組み手と訓練の始まり
「今思ったけど、訓練場も兵舎も城の裏にあったんですね。」
「ん?ああ、そうだ。そこの森なんかもたまに訓練でつかったりするんだぞ。あそこは魔物とかいるし。」
「へぇ、魔物が………って、ん?」
そこで千博はある事に気づく。城の裏……森………。
「あ、そうだ。見てみろチヒロ!あそこの家なんか凄い雰囲気出てるだろ!いかにも幽霊屋敷、みたいな!
最近人が住み始めたみてぇだけど、どんな神経してんだろーなぁ。」
そう、グッさんが指差して笑っている方にある屋敷。あれはまさに…
「………あれ、俺ん家です。」
「え?………今なんて………」
グッさんが珍しく顔を引きつらせて聞き直す。
「だからあれ、俺ん家なんですって!ちょっと待って下さいよ! なんでこんな訓練場に近いんですか⁈ しかも魔物ぉ⁈ 聞いてないですよ⁈ 」
チヒロは驚きを隠せずに思わず叫び散らす。だが本当に驚いたのだ。訓練場に近いのもそうだが、どちらかといえばグッさんがあっさりと言った魔物、という方に。思えば幽霊屋敷とか言われたけど特に何も起きてなかったし、もしかしたら、いや、もしかしなくてもあそこに人が住まないのって魔物がいるからじゃないのか⁈ 頭を抱えこむ千博を側に、グッさんは笑いを堪えられない様子で肩を揺らしている。
「ぷっ……あれお前ん家かよ……!
今度遊びに行っていい?」
「それどころじゃないですよ⁈ 魔物が出る森があんなに近いのにどうすんですか⁈ ああ、もう!絶対はめられた気がする……。」
ぶつぶつ言いながら歩いて行く訓練場に着く。するとすぐにグッさんは言った。
「近衛兵の制服は用意しておいたから着替えてこい。まずはお前の力が見てみたい。」
「………分かりました。」
今までと打って変わって真剣な面持ちになるグッさん。その顔を見ていよいよ訓練が始まることを実感する。更衣室を借りて着替えを済ますと訓練場へ出る。
「来たな。よし、じゃあ始めるぞ。今から組み手をとる。何でもいい、お前の力を見せてみろ!」
そう言って構えるグッさんだったが、千博はとまどった。見せてみろって言われてもなぁ、どうすればいいんだ?殴りかかればいいのだろうか。
「何だ、かかってこんのか?ならこっちからいくかな!」
困っているとそう言ってグッさんが走り出す。
「しまっ………!」
速かった。その大きな身体にそぐわないスピードで千博に接近するその様子はさながら猪の様だった。避けきれずに両手で防ごうとするがもろに腹に拳を受ける。
「ぐっ………はあっ⁈ 」
そのまま後ろへ吹っ飛ばされる。痛い。今まで受けた攻撃の中で一番痛かった。腹を貫く思い衝撃。何とか千博は起き上がる。
「完璧に入った筈だが………なるほどな。聞いていた以上だ。さあ、まだまだいくぞ!」
続けて一発、二発と拳が撃ち込まれる。が、今度はフェリスとの決闘の時のような動体視力の強化で避ける。
「ん?何だ、避けれるんじゃないか。」
フェリス程ではないがグッさんの動きは速い。この巨体にしてこの速さだ。娘には甘そうだが流石に班長なだけはある。避けているだけではグッさんの攻撃は止まらない。そう思い千博も反撃に移る。
「はあっ!」
グッさんの拳をかわしたところで右拳をグッさんの胸へと撃ち込んだ。
が………
「お?何だ、そんだけか?」
「え?あ、あれ⁈ 」
全然効いていなかった。千博の顔に焦りが見え始める。おかしい、自分で言うのも何だがこの拳は身長2メートルはありそうなあの山賊の長でさえ一撃で倒したもののはず。それなのにグッさんにはその拳が全く効いていない。呆気にとられていると再びグッさんの拳を受ける。今度は胸への拳だった。
「がはっ……‼︎ 」
吹っ飛ばされ、地面へ叩きつけられる。倒れこんだ千博は起き上がろうとするが痛みでできなかった。
「うーん、これは聞いていた以下だぞ?お前は片手で両手剣を使いこなしフェリスを薙ぎ払った程の力の持ち主だと聞いたが………思った程でもなかったな。」
意外そうに口元に手を当てて千博を見るグスタフ。周りを見渡すといつの間にか野次馬の兵士が集まり始めていた。その中にはあのミーツェの姿も見える。
「ぐっ……くそっ………」
よろよろと何とか立ち上がると、周りから歓声が上がる。
「おおっ!まだ立つのかあいつ!」
「あんなにもろで班長の攻撃を喰らったら普通もう無理だろ………」
誰もが千博の姿を見て呆気にとられ、熱くなっている中でミーツェは一人冷めた目で見ていた。
「何だ、退屈そうだな、ミーツェ。どうしたんだ?」
隣の兵士が話しかけている。ミーツェはそれに吐き捨てるように答えた。
「どうもこうもないよ。あいつは確かに体は頑丈なのかもしれないけど、あれじゃあ自分の身は守れても他の人は誰も守れないだろうね。やられっぱなしじゃないか。」
「え……まあ、そうだがな……。最初はあんなもんだろ?」
「どうかな。フェリスを倒したって奴が本当にあの程度ならやめた方がいいんじゃないの?」
そう言ってその場から立ち去ろうとする。が、直後、ミーツェはすぐにもう一度振り返る事となった。なぜなら今の言葉が千博の耳にも届いていたからだ。
「っ……あいつの言う通りだ。このままじゃ誰も守れない………。こんな弱くちゃ、何もできない!」
千博の心に熱いものがこみ上げる。それはやられっぱなしだった悔しさからか、ピンチに追い込まれたこの状況からか、はたまたフェリスに話した自分の決意を思い出したからなのか、千博に絶大な力をもたらした。
「っ⁈ 何だ⁈ 」
千博の様子が変わったことにグスタフが気付く。
|(何だ?様子が変わった………。今更反撃に移る体力が残っているとはとても思えんが………だが!)
グスタフは本能的に危険を感じ取った。しかし彼は敢えて距離をとるのではなく相手を潰しに走る。彼の性格上、組み手を終わらせる、いや、決着をつけるには今を逃せば後がないかもしれないと感じたのだろう。
だがグスタフが千博に走り寄ることはダメージを受けている千博にとって、無駄な体力を節約できるメリットとなった。だから、
「はあぁぁぁぁっ!」
接近してくる目標に思いっきり拳を撃ち込んだ………。
「はあっ、はあっ………何だっ⁈ あ、危なかった!」
最後の力を出し切って倒れた千博の前に尻餅をついて肩で息をするグスタフ。
そう、千博の拳はグスタフには当たらなかった。それは咄嗟にグスタフが攻撃を中断し、千博の攻撃を防ぐべく防御体制をとったからだった。
「くそっ……かわすのかよ………」
うつ伏せになって倒れている千博は悔しがる。千博は迫ってくるグスタフの腹の位置に合わせて拳を放った。その位置に狂いは無かった。ただ真っ直ぐに、全力で撃ちこんだ。だがグスタフはそれに気付いたのか拳の軌道を避けた。千博は避けられる事なんて微塵も考えていなかった。だからグスタフの体を追うことができなかったのだ。
「一体何が起こったんだ?あいつ……班長を殴ったんだよな?」
「でもグッさんは避けた………はずなんだけど………」
「ならあの脇腹の傷は何なんだ………?」
声を聞いてグスタフは自分の脇腹に手を当てる。手には赤い血が付いていた。急いで見ると服が裂け、何かに斬られたかの様な傷が脇腹にあった。まさかと思ってグスタフは千博の手元を見る。脇腹の傷の理由として浮かんだ考えは二つ。一つは千博が何か刃物を持っていたのではないかという可能性。が、千博は何も持ってなどいないし、自分が狙われる理由など無い。そもそも、千博はそんな事をする様な奴ではないと出会って話した時にわかっていた。だとしたらもう一つ考えられるのは……
「まさか………拳圧か………?」
あの時完全に拳は避けたはずだった。しかし自分は傷を負っている。考えられるのはそれしか無かった。千博が繰り出した拳が生んだ衝撃波がグスタフの脇腹を斬ったのだ。
「もしそうなら………いいぞ!これは鍛え甲斐がありそうだな!」
人間離れした技に確かに驚きはしたが、別に怯える訳でもなくグスタフは地面に突っ伏している千博を抱え上げる。寧ろ新人の千博に対して既に期待と信頼すら感じ始めていた。
「おわっ……! 何するんですか?」
「何って、もうお前立てんだろ?治療室まで連れてってやるよ。」
そう言うとグッさんは軽々と千博を肩に担いで歩き出す。
「明日からはお前も俺たちの訓練に参加せにゃならんからな!早く回復してくれよ?でないと困るからなぁ。」
「………ありがとうございます。」
力果てて担がれている自分は酷く情け無いものだと思ったがどうにも身体が動かないのでしょうがない。これからは今日みたいに動けなくなるくらいに疲れきる様な訓練が始まるんだろう。でも別に嫌とは思わないし覚悟はできている。だから今できるのは明日に備えることだ。そう思い千博は黙って担がれることにした。
「………どういう事?親父があんなにびびってるとこなんて初めて見た………。」
ミーツェは自分の父に運ばれている新入りを見ながら考える。
「実はあいつは強かったってこと?それなら最初の方は手を抜いてたのかな。でもそんな風には見えなかったし………」
あのチヒロとか言う男に足払いをかけた時、全く覇気は感じなかったし、もちろん何も怖いものは無かった。それならばあの組み手の中で、あの一瞬の中で何に親父はあそこまで警戒していたのか。あの一撃の中で何が起こっていたのか。幾ら考えても今は分かる事はない。ただ確かなのはあいつには何か特別な、それも強大な力があるということ。フェリスに勝ったのは決してまぐれではなかったということ。
「まあ何にしても、もーちょっと見てみないと分かんないよね。」
そう、まだミーツェは千博と出会って間もない。千博の闘う様子など今少し見ただけだ。情報が少なすぎる。ミーツェは一人で呟きながらそう納得して溜め息をつく。
「はぁ……やっぱり何か気に入らないなぁ、あいつ。」
こうして各々が色々な事を思っている中、千博の訓練が始まっていったのだった。




