧いた千博は使者達を眺めた。使者は5人だった。全員派手な衣装を着ているわけではなかったが、その中の一人に千博は目が止まった。

「………何だ?あいつ、他の奴と何かが違う………」

千博の視線がとまったのは一人の眼鏡をかけた男だった。歳は千博と同じくらいだろうか、知的な感じがする。

「どいつだ?あの背の高い奴か?」

グスタフの視線の先の男も若い男だった。腰には剣を携えて凛とした顔立ちのその男は確かに他の者と比べると隙が無く強そうな印象を受けた。しかし千博が感じたのはそういう強そうとかいう感じではなかった。

「いや……あの眼鏡の奴なんですけど………」

「は?あいつか?……まあ確かに周りの奴より弱そうだな。」

「まあそうなんですけど……。」

何かつっかかる物が残っていたがよく分からないので、そのまま治療室に向かうことにした。



「………すいません、あそこにいる彼は誰ですか?」

千博がちょうど治療室へ向かっていた時、朝倉秀人(あさくらひでと)はある男が気になりゼウシアの城の案内人に尋ねた。

「えーっと、あの者ですか?彼は最近近衛隊に入隊したチヒロですね。彼は凄く馬力がある期待の新人ですよ!」

「チヒロ?………まさか、な。」

秀人の脳裏にある考えがよぎる。

「変わった名前でしょう? 何ならお呼びいたしましょうか?」

「あ、いえ、結構です。なんか彼、疲れているみたいですしね。」

チヒロ……この世界には珍しい名前なんだろうが、自分にとってはそう驚く程の名前ではない。ひょっとしたら……。今自分が考えている事がもし本当だとしたらこれはまた面白くなりそうだ。

「一度話してみたいな……。まあ、次会うことがあればだけど……。」

意外な展開に心を躍らせながら、秀人はにやりと笑った。




一方その頃、千博とグスタフは治療室に到着していた。しかし周りを見渡しても人が見当たらない。いつもなら治療医のおばさんが面倒くさそうにしながらも出て来てくれるんだが………。

「おかしいな………。まあいいか。取り敢えずチヒロは動けるまでそこで寝とけ。そのうち誰か来るだろ。」

「はい、ありがとうございました。」

「おう、動ける様になったらちゃんと家帰って寝ろよ?じゃないとおばちゃん怒るから。じゃあな。」

そう言い残してグスタフは治療室から去っていった。それを見送ると千博は近くのベットに倒れこみ、一息つく。

「はあ〜、疲れた……」

伸びをしながら大きく息を吐いていると奥の方から物音がした。

「ん?おばさんか?仕事中なのかな。

おーい、ベット借りるよー。」

動くのが辛いのでだらしないがベットから一応報告しておく。寝るなと言われる事もないので別に千博は返事は求めてい無かったが、

「ひゃあっ⁈ 」

と可愛い声が奥から聞こえてきた。

「………は?」

信じられない。もうすでに何度も治療室のお世話になっているが、おばさんがこんな声を出せるはずない。というか、出して欲しくない。怪訝に思って身体を起こすとそこにいたのはやっぱりおばさんではなかった。

「え……ステラ⁈ 」

「ち、チヒロさんっ⁈ どうしてこちらに⁇ 」

奥の方から千博の声を聞いて慌ててやって来たのは可愛い犬耳が特徴的な美少女、ステラだった。

「いや、それは俺が聞きたいんだけど………。」

「メイド修行ですよ。」

そう答えたのはステラではなく、ステラに続いて奥から出てきたメイド長のアリスさんだった。

「アリスさん⁈ 」

「ふふ、ステラときたらチヒロ様の声を聞くや否やとんでいくんですから………」

「あ、アリスさん!それは………」

顔を赤らめながら横目で千博を見つめるステラ。それを面白がるアリスさん。とても(ほが)らかな眺めだが千博はまだ聞きたい事がたくさんあった。

「え……と、いつものおばさんは?」

「今日は私達がステラの研修に使用するので休みですよ。」

「そ、そうなんですか。じゃあ、その研修っていうのは………?」

「え?ご存知でないのですか?」

「何をですか?」

そう言うとアリスさんは少し考えた後、にっこりと笑って話を続けた。

「いえ、何でも………。ステラはもうすぐメイドとしてある屋敷にお仕えする事が決まったのです。ですので私が教育係になり家事などを教えているのですよ。今日はその一環でここに来たのです。」

「ステラがメイドに………?」

そう言われるとついステラがメイド服を着ている様子を考えてしまう。ステラが犬耳メイド………。想像しただけで眼福だ。なんかちょっと元気出た。でも待てよ?メイドになるって事は貴族に仕えるって事じゃないのか?それは幾ら何でも……。

「あの、ステラの仕える先は……」

「ふふ、大丈夫です。女王様がとてもお優しい方を直々にお選びになられたので。心配はございませんよ。」

「でも……ステラはそれで良いのか?」

「はい。確かに少し怖いですけど……女王様がお選びになられた方なら信じられます。」

「そっか………」

アリスさんの話とステラの返事を聞いてもまだ少し心配だったが、女王様が選んだんなら悪い人ではないはずだ。まあここは女王様を信じておこう。

「何かあったら言えよ?俺でも少しは役に立てる様に頑張るからさ。」

「えっ!あ、ありがとうございますっ!」

「あら……お力強いですね。でもまずその為にはお体を休めなくてはいけませんよ?」

「あ、はは、そうですね。」

こうして2人に笑われながら千博も一緒になって笑うと疲れも少しとれ、休んでいる間少し話をしていると大分体も楽になったので2人が帰る時に千博も治療室を出た。

「それじゃあ、頑張れよ、ステラ。」

「はい!チヒロさんも無理はなさらないよう気をつけて下さいね?」

「おう!それじゃ、アリスさん、今日はありがとうございました。」

「ええ、良いんですよ、ゆっくりお休み下さいね。」

千博は2人に別れを告げると兵舎に向かった。家じゃなく兵舎に向かったのには理由がある。ご飯だ。嬉しい事に、近衛隊に入隊している者には朝昼晩の三食の食事が用意される。食べるか食べないかは個人の自由だが、タダでそれなりの質のご飯が食べられるのだ。大体の兵士が喜んで利用している。そして家に帰っても一人ぼっちの千博も当然ここで食事を取らせてもらっていた。何しろまだ家には家具以外何も無いので、あの屋敷はもったいないことに寝床と風呂としてしか使われていない。

「お、チヒロ!こっちだこっち!」

食堂に着き、空いた席をさがしていると聞きなれた声に呼ばれた。

「あ、ラッセル。久しぶりだなー!」

呼ばれた方へ向かうとラッセルとフェリス、グッさんが相席して食事を取ろうとしていた。

「あれ?みんなちょうど今からですか?」

「いや、お前は絶対食堂にくるだろうと思っていたからな。待っていたのだ。」

フェリスが隣の席に座るよう促しながらそう答える。

「そうなんだ、わざわざごめんな。」

「む、いや、その………ちょっと話したい事があったしな………」

「え?話?」

「あ!いや、何でもない!……ほら、お腹が空いているだろう?早く食べよう!」

話って何だろうな……。気にはなったが今は腹の虫が考えるのを許してくれなかった。

「よし、じゃあ食うか!頂きます!」

「「「頂きます。」」」

グッさんの声に合わせてみんなで手を合わせ挨拶をすると、一斉に食事に手をつけ始める。

「そういえばラッセルはどこの班何だ?」

千博はラッセルに尋ねる。ラッセルは千博が近衛兵となった頃に同じく近衛隊に入隊したそうだ。あまり見かけることがなかったので懐かしい。

「ん、俺?俺はフェリスさんとこだよ。ね、班長!」

「うむ。まだ未熟だが、期待しているぞ。」

「へぇ、じゃあ一班に入ったのか。じゃあまた会うかもしれないな。」

「そうだな。たまにはこうやって飯食えたらいいよな。」

「ああ、そうだな。」

そんなやりとりをしながら食事を楽しんでいると大分時間がすぎてしまったようだ。周りはすっかり暗くなってしまっている。

「はぁ〜、食った食った!そんじゃそろそろ帰るかな。」

「じゃあな、チヒロ!また飯食おうな!」

「おう、じゃあな。みんなもまたね。」

そしてそれぞれ自宅へ戻っていく。が、何故かフェリスは帰らず立ち止まっていた。

「? フェリスは帰んないのか?」

「 ‼︎ そ、それは……その、だな。言っただろう、話があるって……。」

ああ、そうだった。そう言えばご飯の前にそんな事言ってたな。

「あ、そういえば。で、何の話?」

そう尋ねるとフェリスはずっと下を向いて話していた顔を上げ、真剣な表情で言葉を発した………。

「チヒロ、お前に一つ、お願いがある!」

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