第2章 タカシの夢はお笑い芸人? (その8)
「は~い! そこまで・・・。」
解答時間の終了を先生が通告する。
「ふう~・・・」という溜息のようなものを伴なって、教室内の緊張感が緩んだ。
「はい、じゃあ、隣の人と交換をしてください。今から、正解のプリントを配るから・・・。」
先生がそう畳み掛けてくる。
孝は改めて真隣の席の彼女をチラッと見る。
そう、テスト用紙の交換をしようとしてだ。
すると、彼女もそのつもりらしく、既に自分が書いたテスト用紙を手にして孝の机の上に置きに来ていた。
しかも、書いた面を伏せるようにしてだ。
どうやら、手渡しをするつもりは無いらしい。
で、孝も彼女と同じようにする。
そう、つまりは、彼女の机の上に自分のテスト用紙を置いたのだ。
ただし、孝はその用紙を伏せたりはしなかった。
正解を書いたプリントが配られる。
で、早速、彼女のテスト用紙を見る。
そう、裏返してだ。
そこには、如何にも綺麗な文字が書き込まれていた。
大人びた字だった。
今流行の丸文字なんかではなかった。
流れるような文字だった。
名前の欄に目が行く。
そこには、「三浦香音」と書かれてあった。
(んん? な、何て読むんだろう?)
孝は、「香音」という名前が読めなかった。
“カオルネ”でもあるまいし・・・。そう思った。
それでも、その文字だけはしっかりと目に焼き付ける。
何しろ、初めて彼女のフルネームを見たのだから。
で、肝心の採点を始める。
横の席で、彼女が赤鉛筆を走らせたのが聞こえたからでもあった。
孝は、後から配られた「正解のプリント」を見ないで、まずは自分の感覚で彼女の解答を見る。
自分の答えと同じかどうかを知りたかったからだ。
このテストに関しては、それなりの自信もあったからでもある。
(ああ・・・、全問正解だ・・・。)
孝はざっと見渡してそう思った。自分の解答とまったく同じだったからだ。
「正解のプリント」を見るまでもないと思った。
それでも、一応はそのプリントに視線を移す。
念のための確認である。
(う、うん、間違いない。)
孝は、そう思って、一気に5問全部に丸を付けていく。
「序でで悪いんだが、採点もしてやってくれ。1問20点だ。」
先生が教室全体の動きを見計らったようにして言ってくる。
「はい、100点と・・・。」
孝は、無意識のうちにそう言っていた。
つい、自分のものと同じ気持になっていたからだろう。
そして、その「100」という数字を頭の部分に書き入れる。
「採点が終わったら、一度、元の人に戻してやってくれ。で、戻された自分の点数をしっかりと確認をするように・・・。
いいか? ちゃんと採点してくれたかどうかも見るんだぞ。」
先生が言ってくる。
さすがに、このときだけは、教室内が少しだけざわめいた。
皆がそれぞれに自分の結果を知ることになったからだろう。
彼女も孝の机の上にテスト用紙を返してくる。
で、孝もこれまた同じようにして、彼女の机の上に伏せて戻す。
「採点に異議がある人は手を挙げて・・・。」
先生はそこまで言ってくる。
さすがに、誰も手を挙げる気配は無かった。
「森本君って、面白い字を書くのね。」
彼女が小さな声でそう言ったのが耳に届いた。
(つづく)